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2002年03月13日(水) 生きている人、死んだ人



春先うらら、法然院の墓地に散歩、佇み歩く。

河上肇の墓の前、

碑に「多度利津伎布理加幣里美禮者山河遠古依天波越而来都流毛野哉」
「辿りつき振り返り見れば山河を越えては越えて来つるもの哉」

 この社会主義経済学者は今ほとんど忘れ去られた。多くある社会主義関連の著書他に、「貧乏物語」というのがあるが、それを読むのだったら、ビートたけしの「たけしくん、はい!」を読むほうが貧乏がわかる。社会主義・共産主義には、自分を笑い飛ばすユーモアが決定的にない。花も線香も手入れの跡も無し。すなわち死んで久しき人。

谷崎潤一郎の墓の前、

白い花が六つの花差しにそれぞれ祀られて、この作家はまだ、現代でも忘れられていない事がわかる。著作の「陰翳礼賛」は現代の建築にも、多く考える事をさせる力を持つ。日本画家の福田平八郎夫婦と仲良く隣り合って、静かにたたずまう。 ともに、今も生きている。

九鬼周造の墓の前

 18世紀後期の江戸に発生した美的理念「いき」を、ハイデッガーの論理と方法論を用いながら、初めて本格的に学問的に取り上げた。何も、西洋の思考法を使って、だから日本固有のものだなんて言わなくってもねぇ。

「いき」は日本のオリジナルと主張した。英・独語のシックがいきと訳されているが諸事についての「巧妙」の意味をもっていた。chic の原形は schick でschicken から来たドイツ語らしい。その語をフランスが輸入して、次第に趣味についての elegant(2ヶ所のeにアクサン・テギュ)に用いるようになったようだ。

この人もほとんど忘れ去られている、江戸の粋も、殆ど失われた。この人は今危篤状態。

内藤湖南の墓の前

 シナ史学(東洋史学という学問のジャンルは、明治の後期まで依然として江戸時代の古色蒼然とした<漢学>の殻を引きずっていた。内藤湖南は在来の漢学を一変させて、人文科学的なシナ学に改革した先覚者)のみならず、日本史にも新風を吹き込んだ。江戸期の儒学、医学、国学について独創的な意見を発表し、近世文学史論を執筆している。江戸中・後期の無名の独創的思想家、富永仲基(とみながなかもと)や山片蟠桃(やまがたばんとう)を発見した。在野の学者(本業は商人)でもある仲基や蟠桃は、ものごとからその本質を抽出し、実証性を高く評価するとともに、徹底した合理的思考を展開した。

この後、宮崎市定、他が出て、現在も支那学は当の中国よりも進んでいる。学問的には生きている人、一般にはもう死んでいる人。

時折、うららかな日、ここに来て死んでいるけれども、まだ活きのある人達と語らうのである。 









2002年03月11日(月) 日本人の脳
-外人にこおろぎの鳴き声は聞こえない?-



 林秀彦(作家)と角田忠信(東京医科歯科大名誉教授)との間で交わされた対談の抜粋。
 以下。

角田 外国から日本人の異質性、特異性が強調されるのはなぜか。そして、われわれもどこか彼らから阻害されているように感ずるのはなぜか。
それはやっぱりわれわれが文化として根強く持っているもの、外界を認知する枠組みが彼らと大きく異なっているからなんです。

林 その枠組みとはですね。「日本語」によって形づくられたもの

角田 そうです。ただ日本語に行き着くまでにはいくつかの過程がありました。まだキューバが〃鉄のカーテン。の向こうにあって往来に大変な制限があった頃ですが、学会に招かれて講演したことがあります。西側からの出席者は私一人で、あとはソ運、キューバ、東欧圏の学者ばかりです。
ある夜、大きな庭園でパーティーが開かれたんですけれど、もう草茫々で(笑い)、コオロギか何か虫がしきりに鳴いている。
それがザアザア雨が降っているような音なんですね。私にはそれが虫の音だということが分かる。ところが周囲の人間は誰もその音が分からないんです。

林 虫の音だと分からない?

