自分で骨壷が作りたくなった。 よく陶芸習って、骨壷作るって言うじゃない?あれだ。 骨になったらどんなんに入りたいかなあ、と考えるに、思い付いたのは、自分のコーヒーカップ。 あんなんでいいや。ふた付けて。 はいんないかな。 まあ、ゆっくり作ろう。 それで、あと思ったのは、始める前から楽しいってことはないよな、ということだ。マンドリンだって入る前は全くやる気なかったし、流れで入っちゃっても、しばらくは辞めようか続けるかずっと考えていた。それが、合奏するようになってから、急に楽器にはまっちゃったのだ。人生はわからない。就職だってそうだろう。 村上春樹が言ってたのだが、「人生は、自分が選ぶ事よりも、人生から選ばれる事の方が遥かに多い」って。 確かにそうで、考えてみると俺の人生、俺が決めた事ってどうも1個もないっぽい。 それでも、志望する大学じゃなかったけれど、今の大学に入れて良かったと思うし、なんとなく入っちゃったサークルは楽しいし、入った後に第一志望になるというか。 やってみないとわからないんじゃないか、と。 だから、やる前に、自分がこれを好きかどうか、なんて考えても、あまり意味がないかもしれない。 まあ、そんな考え方、良いのかわからんが。 前、就職テストみたいの受けた時も「貴方は人生を流れに任すきらいがあるので、もっと考えて決めましょう」とか書いてあったから、良くないのかも知れない。 意固地に見えてすぐ人に影響されるし、考えてるように見えてわりと思い付きで行動してるし、そうゆうの、治そうかなあ。 でもいい。 笹舟に乗って、気になる島が見つかったら、そっちに向かったりして、気ままに行こう。
すでに何かの媒体で表現されているものを、他の媒体に移して表現するのは難しいなあ、と思った。 というのは、譜面に練習番号をふるのに、譜面を見せてもらって写せばスムーズなのだろうが、口で言われると、どこのこと言ってるのかわからないから。 「次のmpがBです」(mpっていっぱいあるじゃんか) あと、読めない記号を適当な英語読みしたりするから、おかしい。 それで、え?と思ってるうちに次にいっちゃってるし。 それで、昔カウンセリング講座というのを受けた時に、6,7人のグループでそれぞれ地図の断片を持って、それを見せ合わずに、口だけで伝え合って全体図を完成させる、ということをしたのを思いだした。 あと、例えば、小説で表現されていることを、音楽で表現するとかも、おかしいよなあ、とか。 でも、音楽をやっていて、弾けばわかることを、あえて口で説明してる時は、妙に楽しい。 なんだかんだ言って、伝わらないっておもしろいよなあ、と思う。 コミュニケーション不全ってなんだかくすぐったくってくすくす笑っちゃう。 うまく言えないがそんな事を考えていた。 そんな感じで、あとで見たら、私の譜面の練習番号はほとんど違う所に付いていた。 それから、1年生がどんどん上達してく。 面白い。 もうちょっと出席してくれたらなあ、とも思うが。 きょうは星空のなんとかと、詩人の瞑想を、初めて弾いた。 わりと詩人の瞑想がすきだった。 星〜はミューズの時、かめやんに何度も教えてもらったリズムがある。 はんちょうが具合が悪くて帰ってしまった。
自分の年齢がこわくなってきた。 年を取るのは、どんどん諦めていけるから、楽しくていいのだけど、 諦めるといっても、まだまだ諦めない方がいい事も沢山残っているような気がして、心配だ。 若くて可能性が何処までもある、という程の年齢ではないし、もう諦めた方がいいという年齢でもなく。 けっこう、瀬戸際のような、きっと後になって、大学4年の時あれやっておけば良かった、とか、あれ始めとけば良かった、なんて思いそうでこわい。 子供の頃からやりたいと思っていた事、夢、とか沢山あったのに、大学入ったらあれやろう、ということも、あったのに、諦めちゃうのかなあ。 就職なんてしてる場合じゃないんじゃないかな。 わくわくすること、本当にやりたい事をするために、知恵を絞らなくっちゃ、という気分。 