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『微炭酸ニッキ』  山崎ナオコーラ

(新たなご依頼をいただける場合、あるいは、既刊の作品についてご質問をいただく場合も、
拙著の刊行がある出版社さん宛てにメールにてご連絡をいただけませんでしょうか?
転送してもらえますので、私から返信します)。

            秘書がやりました?
2004年03月06日(土)

よくあいさつで、「もう3月なんて、早いですよねー」「もう春なんて信じられないですね」なんて言うが、この返事として「そんなことないです」「信じられますよ」と答えてもいいのだろうか。

このHPは始めてからもう4年以上経っているのだけれど、どうも調子がおかしいらしく、アドレスも勝手に変わってしまって(一応書いておきます。http://members.at.infoseek.co.jp/kyuuu/index-14.html)だから、なんだかもう、前のでリンクしていてくれた人やお気に入りに入れてくれてた人はもう来られないのかなって思う。
そんなことを思うと、もしかしたら、とうとう幕切れか?とふと感じたのだが、いやいや、まだまだ毎日更新してやる、ひとりでも見てくれればいいしさ、って思いました。

今までいろいろと自信のないことが多かったけれども、「自信がないから」っていうのは自分中心の考えだなあとしみじみ思う。
人生は短いから、自分の能力や容姿のことを考える暇に、他の人のことや、相手の気持ちや、あるいは自分の「やりたいこと」ができるかどうか、を考えた方がどんなにいいか。

なんだか自己啓発書染みてきて私のHPにあるまじき雰囲気だが、私は頑張る。
やりたいことやるために知恵を絞らないと。
これからはあんまり人に不親切にならないようにしよう。
メールがきたらすぐ返そう。
会いたい人には自分から電話してみよう。

こういう妙にやる気を出しているときが、私にもたまにあるが、気まぐれなので続かないだろう。



秘書がやりました
2004年03月05日(金)

飛行機から成田のネオンが見えたとき、決して郷愁じゃなく、落っこちたくなった。

人間とは不思議なものだ。
男とは縁が切れるのに、たくあんとは縁が切れない。




泡とペナン島
2004年02月25日(水)

マレー半島、のクアラルンプールから、マラッカ、バトパハ、ジョホールバル、と南下しました。ジョホールバルはシンガポールとの国境の町です。ジョホール水道の向こうにシンガポールが見えました。
でもなんだか、ジョホールバルは都会風で、治安も悪いみたいで、ちょっと居心地悪く思いました。
そんな訳で、一泊しただけで、朝、思い立ち、鉄道でクアラルンプールに戻ろうとしたら、AM10時の次はPM11時しかないそうで、ふうん、と思い、バスステーションに行って、長距離バスで6時間かけてクアラルンプールに帰りました。で、そのいきおいで、KLセントラルという鉄道の駅に行って、バタワースへの寝台急行の切符、ぎりぎりでも買えるのかなと思っていたら、買えたので、寝台急行でバタワースに行って、フェリーでペナン島に渡りました。
という訳で、今、ペナン島にいます。

ペナン島は半島のだいぶ北で、タイに近いところです。
着いたのが朝6時くらいで真っ暗で、(マレーシアではサンセットは7時半くらい、サンライズも7時半くらいで、遅いです)どうしようと思いつつ、歩いてホテルをのぞいてみたら、いっぱいだそうで、でも午後なら空くから、と言うから、荷物置かせてもらって、出てきました。でもって、植物園に行って、すべすべなのや、禿げたのや、カールしたのや、からみあった木を見てきました。それで今、これを書いています。

みなさま元気ですか?
天気予報を見ると、KLは最高温度34度なのに、TOKYOは最高温度13度なんて言っていて、信じらんないな、と思います。コート来てるんでしょうね。
こっちは太陽のせいで、泡芥になりそうです。

マレーシアの通貨はリンギット。物価は、私の感覚だと、2分の1から3分の1くらい。
たぶん人口の半分がマレー系、10分の3がチャイニーズで、10分の2がインド系の人なんじゃないかと思います。
他民族国家で、私は顔がチャイニーズ風だから、街からもあんまり浮いてないように思います。英語やマレー語も、片言でも、様々な言語の飛び交う国だから慣れているのか、耳を傾けて聞いてくれます。(笑われるけど)
でもうまくいかないこともあるし、小心なのでときどきつらいです。
だけど、なんとか元気に日本に帰りたいものです。



マラッカのジャランジャラン
2004年02月17日(火)