角田 いや、「聴こえない」と言うんですよ。全然聴こえないと。ロシア人もキューバ人もみんなです。音に気がつかない。私にとってはザアザアとあんまり情緒的な音ではなくて、うるさくてしようがない。そう言ったら、案内をしてくれたキューバ人の男女が「先生はきっとお疲れなんです。

早くホテルの部屋に帰って休まれたほうがいい」と言うんです。帰り道に、ひときわ激しく鳴いている草むらで、「ここでたくさんの虫が鳴いているのが分からない?」ともう一度たずねて、二人で代わる代わる草むらに首を突っ込んで聴いてもらったんだけれど、それでも二人とも、「聴こえない」と言うんですね。こんなことがあるのかと、もう私は本当にびっくりしました。

それから毎日その男女が迎えに来てくれて、一緒に行く道すがら、「これが虫の音だ」と教えていたら、三日目ぐらいにやっと男の人のほうが気がついた。虫の名前も知っていました。でも女の人はとうとう二週間まったく分からなかった。
ところがこれを学間的にやると、つまりその虫の音を録音してレシーバーを通して聴かせたら、これは誰でも分かるんです。音をモノとしてテープにして聴かせたら分かるけれど、自然にあるがままの状態だと分からない。

日本人と西欧人ではまったく違っていました。これは本当に驚きだった。西欧人では、左脳は言語音と子音、計算をつかさどり、あとは音楽も、機械音も、泣き笑いの声も、動物の鳴き声や、虫の音もみんな右脳がつかさどっています。
対して日本人は、音楽と機械音などの雑音は右脳ですが、あとはすべて左脳だったんです。言語音も、子音も、母音はもちろん、泣き笑いの声や動物の鳴き声、虫の音……、まさに日本人にとって左脳は有機的な心の世界、右脳は無機的なモノの世界なんです。

林 それを私なりに解釈させていただくと、ガイジンにはすべて雑音に聴こえる鼾(いびき)、動物の声、ハミング、嘆きの呻(うめき)欠伸(あくび)、泣き声、小川のせせらぎなどまでが日本人には全部意味のある言語音として左の脳に入ってきてしまう。
日本人が疲れやすく、過労死が多いのも、日常のこうした「意味音」がガイジンに比べて圧倒的に多いせいではないかとも思っているんです。

つまり右脳に比べ左脳の偏重便用過多、ということですね。たとえば虫の音がする所で人と会話するのは、二人の人間と同時に会話しているのと同じような状態になる。こうして自然の発する音がすべて言語音としてとらえられるということは、それによって神経や感性をも刺激するということだから、それは日本人の鋭敏な感覚や情緒を育てたことになる。
文字どおり花のささやきを聞き取ることができる。日本人の美意識、「もののあはれ」は、ここから生まれたというふうに思うんです。

角田 ロゴス(言語)とパトス(情緒)と自然が混然一体となった日本文化の特徴と、日本人の脳の機能は見事に一致する。私も脳の働きのレベルで文化論の裏付けがとれたように思っているんです。

林 ガイジンにとっては左脳はロゴス、右脳はパトスですが、われらが日本人はそんな"器用な〃使い分けができない。ロゴスもパトスも一緒くたに左に入ってしまう(笑い)。
ガイジンなら右に行く虫の音が日本人では左に入ってくるので、それに意味を持たさざるを得ず、一定のカテゴリーに当てはめることになった。これが日本語に擬声語、擬態語を極端なほど多様に、豊富に生み出させた原因ではないか。
そして、これらのことがガイジンと異なる自然認知の精神構造を育て、自然を人間と対立するものではなく、一体不離のものとする感覚に導いたのではないかと思うんです。
こうしたごちゃごちゃなところが八百万神(やおよろずのかみ)の源であり、日本人の「こころ」を形づくったのではないか。
ロゴスとパトスがごちゃまぜになっているもの、それがハートでもなく、スピリットでもない、日本人独特の「こころ」ではないかと。

角田 なるほど。しかし、そういう日本人の特異性というものは、外国人から見たら決して愉快ではないというのが、実のところ私の正直な感触です。

                        月刊正論より引用
             * *******  

 結論として日本語は短音の母音がキーになっていて、一語で発音して意味をなす語例えば「e(柄、絵、衣)」や「u(鵜、雨、羽)などを多用している。こういう民族はポリネシアに少しあるだけで世界に例がない。
つまるところ、西洋人でも日本で育ち日本語をマスターすると、日本人の脳になるところが面白い。これで俳句が外国人には理解不能なのがよくわかった。
こうろぎも、時計の音も、風も、日本人はすべて言語脳(左脳)で聞くからという事になる。

     子豚ちゃん、庭の芝生で笑ってる。

(何年も前のニューズウィークだったかに掲載された全米俳句優勝者の句)
    
