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2003年01月14日(火) 「小さい人達族」?



 1954年、英國のオックスフォード大学の教授、トールキンが書いた「指輪物語」が少し前映画化された。外国映画はビデオを借りる時や劇場でも、日本語版を見るようにしている。英語が即時に聞き取れるほどの耳はないし、それより何より、映画の字幕は、流れに沿って、字幕を読まなければならない。
一秒間に人が読める字数は限られている。それに時々、台詞が長すぎるのか、字幕を省略、はしょりすぎて、全体の流れが分からなくなる映画がある、そういう危惧があるからで、吹き替えなら早口で言えば済む。
 日本人は昔から舶来物が好きである。その好奇心は、日本人の原動力としていいことだと思うが、イタリア語で唄うオペラでうっとりしても、日本語に訳せば、佐藤しのぶが言っているように、「何だかくだらない、好きだの嫌いだのの内容が多い」らしい。自分の国の言葉で聞けば、妙な外国語コンプレックスはなくなる。フランスはその事にとっくに気がついて、基本的には、映画は吹き替えである。
と言うことはさておき、この「指輪物語」で気になった訳(予告の翻訳文字)があった。「小さい人達族」ってなんだ?

 この物語は「ハリーポッター」とは違い、冥王サウロンが探し求める指輪を、ホビットやドワーフ、魔法使い、エルフ、人間が協力し、様々な危険や困難に立ち向かいながら、この世から完全に消失させようと努力し、冒険する物語で、「ハリー…」はこの物語の中の「魔法使い」の部分をしめるに過ぎないが、「指輪物語」は、一つの稀有壮大な世界観を作り上げている。
 
 この物語の中心となる部族に「ホビット」というのがいる。どうやらこの訳語に苦労したらしい。ホビットは状況からすれば「小人達」である。が、これはマスコミ他差別用語リストに入っている。だから使えない。どうするか?考えた末「小さい人達族」にしたに違いない。
 そんな風に考える人がいて、それで小人が救われると思っている。それなら、同様に「巨人」も差別用語に入れないと片手落ちではないか。そうすると野球放送出来なくなるからそれはしないのだろう。

 夏目漱石他古典が教科書から消える理由の一つが、実はここにあるのではないかと見ている。「桃太郎」の歌と同様に、今の目で見て判断するに、差別語に満ちている。桃太郎の歌詞六番「万々歳 万々歳 お伴の犬や さるきじは…」の「お伴(とも)が今の価値基準では、主従関係を現していけないそうである。それでかどうか文部(現、文科)省唱歌から消える。
ついでに言うと、つい最近まで、「子供」はいけなくて「子ども」と書かなくてはならなかった。「供」がいけないそうな。

 漱石の「坊ちゃん」の中に、
「十年来召し使っている清(きよ)という下女(げじょ)が、泣きながらおやじに詫(あや)まって、ようやくおやじの怒(いか)りが解けた。それにもかかわらずあまりおやじを怖(こわ)いとは思わなかった。かえってこの清という下女に気の毒であった。この下女はもと由緒(ゆいしょ)の…」

と、その筋の人達にとって身の毛もよだつ文章。どうしよう?
そこで、文科省検定済教科書(「国語中1・光村図書」)では次のようにした。

「…十年来召し使っている清(きよ)というが、泣きながらおやじに謝まって、ようやくおやじのいかりが解けた。それにもかかわらずあまりおやじを怖(こわ)いとは思わなかった。かえってこの清に気の毒であった。このはもと由緒(ゆいしょ)のある者だったそうだが、瓦解(がかい)のときに零落して、つい奉公(ほうこう)までするよう…」(「国語中1・光村図書」)
立派な改竄(かいざん)である。漱石を冒涜するにもほどがある。

