知らんけど

2006年12月14日(木)

ノロウィルス炸裂中である。うちの病院も例外ではない。しかし、病院ともあろうに、対策が後手後手である。

まず、ノロウィルスが疑われる症状が一人出た時点で、最大限の予防策をはかるべきである。1%でも可能性がある出来事が起きたなら、最悪のシナリオを想定して速やかに最大限の対策を取る。これがリスクマネージメントではないのか。うちの病院は、「なんか似てるね。でも分からないから、仕方がないね。」で放置され、似た症状を持つ人々が集団で出てきてから対策を「考え」始める。考え始めた頃にはもう時すでに遅く、考えた対策を実施する時には、すでに蔓延している。

笑い話のようだが、うちの病院のリスクマネージメントをリスクマネージメントする部署が必要なんじゃないか。リスクマネージメントの本質を本当に理解していないからこんな茶番劇が生まれる。「気をつけていました。」ではすまないのである。



2006年12月12日(火)

混乱中である。転職活動を始めたのは良いが、行き詰っている。別に行くところがないわけではない。内定をもらったところもあったし、選ばなければいくところはある。しかし、今がイヤだからどこでも行くでは、単なる逃げ腰転職になる。自分がなんとなく、漠然ではあるけれど、胸に抱いているあるべき職業像が具現化できる職場じゃなければ行く意味がない。

しかし、今の職場に期待が持てないのも現実だ。視点を変えれば、考え方を変えれば、そうした概念的な変化が起これば現実の捉え方も変わるのだろうけれど、実際はそれほど理性の利く話でもない。これは「イヤダ」という感情の話なのだ。仮に今の職場に残るとして、この「イヤダ」という感情が消滅していく機会があるのかと考えると、今の時点では考えにくい。

次の職場も満足に見つけられないし、今の職場にも満足できない。八方ふさがりである。弱音ではなく、正直にこれは精神的にかなり辛い。何かに責め立てれて、それに耐える方がまだ気持ちは楽だ。動けない。気づかれない。こうした孤立感はとてもこたえる。

弱音ではないと書いた。実際に弱音ではない。例えば、マラソンで言えば、途中何度も「しんどい。」「やめたい。」と思う。もし、声を出して誰かに訴えることができるなら、「もう、イヤだ!」と言ってしまうくらいの辛さがある。しかし、そう思うことは単なる気持ちの吐露であって、弱音ではない。だから完走できた。

今回の精神的な辛さも似ている。辛い。何とかしてもらえるなら、何とかして欲しい。しかし、ここは辛さをそのまま受け止めて、吐露して、やり過ごすしかないのだ。

なんて格好の良いことを書きながら、頭の片隅で思う。「人生って良くわかんねえな。」この時期が将来振り返った時に、意味のある一つの出来事として存在することを信じるしかない。



2006年12月10日(日)

昨晩、仕事の後に「硫黄島からの手紙」を観てきた。僕は命をかけるべきものを持つか?そして実際に命を落とすことができるか?人が生きているということは何なのか?それを考えずにはいられない。

茂木健一郎氏のブログに紹介されていた、スティーブ・ジョブ氏のスピーチに魅了された。多くを語る必要はあるまい。音声ファイルとして保存し何度も繰り返し聴いている。



本命の病院から返事が来た。内定せず。面接官の態度が最初から明らかだったので、結果には驚かず。しかし、悔しい。人の履歴をボロクソに言うだけの面接。最初から書類選考ではいいではないか。改めて、人の気分を悪くさせるための面接をする病院関係者、恐らく上層部の態度には驚きを通り越して哀れみを感じる。そんな人に患者の気持ちなどわかるはずがない。

とは正論かもしれないが、言ったとしても所詮は負け犬のたわごとであることには違いない。しかし、考えてみれば、職場の事務長といい院長といい、今回の面接といい、医療従事者の上に立つものから末端に至るまで、数多く落胆させられてきた。かなりレベルの低い業界であることは、少なくとも僕の周りでは間違いない。