ヽ(。_゜)ノ









2002年03月07日(木) 奇蹟の水



 ◆物理学者で慶応・津田塾大の教授を勤め、二三年前だったか亡くなった三石巌さんの主張に「分子栄養学」というのがあって、要するに体内に発生する活性酸素をいかにやっつけるかという問題に、アメリカの栄養学者(名前は忘れた)、がビタミンCの効用を説き、C摂取が流行となった事に異論を唱え、それだけでは駄目で、ビタミンEも同時に摂取しないと効果は少ないと説いていた。活性酸素の毒性に着目して、それを中和するビタミン類の摂取を勧めたり、良質の高タンパク食を推奨していた。

◆最近、マスコミで、ルルドの泉の水や、その他奇蹟の水のような働きをする、九州のある地区の水が紹介され、いろいろな水質実験をした。多少の違いはあるものの、成分に大きな違いはなかった。にもかかわらず、実際に薬効に近い効果があり、確かに治癒効果があるのだという。

◆名前は忘れたが、ある学者が、水はH2Oだ。活性酸素は遊離したO で、ひょっとすると奇蹟の水と言われる物の中には、遊離した活性水素が存在し、体内で発生した有害な活性酸素と結びつく。するとそれは水になるわけだから、体内で無害となり、排泄されるという新説を唱えている。慧眼である。きっとそうだという感じがした。

◆三石巌の論の上を行くような仮説だと思う。もう二十年位、家では朝飯は水である。現代栄養学はきちんと三度三度食べないといけませんなんていうが、一日三度食べる歴史は浅いのだ。朝それとどうしても動く(通勤や通学で)ので、糖分はとらなければならない。それはあめ玉一個、チョコレート一かけでもよい。だから、家ではエスプレッソ(濃いアラビカ種のコーヒ)と砂糖代わりの板チョコ一欠けが第二次朝食となる

◆かって慶応と早稲田で、朝抜きとそうでない学生の知能実験と体力実験をした。一ヶ月かけての調査だった、NHK で放映された。朝抜きの方が、知能テストは結果が良く、体力は山登りの実験で、朝抜きは午後からばてる率が多い事がわかった。朝の糖分補給がゼロだったせいらしい。
活性酸素(毒素)は当然三度三度食べる人に多く発生する。もし、上の仮説が正しいとするなら、より多くの水を摂取しないといけないだろう。










2002年03月03日(日) それでも友達になりたいか?



 中国の、人気ネット愛好者のいる「新浪網」で、水中調査開始への意見を求めたサイトには、四日間で約五百通の投稿があって、その多くが「対日開戦を」「調査船を撃沈せよ」「核攻撃すべし」と言う意見が多く見られて、中国政府の対応の軟弱さを逆に批判しているという。
日本で逆の事が起ったら、一般の国民がこれほどまでに激昂し、日中開戦だの調査船を撃沈せよだのと言うだろうか?
中国政府自身が不審船に対しては、双方で慎重に対処すると言うことで合意しているにもかかわらず、である。どうしてそう言う風に考えがなるのか?

 ここで中国の教科書を見てみよう。一体日本がどう書かれているか。まず、書かれ方は中国共産党製の一種類の国定教科書、言ってみれば歴史観は一つだけで、(日本は、基本的な事は共通させる事はあっても、歴史観はいろいろな解釈の下、教科書が複数作られる)選択の自由はない。内容は、日本の記述が全体のバランスを欠くほど異様に多い。「抗日(日本に対する闘争)」の事ばかりほぼ全体を埋めている。

小学校高学年用読本に『小学生が知らねぱならない中国の十の話』という教科書があり、全体で十章のうち、三章が日本の侵略残虐、そして中国の抗日闘争のみ記している
高校生用の『中国近代現代史下巻』は一九二〇年〜九〇年代までの約八十年間、合計二十三の章のうちの九章が日本との戦争が書かれている。中国の現代史のうち全体の四〇%が抗日の闘争を教えることに捧げられているというのが、中国歴史教育の実態なのだ。

 歴史教科書が一様に日本の「侵略・残虐」を目一杯、きわめて頻繁に、しかも「残虐性」を強烈に印象づけるために多数の絵や写真を載せ、その上さらに生々しい描写で教える。例えば、日本軍の南京の攻略占領について、「日本の侵略軍はわが同胞の中国人を銃撃し、銃剣で刺し軍刀で首を切り腹を切り裂き、溺れさせ生き埋めにし、殺人ゲームを楽しみました。南京城内には血が川のように流れ、死体が山のように積み上げられました」「日本の悪者どもは恥をなくして、婦女を暴行し、十二歳の幼い女の子から六十歳以上のおばあさんまで逃がしませんでした。彼らは狂ったように人間を殺すことで勝利を祝ったのです」(当時安全区に一般人はいて、こういう事件はありえない) 
以上が、小学校四年生、五年生への歴史教育のほんの始まりなのだ。