 さぁ困った。最初は改竄していたが、文豪の文章をいじくるという後ろめたさはついてまわる。どうする?それじゃ消してしまえと言うことで、目出度く教科書から消えることになったと推測する。
 鴎外は、「歴史的仮名遣い」についてその正当性をきっぱりと証明している。鴎外・漱石も歴史的仮名遣いで書かれている。現代仮名遣い(表音主義)の矛盾のあるところはどうしても歴史的仮名遣いでしか現しようがない(…を、や …へ、など)。
そこでそれに関連する物もすべて消してしまえと言うわけだろう。

 日本国が滅びるとすると、例えば「北朝鮮との戦争で核を撃ち込まれる」だけではない。こういう日本の言葉を軽んじるところからも崩壊する。漱石・鴎外を読めなくしたのは、当の文部科学省の中にいる、進歩派(今の価値観が最高のように思っている人達)の連中である。

佐藤しのぶ
日本が世界に誇るプリマドンナ1993年、ウィーン国立歌劇場での「カルメン」のミカエラの成功 韓国政府に初めて正式に招かれた日本人歌手としてチョン・ミュンフン、スミ・ジョーらと共演98年11月には「蝶々夫人」でウィーン国立歌劇場主役デビューを飾った。

 









2003年01月10日(金) どうだ?言えねぇだろ



 唯一、拉致事件を取り上げている扶桑社の「新しい公民教科書」(中学公民)に続いて、東京書籍「現代社会」、清水書院「新現代社会」、一橋出版「高校現代社会」、帝国書院「新詳地理B 最新版」、第一学習社「高等学校 政治・経済」が取り上げることを申請した。
そこでざっと四社の新聞を見てみた。産経・読売は報道していた。日経・朝日はしてない。朝日なんかは、くやしくって仕方ないだろう。

 常々テレビで、朝日放送に、内容はともかく報道関係の番組企画が多く、産経の属するフジグループに、おちゃらけ番組が多いことが不思議だったが謎が解けた。
新聞社主導で出来た朝日放送と、フジグループに吸収される形でなっている産経新聞とでは、テレビに対する口出しが格段に違うからだろう。

 だからニュースステーションでは、新聞(朝日)の意に反することは取り上げない。
今回、新たに五社が北朝鮮拉致を、教科書に取り上げることが申請受理された事も、多分報道しない。いや出来ないだろう。あれだけ悪意に満ちた反、「新しい歴史教科書をつくる会」を明確にしてきて後、拉致疑惑を北朝鮮が認め、その事がすでに「つくる会」の公民教科書に書かれている事実から、「後の教科書が追随した」ことなど、報道できるわけがない。
どうだ、報道できねぇだろう!ニュースステーションとNews23。
だから、この系列の新聞だけを見ている人には、そういうニュースはこの世に存在しないことになる。

 これと似たことが他にもある。原爆反対の原水協・原水禁の皆さんの声が北朝鮮の核については何も言わないことだ。他にもいるが、馬鹿なことを言い続けている大江健三郎何とか言え!



大江健三郎
ノーベル賞作家。授賞晩餐会の席で「源氏物語」は評価しないと言い、貴国の作家に傾倒した、自国の地名より、貴国の地名の方が良く知っていると、よいしょした。
「ノーベル賞はスウェーデン市民から贈られたものとして、ありがたく受け取るが、文化勲章は日本国家のものだから受け取れない」といった。
 馬鹿も休み休み言え。日本国憲法は、国民主権を謳っているのだから文化勲章は”国民が主権”でなっている日本国から贈られるものである。

 それなら聞くが、常日頃、戦争反対・原爆反対論者を自認している大江さん、ノーベル賞のノーベルは、ダイナマイトと無煙火薬を発明し、それが兵器に利用されることで巨万の富を築き、その遺産によって運営されているという事実はどうする。









