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『微炭酸ニッキ』  山崎ナオコーラ

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拙著の刊行がある出版社さん宛てにメールにてご連絡をいただけませんでしょうか?
転送してもらえますので、私から返信します)。

おばあさんになってしまった
2003年10月06日(月)

眉毛の手入れはもうしない。
フリーダ・カーロみたいに繋がればいいなと思っている。

最近、髪の毛のこともなんとも思わない。

目のことも。

年をとって情緒が安定しなく、お酒を飲んでも眠れず、よく理由はわからないのだが、めそめそ泣いたりしているので、翌日目が厚ぼったくなっていることがあるのだけど、まったく気にならずに会社に行ける。

若い頃だったら「こんなんじゃ学校行けない」なんてところだが、今は、
「どう思われたって構わねえよ。お前らだってこんな日ってあるだろ」
ってなものである。

よく見れば誰だって目ははれている。


フリーダ・カーロのこと。(メキシコの画家で、眉毛が繋がってる)
映画がとても面白かったのだけど、絵画展はみなかった。
東京でも、その後大阪(ちょうど旅行に行ってた)でもやっていたのだけど、もう終わってしまった。
もう一生みる機会はないだろう。

文学フリマというイベントを青山ブックセンターで去年やっていたのを見て、「またあったら私も出展しよう」と思っていたのに、ぼんやりしている間に締め切られてしまった。


こんなことばっかりだ。

ぼんやりしている間に月日は過ぎ、私はもうおばあさんだ、つらい。
胸がくるしい。
人ともうまく付き合えず、失礼なことばかりしてきた。

あやまったりありがとうと言ったりしたいが、
誰もそんなことして欲しいとは思っていない。

ひとりよがり。
ああ、ひとりよがりということは、今まで色々な人に50回くらい言われた。


おばあさんになったということも、人にとってはどうでもいいことだ。

もう言わない。

人の話がしたい。



邯鄲の夢
2003年10月04日(土)

私は一生ふざけつくすだろう。
ふざけてもふざけてもまだ足りない。
まじめな場面で他のことを考え、他の人が一生懸命なときに私はいたずらするだろう。

金持ちになることはないだろう。
出世もしない。
よく考えると私にそんな欲はない。
ただ、わくわくすること、きゅーんとすることを求めたい。
人間の秘密を知りたい。世界の中の永遠の場所を見つけたい。
まわりと歩調を合わせたり、認められること、あるいは見返すことを考えていると、死ぬときに後悔するように思う。

私は役人も売春婦も一緒だと思うから、とくに上に行きたいとは思わない。

きっとほそぼそと世界のはしっこでひとりぼっちでものを書いているだろう。

ひとりぼっちということ。
自虐的にたまに思うことだけれど、よく考えるとかなり実際的なことだ。
本当にひとりぼっちでやっていかなければならないのだ。

この前作った人生の計画表に沿って、誰にわかられることもなく、ひとりでやっていく。



誰にも読めない流れるような字を書いて、郵便屋さんにも届けられない手紙を出そう。



報復
2003年10月03日(金)

「報復」という言葉がどうして大義になるのかまったくわからない。


ところで、自分が大変だということを人にわかってもらいたがっている人って、かわいい。


私は金子光晴の『マレー蘭印旅行』に触発されて、マレー半島に旅行に行こうと考えている。


それから、今読んでいるのは『悪の華』というボードレールの詩集。
訳が古いからか、言葉が古くてとっつきにくいのだけれど、このどろどろした冷たさは好きだ。



他生の縁
2003年10月01日(水)

戦争に反対だ。


加賀まり子
2003年09月28日(日)

会社のパソコンのシステムが新しくなるので、その試しとやらで出勤しなければならなかった。でも2時で開放されたので渋谷に行った。

Bunkamuraでルトゥーテという人のバラの絵をみた。
ボタニカルアートなんだけど、このロマンティシズムが私は鼻に付く。
マリー・アントワネットの頃の人で、宮廷画家だった人だ。
でも何で花って人を惹きつけるのかな。不思議。
よく見るとエロな気もする。


それから中平康という監督の「月曜日のユカ」って映画を見た。
加賀まり子がぐっと可愛かった頃の映画だ。
ストーリーがくだらなくわけわかんない。これがおしゃれといわれればそうなんだろうけども。
加賀まり子と中尾彬のあまりの可愛さとあまりのかっこよさに笑っちゃう。


