コーラのこと、私は好きって思ってたけど、 コーラのことをちゃんと考えたことってなかった。 コーラの種類に詳しくないし、知識もない。 私は本当にコーラが好きなのだろうか? こんなの、 こんなのただの依存じゃないか。 ほんとうの好きって何? ところで、「依存」って言葉、はびこり過ぎじゃないですか?
札幌一番しお味のスープの素は素晴らしい。 最近は強力わかもとをがんがん飲んでいる。 「お母さんも若いころはよく飲んでたわよ」と言われる。 胃、弱いことで私に意識される、あわれな存在。 ほんとうは、強い子こそ気にかけてあげるべきなのに、つい胃のことばかり考えてしまっている。 肺だって頑張っているのに、私が気にしてるのは、胃だ。 恋って難しい。
人体のなんとか、とかいう展覧会に誘われたが、断る。 だって、血管のひからびたのとかがある、とかいうから。 なんでみんなそんなのが見たいのか、わからない。 ぞっとするものには、できるだけ関わらないで生きて行きたいものだ。 おばけ屋敷とか、ホラー映画も、私はまったく関わらずに生きている。 でも、ふと思い出したけど「キューちゃんは、歯と骨のネタが多いよね」と言われたことがある。 ほんとにそうだ。 だけど、血は嫌だ。 「心臓」よりも「胃」が好き。 「目」よりも「睫毛」が好き。 「唇」よりも「ひげのざらざらしたの」が好き。 「手」よりも「肩のごつごつした骨」が好きだ。 骨とか髪の毛なら、見たい気がする。 なんか、骨とか髪の毛の方が、情念が込めやすい気もする。
髪を切った。 毎年「今年は大人っぽくなる」と思ってきたが、すでに「大人っぽく」なんていう言葉もばかみたいな年だ。 もう「大人っぽく」ということは考えないようにしよう。 つまり、なんか、幼くなってしまった。 ここ半年くらい頑張って伸ばしていた前髪も短くしてしまった。 (真ん中わけして、両耳にかけるという夢、叶わず)。 しかも、寝ているときに、にきびをひっかいたのか、顔に変な傷ができていて、いま、顔がほんとうに変だ。
私は人々に対して、「別れてくれてありがとう」って思っている。 たくさん学んだ。 だから、絶対に、別れてくれた人以上の人を見つける(私にとって、ということ)。 願っていれば、いつかは叶う。 長い目で見る。
「どうする?」 「そうめんか」 「そうめん、つゆ」 「いや、上に玉子とかのっけて……」 「それは、冷やし……」 「いや、そうめんだ」
被害者みたいなこと言ってるけど、どう見たって、あたしの方が被害者だよ。
鮭の体はあまりにピンクでしょっぱくてびっくりだ。 ごはんの中の鮭なんて、もうほんとにおいしい。
小説を書いている、なんて話をすると、よく言われるのが、「ぼくのこと書いてる?」だけど、でも、きっと絶対書いてないので、安心してください。 小説を書いてるときに向かうのは「小説」なので、「誰か」には向かわないものです。 でも、元気ないとき元気付けてくれたり、いろいろな経験を味わわせてくれたり、傷つけてくれたり、考えさせてくれたり、そういったことをしてくれた人々のおかげで小説を書けているというのはひしひし感じています。 ありがとう。
たんじょうび当日、家族全員で夕食を食べたが、誰ひとりとしてたんじょうびの話をしなかった。 年頃の娘がたんじょうびに早く帰宅して普通にしているのをあわれんでいたのか? しかし、次の日、母はフルーツケーキをくれた。 父は豆をくれた。
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