| 2001年09月13日(木) |
| 一考察 |
いたたまれなくなってテレビを消した この世の中に 絶対的な悲しみなど存在しないのだろうか ある大いなる悲しみを 遠く離れたところで喜ぶ人がいる その光景が胸に焼きついて離れない 大勢の人が死んだ まったく関係のない大勢の人が。 その事実になぜ涙を流さず 声をあげて喜ぶことが出来るのだろうか 宗教による違い 本当にそれだけのものであろうか それともその宗教では 異なる宗教の人が死んだときは 喜んでもいいと訓えているのだろうか 政治的背景 それもわからないでもない でもやはり この問題はすべてのことを超越すると思う 自分が人間であるというのならば まずは人らしい感情を見せてほしかった 人が死ぬことは悲しいこと それはなによりも悲しい事実 友人が死んで悲しまない人はいないだろう? 友人と知らない人と どちらも生きていたことに変わりはないだろう? ここに怒りをぶつけても 世界が変わるなんて思っちゃいない 平和な世界に生きるこの俺に 厳しい実情を知る由もない ただこの発言が間違ってるなんて思わない 一人の人間としてあの映像は許せなかった +++++ アメリカテロの報道を受けて パレスチナの人たちが大喜びしてましたよね。 すごいショックでした。 詩じゃないけど許してください(汗 どうしても書きたかったんで・・・。 犠牲になられた方々のご冥福をお祈りします。 |
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