ところで、私は「自信を持っていいんだよ」だの「失敗してもいいんだよ」だのという言葉が大きらい。何できらいなのかわかんないけど、虫唾が走る。
最近そういう本も多い。正方形のハードカバーでちっちゃいような本。
恋がなんたらかんたら、とか。
「大きなお世話」って思っちゃうのかな。
ああいう科白ってみんなわかってることなのにいちいち本で読むのもよくわかんないし。
自分に都合のいいことばっか書いてあるような本を読んで、自信をつけるとか、そういうところに甘えを感じちゃうのかも。

あれ。なんだか私辛口になってきました。



水、そして黒田三郎
2003年09月27日(土)

お風呂というのはいいものである。
たいへんさっぱりする。
みなさんもむしゃくしゃしたときはお風呂に入ったらよいと思われる。

またもう一つみなさんに勧めたいものがある。
それは私の水健康法である。
それは水をがむしゃらに飲むというものである。
そのおかげで、新陳代謝の活性化により体の調子がよくなり、脳の伝達もスムーズになるから気分がよくなり、ダイエット効果もある。
この効果は半分くらいは想像である。
私と食事経験のある人はご存知と思うが私は食事中も水を何杯も飲む。
またかばんの中には常にペットボトルが入っている。
ばかにする人もあると思うが、是非試してみて欲しい。






フリーダ・カーロ
2003年09月23日(火)

上野の森美術館で「ピカソ・クラシック」を見てきた。これはとくに何も感じなかった。
私が鈍いだけなのか。
ただ、これはピカソの古典派時代の絵なので、他のピカソの絵だったら何か思うかもしれないな、と思う。
とりあえず、絵への執念や努力、自分のことが好きそうなのは感じられた。

それから渋谷のBunkamuraで「フリーダ」という映画を見た。
これは素晴らしかった。
半分くらいの時間、見ながらひとりで泣いていた。
メキシコの女性画家の話なのだけど、女優さんも音楽も絵画との組み合わせも素晴らしい。
そして泣いてしまう。
18歳でバスの事故に遭い、全身の大怪我。
共産主義。
それから画家との結婚。
そしてこのだんなさんがどうしても浮気してしまう人で、
絵のモデルとはもちろん、とうとうフリーダの妹とも寝てしまう。
これは見ていても気持ち悪くなる、目の前が真っ暗になる出来事だ。
フリーダは髪を自分で切って男装したりする。
まあ、その後もいろいろある。

全身の痛み、妹と夫の浮気など、自分は経験したことのないことなのだけど、なんとなくそれがわかる。
自分のような平凡に生きてきた身でもわかるのだから、おそらく世界中の大人がこういうことは分かることなのだと思う。

孤独であること、痛み、それから優しさ、愛しさ、そんなことが。

それから恋というのはおそらく、生きていて何十回と味わうほどのことだろうと思うけれど、愛情を感じるのは一生でひとりくらいなのかもなあ、とぼんやり思った。

ともかくもこの映画はおすすめです。



オーブリー・ビアズリー
2003年09月22日(月)

生まれ変わるなら19世紀末がいい。

世紀末を嘗め尽くしたい。

オーブリー・ビアズリーという画家、おそらく
「黒の線が強烈な悪魔的な絵」
といえば、見たことがあるような、そんな画家だと思う。
画家というよりもイラストレーターといった感じもするけど。黒の圧迫感、繊細な線にひきこまれちゃう。

この人、えーと、いくつだっけ、20代なかばで夭折してしまった人なのだけれども、私は夢中。

子供のころ、こういう絵が怖かったなあ、と思い出す、でも今が、ぐいっとひきつけられる。



19世紀末では、クリムト、そしてエゴン・シーレという画家がいるけれど、どちらもぐいっとひきこむものがある。
クリムトはロマンティックな感じ。エロティックなのもある。
エゴン・シーレは独特の歪んだ線が強烈な絵だ。ご存知ないという人でも、見ればわかると思う、それが上手く説明できないけれど。

エゴン・シーレは、本人の写真を、むかし部屋に飾っていた。なんか美少年だ。
たぶん好きな人は多いんじゃないかな、と思う。

人の魅力って、歪み、だけじゃないかなあ、と思う。

だって、いろんな考え、いろんなセンスがあったりしても、正統派みたいなのはそんなにひかれないでしょう?学級委員みたいのはそれほどでもないでしょう?

