ケイケイの映画日記
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2022年11月26日(土) 「母性」




大変興味深くて、すごく面白かったです。原作は「イヤミス」の巨匠・湊かなえ。詩人の伊藤比呂美が、「子にとって、母親は滋養にも毒にもなる」と記述していて、感慨深く共感しましたが、滋養と毒の先には何があるか?も描いています。善き言葉として語られる「母性」をモチーフとして、家庭に閉じ込められた女性の悲哀を描いて秀逸です。監督は廣木隆一。

ルミ子(戸田恵梨香)は、非の打ちどころがない母(大地真央)に大切に育てられたお嬢様。通う絵画教室の展覧会で、母が褒めた絵を描いた今の夫(三浦誠己)と結婚します。娘の清佳(少女時代から永野芽郁)にも恵まれますが、訳合って今は、夫の実家で姑(高畑淳子)と義妹(山下リオ)と共に暮らしています。清佳は、自分に辛く当たる母から、愛情を乞う事を切に願っていました。

ルミ子の母は、頻繁に結婚した娘宅に出入りするのが気になりますが、他は至って素敵なお母さん。与える愛に恵まれた人で、包容力豊かで、常に愛ある言葉で娘を肯定し、惜しみない愛情を注ぎます。そして美しくハイカラ。げっぷが出そうな程、子供に滋養を与えるとどうなるか?ルミ子の自己肯定感は最高。母の言う通りの人生を歩めば間違いはなく、自分の思考を停止。母を溺愛、依存するようになります。女性のマザコンですね。一見、仲の良い母娘に見えるだけなので、男性のマザコンよりたちが悪い。

何故ルミ子の母は、こんなにも娘に愛情を注げるのか?どうも夫はずっと前に亡くなっているようです。実母は、夫の分まで娘に愛情を注いだたのじゃないかな?娘が結婚後も、ルミ子の夫への気遣いも形だけで、その様子は変化なし。手出しして、見守る事が出来ない。これがルミ子が娘→母へ移行できなかった、一番の要因です。娘でいる方が幸せの価値観を植え付けた実母は、滋養が過ぎて毒となったのだと思う。

姑はルミ子に対して嫁いびりが酷い。諸悪の権化のように見えますが、私はこのお母さんが一番解り易かったです。体が辛く動けないルミ子に「私は40度の熱があったって、畑仕事したよ!」と、怒鳴りつける。ルミ子が家事一切に畑仕事を無償でこなしても、労いも感謝もなく、毎日罵声を浴びせる。これ多分、自分の姑にされた事ですよ。夫もDV・モラ気質と後述され、ルミ子の夫である息子は、学生運動へ家庭から現実逃避。娘であるリツ子だけが、姑の味方だったのだと思う。だからリツ子の自立を妨げ、ずっと自分の手元に置きたかったんだね。

私の母が、過分にこの傾向のあった人で、リツ子の気持ちはよく理解できました。 


さて、自分に依存する毒がいっぱいの母親を持つとどうなるか?一周回って娘の自立を即するのです。清佳に向けたリツ子の言葉は、姑→ルミ子→清佳の魔のトライアングルを、じっと見つめていたと言う事です。これを理解出来るのは、リツ子自身が、母との間に苦悩や葛藤を抱えていたのだと、私は理解しました。

普通なら、娘が自分を庇い、姑に意見してくれる事は、涙が出るくらい嬉しいはず。でもルミ子は、「私のして欲しい事は、そんな事じゃない!」と、娘を責めます。姑に認めて貰う事、これがルミ子の今の命題だから。でもそこに愛も情も誠も無い。何故なら、夫も娘も愛していないから。ただひたすらに、姑であっても、母と言う幻想にすがりついている。でもね、姑は母親じゃないんだよ。

