5時半に目覚め。6時半起床。7時半出社。18時退社。帰宅後、サイト更新。そのままダラダラ。22時眠気襲う。
7時半起床。9時から島内観光。14時15分の飛行機で奄美大島へ。14時55分の飛行機で16時20分頃に伊丹到着。18時頃に帰宅。洗濯。サイト更新。休肝日。
7時15分起床。午前2本、午後1本潜る。昼休みにビーチで遊泳。日焼け進み首筋痛い。顔・腕も赤い。夜はバーベキュウ。焼酎飲み過ぎ。
7時起床。午前に2本、午後に1本潜る。17時に帰宿。一日快晴。
7時半起床。10時50分伊丹空港集合。11時55分出発。13時半奄美大島着。16時05分奄美大島発。16時25分喜界島着。島内半周。居酒屋で夕飯。
6時45分起床。7時半出社。17時15分退社。帰宅後、ユニクロへ。何も購入せず。19時より職場の同僚と飲む。23時半帰宅。明日の荷造り。サイト更新。明日より喜界島。
6時45分起床。7時半出社。朝は1時間早めに出て勉強中。定時の17時15分に業務終了。同僚と話したり、夕食を取って18時頃に退社。ドトールで読書。帰宅後、ネットでワールドカップサッカーのハイライト鑑賞。ハイライトでじゅうぶん楽しめる。ラジオで野球中継を流し、ジャズのネットラジオも流す。サイト更新。
6時45分起床。7時半出社。18時15分退社。
帰宅後、いつも通りドトールで読書し、その後ジムで泳ごうと思っていたが、その気がなくなり家でダラ〜リ。現在、21時を過ぎ酒を欲し始めている。今からコンビニへ走ることにする。その気満々。プチアル中。
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今まで小説なんて読まなかった。だいたいビジネス書や自己啓発書に偏っていた。だからというわけでもないけど、今は小説を読むようにしている。食わず嫌いは避けたい。なんでもトライしてその面白みのほんのわずかでも感じてみたいと思う。
今3冊目に突入している。ビジネス書や自己啓発書と明らかに違うのは、文章の頭への入りやすさだろう。かなりすらすらと頭に入ってくるし、理解できない内容はあまりない。理屈を理解するような代物じゃないし、当たり前と言えば当たり前。
僕は物事を冷静に客観的に見る性格だけど、小説を読んでいるとそうした客観性を求められないのも楽だ。登場人物にイラついたり、共感したりという主観的で感情的なものを感じる。で、それが娯楽なんだろうなあって、そのときだけ少し客観的に自分の心の動きを観察してみる。
この調子で小説を読んでいくと、今後どうなるんだろう。小説にはまっていくのだろうか??自分のことながら楽しみ。
奈良の放火事件だが、他人事とは思えない。なぜなら、僕も父親に同じように厳しくされたし、母親に同じような思いを持ったことがあるからだ。
父親は「恐怖」であったし、母親は「監視」であった。そんな家庭は少なくないと思うし、こうした家庭に育った自分が特別な存在であったかというとそうでもないと思う。
ただ、こうした恐怖や監視が蓄積されることの結果はさまざまだ。
奈良の少年は、センセーショナルな結果を出してしまったが、これは単なる結果の出方の違いでしかない。地味な形で結果となってしまっているパターンも多いのではないか?それが増加するうつ病患者や自殺者に反映されていると考えるのも多少の飛躍はあるにしても無理な話ではないだろう。
僕はうつ病にもならなかった(と思っている)し、自殺企図もなかった。しかし、いまだに恐怖と監視の影に潜在的におびえていると感じる。今の自分というものを受け入れるということが非常に難しいのだ。
客観的に自身の思考・行動を振り返り分析すると、父親の恐怖と母親の監視によって組み込まれた思考癖が存在する。それは、「もっと頑張らなければならない。」という思考癖である。向上心が高いと勘違いされるが、やりたいことをやるために頑張るのと、なんとなくやらなきゃいけないことがあるように感じるのとでは根本的に動機が異なる。
奈良の少年も同じようなことを感じたのではないか?
彼は対外的には良い子であった。良い子であるためにもっと頑張らなければならなかった。医者になりたい。という夢さえも、彼は無意識のうちに言わされていたのかもしれない。自分自身ではそれが言わされているということに気がつかないというのが非常に怖い。
身につまされる。
僕は子供を持ちたいとあまり思わない。なぜなら、自分が自分の父親や母親のような親になる可能性をはらんでいるからだ。そして、意識せずそうした傾向を見せる自分の思考癖をコントロールできずにいる。
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