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『微炭酸ニッキ』  山崎ナオコーラ

(新たなご依頼をいただける場合、あるいは、既刊の作品についてご質問をいただく場合も、
拙著の刊行がある出版社さん宛てにメールにてご連絡をいただけませんでしょうか?
転送してもらえますので、私から返信します)。

睫毛
2003年12月22日(月)

太すぎるうどんは細すぎるうどんと同じだ。

多すぎる肉は少なすぎる肉と同じ。

ところで、もうこれ以上モスで「クリスモス」という言葉を聞きたくない。




2003年12月21日(日)

Q温泉旅館の部屋に入ったときに最初においてある、2、3枚の甘いおせんべいが食べたい。
私はそれが大好きで、帰り際、親にねだって箱入りのを買ってもらったりするのだが、どうも味が違う。
部屋においてあるのがおいしいんだよな。

Qラップ調の寒いコーヒーのCMがあるが、あの寒さは決してラップのものではなく、米倉涼子のものだ。
その証拠に、サトエリと矢田のみのバージョンを想像してみて欲しい。幾分、寒さがやわらぐはずだ。

Q虎ノ門。
いといせいこうのクール過ぎる司会。
進行重視で切り捨てていくのは、面白いことは面白いが、やりすぎると、芸人殺しだ。

Q頭文字にQあることが気になっているかも知れませんが、まったくクエスチョンになりませんでした。






サブカルという言葉を使わないでそのことを説明してみろ。
2003年12月20日(土)

よく考えるとみんな靴を履いていて、裸足では外を歩けないなんてふしぎだ。
動物なのに。



マフラーマンさんからエアメールが届いた。
インドで毎日カレーを食べているとのこと。

帰って来たら、また怒涛のように書き込みして欲しいものです。


2003年は上田晋也か。






千円
2003年12月19日(金)

昨日、夜中に千円札を拾った。
くしゃくしゃに折りたたまれて、裸で道に落ちていた。
最初はラッキーと思ったが、しだいに、人のお金を持っていることにいらいらしてきた。
もとの場所にまた落としてこようかと思ったぐらいだが、それもばかばかしいので、今朝、会社に行く前に交番に寄った。
千円札を拾った、と届けた。会社に遅れたが気が済んだ。
もし落とし主が現れなければ、来年の7月に私のものになるらしい。
忘れそうだ。



お皿に残るスプーンの跡の名前が思い浮かばない
2003年12月18日(木)

あげく、赤いきつねのあぶら揚げが割れていた。


スーツ
2003年12月17日(水)

きょう、原宿のテレビ局に行って来た。
変な前髪のときに初対面の人と会うのは辛い。
スーツも全然似合わない。



ミス
2003年12月15日(月)

バットで頭を殴られた後、2,3日経ったような鈍い痛みが。




タップダンス
2003年12月14日(日)

カレーを食べて映画を見た。
とても楽しかった。
これから年末に向けて仕事が大変になるので、楽しくてよかった。元気が出た。よかった。

それにしても、フセインがつかまったという報告の場面で、ジャーナリストたちがこぶしを挙げて騒いでいたけれど(イラクのジャーナリストだろうか?)、あれはいいのだろうか?
ジャーナリストというのは、どんな場面でも中立でいるべきで、ああいう場面で騒ぐのは良くないんじゃないかと思うのだが。

先日、筑紫哲也のニュースで「ジャーナリストというのは国が間違った選択をしているときの歯止めの役割をするものでもある」「アメリカのジャーナリストは地に落ちた」というような特集を組んでいて、とても面白かった。

ジャーナリストというのは「ビジネス」という言葉だけではやれないものなのかも。


関係ないが、「前髪切り過ぎたときに、もとに戻せる薬」というのを発明したら、かなりの収益があると思う。

私は今非常に変な前髪をしている。




小さな別れ
2003年12月12日(金)