2003年01月08日(水) どうしようもない人



 中山正暉(まさあき)と言う人がいる。拉致家族に自分の言うことを聞くか、現代コリア研究所の佐藤勝巳さんをとるか、迫ったあげく、自分をとれば、あなたの娘さんとあわせてあげるというような事を言って、言下に家族から自分だけそういう事をしたくないと断られて、ついに拉致疑連から見放された。その後、新拉致疑連が作られたが、中山正暉の名はなかった。
 石原慎太郎東京都知事から、その行状言動の怪しさを批判されて、反論を新聞に書いていたが、自己正当化に終始していた。
 その中山正暉が、秘書の息子と共に、どうやら先年秋に、産経新聞に怒鳴り込んできたらしいのだ。その内容はともかく、論説室に通された氏は、ドーンと殴りつけるように(産経抄の石井英夫さん)机を叩き付けて終始大声で恫喝を続けたようなのだ。途中大声をたしなめられても、「俺はキヨちゃん(産経新聞清原武彦社長)をよく知っている」と言って脅したそうである。 

この人、二年前にも問題をおこしている。徳島の吉野川可動堰の問題で、地元市民団体との対話を約束していた件を反古(ほご)にした。活動する市民団体の一人が、前科者だというのがその理由だった。「逮捕歴もあり、日本の国をつぶそうと思った人と何で話をしなければならないのか」と言ったのだ。この市民団体が、沖縄の基地反対運動をしている連中と同じ、サヨクもどきかどうかはどうでもいい。

 前科者でも、務めを終えて社会復帰していればそれで何にも問題はない。
この人、平成9年には、裁判官弾劾裁判所(裁判官が職務上の義務に著しく反した場合、両院議員で構成される訴追委員会の追訴を受けて、免職の裁判をする)裁判長 を勤めたりしているのだ。

可動堰の対話拒否の言い分がふるっているではないか。
「…日本の国をつぶそうと思った人と何で話をしなければならないのか…」

 可動堰で日本の国は潰れない。それよりも国民の拉致という大変な出来事に拉致疑連の長を務めながら、訪朝してから変節し、「あの人の拉致は北朝鮮とは関係ない」とまで家族に断言し、日本で行われた金正日の祝賀パーティに出席して、飲み食いし、意に添わないと新聞社に恐喝に近い脅しをかけ、そこの社長を知っている(パーティで会えば挨拶する程度、飯を食う仲ではないと産経の社長は言ったようだ)と虎の威をかりる。
こういう人物が過去、裁判官を裁く裁判長になったりしているのである。
日本の国の事より、相手国の事に気を配る、こういう人こそ、日本国を潰そうとする張本人だと、他人は思うが本人は思わない。

そうして先年11月三日「文化の日」に最高の賞、勲一等旭日大綬賞(四人しかもらえない)を授賞している。

この人には浅からぬ因縁がある。小学生の時に、確か毎朝だったか、その時々に感じた事を、教室で発表する事が行われていて、その時に、「日本初の女性大臣(1960年)中山マサ」の事を調べて発表したような記憶がある。その息子が兄中山太郎、弟中山正暉である。

佐藤勝巳…現代コリア研究所所長。
かって北朝鮮はこの世の天国と、帰還運動を手伝い煽動したが、後に、その内情を知り、深く反省して以後、それに連なる拉致家族を救う運動に身を投じている。中山氏は共産主義者だと言って非難しているが、中山氏はどうやら「男子三日みざれば剋目して待つべし」と言う言葉を知らないらしい。









2003年01月07日(火) 温暖化はどうなった?