もしこの記事を読まれている学生の方がおられるのなら、4月に入職なんて別にこだわる必要はないと進言しておく。もちろん、それによって多少のハンデはあるとしても、自分が納得できるまで職場を吟味することをお勧めする。それでも思ったような職場ではないかもしれない可能性は高い。そこは現実である。こういわなければならないのは非常に腹立たしいが、ある程度の妥協は必要である。

しかし、紹介したスティーブ・ジョブ氏のスピーチを何度も聞き返して欲しい。(英語が分からないなんて言わずに、和訳を自分の力で探して欲しい。)

Your work is going to fill a large part of your life, and the only way to be truly satisfied is to do what you believe is great work. And the only way to do great work is to love what you do. If you haven't found it yet, keep looking. Don't settle. As with all matters of the heart, you'll know when you find it. And, like any great relationship, it just gets better and better as the years roll on. So keep looking until you find it. Don't settle.



2006年12月07日(木)

いつもは病院の食堂で夕食を食べて帰るのだが、最近はそれを一時ストップして外食やらコンビニ弁当やらになっている。ま、約二年間病院の食事を食べてきたが、さすがにローテーションに飽きたというところだろうか。

マラソン後の筋肉痛はほぼ消失しかけている。筋肉痛があっても徒歩通勤30分は相変わらずで、朝ブラブラと歩きながら出勤するのは気持ちが良い。すれ違う人の顔を見るのも楽しいし、ウンコしているチワワが周りを気にしてキョロキョロしている姿は単純にかわいい。時折、頬を撫でる寒風に気持ちよさを感じてしまうのだから、朝の徒歩通勤マニアになりつつある。

実はそこそこ高価な自転車を持っているし、折り畳み自転車だって持っている。だから、自転車通勤もできなくはない。でも、歩きたいのだ。バイクに乗っているときも、自転車に乗っているときも、基本的に周りに注意を払えない。チワワのウンコ姿を見るなんて、バイクでは気がつかないし、自転車だと危ない。やっぱり歩いていないと見えない風景があるのだ。

確かにバイクじゃないと得られない感覚や、自転車ならではの爽快感は存在する。僕はバイクの楽しみはそれほど自分の好みに合わずに、売り払ってしまったが、自転車はそこそこ楽しい。しかし、やっぱり歩きにはかなわない。徒歩通勤同盟でも作りたいものである。

ところが、転職でもすると徒歩通勤が難しくなるのがちょっと悲しい。



2006年12月06日(水)

久しぶりの出勤。マラソン後の筋肉痛もだいぶ和らぎ、仕事への支障は全くなく一安心。

マラソン完走後だからか、休みの後だからか分からないが、気分的にはすっきり気分だった。毎回、南の国に行った後は気分が良い。向こうの楽天的な雰囲気に感化されて帰って来るからだろうか。しばらくすると、現実が待ち構えていて、次第にそれに毒されていく。何なんだろうね。毒されていく現実ってのは。

仕事後は、読書をしに久しぶりにドトールへ。三冊の本を少しずつ大体1時間半くらい読む。こうしてゆっくりと喫茶店で本を読むのも久しぶりだな。最近、こうした時間を持っていなかった。いつもなら21時からジムに行って走るのだが、今週はマラソン後ということもあり、完全休養予定。寒い中を自転車で帰宅。

転職活動も昨日の件でかなりトーンダウンしている。しかし、今の職場に居続けることはやっぱり考えられない。最悪は後一年は居ることになるのだろうけど、まだあきらめず次の職場を探していこうと思う。



2006年12月05日(火)

今日、本命だった病院での面接があった。最悪だった。内定は出ないと思うが、仮に出たとしても断る気持ちで一杯だ。僕が最悪だったのではなくて、病院側が最悪だった。

面接官は3人。まず、部屋のドアをノックするが、返事がない。しかたなく、そのまま入ると3人は3人でお話中。二つ椅子が置いてあるから、手前の椅子に座ろうとしたら、右端に座っているじいさんが「そこは荷物。」とぶっきらぼうに言う。この時点で僕の心の中は「??」席に着き、「よろしくお願いします。」と言うが、誰も顔をあげて僕の顔を見ない。「??」