仕事が終わって、帰ろうとしたところで、デスクに「1、2分いい?」と呼び止められた。
私が辞める話だった。
このデスクは面白い人で、それに、私の生意気な話もしっかり聞いてくれる、ほんとうにいい人だった。
「健康に留意して」
なんて、おどけた調子で言うので笑ってしまった。
どうでもいい冗談ほど、人を苦しくさせる。
お世話になりました、と言うと、「まあまあ、そんなのは言わないで。Mくんじゃないけど、ぐっときちゃうから」と言う。
Mさんというのは、私の隣りの席の人で、3年半務めて、2ヶ月前に辞めたのだけど、最後の日に会社で泣いていた。
私は1年しか務めていないし、例のごとく心も開かず、それほど懇意になった人も現れなかったのだけれど、それでも、ああ、これって別れなんだ、と思うと、胸がおののく。
帰り際、デスクなのに、いつものように「どうぞどうぞ」とお姫様のように前を通らせてくれるときに、ああ、と思った。

私は別れに敏感な方だと思う。
お世話になった先生とは離れたくなかったし、大学で先輩が卒業するときは「卒業しないで」としか思えない。
小説を読み終わって本を閉じるときも胸がいたいし、毛先の開いた歯ブラシを捨てるのも嫌だ。

胸がおののくのだ。

この「おののく」というのは、寂しさや欠如感とは違う。
ものすごい勢いで何もかもが離れて行っていることを実感すること。
瞬間、瞬間でほとんどのものが消えてなくなっているのを知ることだ。

昔、大学に通っていたころ、駅のプラットホームの石段に、先輩がヒラリと飛び乗って座ったことがあった。
それを見たとき、私は胸がおののくのを味わった。
特別仲の良い先輩ではなかったのだけれど、思ったのは、こういうことだ。
こんなやんちゃなしぐさを見られたのは今の一瞬だけだった。
もうこの先輩はこの駅には来ないかもしれないし、来たとしても、もうこんなしぐさをする若者じゃないかもしれない。一年後にはもう、違う人になっているかもしれない。若いときに出会って、こういう一瞬を見れたのは宇宙の奇跡くらいのことかもしれない。
そしてこの一瞬はものすごい勢いで離れて行くのだ。

その人がどうの、ではなく、一瞬一瞬で何もかもが離れて行くことを感じたのだ。

こういった程度の人との別れは、はっきり言って、悲劇的なことではない。
その人はこれからも、また誰かに出会い、おいしいもの食べて、生きていくだろうし、私もまた然りである。
悲しいとは全く言えない。

別れに関する痛みというのは、大人なるしたがって、鈍くなっている。こどものころや、若いときのように、何が何だかわからない状態にはならない。
免疫ができ、学習し、どのように対処したらいいかがわかりきっているし、逃げ口上も知っているのでどうとでもなるのだ。

でも、胸がおののくのは止められない。

開いた歯ブラシがあれば、きっと私は新しい歯ブラシを買うだろう。
新しい歯ブラシを買った私は、きっと開いた歯ブラシのことを忘れてしまうだろう。

忘れるというのはどういうことなのだろう。

私は、この瞬間も、ものすごい勢いで、大切なことを忘れていっている。
今日よりも明日、明日より明後日、大切なことを忘却しているはずだ。
それが健康なことなのか、切ないことなのかは、わからない。

悲しいことではない。
でも、次の瞬間が訪れた途端、前の瞬間はすっかり消えてなくなっている。
もうどこにもみつからないのだ。



私は何もかもから離れたいのだろうか。忘れたいのだろうか。わからない。

でも、もう会わないだろうという人たちからもらった温かみが、今も私を温めている。



ところで、マレーシアに行って、それからシンガポールを抜けて、インドネシアに渡ってから帰って来ようと思っていたけれど、萎えてきた。
インドネシアは怖いし、面倒な気がしてきた。
マレーシアを周って帰って来ようかな。お金も時間も大事にしなきゃだし。

最近はゆず湯に入っています。
あったかい。



ウォルラス
2003年12月10日(水)

秋吉久美子のヌードが見たい。

ところで、ビートルズのアイアムザウォルラスを最近よく聴いていて、すると、日常で頭の中でよく回るようになった。ずっとこの曲が離れないというのはうっとおしいものですね。
私は彼らの曲では他に、ハローグッバイとヒアゼアアンドエブリフェアが好きです。
インマイライフは卒業しました。
ルーシーってば空の上みたいな曲も好きです。


ゼムクリップはいったいどの方向を指しているのか?

常備薬を持っている人がうらやましい。




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