 七草の粥をすすりながら、BSで午後二時過ぎ頃からあるフランス2というニュース番組を見ていたら、南仏のツゥルーズ、ナルボンヌ、カルカソンヌなどが大雪!?で学校などが休校、交通は麻痺して、輸送トラックは全面的に止まっているとの事だった。大型のトラックで雪を除雪、運んでいた。
 地中海に面した地域に大雪が降る、地中海の向こうはアフリカだ。今、温暖化に向かっていると言うのが定説なのにこれは一体どういう事だろうか?
スイスはどうなのだろうか? 日本も勿論東京なども寒い冬、なようである。

 今のところ、自分自身の肌に感じる寒さはそうでもない。家には炬燵がない。あると動きが鈍る。サッシのない家だから、すきま風が入る。
上着は半袖。下着は袖無しのシャツ。ちょっと前まで下は短パン、現在はジャージ。下着はトランクスいっちょ。靴下は十年来、家の中では履いたことがない、したがって裸足。寒いと言ってもまだ充分耐えられるから、やっぱり大局的には、温暖化はすすんでいるのだろう。じっと制作していて寒さに耐えられなくなるとどうするか?簡単、簡単、息をつめて畳の上で腕立て伏せを出来なくなるまでやる。そうすると全身の血管がドキドキと脈打ち、すぐ暖かくなる。
若しくは風呂場に行き、水を浴びる、胸側一分・背中一分x三セット。冷たすぎて耐えられないときは、立ち腹筋を百回立ったまま、水を浴びながらやると気が紛れる。そうしてしばらく、二三時間は全身がかっかしてまっかになり、あたたかくなる…ゾ。人には薦めない。

 









2003年01月01日(水) 謹賀新年



「あけましておめでとうございます」















2002年12月31日(火) 大晦日



夜十時、年越し蕎麦を打つ。ちょっと寒いけれど、裏庭の引き戸を開け放ち、音のでるものを消す。永観堂と真如堂の鐘が交互に聞こえる。除夜の鐘を聞きながら、今日は奮発して、ピンクのシャンパーニュを飲みながら新年を迎える。
 御節(おせち)をつまみながら、ぼんやりと過ごした。この大晦日から元旦の未明が一年で唯一、しみじみ出来る不思議な時間帯である。
 深夜一時過ぎ若王子神社に初詣。奇遇なことに、京都大学の学生だった頃から毎年初詣に来ているというA君と再会。A君は現在、神戸で原子力関係の仕事をしている。
 一度などは家に招いて、自家製の麦酒と、馳走をふるまった事もあった。それから後、二三年、年賀のやりとりがあったが何時とはなしに疎遠になっていた。それが、今回、子供が三人、弟君の子供三人それに母上と、にぎやかに若王子神社に初詣に来ていた。もう最初に会ってから10年が過ぎているという。光陰矢の如しである。また来年の深夜一時頃の再開を約束して、彼等は神戸に帰っていった。
若王子神社の前のたき火は、毎年焚かれて、今日は、その火で焼いた焼き芋をご馳走になった。

御神籤(おみくじ)曰く

 晴れ渡る 月の光に うれしくも
 行手の道の さやかなりけり
                だそうだ。 本年は小吉。










2002年12月28日(土) 餅搗き



 いつも米は新潟のお百姓から、無農薬の米を送ってもらっている。
新潟からの玄米もち米を、三四日前から、石清水に漬けて置いたものを蒸籠(せいろ)に入れ、十五リットルの寸胴の上に乗せ数十分蒸す。
親指と薬指で米粒が潰れるくらいまで蒸したら、庭に湯で温めてある石臼の所まで走り、あけて杵で最初はすりつぶす。白米の餅のようにはいかない。何しろ、腰があり、おまけに少し発芽しているので、ものすごく力がいる。二百回くらい搗いてもつぶつぶは残る。その頃になると、てのまめは裂けて握力が無くなり、へとへとになる。
 餅をかえす方も大変である。ものすごく粘る。女の細腕では見ている方が気の毒になるが、二人しかいないから仕様がない。ぺったん・ぺったんのリズムがしばし淀みながらも、無事餅つきを終えた。不思議な物で餅は今どこでも買える。けれどもこういう一見面倒と思えることをしていると、沸々と、「今年もちゃんと生きてこられたなぁ」という感慨が湧いてくる。正月が近いという気持ちになってくる。昔の人々はこういう行事でもって、生まれてから死ぬまでの単調な道のりに節目を付けてきた。それが文化になり伝統として残っていく。今の時代はそれがいかにも希薄で、薄っぺらい。