ジャランというのは道のことで、ストリートの名前にはジャランナントカという名が付いている。
そしてジャランジャランと繰り返すと、散歩の意味になる。

私はジャランジャランの日々だ。

ブーゲンビリアやハイビスカス(マレーシアの国花)が咲く。

私の心の中を見ると不思議だ。
トライショーのおじさん。
人に自転車を漕がせるということ、
待たせるということ、暑がらせるということ、
そんなことにとても気を遣っている。
その裏で、この親切も私のお金のためなのだ、と思うと、
「この人にとって、私って何なの?」
と、まるで恋人のようなことを思う。

100RMもあげてしまって、次の日も町で通りすがると手を振り合う。
でも、私がトライショーに乗っていたときも、
いろいろな人に挨拶していたので、
「どうせみんなと仲が良いんでしょ」
と、また、恋の始まりのようなことを、ふと、思う。



では、行ってきます。
2004年02月09日(月)

旅行に行くことにしました。
行き先はマレー半島です。
あんまりうろうろしません。冒険もしないつもりです。

明日出発して、3月4日に帰って来ます。

クアラルンプールや、マラッカに、日本語が出来るインターネットカフェがある、と歩き方に書いてあるから、きっと、向こうでも更新出来ると思います。
たまに覗いてみて下さい。
そしてもちろん、帰ってきたらまた毎日更新しますから、あんまり忘れないで、また遊びに来て下さい。2番目でもいいから。
みなさんも元気に過ごして下さい。
手相につかまらないように。

旅に出たら、貴重品はずっと身につけるし、
夜は7時か8時にはホテルにいて、出かけないようにするつもりだし、
お酒は一滴も飲まず、
生水も飲まずに、
虫除けスプレーを持参し、
若い男の子とは一言も口きかないつもりだし、
好奇心で余計なことしないようにするつもりだし、
元来小心で慎重なたちなので、
絶対心配しないで下さい。

では、行ってきます。
2月が誕生日の人たちの幸せを、どこかで祈っています。



僕らが旅に出る理由
2004年02月08日(日)

ここのところ、「僕らが旅に出る理由」を聴きまくっている。
ちっとも飽きない。
高校生の頃、ものすごく小沢健二に夢中だったのに、最近出たというCDも聴いていないし、昔のような気持ちにはもどれないんだな、人間って不思議だな、と思っていたのに、なんか、また、再燃してきた。
この「LIFE」というアルバムは本当にこのときだけの、奇跡みたいなCDだと思う。
ハープの幸せな感じだの、トランペットの前向きな感じだのが、バカっぽいような、キュンとするような。
小沢の恥じらいのない、下手な歌も、どんなにひねくれた人でも耳を澄ませたくなってしまう感じだ。
小沢自身は旅が好きそうな人でもないのに、なんで「僕らが旅に出る理由」なんてゆういい曲を作ったのかな。
それから、ラブリーなんかに出てくる、揶揄みたいな、拍手みたいな、ああゆうのなんていうんだろう、ああいう手の音が私の人生にもあればいいのに、って思う。
ずっと誰かが私のこと、からかってくれたらいいのに、とか思う。


ところで、手相を勉強している人たちが、今全員手相の勉強を止めたら何かが起きると思う。



終わり
2004年02月06日(金)

会社最後の日でした。

コーラと猫はあんまりだと思ってくれたみたいで、図書カードと可愛くてちっちゃい花束をくれました。とても嬉しかった。これで私の本人生はしばらく安泰だ。

私はひとみしりでちっとも周りと溶け込もうとしないし、ミスは多いし、覚えは悪いしで、申し訳なかったな、と思った。

思えば、3、4月の戦争と改変期で大変だったのと、7、8月の高校野球の苦しいのとを除けば、そこまで辛くもなかったし、人はいい人ばかりだったし、いい職場だったと思う。(でも、苦しい時期は本当に苦しかったのでプライベートでも人に迷惑をかけてしまった。申し訳なかった)

まあ、色々と申し訳なかったけれども、1年やれたことはよかったし、後任の人もいい人だったのでちゃんとレクチャーもできたような気がするし(たぶん)、自分としては満足な感じだ。

それで、送別会を開いてくれて、一晩中お酒を飲んだけれど、記憶もなくさず楽しかったから、自分としては快挙だ。

デスクの人が来てくれて、いろいろ話せてとても良かった。

みなさん、いろいろ楽しかったです。
ありがとうございました。
また機会があったら飲みたいです。



布団はどうしたんだろう。
2004年02月05日(木)

