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手遅れというガイネンが存在するとしたら、もうその時は過ぎてしまったのかもしれない。最も大切なことを忘れてしまっていたのなら、もうそれまで。どうなるか、様子を見守るとします。
さて今日は午前中にトレイシーの店に一緒に行く。午後にバスターミナルまで乗せてもらう。私は行き先については「これからただ北へ行く」ということだけ話しており、お互いにいい週末をと、別れる。さて、どこへ行こうか、とバスの中で考えていた。そもそも、後に旅行に出かけるつもりでブラントフォードに帰って来たのではなく、当然準備も十分であるはずが無い。ただ一つ決めていたのはトロントのサウンドポストに行くということだけだった。そういうわけでヴァイオリンだけは持参していた。
定刻にトロント着。ベイストリートを数ブロック歩き、グレンビルを左に曲がったところにサウンドポストはあった。喧騒から離れたそれは本当に清閑な一角に、木々に囲まれながら私を迎えてくれた。というのは、視覚的な感想である。今日は朝から急な雨だとか強風だとかで、とても散歩日和とはいえない天候だ。だから正確には、普段は静かな一角にそれはあったと表現したいところだ。何しろ風が建物や耳に当たる音、道路の表面上を吹き荒れる音が絶えなかった。そのサウンドポスト、写真で見たとおりだった。クラシカルで小ぎれいな外装が印象的。ウィーンの街角で見かけてもおかしくない、むしろ見た様な気がする、と思ってみたり。市街地の真ん中にあるのが少し不思議に思えるほどだったが、それもまた良い。中に入ると、弦楽の音。誰かがチェロを弾いていた。内装も当然クラシカルではあったが、暖かな木の床の上を歩き、弦が響くのを聞くと、ここは明らかにあの日訪れたHAUS DER MUSIK(入り口右のヴァイオリン工房)そのものであった。
弓の張り替えを頼みたいと伝え、まもなくうわさのデヴィッドが登場。張り替えだけか、他に問題はないかとか尋ねられる。1週間かかることになり、お願いしますと頼み店を後にする。その前に、次回弦を全部交換したいということも少し相談してみた。来週までに新しい英単語を覚える必要があるようだ。
意外とあっさりと用件を済ませてしまったので、スタバや書店で過ごしている間にその後の予定を考えてみる。そして結局帰ることにしたのである。どちらかというと南へ行きたい気分だったからだ。南というと、合衆国くらいしかないので、そうなるとパスポートを忘れたのでは話にならない。それに、落ち込んだときは旅行に行くのが良いから、なんてトレイシーに話したものの、一体何が落ち込んでいるのか自分でもわからなくなったのである。混雑したバスターミナルへ戻り、18時30分のエクスプレス便でロンドンへ。
今日中にどうしても手に入れようとして、2軒目のHMVで買ったのがセリーヌのFALLING INTO YOU。過去を思い出すことで、また新しい自分が、あるいは忘れていた自分が見つかるかも知れないと感じたからである。呼び起こしたのは1999年。バスの中で聞く。2回半聞いて、家に着く。
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