  搗きあげた餅は、白い餅と違って、きれいな丸にまるめられない。どう搗いても米のつぶつぶ状の物は残る。だからぜんぶ伸し餅にして、二三日後に切ることにしている。
 今回はレンブラント光線ならぬ、小津目線で、この餅つきの一部始終を撮影した。編集で音にエリックサティのジュ・トゥ・ヴを入れる算段をしている。
 今回の餅つきを期に、もっと昔ながらの本来の餅の搗き方に変えようと思っている。槌型の杵は、返しの人の労力と、危険が伴う。一方、月で餅搗いてるウサギは立て杵を使って搗いている。これだとみんな参加できる、同時の返し手がいらない。三人なら三人同時につけて、そのために餅が動き、返し手がいらないし危険もない。毎回のように、手のまめを破って苦労するよりも子供でも出来る、昔ながらのやり方がいいとおもったからだ。
 完全を期すなら、今使っている昔から家にあった石の臼よりも、くびれ胴の木臼を使ったらいいのだろうが、(太鼓胴の臼は江戸時代かららしい)、そういう一種の原理主義に陥ると、本業の道具の筆や絵の具もそれに則って、ブルーの絵の具は本来はラピスラズリという宝石の粉末で作っていたのだから、それにしなければならないし、筆など高級テン毛(女の人の細い眉ほどのものが一万円位する)を使ったものが全てだとしたら、テンは絶滅する。
 だから、何かをやるときには、ある程度の道具は必要だとは思うが、その背景にある歴史を自覚した心があればいいと思っている。淘汰されて、なくなるものはなくなるのがこの世の常である。正式に公の場で行われる物に限り、昔の方式に則してやることは「言葉」と同じで大切だと思う。
だから蕎麦を捏ねるのに、漆の鉢でなくとも、ステンレスのボールでも別にかまわない。
 
    餅つき終えており茶を一福 
 

 *小津安二郎(映画監督)ローアングルで固定されたカメラや全編をカットでつなぐ手法を用いた。ローアングル用に、赤いトライポッド{通称かに}を使った。気に入っている作品に、「東京物語」(昭和二八年)「秋日和」(昭和三五年)の中の原節子がいい。それと、映画のバックに流れる斎藤高順の音楽も。










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2002年12月27日(金) 出来事箇条書き?



*無能の親でも息子は親孝行、子から内臓をもらった河野洋平が昔北京詣での際、台風で専用機が台湾に緊急避難した。台湾と日本は国交を結んでいない。中国に阿(おもねる)るあまり、北京についてから「ぼくちゃん、嵐の中で飛行機から一歩も外に出ませんでした」と報告した。改名しろ!
江(江沢民の)の傭兵

*滋賀県豊郷町立豊郷小学校の校舎解体問題の町長を見て思わず「最高ですか?」と叫ぶ宗教団体の教祖を思いだした。「最低です!」

*この世に肥満児が二人しかいない国
「北朝鮮」の金正日親子以外に太った奴がいるか、北を撮すあらゆる写真で探してごらん。一時流行ったウォーリーを探せより難しいゾ!まず不可能。

*NHKって中国と共同経営で北京にホテル持っている。そんなら民間から放送料とるな。

*あんまり拉致者が多いのでいろいろな人達が、身内の行方不明者もそうではないかと言っているが、富士樹海で毎年沢山発見される、身元不明の自殺者達も入っているかも知れない。

*朝日の世論分断作戦は続く、本日午後のTV(朝日)も日本人が集団自決の特集、残留孤児の問題。基本は悪の日本人を中国は忘れない、そうな。そりゃそうだ、中国の歴史教科書はもとより、算数のたしひき算にも日本人憎しの問題が出ている。