歪んでるとこにぐいっとひきこまれてるんだろうなあ、と思う。


それで、ビアズリーにしても、あの歪んだ感じの、大人になった私はひかれるんでしょうなあ、と思う。
図書館の本なんかで見たりしてるだけなのだけど、いつか本物が見れたらなあ、と思う。



大阪のつづき
2003年09月21日(日)

昨日の日記に続いて大阪の話を書きたいと思うのだが、全部書くと無駄な長さになってしまうと思うので割愛して書きたい。

まず、大阪城について。私はこれはぼられたなと思う。600円だけど。
黄緑のお城なんだけど、まあ作り直したお城。登っても景観もそこまでいいってわけじゃないし、私はよくある変な映像みたいのが嫌い。
何が一番いやって、ようするに戦争の話でしょ、ってとこだと思う。
昔の話だからって戦争を美化する理由がわからないし、真田幸村だの、武将がヒーローになる理由も理解できない。

大阪城の公園にはやはりビニールの家がたくさんあった。


それから大阪環状線の桃谷という駅で降りて散歩した。在日コリアンの人が多いらしくて、キムチなどを扱ったお店の多い商店街もある。

あとなんばをてくてく歩いたけれど、道がわかりにくくてすぐ迷った。
大阪の街は「キタ」と「ミナミ」と呼ばれる地域に分かれていて、キタはJR大阪駅、地下鉄梅田駅のあたりで東京とまったく同じ雰囲気がする。
ミナミはなんばを中心とした道頓堀、千日前、の辺りでなんばグランド花月なんかもある。ミナミの方がごちゃごちゃした感じがして面白い。
ここはかなり歩いた。

それから環状線芦原橋駅のところも歩いた。そしてリバティおおさかというところに行った。人権博物館というところ。
私はこれはかなり面白かった。
500円だったけど、もっと高くてもいい。
最初、ミニ映画みたいのを見た。ストーリー性のないものなんだけど、すごくがーん、と思う。
次に展示物を見るのだけど、引退した年くらいの男の人が何人かいてすぐ説明してくれる。ボランティアの人だろうか。
同和問題のこと女性問題のこと、在日の人や沖縄やアイヌの人たちのことなどの展示がある。
それから、色々な人のコメント(映像入り)を聴けるところがあって、私はここで色々な人の話を1時間半くらい聴いた。
住井すえという人の「橋のない川」という長い小説があって、大学のころ、長い話が読みたいという理由で私は読み始めたのだけど、はまったことがある。同和問題の話で、この映画化されたものの上映を大学の歴史学研究会がしたので見に行って、話し合いに参加してやたら発言してしばらくマンドリンと兼部して歴研に入っていたくらいである。
で、その住井すえの話が聴けたのでとても面白かった。
それから狭山事件の人の話と部落の人の話と在日3世の人の話を聴いてものすごく考えさせられた。
あと、字がかけなかった人が「識字」(そういう会があるのか)に通って字が書けるようになって作文を書いたものがたくさんあって、それを読んだ。
すっごくせつなくなる話がいっぱい載っている。
中でも家族の借金のかたとして体を売っていた人の話がぐっときた。
なんだかぜんぜん知らない話がいっぱいある。日本にもまだまだたくさんの問題があるんだ、と当たり前のことを思った。
それに、私は大学を出ているけど、どうも、それで頭が良くなったとか、そんなことはぜんぜんないみたいだ、と思う。
字がかけないような人だってものすごくたくさんのことを考えているし、年をとってからでも勉強するとたくさんの思いが出てくる。
うまくいえないけど、私にも思い上がりのようなものや、差別の心のようなものがあるような気がする。
そして私もまた誰かから差別されていたりするんだと思う。
同和問題、というとそこだけの話の話しみたいに感じられちゃうけど、そうじゃなくて、私の問題なんだ、と思った。
普段の生活の中にもそういうものはあるし、思い込みとか思い上がりとか、そういうのはものすごく気をつけたい。
私も私の権利は主張したい。


それから帰って来た。

あと、夜行バスを降りて、電車乗ったら、東京ディズニーランドの社員の人と一緒になって(バスから一緒だったらしい)なぜかずっと喋ってきた。「今の企業は」とかいう話で難しくてよくわからなかったけどうなずいていた。でもいいおじさんだった。

大阪はガイドブックに載ってない部分が一番面白かった。
最初はぜんぜん分からなかったけど、ちょっとずつ、なんとなくわかってきた。



大阪から帰って来ました。
2003年09月20日(土)

夜行バスで大阪に行きました。
5000円くらいでいけます。
神経質な私はほとんど眠らず考え事をしていたので、朝、到着したときつらかったです。

まず、大阪環状線を1周した。山手線の半分くらいの時間、40分くらいでひとまわり。でもこのときは、どこがどういう地域なのかまったくわからなかったので、全部同じように見えた。

