ケイケイの映画日記
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素晴らしい!昨年から三度目の公開で、やっと観られました。去年観ていたら、絶対ベスト10に入れたろう作品です。監督はライアン・クーグラ―。
1930年代のミシシッピ。黒人の双子の兄弟、スモークとスタック(マイケル・B・ジョーダン二役)は、シカゴから7年ぶりに帰郷。ダンスホールを開業する運びになります。初日から大盛況の店でしたが、まさかの惨劇が起こります。
前半と後半が全然別の展開になるし、あらゆるテーマを詰め込んでいるのに、これが混沌とせず、一本連なっていてピタッと着地するのです。観終わった後、拍手したくなりました。
前半は、スモークとスタックの周辺の町や各人物との関わりに焦点を当てて描いています。これが混沌としなかった一因かな?二人はシカゴでアル・カポネの下で働いていたという。「シカゴはどうだい?差別はなかろう」という問いに、「シカゴも同じさ。同じ悪魔なら、知っている悪魔が良い」という二人。根深い差別を感じます。しかし、湿り気のある熱気にさらされた町からは、声高な差別感より、生きて行く逞しさを感じます。
店での演奏が圧巻。黒人音楽のブルースを基調に、ジャズや民族音楽、現代のDJ や果ては京劇まで出て来て、音楽の坩堝。一見カオス状態に見えるのに、バラバラな主張が見事に調和され、見応えのあるセッションになっています。時間を割いて描いていたこのシーンが一番私は好きでした。この調和は、思えば作品を貫く「差別」に対しての、アンサーだったかと思います。
公開後だいぶ経つので、後半は吸血鬼ものになるとは知っていました。しかし、まさか吸血鬼で差別を描くとは。惨劇を引き起こすレミック(ジャック・オコンネル)は、先住民族の追手を振り切り、最初に襲うのは何とKKKの夫婦者。レミックが奏でる音楽はフォーク調の歌で、黒人とはまた違います。歌の中でレミックは、アイルランドのダブリン出身で、イングランドのリバプールに出て、差別された嘆きを歌います。その彼が、差別者の権化のようなKKKの夫婦を吸血鬼にして、手下にする。ちょっと愉快だな。
そして心ならずも吸血になった黒人たちが、吸血鬼になれば、みんな同じ。差別も何もない、一緒に手を携えようと言う。差別される怨念や哀しみ、苦しみから、解放されたとの描き方は、新鮮でした。でもそれは傷の舐めあいであって、煉獄に身を置く姿では、決して差別を克服したのでは、ありません。それは、本当の意味で落とし前を付けに行く、スモークの姿に現れていました。
スモークには妻であるアニー(ウンミ・モサク)、スタックには黒人とハーフのメアリー(ヘイリー・スタインフェルド)という思い人がいます。スモークとアニーは、子供を亡くしたという哀しい過去があります。それが長年の別居の一因でもあるのでしょう。モサクが素晴らしい。豊満な黒人女性と言うと、厚い母性と共に描かれる事が多いですが、モサクは美しい顔立ちを武器に、存分に情の濃い色香を発散させています。そしてブードゥー教の呪術師でもあり、ミステリアス。オスカー候補も納得でした。
男女の愛だけではなく、中国人のグレースが娘を守りたいがため、破れかぶれで吸血鬼に挑んだ気持ちも、よく解ります。吸血鬼になる事を良しとせず、アニーの願いを叶えたスモークも愛ならば、煉獄に彷徨う事を選んだスタックとメアリーもまた、愛なのでしょう。スタックとスモークには、「この姿で生きて行くには、道連れが必要よ」と言った、「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」の、少女の頃のキルスティン・ダンストの苦しみが、重なりました。
悪魔を呼ぶと言われたサミー(マイルズ・ケイトン)のギター。折角惨劇から逃げきったのに、彼はギターを手放せません。ギターは彼にとっての魂なのでしょう。サミーを守る事で、煉獄を生き抜いてきたスタックとメアリーの姿には、プライドが感じられました。二人の「生き甲斐」だったのかも知れません。
とにかく一から十まで全部好き!絶対劇場が良い作品ですが、配信が始まったら、これももう一度観たいと思います。
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