妹に誕生日プレゼントとしてマフラーをあげる。 妹からは何故か月餅をもらう(中華街に行った模様)。
忘年会をやろうと言って、大学のときの友人たちと渋谷で会った。 妙な、幕末のお店(新撰組の写真とかがいっぱいある)で朝までお酒を飲む。 幕末に自分がいたらどうするか? と聞くと「フルーツパーラー開く」(倒幕の後?)とか友人が言っていて面白い。 が、その後、途中から来た奴とけんかをした。今思い出してもむかむかする。仲直りしたけど。 朝になって、我々が卒業した大学にしのびこんだら、守衛さんに見つかり、怒られた。「なんなの。さっきから行ったり来たり」と言われた。 体力の衰えを感じ、もう徹夜は止めようと思った(特に次の日に予定があるとき)。
荷台に6歳くらいの女の子を乗せて、お父さんらしき人が自転車を押している。 お父さんは、 「遠心力っていう力は存在しないんだよ。慣性の法則っていうのがあって、それでぐるぐる回ってるんだ。だから、慣性の法則の一部分のことを『遠心力』って呼んでるだけなんだよ」 などという小難しい話をしていた。わかるのか? といぶかしんでいると、女の子が、 「じゃあ、遠心力っていうのはあ……」 などと、まともに議論し始めたので、面白かった。 さて、みなさんがいちゃいちゃしている間に、私は小説書いちゃいます。
友人の結婚式のため、大磯へ。 空が晴れてて、海もきれいで、素敵な式だたった。 いいなー、私も伴侶に会いてー。 披露宴はイベント好きということで、なんか趣向を凝らしていた。 私は新郎の方の友人なのだけれども、新婦の、新郎に宛てた手紙と、ご両親に宛てた手紙があんまりにも良かったんで泣いてしまった。感動した。 二次会でビンゴゲームをしたら、コーラガムが当たって「奇跡、私にぴったりだ」(私はコーラ好き)とひとしぎり騒ぐ。 新郎、酔っ払っていたが、新婦がしっかりしていた。幸せになって欲しいものだ。
今まで生きてきた時間の中に、まじめに過ごした時間が、一時間もみつからない。 私の大好きな『肉体の悪魔』という小説に「マルトは悪ふざけをするようなことは全然なかった。陽気にはしゃいでいるときでも、しんはまじめだった」という文があるのだけれども、私はこれの反対だ。どんなときでも、しんはふざけている。 どんな状況でも「頭の中は自由」と思うと、まじめな顔をしていても、心の中では常にふざけてしまう。 こんなんで30歳、40歳になってもやっていけるのか、不安だ。 おそらく変わらないだろう。
版画を彫る。
東横線でマンドリンの練習へ。 楽しくて、気が晴れた。 夜、九州の叔母さんたちが泊まりにきたので、遅くまでお喋りする。 楽しくて、気が晴れた。
専門学校のときの友人たちとお酒を飲んだ。 そしたら、友人のお酒(クリームの入った甘いやつ)の中に、クリームを絞るときの道具の先っぽがコップの中に入っていて、笑った(なんで作った人は、それが外れたことに気が付かなかったんだろう)。「これで割り引きになりませんか?」と聞いたら、割り引いてくれた。 それから、名曲喫茶に連れて行ってくれた。昭和っぽい椅子や柱を触ってやった。友人がベートーヴェンの『運命』をリクエストするので、笑った。 ここのところむしゃくしゃしていたので、気が晴れてよかった。
友人と赤坂見附で、沖縄音楽のコンサートを聴く。 すっごく可愛いい女の子が出てきて、三線を弾きながら、唄を唄って、うわあ、と思った(神谷千尋ちゃんという22歳の女の子だった)。 自分ではなかなか新しい音楽って、聴こうとは思わないから、友人が紹介してくれたこと、本当、よかったと思った。 終わったあと、CDを買って、サインしてもらって「すごくよかったです、元気が出ました、これからも頑張ってください」と言って握手してきた。 最近、がっくりすることがあったので、元気が出てよかった。
今、本屋さんにある『群像』に、私のエッセイが載ってます。 313ページ、ああ、憧れの穂村さんのウ、ウラだ。 この私のエッセイは、はっきり言って、かなり面白いので、良かったら読んでみてください。
|