公式の中国教師用教育指導要項

「南京大虐殺については血に満ち満ちた事実により、日本帝国主義の中国侵略戦争での残虐性と野蛮性を暴露せよ。教師は授業ではとくに日本軍の残虐行為の部分を生徒に裏側に読ませて、日本帝国主義への深い恨みと激しい怒りを触発きせ、生徒の胸に刻ませよ」
とある。要するに国をあげての激しい憎しみ・憎悪を小さい頃から教えて仮想敵国として育てている。韓国もまったく同じだ。
中国の教科書に登場する「日本人」は米国での卑称「ジャップ」と同じ意味合いの「日本鬼子」「日寇」「倭寇」という侮蔑的な呼称で呼ぱれている事も覚えて置いていい。

日本の「侵略性・残虐性」が生徒達の頭に膨大な分量、生々しく強烈な形で不断にたたきこまれるのに、一九四五年八月に戦争が終わった瞬間から教科書から日本は消えてしまう。戦後の平和的な日本については何も教わらない。中国の教科書は戦後の平和主義的な日本についても、日本が中国と和解したことについても、なにも教えない。
日本の平和主義的な憲法についても、日本の中国への巨額の経済援助供与についても、なにも教えない。戦後の一貫した中国への友好的な姿勢も中国の教科書に記されることはない。だから中国の生徒たちが日本につい.て学ぶのは、日本の戦時の侵略と残虐だけとなる、このままで、成長し、インターネットを始めたらどうなるか?冒頭に書いたようになる。

                 参考文献:古森義久著書全般









2002年02月28日(木) 総合大病院に行く




 CTスキャンを受けようと、紹介状を持って、総合病院に出かけた。あのロビーの人混みはものすごいものがある。この人達はみんな病んでいる人達で(中には付き添いもいるだろうけど)、朝のはよから診察をまっているのだろう。まず、見てもらうまで小一時間はかかる。役所みたいな手続きを踏んで、何番窓口と回らなければならない。
こう言うことがもっとも苦手で、どこでどうして良いかまったく頭がパニックになるので、家人に書き込みすべてやってもらった。神さん(この場合はキリスト教)は上手く人を作ってあって、二人で一人前で、満足のいく事が出来ると言う、主張を認めないといけない。分身はまことに、てきぱきと書類と手続きをやってくれる。
 それで、診察は10分位、待たされる場所を3度ほど変えて、その度に、暗鬱な気分で同じような、何らかの疾患を持った人達と待合いで過ごす。笑いはない。この時は、ロビーに置かれているテレビから、どこかの寺の読経が流れていた。「なんみょうほーれんげきょう〜♪ なんみょうほーれんげきょう〜♪ 次はわてとこでっせぇ!Ω\ζ゜)チーンッ…」と言ってるようで、あんまり気持ちの言いものではない。

 診察が終わり、CTスキャンの予約が取れて、支払いの段になってまた驚いた。15.〜6人の人達が並ぶ、精算所の中の職員を見ていると、異常に手際が良く、次々にこなしていく。関心しばらく、窓横に描かれているロゴにはっとした。精算所はロビー内に設けられた銀行であった。地方銀行の行員が働いていたのだ。
どうりで金の数え方、確かめ方が常人ではない。次から次へと来る、客、じゃぁなかった、患者さんの支払いのための列が有る程度以上長くならないのはそういうことだった。

 いつまでも呼ばれないので、数えてみた。放送で請求書が出来ましたと言って、呼ばれる人達は平均一回に10名くらいで、実に八十番目くらいに番が回ってきて、請求書を窓口に取りに行き、それから支払い窓口に並んでまた待つ。ほとんど半日から一日潰れる。

 学んだこと、各科の窓口にぎっしり詰め込まれているカルテの一つに自分のものがある。見られる時に、3.4人に取り囲まれ、先生は授業をしながら、(口答諮問)診療を進める。最初に聞き取りする先生と見る医者はちがう。
これではどこかで行き違いが出来るのは当然だろうと思う。
だから、町の個人の開業医などを普段は使って、お互い仲良くなって、何でも話せるような関係になって置き、どうしても手に負えないときや設備のない時に初めて総合病院に行くのがいいと思った。
病院のテレビは、軽いお笑いの番組や大自然のドキュメンタリーをながせばいい。笑っていられないときこそ、笑い飛ばす。
携帯電話(必要ないので持たない)を上手く使えば病院で待つ時間の無駄を解消できると思うのに、電話会社は一般人だけに携帯をひろめてしまった。病院にこそ、携帯のシステムをとりいれるべきだと思った。









2002年02月26日(火) 三度(みたび)、くじら食え!