*昔、京都東山三条に二階屋根庇まで我楽太・骨董もどきを置いている名物骨董屋があった。その裏の袋小路に当時築百年のおんぼろアトリエを借りていた頃、その骨董屋の爺ちゃんからいろいろな話を聞いた。
爺ちゃんは憲兵だった。ドラマに出てくる憲兵はまったく出鱈目で、一般人を懲らしめたりするが、本物は「兵隊で不埒な行動をする者」を取り締まるのが仕事。

爺ちゃんの話で印象に残っている二つ。
厳冬に馬を駆って、凍り付いた大河の上を走った話。
 もう一つは、ロシアが南下してくるという噂に、日本人達が逃げるときに、子をぽいぽい捨てて自分等だけ列車に乗っているのを、幾度も目にした。だから「残留孤児の問題はほとんど親にある」と憮然としていった事だ。彼等は「一旗揚げようと自分達から進んで中国にいったのがほとんどで、何ら国に責任はない」と言っていた。当の支那人達は人手が増えると有り難いので、喜んで引き取った。これは洋の東西を問わず、貧困国に家族が多いのは、人手が入るからである。使い終わったらもういらない。










2002年12月25日(水) ワイドショウ



 毎日のように正午の朝日放送のワイドショウで、北朝鮮関係の、拉致家族の特集がある。見ていてとても気分が悪い。なぜというのに、必ずと言っていいほど、物わかりのいい顔をしながら、「…といっても過去に日本人が強制連行してきた経緯もある朝鮮に…」と言う言葉を巧みにいれて、日本人に贖罪感をおこさせるようにする。
この言い分は朝日新聞が、ずっと言ってきていることで、、渡部昇一さんなどは「チャラ理論」と言って一笑に付している。それとこれとでチャラにするというわけだ。
何度も今まで書いてきたが、「強制連行」に当たる物は朝鮮人についてはない!
あるとすれば、中国からソ連に無理矢理送られ働かされた日本の兵士達がそうだった。
今日本にいる朝鮮人達の一世は、自分の意志で日本に来た。戦後日本から台湾・韓国をアメリカの手で放棄させられたとき、アメリカは帰国船を用意し朝鮮に送り届けた。日本が用意した船もあり、その時に自由に帰ることが出来た。
  本日も朝鮮人で拉致について話し合う会を、朝日は取材していたが、必ずある意見を言う人を映像に入れる事を忘れない。
曰く「銃を突きつけられて連れてこられた」
知らない人が聞いて「へぇ」と思えば、この偏向した一派(朝日系)は大成功なのである。
 本当のところは、当時日本国民の義務であった国の非常事態に対する「徴用」に五回も六回も逆らい、従わない。これは日本人でも逮捕された。当時の法で見れば立派な犯罪であるからである。何も新日本人であった朝鮮人だけに行われた訳ではない。朝鮮人よりもっと待遇が悪かった台湾人からそういう話はあまり聞かないのはどうしたわけだろう。

 今日も横田さん夫妻が出演していて、しきりに孫に会いに行くように促されていた。昔ポルノを撮っていた山本監督が、個人が行きたければ、「政治なんかを離れて行くといいですよ」としきりにいう。
朝日の思うつぼである。拉致問題は政治を離れてはありえない。金正日が用意しなければ何事もはじまらない。勝手にキムヘギョンの家に行けるとでも思っているのか?
国家的犯罪に意見を同じうして対抗して行かなければならない時に、「在日の討論は非常にうまい。彼等はお年寄りが手をあげれば、先に意見を述べさせる。それに比べ日本人は…」とまたちょび髭監督がコリアンを持ち上げるような事を言う。こういうのを迎合という。おまけに蓮池透さんの批判まで飛び出した。
 横田さん夫妻と蓮池透さんの意見の違いがあるとしても「拉致」という大変なことをされた当人家族同士の話である。なぜちょび髭が噛むか!大きなお世話だろう。
 
