ケイケイの映画日記
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2021年11月23日(火) 「愛のまなざしを」




先週土曜日、テアトル梅田で、主演の仲村トオルと万田邦敏監督の舞台挨拶があったので、午前中仕事を終えて駆け付けました。仲村トオルは地味にファンだし、監督の「接吻」はとても好きなので期待値マックスで鑑賞。上映前にトークで、監督が「人生の深淵も描いていないし、元気が出る内容でもない。変な映画です。でも僕は面白いと思っています。ご自分で様々な観方をして下さい」との事。観る前に聞いていて良かった(笑)。でなけりゃ罵詈雑言だったはず。お陰で面白く鑑賞出来ました、ハイ。今回ネタバレです。

精神科医の滝沢(仲村トオル)。6年前に妻の薫(中村ゆり)を亡くし、今もその哀しさから妻の幻影を観てしまい、安定剤が手放せません。ある日患者として出会った綾子(杉野希妃)と恋に落ちます。しかしいつまでも薫が忘れられない滝沢に、綾子は嫉妬を隠しません。

ほんと、変な映画ですよ(笑)。監督さんには悪いが、前半は色々脚本が雑で破綻していたと思う。綾子は虚言癖が酷く、あれは人格障害じゃないかなぁ。患者は後出しで色々出してくるけど、それを引き出すのが医師であって、精神科医なら少ない受診回数でも判ると思うぞ。

先に綾子が滝沢を好きになり、患者とは付き合いませんと言われ、もう治りました、大丈夫。患者じゃないので付き合いましょう(by綾子)→それでは付き合いましょう(by滝沢)。一連の流れに、コメディかと思いました(笑)。いくら何でも、この流れはないだろうが。メンヘラの綾子が有りきなので、患者で登場させたのでしょうが、ここは患者じゃない方が良かった。

何の仕事をしている全く判らないのに、何でメゾネット付きの高そうなマンションに住んでるの?>綾子。最後まで仕事は何か出てこなかったけど、これなら風俗嬢の設定の方が解り易い。服装もそれっぽくケバかったし。

亡き妻を思い出すと言う理由で、中学生の息子は薫の両親に任せっきりで、父親としては失格の滝沢。同じ境遇の女子生徒が息子と絡みますが、これが絡んだだけでした。何かの伏線かと思いきや放りっぱなしで意味不明。

まぁこれには理由があって、滝沢も病気なのよね。伏せられていたメンヘラが暴露されてからの綾子や、病気が露になってくる滝沢を描く後半は、確かに人生の深淵は描いていないけど、精神疾患及びメンヘラの深淵は描けているなと思いました。

これらが露になる切欠になるのが、薫の弟の茂(斎藤工)の登場。斎藤工、すごく良かったんですよ。トークで仲村トオルが、監督は自分にはあれこれ演技をつけるのに、斎藤君には何を言わなかった。何故だろう?的なお話をされましたが、そんなの私にも解ります。斎藤工は元から変だからです(笑)。監督は彼は出来上がっているので、その世界観を壊したくなっかったそうです。

そして滝沢、綾子、茂の中で、一番変な世界観を持つ斎藤工が、一番まともと言う不思議(笑)。病んでいる者同士の、脆弱な世界で二人きりの滝沢と綾子に相反する、強固な意志を感じる茂も、本当は姉の事で傷ついているはずです。滝沢を許せない茂の感情が、滝沢と綾子に不穏な空気をもたらすのは、上手い展開です。

薫と仲の良かった茂は、あなたが姉を殺したと滝沢を詰る。実は薫は病気で亡くなったのではなく、鬱病の悪化で自殺。これも茂は他の医者に診せろと進言したのに、滝沢は無視して自分が診察したのです。薫は優秀な医大生だったのを、唐突にアメリカに留学するので付いてきて欲しいと滝沢に言われ、医大を中退していました。

「智恵子抄」的な夫婦関係が、薫の心を蝕んでいたんでしょうね。妻の優秀さに嫉妬し、成長を奪い常に自分の下に置きたかった滝沢。薫の幻影は、亡き妻への愛ではなく、罪悪感が見せていると解ります。私は滝沢のような男を知っている。それは私の夫です。

私は薫ほど優秀でもなく、至って普通の女性で短大を出た年に結婚。夫婦で家庭を育むのだと思っていたのは私だけで、夫はとにかく訳の分からぬ事を言い募り、マウントを取るのに必死。それでも年も離れているし、当時の感覚もあって、夫唱婦随で歩もうと思っていました。しかしその夫唱婦随は、夫婦で天と地の差があり、夫の夫唱婦随は、暴言や侮辱されても、妻は黙って従うものと言う代物。当然盛大に喧嘩もしたし、言い尽くせぬほどの忍従の日々でした。(今は違うよ、念のため。家では私が一番偉いです)。

薫の幻影が「あなたは私の幸せを望んだか?」と言う言葉に、自分がぴったり重なり、ため息と共に思わず涙が出ました。監督は滝沢は仲村トオルを宛書きしたそうです。滝沢も夫も間違いなく善良な人間です。その善良な男が、愛する女性を妻にした途端、自分の所有物として、自分の思いのままに生きさそうとする。妻の人生なのに、自分の気持ちを優先させるのです。全て無自覚に。
そして、それが妻への愛だと思い込んでいる。その罪の深さを、仲村トオルのような、実直で誠実を絵に描いたような男性に演じて貰う事に、深い意味があったと思いました。

綾子の前にはたくさん獲物=男が通り過ぎたでしょう。今度は滝沢がネギを背負ってやってきた。きっちり捕まった滝沢ですが、彼女に出会わなければ、薫の幻影は、自分の亡き妻への愛情だと錯覚したまま、綺麗ごとで自分を美化して生きたかも知れません。そういう意味では、綾子は菩薩だったのかも?しかしこの綾子がなぁ。

すごく魅力に乏しいのです。杉野希妃は、綾子が全然愛せなくて、演じるのに苦慮したそうですが、「さもありなん。嘘八百で周囲を振り回し、これでもかの愛情を自分に示さないと、自殺すると喚く。いやもう、人格障害の嫌なところだけがてんこ盛りに描かれています。生まれながらの虚言癖である、いやいやそうなったのには理由がある。そのどちらでも哀しい綾子には違いないのに、綾子の嘘を暴くだけ暴いて、何故そうなったのかは、全く描いていません。私は初めて杉野希妃を見るので楽しみにしていましたが、これでは彼女が気の毒でした。私は精神科に勤めていたので、綾子は人格障害なんだと理解しましたが、普通はなんだ、この女!でお仕舞なんじゃないかな。

ラスト、「真実」を告げ憎悪していた滝沢を救おうと、茂が「義兄さん!」と滝沢を呼ぶ温かさに、救われる気持ちがしました。綾子のような人は、あれしか魂は救われないし、憑き物が落ちたような滝沢は、二度と薫の幻影は観ないと思います。

個人的には面白く観ましたが、一般的にはどうですかね?お時間があれば、お確かめ下さい。


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