今日も中華を食べた。
お昼にデスクがおごってくれた。
五目やきそば。おいしい。あとスープとあんにん豆腐も。とてもおいしかった。

会社は明日が最後だ。
餞別に、コーラと猫(中庭でつかまえる)をくれると言っていたので楽しみだ。

ところで、私の今年の目標の中のひとつに、「私をすきな人にはやさしく」というのがある。
私をすきな人っていうのは、別に、特別すき、というのではなくて、ちょっとでも気に掛けてくれたり、やさしくしてくれたりする人のことだ。
私は自分が大好きなので、私のことをちょっとでもすきでいてくれる人のことは、私も絶対すきだ。相手だけが私のことを気に入っているということはまずない。
「キューちゃんは、結局自分のことがすきな人がすきなんじゃん」と言われたことがあったが、「自分のことがすきな人がすきで何がわるいの」って感じだ。

自分のことを大事にしてくれない国や団体や会社や人に、忠義立てしても何にもなんないな、と思う。

私はキャパシティが小さくて、あまり人に親切にできないけども、私に対してちょっとでも気を遣ってくれる人に対しては、絶対やさしくするようにしようって思う。

こうして、ちらっとでもHPを見てくれている人のことは全員すきです。

今は交流がなくても、昔やさしくしてくれた人のことも全員すきです。



私は貴兄のオモチャなの
2004年01月31日(土)

岡崎京子のマンガで、今まで一番すきだったのは「Pink」という話です。
これはホテトルの女の子がアパートでワニ飼う話。
でも最近、「私は貴兄のオモチャなの」が抜きました。

彼女のマンガは初期の頃はポップで音楽みたいに楽しいのだけども、後期になるにしたがって重くなります。
昔は明るいのが好きだったんですが、最近は、重い話も、いいなあ、と感じるようになりました。

岡崎京子のことなら、熱く語れる。
マシューTVでの、東野幸治が「ゴルゴ13」について語るくらい語りたいです。
フリップ出して、「バーン」とか。
「この絵の雑さがいいんです」
「ここは、大島弓子のパロディなんです」
だとか。

「私は貴兄のオモチャなの」は短編集です。「でっかい恋のメロディ」「虹の彼方に」「私は貴兄のオモチャなの」「3つ数えろ」の4つが入ってる。
どれもいいです。

「『生きることは召し使いにまかせろ』とリラダンは言ったわ。でも現実にはあたしが召し使いなんだわ」
「だって愛とかわかんないんだもん。みんなわかってんのかー!って聞きたいよ。よくみんな口にするけどさああ」
なんて科白。

一番好きなのは、今までも何回か書いたのだけども、
「失恋やココロがキズついたときはぁ、友情と文化とセックスしかないっす」
って科白。本当そうだなって思う。

ストーリーはわりと救いがなくって、昔は「何でこんなマンガ描くんだろう」と思ってたんだけど、最近はなんとなくわかるような気がする。

きっと愛って、そんなキレイなもんじゃなく、エゴイスティックなものなんだ。
でもそこにあるものだから、みんな頑張ってんだ。そんな感じ。

「私は貴兄のオモチャなの」なんて、あんまりにも男の子がひどくて、何でこんな男が好きなんだ?と思うのだけども、こんなものか、とも思う。
昔は、友だちの話なんか聞いてよく「何でこんなひどい男と別れないんだろう。バカじゃねえのか」と思ったものだ。
だけど、きっと、ひどいという理由で人を嫌いになることはできないように人はできているのだろう。

オモチャになってもいいって思える位、好きな人がいるのっていいかも。

まあ、そんなヘビーなこと本気で考えているわけでもないんだけども。

こんなマンガみたいに重いものはそんなないかもしれないけど、誰だってそれなりに困ったこと抱えて、明るく生きてるのかかもなあ、って思います。



私が思うのは
2004年01月27日(火)

議員の経歴偽造のニュース。
こういうときに、マスコミの風で、一般の人もいくらでも悪口を言えるというのがすごい。
日本人の性なのだろうか?
こういう性が、戦争に走るときなど、役立つのだろうな。

私が思うのは、こんなニュースに時間を割き過ぎじゃないかってことだ。
もっと大事なニュースはないのだろうか?
どうしても、くだらないことに思えて仕方ないのだが。


中学生の虐待のニュース。
児童相談所が動く、ということは日本ではとても難しいことなのだろうと思う。
法律面でもっと変えていかなくてはいけないのじゃないだろうか?
私が思うのは、日本は、子どもに対して親に権利がありすぎるってこと。
現状では「親が『なんでもない』って言っているのに、家に踏み込む」というのは大変なはず。
「子どもにはたくさんの権利があるということ」そして「子どもはみんなで育てていく存在だということ」、こういう感覚が必要なんだろうなって思う。


それにしても、しょっぱいものはおいしいですね。
なんでしょっぱいものはこんなにおいしいのだろう。
お菓子よりしょっぱいものの方がずーっとおいしいですね。




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