右端のじいさんは椅子にふんぞり返るように座り、僕の履歴書のコピーを眺めている。その後、僕の履歴書にいちゃもんをつけ始めた。いちゃもんつけられても、履歴は僕の人生で過去のことなので、「はい。」としか返事のしようがない。途中であまりにもバカらしくなって、無言で聞いていた。その間、左端に座っている若い男性スタッフが、じーっと僕の顔を見つめている。「??」だから僕も無言のままじーっとその若いスタッフの顔を眺めた。じいさんはいちゃもんをつけ続けている。真ん中の女性は、黙ってむっつりした顔でただ僕の履歴書を眺めているだけ。

じいさんが何か質問したので、それに答えていると、真ん中の女性の携帯電話が鳴る。左端の若いスタッフの携帯も鳴る。左端のスタッフは携帯片手に部屋を出て行く。女性は鳴っている携帯を眺めてから、スイッチを切っていた。その間、僕は話し続けていいものかどうか迷いながら、半ばあきれ気味にその面接官達を見つめながら話した。誰も聞いていないのに。

真ん中の女性は、一つだけ質問をした。そのときに僕の顔をチラッと見ただけ。それ以外はずっと下を向いていた。若い男性は、ありきたりの質問を投げかけて、それで終わり。なんなんだこの面接は?結局、面接官は名前も名乗らず、肩書きも示さず。不愉快極まりなかった。箱は素晴らしい病院だが、中身はクズか?と思わせる面接。あきらかに人を人と思っていない。本命の病院だっただけにショックだったが、就職する前に知れてよかった。

帰りに人事の担当者が、「失礼なことを申しまして申し訳ありませんでした。」と言っていた。「いえいえ、人それぞれ意見がありますから大丈夫です。」と答えておいた。人事担当者とトップとに温度差がある。これは問題であろう。転職活動は白紙に戻ったかもしれない。



2006年12月04日(月)

42.195キロ。記録6時間13分。完走した。制限時間内の完走は心の奥底ではたぶん無理だろうと思っていただけにうれしい。

初マラソンの感想を一言で述べるなら、「自分との闘い」。幾度も自分との勝負がある。勝ったり負けたり。最終的には勝ったから完走できた。そんな気がする。

そして、楽しい大会だった。那覇マラソンは特別なのかもしれない。沿道には一般の市民が大勢でて食べ物や飲み物をボランティアでランナーに手渡す。

不安、痛み、弱音、励まし、達成感。この経験からしか得られない感覚。それが一番の成果。



2006年12月02日(土)

今日から沖縄入りする。伊丹空港の搭乗口から携帯で書いている。

搭乗を待つ客の少なくとも四分の一はマラソン目当てだ。今から走って那覇まで行くのかというようないでたちの客も多い。いちゃつくカップルも何組か。ビジネスマンらしき姿は、ない。やっぱり沖縄は遊びに行くところだ。少なくとも本土の人間にとっては。

空港に来るとこれから旅立つというわくわく感が湧き起こる。これがクオリアかと思いながら静かに周りを見渡す。たくさんのわくわく感のクオリアがこの空港には湧き起こっているのかと思うと不思議な気持ちになる。



2006年11月29日(水)

2002年7月30日(http://www.enpitu.ne.jp/usr/bin/day?id=9058&pg=20020730)の日記を読み返していて驚いた。なんだ4年前から脳科学における心と脳について考えていたのか。「個々の主体的な感覚です。」なんて書いてあるのを見てなぜか大笑いした。なぜなら、今僕が一番関心を持っているのが、患者さんの主体的な感覚とリハビリの療法との関係性だからだ。

しかも、その題材は小林秀雄じゃないか。今、僕は茂木健一郎にはまっているが、彼も小林秀雄の思想に大きな影響を受けているし、彼が書いた「脳と仮想」は小林秀雄賞まで受賞している。待てよ。もしかして、雑誌「考える人」に小林秀雄の言葉を借りて、心と脳の問題を提起していたのは、もしかして茂木健一郎だったのか。