夫は夫で、娘に愛情を見せない妻と、母の愛を乞う娘を持て余す。ルミ子自身への愛ではなく、「深窓のお嬢様育ち」と言う、がさつで田舎臭い自分の家庭にはない、ルミ子の背景に憧れがあったのでは?ルミ子の母が結婚を認めたのも、家の格的にはルミ子の方が上。住む家も提供して、自由に娘の家に出入りできると言う、密かな目論見があったかも?夜勤ありの工員と、ルミ子では釣り合いが取れないですよね、愛し合ってもいないのに。真央ママ、やっぱり毒だね(笑)。

この作品、ルミ子の出自である「お嬢様育ち」と言うのも、キーワードかと思います。夫はルミ子がお嬢様育ちで世間知らずなので、離婚出来ないと言う。いやいや言い訳だね。自分の嫌いな実家に戻り、家族三人の家さえ借り無い夫。これもルミ子がお嬢様育ちで働けないからと言いたいのか?それはお前が妻子を養う気概も甲斐性もない、卑小な男だからだろうが。

お嬢様育ち=世間知らずだから、ルミ子はあの鬱陶しく鬼のような姑、ろくでなしの夫でも我慢できたのでしょう。昔はこうやって、お嬢様でもないのに、「お嬢様育ち」の美名の元、女を閉じ込め、賃金の要らない家政婦のようにこき使ってきたんだよ。だから清佳は、「ママにお金を払って!」と、母を想い当然の抗議をしたのだと思う。その気持ちも踏みにじるルミ子に、私は同じ母親として、腹が立つより哀れを感じました。

もう一つ、ルミ子が我慢しなければならなかった背景は、実家が無くなってしまったから。実家のない嫁、疎遠な嫁には、庇いだてせず、蔑ろにする夫が多くいるんだよ。これ私の実体験だからね。夫は否定するけど、無自覚なだけなので、いっそ始末が悪い。ルミ子の夫は、自覚していたと思います。

ラスト近くに、姑が「ありがとう、ルミ子さん」と言うと、ルミ子が薄ら笑いを浮かべる。自分の息子は判らないのに、世話してくれる嫁は判る。近しい昔は、この光景を「嫁が報われた」と表現され、美談になりました。この作品の流れでは、悪い冗談だと思いますが。私はそう取りました。私なら優しかった姑が認知症で暴力的になった方が、絶対にましだわ。ルミ子の微笑みは愛想笑いの薄ら笑いで、心が無かったです(戸田恵梨香、上手いぞ!)。とっても不気味でした。このシーンが美談に見える人は、要注意。感覚のアップデートが必要だと思います。

戸田恵梨香は深窓のお嬢様は、やや苦しかったです。でもやつれて、魔界に住むような妖気を漂わせる毒母の様子が素晴らしく、怒涛の挽回でした。11歳しか違わないのに、きちんと永野芽郁の母に見えたのも立派です。

愛を乞う娘を演じる永野芽郁も、彼女の陽性の持ち味が、辛くて健気な清佳を救ってくれました。大地真央の比類なき美しさ、高畑淳子の怪演も好対照で出色の出来。ぐっと作品に華やぎや賑やかさをもたらしています。山下リオは、どの作品でも地味ながら爪痕を残します。もっと売れていい人だと思う。三浦誠己を、ボコボコにしばきたくなったから、それは彼の演技が上手かったからでしょう(笑)。

清佳の名前は、やっと最後で出てきます。それなのに作中ずっと違和感なし。あー!と、その事に溜息が出ました。ルミ子の名前もずっと忘れていました。女の人生、まだまだ下の名前が必要ない人生を送る人が多い、との表現だと思います。〇〇の娘、〇〇の妻だけで人生が終わってしまうのです。恐ろしい。その中で義妹=リツ子、りっちゃんだけは、ずっと名前がありました。彼女から学ぶことがたくさんありそう。清佳も、それに続くと思います。

作中、母性は生まれ持っているのか、それとも育つのか?と言う会話がありました。私は元々、母性は女性に備わっているものだと思います。上手く育てられなかったら、開花させる手助けをするのは誰か?実母でも姑でもなく、夫です。実母も姑である私も、そこを自警しなければ。娘から母へと育つのを、見守るのです。 

母親は、滋養と毒が、程々に共存するのが良いようですね。


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