荷台に6歳くらいの女の子を乗せて、お父さんらしき人が自転車を押している。 お父さんは、 「遠心力っていう力は存在しないんだよ。慣性の法則っていうのがあって、それでぐるぐる回ってるんだ。だから、慣性の法則の一部分のことを『遠心力』って呼んでるだけなんだよ」 などという小難しい話をしていた。わかるのか? といぶかしんでいると、女の子が、 「じゃあ、遠心力っていうのはあ……」 などと、まともに議論し始めたので、面白かった。 さて、みなさんがいちゃいちゃしている間に、私は小説書いちゃいます。
友人の結婚式のため、大磯へ。 空が晴れてて、海もきれいで、素敵な式だたった。 いいなー、私も伴侶に会いてー。 披露宴はイベント好きということで、なんか趣向を凝らしていた。 私は新郎の方の友人なのだけれども、新婦の、新郎に宛てた手紙と、ご両親に宛てた手紙があんまりにも良かったんで泣いてしまった。感動した。 二次会でビンゴゲームをしたら、コーラガムが当たって「奇跡、私にぴったりだ」(私はコーラ好き)とひとしぎり騒ぐ。 新郎、酔っ払っていたが、新婦がしっかりしていた。幸せになって欲しいものだ。
今まで生きてきた時間の中に、まじめに過ごした時間が、一時間もみつからない。 私の大好きな『肉体の悪魔』という小説に「マルトは悪ふざけをするようなことは全然なかった。陽気にはしゃいでいるときでも、しんはまじめだった」という文があるのだけれども、私はこれの反対だ。どんなときでも、しんはふざけている。 どんな状況でも「頭の中は自由」と思うと、まじめな顔をしていても、心の中では常にふざけてしまう。 こんなんで30歳、40歳になってもやっていけるのか、不安だ。 おそらく変わらないだろう。
版画を彫る。
東横線でマンドリンの練習へ。 楽しくて、気が晴れた。 夜、九州の叔母さんたちが泊まりにきたので、遅くまでお喋りする。 楽しくて、気が晴れた。
専門学校のときの友人たちとお酒を飲んだ。 そしたら、友人のお酒(クリームの入った甘いやつ)の中に、クリームを絞るときの道具の先っぽがコップの中に入っていて、笑った(なんで作った人は、それが外れたことに気が付かなかったんだろう)。「これで割り引きになりませんか?」と聞いたら、割り引いてくれた。 それから、名曲喫茶に連れて行ってくれた。昭和っぽい椅子や柱を触ってやった。友人がベートーヴェンの『運命』をリクエストするので、笑った。 ここのところむしゃくしゃしていたので、気が晴れてよかった。
友人と赤坂見附で、沖縄音楽のコンサートを聴く。 すっごく可愛いい女の子が出てきて、三線を弾きながら、唄を唄って、うわあ、と思った(神谷千尋ちゃんという22歳の女の子だった)。 自分ではなかなか新しい音楽って、聴こうとは思わないから、友人が紹介してくれたこと、本当、よかったと思った。 終わったあと、CDを買って、サインしてもらって「すごくよかったです、元気が出ました、これからも頑張ってください」と言って握手してきた。 最近、がっくりすることがあったので、元気が出てよかった。
今、本屋さんにある『群像』に、私のエッセイが載ってます。 313ページ、ああ、憧れの穂村さんのウ、ウラだ。 この私のエッセイは、はっきり言って、かなり面白いので、良かったら読んでみてください。
東横線でマンドリンの練習に行く。 「どんな舞台でも、舞台に立ったら本気」 と、会社の忘年会かなんかで変な余興をやるらしい人が言っていたのが面白かった。 私も「どんな文章でも活字になるものは、ひと文字、ひとつの句読点まで本気」って思う(また書いて活字にしたい)(なるのか?)。 ところで、私はミーハーなところがまったくない、というのを思う。 有名人などにも憧れはないし、大きな媒体などにもあまり何も思わないし、何に対しても、わー、とか、きゃー、とかほとんど思わない。 偉そうな人の一言よりは、身近な人のなにげない一言の方が嬉しかったり、大事だったりもする。 「寄らば大樹のかげ」なんていうのががだいっきらいで、集団ぽいものに対して、偏見があるからだろうか? それにしてもこういうところ(ミーハーじゃないとか)が、女の子とあんまり仲良くなれない理由かもしれない、とか思ったり。
前の会社の人たちとお酒を飲んだ。 来てくださった方々ありがとうございました。 あと、本を読んでくれて、感想を言ったりしてくれた方も、私はすごく嬉しかったです。 私自身は考えていなかったことなども、読んでくれる人は考えているもので、やはり、読む人が小説を作るんだな、なんて思ったり。 あと、私が聞かれると何て答えてよいか困ってしまうようなことは、気を遣って聞かないようにしてくれたりもしてくれたのかも、とも思いました。 ありがとうございました。
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