で、「考える人」のバックナンバー(http://www.shinchosha.co.jp/kangaeruhito/mokuji/01.html)を見てみたら、どんぴしゃである。なんだ、この頃から茂木健一郎の書く文章が好きだったんだな。今の僕の日課は茂木健一郎のブログを毎日チェックすることである。この人、脳科学者なのか哲学者なのか芸術家なのか小説家なのか良く分からないくらいに、その才能が伺える文章を書くのだ。あこがれる。僕には今のところこの才能を真似することでさえ不可能だが。彼の唱えるクオリアというものを、彼の文章から体感するのだ。もしかして、彼はそれを意識して書いているのだろうか。もしそうなら、恐ろしい。

今からジムに走りに行ってくる。30分にするか1時間にするか、本番を四日後に控えて、どれくらいのトレーニングが適しているのか良く分からない。ただ、ハードにやるには今日が最後くらいにしとくべきか。じゃあ、1時間だな。走っている間、一体、自分は何を考えているのだろうかと思い、いつも覚えておこうとするのだが、走り終わった爽快感がその記憶を完全に消し去ってしまう。あの爽快感は一種のストレス除去剤みたいなものだな。

自分の考えていることなんて時間とともに消えてなくなる。ところが、日記を読み返してみると、おいおい、昔から考えてたことじゃんかって気がつく。この過去と現在の自分の考えがリンクするってのも、これまた新たな発見で面白い。



2006年11月28日(火)

昔の日記を読み返していると、恥ずかしい気持ち半分と懐かしい気持ち半分になる。そのまま読み続けていると、懐かしさが大きくなってきて、いつの間にか書いていたその時の気持ちを思い出していたりする。昔のサラリーマン時代の辛かった時代が蘇ってきて、胸が苦しくなった。今がどんなに楽で恵まれているか。いや、サラリーマン時代は振り返ってみると収穫の多い貴重な2年間だった。実質は多分普通の3倍くらいの仕事量だったかもしれない。少なくとも今の職場の5倍の仕事はしていた。

苦労話として自慢したいところもある。これだけ頑張ったということを知らない人に認めてもらいたいという気持ちは誰にでもあるのだから隠すことではない。しかし、同時に本当に分かってもらえるのは、一緒に働いていた上司や同期だけで、体験のない人に自慢げに苦労話をしたところで、それは実際には伝わらない。ただ、今の職場で「忙しい。」とか「ちょっとそれはできません。」なんて言葉を聞くと、内心は「はぁ?」って思ってしまう。「忙しいなら残業しろよ。」「できないじゃなくてできる方法を考えろよ。」と思う自分がいる。

前のサラリーマン時代の基準が体に染み付いている。一度、経験したある意味密度の濃い世界は、体に染み付く。不思議なことに、どれだけ怠けたいと思って実際に怠けていても、この体に染み付いた基準はムクムクと起き上がってくる。満足できなくなるのだ。以前のような超がつくほどの忙しさや仕事量は要らないにしても、この環境は自分の能力を発揮するには不十分だと体が教えてくれる。もう一度言うが、体が教えてくれる。頭じゃない、体が教えてくれる。

話は飛ぶが、「理解する」と「納得する」はかなり違うということを今日の帰り道に思った。たまたま患者さんのご家族に、僕と同じ高校の出身の方がおられて、母校の校訓の話になった。「自由、自治、創造」これが母校の校訓である。高校時代は眼が死んでいた。学校が嫌いで、高三の時に退学する相談をした。結局、それだけの勇気がなくて卒業はしたが、意味を感じずに過ごした高校時代だった。別にそれはどうでもいいのだが、それだけ嫌いだった高校の校訓だけは忘れずに覚えていた。「自由、自治、創造」高校生の時は、その校訓の意味を「理解」していたつもりだった。今までも。でも、最近になってようやくこの意味が「納得」できた。

納得とは体が感覚として受け入れること。そんな印象を強くした。自分に正直にと言うことがあるが、自分って何だよ。って思っていた。たぶん、体に正直にということなんだろうな。

蛇足だが、人間は表面的な感覚受容器からの感覚だけではなくて、内臓からも刺激入力を受け知覚している。体が感じるというのは、そうした内臓からの知覚も大きな意味を持つんじゃないだろうか?


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