 ついでに言うが朝日はアリバイ作りがうまい。過去新聞で「拉致はない」と言うような主張をし、「金日成将軍さま」と言って憚らない吉田康彦・大阪経済法科大教授(国際関系論)の論文を載せたりする一方で、アエラなどで、北朝鮮の拉致などを扱う。一見両論併記に見えるだろうがそうではない。こう言うことが書かれる何年も前に、警察は正式に「拉致があった」と発表しているのだ。
 
 朝日放送は先日の深夜にも、誰も見ていないだろう夜中の二時半過ぎ頃から三夜連続で朝の四時近くまで拉致特集番組をやっていた。なぜ、ゴールデンタイムにしない?
勿論後のアリバイ作りのためである。将来、何かで拉致関連の取り組み方を問われたときのためだろう。「ちゃんと三夜も連続でやっていた」と言える。その時には放映時間など問題にされないだろうから。
 この番組でしきりに「朝日が一番最初にテレビで流しました(拉致問題を)」みたいなことを言う。確かに最初に流したのはそうかもしれないが、真剣に問題にしてきた人達、新聞は遙か前からあったのである。しかし彼等はそんな事をテレビでわざわざ言わないのだ。下衆である。

 もう最近ほとほと朝日新聞の社説・馬鹿天声人語・素粒子に愛想がつきた。山本夏彦翁の言葉に
  「インテリが書いてごろつきが売る朝日新聞」
というのがある。どれほどの新聞か、これで分かろうというものだ。









2002年12月15日(日) プロヴァンスのハーブで



 先日、南仏マルセイユ近くの山から採ってきた、ローズマリー(奥プロヴァンスにはこれとそっくりだが背丈15.6センチくらいのタイムがあって、それと長い間同じ物だと思っていた。タイムは十数種ある)を持って、フランス料理屋「ルラシオン」に行ってそれを使って肉を焼いてもらった。
ここの主菜のサーロイン肉は250gくらいある。
食べる側も、強靱な顎と、でかい胃袋が必要だ。これが出てきたら普通の人はあっと驚くだろう。日本産の柔やわの肉で慣れている人は、これを食べると多分へとへとになる。前菜の温泉卵とウニに、コンソメのゼリー寄せもとても美味しい。信じられないことにあっと驚くほど安い。
 ローズマリーは本来羊肉に使うようだが、ほんのりと薫る野生のローズマリーは、今回のあまり恵まれなかった旅の気休めにはなった。

 前日に、二十代の若者が突然切れるという現象を目の前で見て、気分が良くなかったのだが、今世間で問題にされている事が、具体的に初めてどういうことが二三十代に起こっているのか目の前で経験した。

 自分の思い通りにならならなかったり、他人に注意されるとかちんと来るらしいのである。そしてそれを途中の会話なしに一挙に爆発させて、時と場所を選ばないのだ。これには驚いた。これが料理屋の店内でおこったのだ。客ではない。そこの店員がである。
ま、そういうところは二度と行かなければ良い話である。

 もう忘却の彼方に押しやられようとしているけれど、フランスで女を殺して食べた佐川一政が何かで書いていたが、今の日本の若者は、短絡して人を殺めた(行動を起こしてしまった)後、警察で必ずと言っていいほど、皆泣き崩れるというのだ。今回もそれと同じ現象を見た。
その店員はその後、泣いた!
もうこうなるとこちらは理解できない。何なんだ?

 というような事があったのだけれど、気に入っている料理屋で幸せに美味しい物を食っていると、それもどっかにいってしまった。
最近は画商さんの集まりで「ロートレックの料理」を再現したようだ。なかなかこの大変なときに面白いことをやっている。赤字だったらしい。

   *ルラシオン(堺町・姉小路角南西)
   「上のサーロインのコースは三千円位だった。コースは二種類のみ」












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