内定をもらっていた施設に、正式にお断りの電話を入れたが、なぜかとてもたどたどしいしゃべり方になってしまった。別にやましいところはないのにも関わらず、妙な罪悪感である。仕方がないじゃないか、悩んで悩んで自分のやりたいことの方向性を出しながら職を探しているわけなんだから。大体、見学させてくれと言っただけなのに、いきなり面接しちゃった施設側もちょっと勇み足だったんじゃないの?なんて屁理屈言って自分の妙な罪悪感を軽くしようとしてみる。
本命の病院から面接の日程の知らせがあった。仕事が終わってから家に帰るまで、家に帰ってからも携帯電話を握っていた。いつ電話が来ても出てやる。っていう感じで。電話が来たときは、別にまだ面接も受けていないのに「よっしゃー!」と雄たけびをあげた。今、気持ちが宙ぶらりんだから、早くなにかにすがりたいって気分なんだな。何日に面接です。というだけで、すごく安心するわけ。次は早く結果が来ないかな〜ってなるんだろうけど。
正直、明日にでも「退職願」を書きたい気分。別に今の病院を頭ごなしに批判する気は無いけれど、ダメだこりゃ。って瞬間が多すぎる。今までは何とか話し合って、新しい提案をしてとか、努力できたけど、あたしゃもうギブアップ。そういう気がないんだもの。スタッフに。当然の結果としてモチベーションが一気に下がりまくっている。こういう環境に満足できる方はどうぞ満足して働いてもらって結構。ただ、僕はいやだ。
内定への断り電話をした時に、あちらの担当者に「よろしければ理由を教えてください。」と聞かれた。そこではうやむやに答えたが、やっぱり僕は「治療者」としての療法士であることを優先したい。社会福祉思想的なケアを重視したリハビリが、リハビリじゃないとは言わないが、決して国家資格を持った療法士がしなけりゃいけないことではない。僕らがやることは他にあるはずだと思うんだよね。
来週にマラソンを控え、今日は武庫川の河川敷で10キロ程度走ろうかと思っていたが、雨が降っていたので気持ちが萎える。
マラソンに出るなんて自分でも信じがたいが、これが本当で昨日事務局からゼッケンの引換券が送られてきた。これもまた信じがたいことだが、高校時代は陸上部に所属していた。と言っても、特に考えもなく陸上部に入ったし、走る能力が高いわけでもなく、まあ、途中でやめたりと中途半端。たぶん、走るフォームだけはきれいだったと思う。
球技では人一倍走る事ができるし、球技では持久力は高い。バスケットなんかも得意だし、タッチラグビーっていうスポーツをしていたが、めちゃくちゃ走る量の多いスポーツだ。そういう目的ある走りなら結構いけるのだが、走ることが目的となると、これが苦手だった。今年の2月からコナミのスポーツクラブに通いはじめて、コンスタントに走ったり泳いだりしてきた。その中で走ることが苦でなくなってきた。不思議。
走ることが楽しいってのはちょっと違う。走った後の爽快感がたぶん続ける原因の一つ。更に大きいのはやはり体力が戻ってきたこと、体重が減ってきたこと、体が締まってきたという体調面での変化だと思う。そこにマラソン話が持ち上がって、少しモチベーションが上がったということもあり、今は走るのが体調管理の一つの手段になってきた。なんか少しお腹が張るな〜って感じる時は走るとその張りがなくなったりする。なんか頭痛がするな〜って感じる時も走るとすーっと頭痛が消えていたりする。
大体、30分で3〜4キロを走るのが日々の走りだ。時速に直すと平均7キロぐらいかな。走り始めと終わりはゆっくり歩くので速度は遅いが、一番スピードを出す時は時速9キロで走る。ただ、マラソンは早く走るというよりコンスタントにタイムを刻むことが必要だから、今は時速7〜8キロをキープして走ることを意識している。先日、それで1時間走ったが、まあいける感じ。
ということで、たいして面白くない話になったが、来週はマラソンに出場してくる。ちなみに出場するのは沖縄の那覇マラソン。
休みの日ごとに書いているから休日日記にでも名前を変えようか。
更にいくつかの病院や事業所へ見学に行ってきた。そこのスタッフと話もしてきた。見学や話の中で、やっぱり自分は今の職場に居る限り、療法士としての資質を今以上に向上させていくことはできないと痛感した。なぜかというと、やっぱり外には自分の知らない世界がまだまだたくさんあるから。今の職場にそうした外に開き、同時に上を目指すような方向性を感じない。あるのは、内向きの保身と下向きのリスク管理のみである。
ある施設の内定はお断りした。自分の中で盛り上がってきている脳科学の最新の知見とリハビリテーションの新しいあり方について、やはり施設ではつっこみ切れないような気がするからである。やはりリハビリテーション病院という、リハビリテーションを第一に考えている病院で、理解のある医師や病棟、そして他の療法士とともに、これまでにない新しい療法のあり方を探っていきたいと思っているからだ。
