シンクロにしてぃ
としゅか



 北欧来てます

最近 私の周りで北欧ブーム

たぶん最初は旦那しゃんの仕事が北欧方面と取引あるんだよぉーと聞いたあたりから。
その後、そこから東京へ来た取引先の人からカレンダーを頂きましてん。

最近ではなぜか読む絵本が「あ?北欧ものか」と気が付くこと多し。
ただいま上野の国際こども図書館では「北欧からのおくりもの」という絵本の展示もやっています

そして昨日たまたま 私が覚え間違いをしていた作家さんが、北欧のことを本にしておりまして、友人から突っ込まれ、「その人の本読むべき、読むべき!」と言われて、早速図書館で予約したところー

突然 ここ見てみるかー?と行った高校説明会でみた、出身者の中に、その方の名前がっっ!!!!昨日の今日で久々にびびりましたよ。
うーむ ご縁があるのかもしんない。
シンクロしたかもしんない。

2006年11月25日(土)



 あきはばら

ちっちゃなちっちゃなシンクロ

昨日は朝早く出かけて鎌倉散策へ行きました。
東京駅で友人と合流するか、自分んちからは近い新宿からの直通ライナーを使って行くか、迷っていたところ、友人から「ちょい遅れる」という連絡。じゃ、東京まで行って一緒に鎌倉まで行きましょうと思って、少し買い物してから行こうかと一回新宿のエキナカ(といってもあまりないけど)に立ち寄るので新宿で下車しました。
新宿で少し買い物して「さて、では東京へ行きますか」と思ったら、中央線のホームがなんだか改装していて東京行きがどこだかよーわからず、同じホームから来た総武線に乗りました、何も考えずに。

ちょうど、その日の朝は、金曜日から読み始めていた石田衣良の「アキハバラ@DEEP」を読んでいて、アキバすげーとか、アキハバラかぁ〜とかアキハバラに思いを馳せておりましたら、そう、案の定、ふと顔をあげた時には「秋葉原駅」にいたのでした。それも、ドアが閉まる直前!

”あっ総武線って 途中で乗り換えないと東京いかないー”と思って慌てておりたのだけど、お陰で新しくなった秋葉原の構内を歩くことができたのでした。

うん、アキハバラ@DEEP ただいまドラマにはまりつつあるし、本も読みだしたら面白かったので(石田さんの東京の街のにおいが感じられる文章が好きなんです)、ちょっと嬉しい出来事でしたー

…って 東京駅についたら、友人より遅刻してました(爆)直前で1本電車が行ってしまっていましたー ごめん… アキハバラまで行っていた(笑)

2006年06月26日(月)



 最近

しんくろ話をあんまし書いてなかったなぁ〜と思ったので。

どうやらある時ふと、
開くとドバーっと来たり、閉じたらシーンってのは、少し不自然なのではないかと思ってしまったのです。興味を持てば恐ろしい程集まってくるってのもいいんですけれど、それだと疲れてしまう。
なんでもそこそこにしないといけない。
そう思った途端、あまり大きいものが続くことがなくなってしまった気がします。そして、シーンって閉じることもなくなった気がします。

それでも毎日、ちっちゃい些細なシンクロは沢山沢山起こっています。人からしたら「偶然だね」「へぇ」程度のもの(笑)

でも、またちゃんと控えて行きたいと思います。

2006年06月25日(日)



 心がそっちむいてた

妹のおかあさんが
夕べなくなった。

ここ数日の心境はこれだったのかと思った。

2006年04月27日(木)



 少し前ですが

マザー1のゲームやっていたんですけれど
佳境の ローリーホーリーマウンテンで手こずっているとき、
まさにそんなようなメールが来ましたよ。
しかもちょっと 手こずる感じで(笑)



2006年03月30日(木)