もっと、自由なはずなんだよ。 大学4年だから就活して、とか、人生ってそんな単純じゃない気がする。 私は他の人と違う事をするのは全然こわくないなあ、というのも思った。 なんでかな、と考えるに、私は今までも、人生で「これは上手くいった!」ってことは、たぶん1つもなくって、例えば高校、大学受験も失敗が多かったし、部活やサークルでも挫折とかって多くって、だから思い通りに行かない、とか、他の人と足並みが揃わない、という事に、慣れているというか、びっくりしないし、平気。 どうにかなるだろう、という感覚がすごくある。 その上、いつまでも夢見勝ちというか、浮世離れしてるとういうか、小説や詩の世界も、現実の世界と同じ位の価値で考えているから、なんか、ほんとに、もっと自由なはず、という思いが強いというか。 友達なんかも気にならなくって、私は私、という思いも強いし。 旨く言えないが、「もっと私らしい生き方があるはず、他の人の流れには合わせたくない、もっとちゃんと考えて生活したい、やりたい事をやりたい!!」と思う。 こんなもんじゃない、と思う。 こうしている間にも、宇宙は膨張して、エントロピーは増大して、今が過去になって行くと思うと、こわくてしょうがない。 そう、上手く行かない事や、失敗する事は全くこわくない、やりたいことをやらないで時間が過ぎてゆくのがこわい。 お金がないのも、こわくない。そんなのどうにかなるだろう。 もっとこわいことがあるはず。 もっと動かないと。 そうすれば新しいアイデアが浮かぶのかもしれない。 じっとしてても答えが出る訳無いし。
お腹が痛い。 死ぬのかなあ。
「あの日は暑かった」 という思い出になりそうな新歓ハイクだった。 上野公園で散歩する。 俺はC班で、コヒロヒラハさんが班長だったので面白かった。 下町民俗資料館というとこと、動物園に行く。 前者は剣玉や知恵の輪で童心に返って遊べる穴場で、後者は面白いのと面白くない動物がいて、炎天下のため最後はくたとした。 動物を見ていて思うのは、「やっぱり好みがあるなあ」ということだ。 何故だか惹かれる、とういう動物と、みんなが可愛いと思うのはわかるけど俺は別に、という動物がいる。 惹かれたのは、ペンギンと蝙蝠とスローリスとかいうの。 ペンギンの中に置物が混じっていた。全く動かなかった。そして、走って滑って転んでいる奴もいた。計算とわかっていながら可愛いと思ってしまう自分にがっかりだった。 あと、トラ。トラは犬科だ。 というか、全部犬科だった。 その後あまりの暑さと寝不足と頭痛でテンションが低くなって申し訳なかった。 ボートに乗ってる子もいたが、俺らはぼんやりしていた。 あんな感じでよかったのだろうか。 それから地下鉄で一年生がいなくなったので、放送で呼び出ししたのが面白かった。 その後、渋谷でお酒を飲む。 1年生のみんな来てくれてありがとう。 雪ちゃんはじめ2年生の方々おつかれ様。楽しかったです。
昔は重音は嫌いだった。 勝手に単音で弾いたりしていた。 というのも、私は子供を産むなら一人っ子がいいと思っていて、何故なら、沢山の子に手をかけるより、一人の子に気を使って大事に育てた方がいいなあ、と思うから。 色々な音を出して、微妙な音を出すよりは、一つでも綺麗な音の方がいいではないか、と。 でも、今は重音に夢中。 重音って決めのとこで出てくるではないですか。 がんっと出せたり、ぐわああ、と出せたりした時の気持ちはたまんない。 兄弟もいいやね。 今日から、サークルの後期の練習が始まったので行く。 ドナウの模範演奏を聞いてから、アルバマと風のテープを聞いて、風の合奏をした。 それにしても、トマトは美味しい。 夏だなあ。 最近いつも、冷蔵庫に入っているので、よく齧ってる。 それから、サンドゥイッチにしたり。 トマトは生命の味がする。 さて炭酸コーヒー。 私は炭酸コーヒーで就職するぞ。 炭酸コーヒーとはなんぞや。次回につづく。