最初の頃は、そんなことを思ってはいなかった。今の病院に入職した当時は、やはりリハビリテーションとは何なのか?という根本的な部分が分からなくて、とても困惑した。そこから、リハビリテーションとはなんぞや?という疑問を解明すべく、様々な方面で行われる講演会や勉強会にも参加した。一時は、やはり福祉的な視点が必要なのではないかという思いを強くしたこともあった。機能回復なんて無理だろうってあきらめかけたこともあった。
しかし、今は多くの刺激の中から、本来自分が何をリハビリテーションに求めていたか、そして、今後のリハビリテーションに自分がどう関わっていきたいかが、明らかになってきたような気がする。恐らく、今が自分の旬なのだと思う。そのタイミングを逃したくはない。
なんか1週間ごとに書いているから日記じゃなくなってきてるな。まあ、いいか。今週はエロエロはなくて、色々あった。
先週、事務長に諸々の要望書を出したが、一週間経っても反応なし。あ、これはかなり適当に扱ってるなと思ったので、さらにかなり主観的ではあるが、こちらの思っている問題点をまとめて、紙面で上司に提出。そして、納得のいくものが出てこないかぎり、「あっしゃ、この職場に残る理由はありませんのよ。」と説明。すると、翌日の夕方に事務長より呼び出しかかるが、まあ、いつもどおりの詐欺的会話の末、特に進展もなく終了。詐欺的な会話が更に心証を悪くして辞める気満々になる。
先週面接に行った病院から内定の話をもらうが、電話で断る。今週、ある施設から内定の書面をもらうが、これも断る予定。先日はあるリハビリテーション病院へ見学へ。なかなかいい感じ。来週も月曜日にある訪問リハビリの会社へ話を聞きに行くし、その翌日にはさらに別のリハビリ病院へ見学へ行く予定。と、まあ、こちらはどんどん話が進んでいて、12月末〜1月の中旬には次の職場を決めてしまう勢いで動いている。
どうしようもないバカ事務長の話を書いても仕方がないのだが、彼はやっぱり浮世離れしているというか、人の気持ちを推し量ることができないようだ。噂によればボンボンらしいし、仕方がないか。今回も、なんか目新しい話を持ち出したり、思いつきのアイディアを話していたが、これまでもそうした目新しい話や思い付きのアイディアでこちらに期待感を持たせて、ことごとく実現してこなかった。もう、バカにするのもいい加減にしろっつうの。
企業において、会社側から出される辞令や命令は絶対であることは確かだし、その実績に応じてできることができなくなることは良くあることだ。だから、別にこちらの期待が外れる事自体に文句を言うつもりはあまりない。しかし、同時に期待が外れることが続いたり、企業の実績が急落しているのを目の当たりにして、動揺しない人も少ないだろう。見事な理念の上に創立された企業であり、人として尊敬に値する上司が一人でもいれば、多少の不安があってもその企業のためになんとかと思えるのだろうが、うちの場合はそんなものが一つどころか、かけらもない。
ということで転職は決定的である。これまでの見学や面接から、自分なりの市場価値が多少なりともあるということを確認できたし、いつ辞めても困らないだろう。さようなら。バカ事務長。
1週間日記をさぼった。さぼるといっても別に義務じゃないから好きなようにすればいいんだけどね。
今週は面接週間。月曜日に面接受けて、木曜日にも面接受けた。月曜日の方はまあなんとなく来てくださいみたいな感じだが、お断りする。木曜日の方はなかなか良いところだったが、まだ採用不採用の通知は来ていない。採用通知が来たら検討するつもり。まだまだ、面接を受けようと考えている。今の職場がどうとかこうとかよりも、色々なところを見に行き、話をすることはとても勉強になる。
元々は維持期や慢性期に焦点を合わせていたが、回復期とかでもいいかなと思うようになってきた。先日行った勉強会の影響もあるが、やはり療法士は患者さんの機能を回復させるのが仕事である。勉強会でも言われていたが、ICFなどは社会福祉の思想であり、療法士の専門性と混同してはならない。あくまでも障害者の機能を回復させる方略を常に模索しつづけることが重要だ。
もちろん社会福祉思想は大切だが、勉強会でも言われていた通り、それは療法士が目指すものではない。医師、看護師、療法士、MSW、家族、地域、患者に関わる全ての職種がそこを目指すべきである。社会福祉の視点こそ、チームアプローチが必要なのであって、療法士が行う機能回復はその一部分でしかない。セラピーとは治療なのであるということを改めて突きつけられたことで、今までの不明瞭な部分が晴れた気がする。