 星をかった日

ジブリ美術館で今見られる 新作アニメ。
なのだけれど、わたしにとっては、井上先生の「星をかった日」の話をずっと聞いてきたのでそっちのこと。

久しぶりにね、先生のダイアリーを覗いて、少し読んでいたら、もう前にも見たことのある絵の前でふと…あれ?っと。

そしてその中のお話に”えー!”っと。

2006年 2月21日 (火).......「星をかった日」をかたった日

「星をかった日」のいきさつを語っています。
よかったらご覧ください。
そのページでこの絵が紹介されていました。

描いたときは考えてなかったけど、
そういえば、星をかった日、のイメージですね〜
また星の飛ぶシーンをいろいろ描いてみようと思います


そのいきさつを語っているページはこちら「星をかった日」の原作者井上直久さんインタビュー

そして、その絵ってのがね、↓これなんです。

そう、ピンポイントギャラリーで旦那が突然買ってきたこれ。小作品。
この小作品の作品展の時には、そんなお話してなかったと思うので、改めて「イメージだった」とかいうとびっくり。でもこのときか、その前の時にジブリの映画の話、そして宮崎さんがどんどんどんどんお話をすすめていく話を伺ったような記憶があります。

セブン&ワイの担当の方がどうしてこの絵を選んだのか?ちょっと伺ってみたい気もするのですが、ほんとに驚いてしまいました。

「星をかった日」の絵本は、こちらで購入できるようです
星をかった日




2006年03月07日(火)



 昔話とうさぎ!

読み聞かせから、語り
そして昔話
語りのための研究してるところのwebにたどり着く
おもしろそー。
そういう大学にいってみたい

・・・
かたや
・・・・

オザケン復活マイブーム中
どうやら童話かいてるんだってー うさぎ!っていう
えー?
その雑誌って 子どもと昔話
うひゃー、それって小澤昔ばなし研究所の

父ちゃんだったのか。もの凄い勢いで結びついた!

子どもと昔話

そして、丁度母と電話ではなしていたら、母も昔話語るおばあさんになりたいんだって。へぇー。さっそく教えておきました。なんだか近所に福音館の代理店もあるみたいで、今度そこに行くといってた。あと、なんだか市長の奥さんのなんかのグループに入ったとかで、そっちからも聞いてみると。
母はむいていると思うわ。語り部。ええどー、語り部。


2006年03月01日(水)



 内田樹 氏からの言葉

朝日新聞の今のCMを見るたび、何故か心がザワザワしていた。
 
「言葉は身勝手で、感情的で、残酷で、ときに無力だ。それでも私たちは信じている、言葉のチカラを。ジャーナリスト宣言。朝日新聞」

朝日新聞のこのキャンペーンのページによると、”ペンを握り、言葉を組み合わせ、文をつむぎ出し、真実を伝え続ける。きっと何かが変えられる。そんな思いを込めています”とあったのだが、この文章のどこに違和感を感じるのだ?と思っていたところ、「誰に」言っているのか、さっぱりわからないって所だと気付く。そして、”ぼくたち、こんな感じだけど、頑張るから、ね、ほら、僕ら朝日。朝日だからそこんとこよろしく」と、言い訳じみてその奥の感情が見え隠れするところにも違和感を感じると思ったのだった。

いや、そう思ったいたのは私だけじゃないようで、このキャンペーンのコピー自体、ここ最近もの凄くネット内では話題のようで、色々なところで、様々なTBが飛び交っているようで、読むと面白かった。内田樹氏のblogでもとりあげられていた。

さて、そんなこんなで最近めちゃめちゃ図書館通いをしている私は、たまたまあったからという理由だけで、内田樹の「子どもは判ってくれない」を借りてきた。どんな中身だかすら知らずに。
で、1ページ目をめくった途端、”たいへん長いまえがき”で、いきなり朝日深部の社説がでてきた。その社説への言葉に対する思いが、まるで今回のものと同じだたってわけだ。