そして、新今宮駅で降りて、お寺などをまわって散歩。
四天王寺も見る。聖徳太子の建立した寺なので「日出づる処の天子」(マンガ)のことを思い出しながら見た。
それから通天閣にものぼった。なんてことなかった。

一番興味をひかれたのは、ベニヤ板で作った家がずっと並んでいたこと。どの家も凝っている。出窓がついていたり、鍵がついていたり。たいていはブルーのビニールシートで覆っているのだけど、錘をつけて飛ばないようにしたりしている。小鳥や犬を飼っている人もいる。
そんな家の並んでいるとおりに、露天というか、リサイクル品や、手作りのお手玉などを道端に並べている人がいる。
そしてカラオケ店が多い。やはりベニヤやトタンの店なのだけれど、100円で1曲歌えるような仕組みらしくで、おじさんおばさんが楽しそうに歌っている。
ここの人たちは、都会のホームレスの人とは違って、何もかもあきらめているという感じには見えなかった。
それなりに人間関係もあって、色々考えたりもしているように見える。
道を聞いたら親切に教えてくれた。
それから、詩や「戦争反対」などのビラを貼り付けている家もあった。
私はそこで詩の本を買った。(500円)山頭火に似た俳句を作ってあって、そして野宿についての話や巡礼の話が書いてあった。
なんだかものすごく考えさせられた。
彼らに100%同意できるわけでもなくて、「甘い」ということも感じてしまう。
でも私だって立派な生活をしてるわけじゃない。
私だって甘い。
そしてきっとものすごい理由がそれぞれにあるはずだ。
それから現に彼らはそこにいるのに、いない方がいいように感じているような気がする。
人間はみんな汚いし私も汚いのにそれを認めていないような気がする。
私だっていつ家をなくすかわからない。
家をなくした人たちだってきっとものすごく色々考えていて、苦しんでいるはずだ。
すごくごちゃごちゃした混乱した気持ちになった。

そして今度は南海線に乗って岸和田に行った。
この日は15日で、ちょうど岸和田だんじり祭りの日だった。
駅前の通りでまっていると、間隔を置いてだんじりがくる。それぞれ「上町」「南町」だのという文字が背中に入ったハッピを着ている。襟(でいいのか)のところには「子供会」「青年団」「若頭」「世話役」などと書いてある。子供から大人までいる。女の子は、流行っているのか編み込んだりねじり上げたりしてポニーテールにする凝った髪型をみんなしている。そしてだんじりの一番上には20代後半から30代くらいの男の人が乗っていて、この人が音頭をとっていて、ぱっと踊りのようなことをする。なんともかっこいい。そして曲がり角のところでためて、そして太鼓が鳴って、わーっと進む時のなんともいえない高揚感が気持ちいい。

しばらく見て気が済んだのでまた新今宮に戻った。すると「あいりん地区職業安定所」のところにホームレスの人の長蛇の列があった。6、70人ぐらいはいたと思う。何の列かとても気になったけれど、見には行けなかった。

次になんばに行った。様子がおかしい。警官は出ているし、ヘリコプター飛んでいる。
しばらくしてわかった。阪神優勝である。
仮装のようなことをしている人たちもたくさんいる。
道頓堀まで出たので、橋を渡ると、そこのもうひとつ隣の橋からビシャ、ビシャと何かが落ちて波紋が広がるのが見える、ああ、人が飛び込んだんだな、と皆見ていた。泳いできた人を見ると、海パンと水中メガネをしていた。
となりの戎橋まで行こうとしてみたらものすごい人で押されて前にも後にも行けなくなって、倒れたら死ぬな、と感じた。それでなんとか引き上げた。ラムちゃんの格好をした男の人なんかがポールによじ登っていた。女の子もよじ登ったりしていた。みなで阪神タイガースの歌を歌っていた。通りすがりの人が手を叩こうとするのでなんとなく手を叩いてしまった。
面白いと思って見ていたけれど、後で死者が出たと聞いてビックリしてしまった。マスコミも飛び込む映像は自粛したらしい。

夜それから長居という駅のユースホステルに泊まった。私は会員証を忘れてしまったので、そう言うと、家からFAXで保険証を送ってもらえないかというのでそうした。オーストラリアのやたら可愛い女の子たちと相部屋だった。

この日は私の誕生日だったのだが、近年稀にみる充実したいい日だったと思う。
思えば誕生日にひとりというのが初めてだったのだが、ひとりというのが決してさびしいものではないと実感した。




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