そうした気持ちの変化が、もう少し療法士としての技量を磨くことへの興味を持たせた。どちらかというと福祉や介護、ケア的な視点でセラピーを眺めることが多かった僕であるが、少し新しい境地を得たような感覚なのだ。
2日半もの間監禁されたような勉強会が終了。いやー、正直きつかった。理解しようとする能力をフルフルに使ったせいか、おとといも昨日も夜は爆睡。三日目の今日は休んじゃおうかな〜なんて少し頭をよぎったが、朝は普通に家を出ていた。やっぱ自腹で二万円払って参加してるんだからね。
詳細な内容はいずれブログで書くとして、しかし、世の中には溢れるほどの情熱ですごいエネルギーで活動している人がいるんだね。本当にすごい。そうなりたいかどうかは別にして、そういう人たちが最先端を支えているんだろうなって思う。良く言われることだけど、最先端で世の中を引っ張っているのは集団のほんの数パーセントの人だけなんだってね。
僕はそんな人間になれるほどの努力をしていないし、したくなるような心もない。でも、この先は分からないよね。最初からあきらめるつもりはない。ただ、これって単なる形だけの憧れでは続かない。自分の心からそうなりたいと思わない限りなれないんだよね。僕は好奇心が強いほうだから、こうして色々な勉強会に参加したり、本を読んだりするのが好きだけど、あまり続かないんだな。いつか続く日が来るんだろうか。まあ、来ても来なくてもどっちでも構わないけど。
しかし、この仕事は奥深い。面白さはまだまだ僕の今のレベルの先の方にあるんだろうなって感じた。職場はイヤだけど。
いやー、きつい。昨日からある勉強会に参加しているのだが、昨日は朝の10時から18時まで、今日は朝の9時から18時半まで、びっちりと講義が詰まっている。しかも、自宅から1時間以上かかる場所だから、朝もいつも通りに起きていく。正直、今日の2日目が終了してバテ気味だ。明日は午前中で終了予定。何がしんどいって、自分の専門分野ではないだけに一部の話が理解しづらいのだ。まあ、それを知ってて参加したのだから自業自得だけど。
ということで今日もすぐに寝る。最近23時までには寝てる。でも、朝は眠い。まだ若いな。
サラリーマン生活でだらけた体になった時は、もう歳なんだろうかって思っていた。けれど、今は学生時代の体に戻りつつある。サラリーマン時代に大学のサークルに顔出して、学生時代の気分でプレーしたら見事にこけて鎖骨を折った。あの時はショックだったな。足が出ないんだもん。出せるつもりで、出したと思ったところに足が出ていなくて、他のプレーヤーに引っかかってドスン。ポッキ。(笑)
今日は職場のテニス仲間とテニスをした。動くんですよ。中学生や高校生の頃の全盛期の動きはないけれど、走れる。足が出てる。もし、何か劣ったところを挙げろといわれると、最初の一歩が出るのがやっぱり遅くなってるかな。昔だったら追いつけたところが、あと少しで追いつけない感じ。それ以外はそこそこ動けてる。体力というか運動神経ってのは、歳でそんなに落ちないんだね。落ちるのは普段の運動量とやる気なんだろうって思った。
朝晩の通勤での30分のウォーキング。ジムでの30分走。それだけ。それだけでかなり動きが戻ってきてるんだからすごい。やっぱり運動は足腰なんだね。自分の体が思うように動かせると、それは楽しい。自分の思い通りにならないと、それって心理的な影響さえ及ぼすんじゃないかと思う。特に昔スポーツをバリバリやっていた人が、子どもの運動会なんかで転んじゃったりすると、これはショックだろうね〜。「え?なんで?」って最初は理解できないかも。
体は動かすこと。大した運動じゃなくてもいいから毎日一定の量を。まずは簡単なところから。老け込むには早いよ。
目標を立てることが大事って、色々なビジネス書に書いてある。実際に、そうして目標を立てて頑張ったこともある。確かに大学時代は、「首席で卒業する。」という内なる目標を立てて四年間を過ごし、首席は無理だったが成績優秀者で表彰された。これは大きな自信になったけれど、大きな落とし穴があるんだよね。その後、目標が無くなってしまった。(笑)
次の目標を失った僕はなんとなく企業に就職して、激務に耐えることになった。まあ、それはそれでいい勉強だったし、終わったことを悔やむなんてことは無駄なことだから、今となってはとてもよい結果であったわけ。けれど、目標という話題に話を戻すと、目標は常に次の次辺りを見ながら立てていかないと途中で路頭に迷うわけ。
いくつかの目印を目指して歩くわけだけど、果たしてその先の何を目指しているのかってのが分かっていないと、目先の目標の意味なんてないんだよね。で、僕はその先の何を目指しているのか、正直なところ、皆目見当つかなくて「やっぱわからんわ。」とあきらめている。だから、目先の目標を立てる意味を感じないし、立てようとも思わない。
