胃が痛いので、甘い薬をさらさらと飲んでいます。 肌はなんか荒れてるし。 それから、右足の甲が腫れていて、ねんざのように痛くてうまく歩けない。 ひねったり転んだりした覚えがないので、 なにゆえ? と思うに、正座でPCを打ってるんですが、 ちゃんとした正座ができなくって、いつも右足首を変な風に曲げて座っていました。 ので? とかあるのか? 体にがたがきている、 昨日、 本棚に行って、目に付いた本を取り、 パッと開いたページの、目に飛び込んできた文が、明日の運勢、 という「本占い」をしたところ、 「おっぱいなんか消えてる」(『綿の国星』) だった。 でも今朝、パジャマの中を覗いてみたら、 ちゃんと2つありました。 消えていたら、予想以上にがっかりしていただろう。 最近、街を歩くと、青い光で溢れている。 おそらく「青が好き」「ここに青を!」というのではなくて、 「青色発光ダイオードを使いたいから」という理由で、 難しい言葉を新しく知った人のように、連呼しているのだ。
最近、菊地成孔さんっていう人が気になる。 ちょっと前に、ぱっと付けたテレビ(英語でしゃべらナイト)に出てて、 異様に面白いことを言ってた。 そしたら、昨日、本屋さんに、その人のエッセイ(『スペインの宇宙食』という本)があったので、買ってみたら、やはりえらく面白い。 体言止めが多すぎるのとか、女に対して甘すぎるのとかが、私は、ひっかかってしまうけど(だからたまに「削った方がいい」と思う文がある。なんていうか、破滅的すぎて読者に不親切な文が混ざってる)。 天才っぽい感じ。 この人は何の人なんだろう。英語でしゃべらナイトのときは、サックスを吹いていたから、 サックス奏者の人なのかと思ったけど。それだけの人じゃなさそうな……。私がうといから知らないだけで有名な人なのか? 本業は何の人なんだろう。気になる。 しばらくこの人にはまるような気がする。
『ある朝スウプは』という映画を見たので、 そのことを書きます。 「これから見る」という方がいらしたら、読まない方がいいかもです。 失業した女性の、恋人が精神的な病気になり宗教にはまっている話なんですが……。 映画の、時間的にかなり始めの方で、 友だちから電話がきて、 「空き地を写真で撮るバイトをしない?」と誘われるシーンがあるのですよ。 こういう風に伏線をはられると、誰だって、 「ああ、きっとこのバイトを受けて、外に出て、そこから物語が発展するんだな」と見る。 でも映画の、かなり最後の方になって、実際に外に出るシーンでは、たいしたことは起きないんです。宗教に関係あるような人をみかけて、追いかけるけど、見失うのか、でもだからって主人公が何かを考える訳でもない。なんということもない。 「だったら、あの伏線はいらないんじゃないか?」 って、思ってしまう。 あと、4月になって、 春が来ましたよどころじゃなく長い、雪解けの描写が続く。 そうしたら「お、何か物語が起こるのか?」と思ってしまう。 でもそのあとも前と同じような会話のシーンが続くだけだったので、 「あの長さの意味はなんだったんだ?」 って、なってしまう。 「こうい状況になったら、どうしますか?」と、テーマを観客に投げかけたい映画なのかもしれないけし、「現実のだらだら感を出したい」映画なのかもしれない。でも、 人の2時間をもらって何かを見せたいのなら、 無駄なシーンはカットして欲しいです。 前に見た、私がすごく好きな『犬猫』という映画は、 物語には深く関係していないようなディテールがたくさんあるようにも見えたけど、 でも、 「そのディテールをどうしても撮りたい」という意味が、 監督さんにも制作に関わっている人にも俳優さんにも、 わかっている感じがしました。 だから面白いんじゃないかなー、と思うんですけど……。 私は、ディテールってものがほんとに好きなんですが、 ディテールってのは、無駄とは意味が違います。
12月5日の西日本新聞の朝刊から、 4回連続で、 私の短編小説が連載されます。 次は、13日の火曜日に掲載されます。 その後、19日、26日の月曜日に、載せていただけると思います。 告知が遅くなっちゃいました。ごめんなさい。 『虫歯と優しさ』という小説です。 すごく自信作です。面白いです! よろしくお願いいたします。
と人が言っているのを聞いて、 そうか、甘いからおいしいのか、と気が付いた。 ぼんやりと「おいしい……」と、考えているところだった。 人が言っているのを聞いて、始めて感じることは、多い。 「寒い」と言われて、上着を着たり、 「辛い」と言われて、水を飲んだり。 他人がいなかったら、はっきりとしたことは感じないのではないだろうか? 快、不快、は、ぼんやりと感じるけれども、 これから先、誰とも会話をしないとしたら、 甘い、や、辛い、といった繊細な感覚は、認識しないかもしれない。
散歩してきた。 笑いどころが満載だった。 雑貨屋さんに、幅が狭くてCDがしまえない、木彫りのCDラックがあったり。歌ってるレコード屋さんがいたり。 高円寺、鼻血が出るほど気に入ったなー。いい街だ。 関係ないが、木村多江さん、可愛いなー。
最近、「女子」って言葉を使う人が結構いて、 その人は、その人の意味で使ってることだから、 いいと思う。 いいと思うのだけど、私はどうも、なじめない。 無意味な連帯感があるような気がするんだよねー。 あと、女性に対する勝手なイメージ作りに協力してるというか。 「女子はパフェ好きだよねー」とか、 「こういうとき、女子はこうするよねー」 というような。 いや、私はパフェあんまし好きじゃないけどなー、 ううん、私はそうしないけどなー、 とかと思ってしまう。 20代、30代の女性に対して「女子」って言葉を使うのなら、 「女の子」の方がまだマシな気がする。 「女子」って言われると、 女子って人たちの共通点のことを指しているようで、 そこを注目し過ぎている感じを、変に思ってしまうんだよね。 男の人が「女子」の文化を知りたがる場面にもよく出くわすけど、 そんなに知りたいなら「JJ」とか「anan」とか読んで、勉強しなよ、 とか思う。 自分の身近にいる女性たちだけを見て、 「女子ってこんな感じ」みたいなイメージを持っていて、 「女子ってこうだよね」 とかと言われても、 「いや、私は違うけどなー」 と言ってしまう。 なんというか、女子って言葉の、 十把ひとからげ感を、なんとなく苦手に思ってしまう。
眺めの良い部屋を希望します
ゲーテのファウスト、を読んだのだけど、可笑しい、と思ってしまう。 若きウェルテルの悩み、のウェルテルには、あー若いってそうだよね、と共感するけど、ファウストに対しては「いい年して何やってんだ」「ロリコン!」としか思えない。メフィストーフェレスは面白いけど。ラストで「なんで?」と、また笑った。 あとプラトンの饗宴を読んだら、やっぱりところどころで、笑ってしまった。たぶん私の頭がよくないのだろう。 ところで『群像』12月号(今出てるもの)にコラムを載せていただいてます。 よろしくお願いいたします。
夜、いきなり友人から「湯沢に行く」という電話をもらって、 そのまま車で越後湯沢に行ってきた。 火星が大接近しているとのことで、それが大きく見えた。 紅葉も見てきた。 ところで中村航さんの『100回泣くこと』を読みました。 まじめな書きっぷりに、じーんとしました。
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