すてきな女優さんがいる。板谷由夏。 ところで、よく「人に迷惑かけてはいけない」なんて言うけれど、ほんとにそうかな、と思う。 意外に迷惑かけられると嬉しい。 やっぱり、寛容だねえ。 世界は寛容で成り立ってるんだから、人の失敗なんて、平気で許したいし、わがままも、砂地に水が染み込むように聞き入れたい。 わがままとか、いいと思う。 わがままな人と付き合うのは得意かもしれない。(自分もそうだからか?) ひとりで生きてるんじゃなくって、みんなで生きてるんだから、迷惑って当たり前だと思うし、迷惑かけてもいいんじゃないのかなあ。 それから、謝ったりとか、しなくっていいよ、と思う時もある。「ごめんなさい」とか、「すいません」とか、言って欲しいって人もいると思うのだけど、私の場合は言われなくても平気だ。 たぶんココロの中で悪かったと思ってるんだろうな、と想像出来ると、別に言葉にしてくれなくっても許せる。 「ありがとう」も言わなくっていいよ、と思うけど、でも「ありがとう」はいい言葉だと思うので、自分では割と使うようにしている。 「ごめんね」って卑屈な言葉でそんなに良くない言葉だと思う。 「ごめん」を使うシーンで、代わりに「ありがとう」が使える時ってよくある。 例えば「遅れてごめん」を、「待っててくれてありがとう」と言い換えて言ってみると、言う方も言われる方もいい感じな気がする。 そんな感じ。。 ![]()
楽器倉庫で、変な鉄の管に頭をぶつけて、たんこぶができた。 歯も痛いし、頭も痛いし、不幸せだ。 最近の夕方は、薄い紫のフィルターをかけたみたいにきれいだ。 そして最近すきな曲は「桃の天然水」のCMで流れている「愛の賛歌」 あなたのもーえる手でってやつだ。 その出てくる女の子も可愛い。 明日から真面目に就職のこと考えようと思う。 6月だし。 でも、人生ってほんとに、どうにか成ると思う。 もともと人生っていうのは、自由でわくわくする性質のものだと思う。 だから別に深刻にならなくっても平気だよ。 今までだって、どうにも成らないことなんて無かったし。 上海行きたい。 四つ葉のクローバーが欲しい。 厭世的になったり皮膚が荒れたりするのが嫌だから、もう、CPいじるのをほどほどにしよう。 まあ、フィルターって言っても、ミッドフィルターだけどね。
カミナリが鳴ってびっくりしましたね。 地下にいたら、カミナリとともに、非常ブザーが「ビー」と鳴って、一同騒然とした。 「何だ?俺らこれからサバイバルじゃない?」「富士山の爆発で出口塞がれたんだよ」などと言い合う中、N谷くんがほんとうにびっくりしたらしく、固まっていて可愛かった。 あと、地下の机におきっぱなしにされていた日本酒の瓶が割られていて、床がひどくってびっくりした。拭いたけれど、今日は一日お酒の匂いがしていて苦しかった。 さいたま市長は相川さんらしい。
授業に出るのが嫌な日だった。 それで303の前で逡巡して、諦めて、屋上に行って、ベンチにねっころがって、雲を見ていた。 雲というのは実際はどれくらい大きいのだろう。 例えば、朝起きた時に、「どうして私は、海や雲ではなくって、人間なのだろう」という不思議な思いが湧く時がある。 雲ということもありえたのではないか、という気がする。 雲のように大きな存在ではないけれど、私でよかった。 今日は楽器を弾かなかった。 そろそろ手を引いて、落ち着いて将来の事を考えたりしよう。 みんなが友達を欲しがる訳が、最近わかってきた気がする。 私はひとりでいるのがわりと好きで、今までは、電話や手紙、メイルとかは面倒という気持ちがあったし、友達って特にいらないような気がしていたのだけど、(勿論まわりの人の事は大好きだったのだけど、特に「友達」というのがいらない気がしてた。ひとりでいるのは楽だし)ちょっと話すだけで、気持ちが落ち着いたり、考え方がいい方に変わったり、するものなんだ、という事を、最近やっと実感してきた。コミュニケーションってすごいなあ、と。面倒を越えてすごい。 雲。
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