確かに目標を立てれば楽なんだよ。しかし、目標を立てるための目標ならホント意味がない。人参を目の前にぶら下げて走り続ける馬を見て、どんなことを思う?僕はそんなだましだましの頑張りはイヤだなって思う。
今の世の中の枠組みがそうなってしまったんだろうけど、何かというと目標を立てたがる、探したがる、それこそが一番大事だといいたがる。そんな風潮があるよね。
一番大事なのは目標じゃなくて、「目的」だと僕は思うのね。さっきの目印を目指して歩く、その目的地が大事なんだと思う。目的地がはっきりしているからこそ、目印となる目標の意味がある。
なんてことを言っておいて、こんなことを言うのはなんだけど、「目的」なんてものを人生に発見することは不可能ですよ。私が生まれて生きている目的は○○です。なんて怖いったりゃありゃしない。そう決め付ける人生もありなのかもしれないけれど、そりゃある意味あきらめだろ。
だから、ただ歩くしかないのね。止まりたい時は止まればいいのね。走りたくなったら走ればいいし、やっぱしんどいと思えば休めばいいのね。それこそが人生であるわけで、目標やら目的なんやらを探しても無駄なんだよね。「来月までに10キロ痩せる!」なんて無理やりな目標作っても、本当に痩せる気がなければ痩せませんよ。「あの人に振り返ってもらうために、10キロ痩せる!」なんて目的があっても、達成してしまって結婚後に更に20キロ太るかもしれない。
痩せたいな。と本気で思えば10年かけても少しずつ痩せていく。例えば僕なんかは一時は74キロありました。今、65キロです。そこまで体重が減るのに、5年かかっていますよ。僕は目標なんて立てず、目的も持たず、ただ痩せたいなあって本気で思っただけ。その思いが自然に生活の改善につながったんだろうね。だから痩せてきた。まったく苦労していない。
いやね、職場で目標の話が出たもんだから、何だよ、目標って得たいの知れないものはどこからどういう目的で出てきやがったんだ?って思ったので書いてみた。
仕事に関わる内容を書いていたブログで、すべての書き物をまとめようと思っている。前々からいくつもブログや日記を持って更新するのはやめたいと思っていたけれど、この日記のサイトは6年も続いているのでなかなか止められないのだ。
ということで、こちらは本当にコンセプトのない思いつきの日記として残していこうと思う。本音はこちらのほうが出やすいかな。それ以外のある程度テーマを持ったものに関してはブログを読んで欲しい。どちらにしても僕にとって書くことは遊びなので、好きなように書くけど、ブログはちょっと対外的なものを気にしないといけないので多少トーンは落ちる。その分をこちらで補えばいいかなと思っている。
まるで仕事への意欲が沸かず、今日も休みを取った。もちろん、先週から休むように予定はしていたのだが、今週はたった三日しか出勤しない。十一月三日からは勉強会で丸三日間監禁される予定。自前でお金払って、休みも公休だ。まあ、自分の好きな勉強するのにあまりこれから辞める病院にお金使わせるのもなんだしね。
来週は違う病院へ面接に行く予定。どんな病院かをしっかり見極めたい。なーんてできないけどさ。(笑)できてたら、今の病院には入っていなかったって。それは入ってみなきゃ分からないんですよ。実際は。ただね、今回は比較対照があるわけですよ。今働いている病院という比較対照が。それと、よくも悪くもパッとしない病院で働いてきた経験があるので、それをベースに物事を観察できる。目安があるってのが強い。
仮にあまり良くない病院だとしても、それはそれでまあ医療業界ってのがそんなもんなんだって思えるでしょ。今の病院はやるぞーって気持ちで入ったけど、次の病院では自分の中に多少のりしろがある。その余裕ってとても大事なんだと思う。本当はどんな嫌なことがあっても5年は居るつもりだったけど、心変わりした。もし、医療業界がここまでヘタレな世界なら、短くても数多くの病院を周ることにも意味がある。
どこかに、僕の思いに引っかかる病院があるはずだ。今回、面接に行くところは違うが、知り合いにも誘ってくれている人が何人かいるし、まあ、いざとなればどこでも行くさ。とにかく、今の色に染まりたくない。妥協する環境にいないし、そんな性格でもないしね。ある患者さんの家族に言われた。「あんたはぬるま湯にいられない性格でしょ?」間違ってはいないが、正しくもない。だって一時は超熱々のお湯に浸かっていた時代もあるんだから。
熱すぎてもダメだし、ぬるすぎてもダメ。自分の適温をただ捜し求めているだけ。だから、本当は僕が病院のことをヘタレなんていう資格はないんだよね。だって、それはそれで適温として働いているスタッフが居て、それはそれで間違いじゃないんだから。
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