『そのメッセージは誰にも向けられていない。
誰からの反論も予期しないで語られるメッセージというのは、要するに誰にも向けられていないメッセージである。「百パーセント正しいメッセージ」はしばしば「どこにも聞き手のいないメッセージ」である。
だらか、私は「メッセージを発信する」という行為において、最優先に配慮すべきことは、そのメッセージが「正しい」ことではなく、「聞き手に届く」ことだと思う』

おお!、まさに。
いや、本当はもっとこのあとに、思い切りシンクロしてる部分が多い。それくらい、言葉の出力系統が弱り切っている私に、ちょうど天から言葉が降ってきたような、そんな気分です。

2006年02月19日(日)



 愛は勝つ

先日、NEWSが初めて堂本兄弟に出演した映像を、懐かしく見た。
このときから、手越君が気になって、彼のあのキャラは美味しいな、と思ったことを思い出した。剛君が手越君にオチというポジションで完敗したので(?)、「手越です!」と顔の前に手を広げて名乗る、手越ですポーズをあげていたのも見られた。
で、ね、その中で彼らに一問一答があったのですが、「初めて買ったCDは?」で、ジャニーズの先輩のCDあげていたり、洋楽だったりするメンバーの中、オチ担当の(いや、別にオチ担当じゃないんだけど、必ずおとしてくれるから)手越君の初めてのCDは
「愛は勝つ」でした。KANの。彼1987年くらいの生まれだろうから、3歳くらいってこと?

そしたらね、何故か1992年生まれの娘がいきなり居間に来て、「愛は勝つ」のCDをかけていた。友達に「なんかCD貸したげる」って家から持ってきてくれたのが、それだったんだってー。

久々のシンクロ。
あっ 手越君の誕生日は11月11日です。

2006年02月18日(土)



 それはレオナからの輪

先週、結婚生活11年の吹越満と広田レオナが離婚したという報道を見てから、広田レオナが妙にマイブームだった。

あのとんでもないけれど不思議な雰囲気はどこで作られるのか?
何故に、吹越さんはレオナに別れないでくれーと泣き叫んだのに、家庭は面倒くさいと思いつつ、レオナ大好き、子ども大好きと矛盾したのか?など考えながら、

”そかー息子(レオナさんの前夫との子。雅裕)も俳優になったんだ〜”とか、”新しい映画の撮影で、肝機能障害になったり肋骨(ろっこつ)を2本も折ったり大変だったのかー”などと思っていた。

で、ちょいと話はずれるが、週末に「クライマーズ・ハイ」で大森南朋と新井浩文が若手の記者でいい演技していて、何故か大森南朋のプロフを見たくなった。(父の名前を再確認したかっただけなんだけど)すると、兄がいるってことを発見した。


へぇ、兄かー。全然知らなかったなぁ。売れているのかしらん?と思っていたら、 大森立嗣さんって、

1970年東京生まれ。父親は舞踏家で「大駱駝艦」の創始者である麿赤兒、弟は俳優の大森南朋。阪本順治監督、井筒和幸監督らの作品に助監督として参加。2001年、自らプロデュースし、出演した『波』(奥原浩志監督)で第31回ロッテルダム映画祭最優秀アジア映画賞“NETPAC AWARD”を受賞。2003年、『赤目四十八瀧心中未遂』(荒戸源次郎監督)の製作に携わる。満を持して2005年、『ゲルマニウムの夜』で初監督。



何?「ゲルマニウムの夜」?どこかで最近聞いた、聞いたぞと思ったところ、それは、レオナさんが肝機能障害になったり、肋骨を折ったりした、あの映画であるということに気が付く。

ここで、グルリッと レオナ→肋骨折った→(脳みそふっとび)→クライマーズ・ハイ→新井浩文・大森南朋→大森立嗣→ゲルマニウムの夜=映画メンバー(レオナ・大森南朋・新井浩文)と、綺麗に輪になりました。めでたしめでたし(笑)

ゲルマニウムの夜HP→http://www.aratofilm.com/index2.htm


2005年12月19日(月)
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