それみたことか! 前に言っていた事が当たった。(2002年01月24日(木)  くじら、食べろ!!002年02月18日(月)  どないすぐきや!(京都やから)
)海中に何か異変があり、逃れていて浜にのりあげたのだろう。それだけいるのだ、鯨は!

鯨と海豚(いるか)の境は、学術的にも蝶と蛾のようにはっきりしていないらしいけれど、今回の八十数頭のあれは海豚に見える。
さて動物愛護団体、先回の九州の処理費、14頭で6200万円だ、今回約6倍の鯨がうちあげられた。かかる費用は3億8千万位かかる。だーれが出すんだ!?

 グリンピース、鯨ウオッチングで可愛い、可愛いと言っていた人達、今回も葬式あげてやるんだろうな! 問題は簡単で、今回はさすがに隠せなくなって、肉をもって行った人達がいたという。それでいいのだ。狂牛病の疑いがある、牛食うんだったら鯨を食べたらいい。

京都の錦市場では、ほそぼそとミンク鯨の肉が売られている。400g4千円近くする。何度も書くが、確実に鯨は増えている。増えた鯨は、人が三年かかって食べる小魚類を短期間で食ってしまう。









2002年02月22日(金) おもろないぞ!冬季オリンピック





 ほんまに不甲斐ない。見ていてがっかりする。ジャンプなんかの実況アナウンスの力の入れ方が空回りする。いくら練習の時に大ジャンプしても、本番でだめだと期待持たせるだけがっかりする。
選手達は「楽しんでやりたい」と判をついたように言う。楽しむのなら自分の金でやれ! 国を代表して全額だしてもらってるのに、それで楽しむはないだろう!と誰かが言っていた。異論なし。見ていて清水だけが「悔しい」と言っていた、そりゃそうだ、0.03秒なんて普通の運動会だったら同着で金メダルだ。そんなもん、時計の性能がアップするにつれてなんぼでも計測できるに決まってる。
それに他の国の選手に比べて目に力がない。あれでは勝てんわ!
それとインタビューの会話の情け無いこと。日本語能力はそこらの茶髪の姉ちゃん兄ちゃんとまったくかわらない。「何とかでぇ…それで何とかでぇ…」と永遠と続く。本人は自覚してないようだが、「…でぇ」と続けると終わる言葉も終わらなくなる。言葉の無法地帯。駅前に行く前に日本語勉強せぃ。
 映画俳優も、インタビューされたとき、アメリカ他の俳優はその思い入れ哲学を淡々と語る。日本人の俳優でそんな人見たことない。

それと頭髪も無法地帯である。なんで「金」髪や「茶」髪にしているのか、多分言葉使いと同じでなーんも考えてない、いや言葉が頭にないから考えられない。「おしゃれ」でしている?みんながしているからしているのだろう。
自分で考えなくていいから。誰だか忘れたが、でこぼこ坂を飛び上がって、大股開けば高得点という、訳のわからん種目の女子日本人選手が、ま金髪で、先に書いたような言葉使いでインタビューを受けていた。頭金にする前に技で金とれぃ!

 入賞というと、金銀銅、そして6位までを言うとずっと思っていたら、何と8位までが入賞だそうな! あなたは8位です、入賞おめでとう!「いやぁーうれしぃ…、なんかないわい!」ほんとは入賞は三位までで、金銀だけが実感する勝利の美酒だ。銅なんてどうでもいいわい。
高校野球で8位おめでとう入賞ですなんて言ったら、「なめとんのか、こらー!」って、高校球児はきっと言う。










2002年02月21日(木) 太陽政策ってなんだ?




 韓国の金大中のやった北朝鮮に対する太陽政策は失敗だとアメリカは決めつけている。戦争したいんだろうなぁ。ところで、太陽政策ってなんだ?旅人のオーバーを脱がせるのに、北風ぴぃぷうでは、ますます身をかがめて脱がないから、太陽で暖めてやると、自らコート脱ぐんだというわけね。一言いいましょう。
「ばかたれ!」
自ら脱ぐのは普通の状態で歩いて、汗ばんで脱ぐのならそれは本人の意思だが、ここで、太陽の光線=熱ミサイルと置き換えてみよう!絶え間ない熱ミサイルの攻撃に、旅人は身体にこれ以上にない苦痛を間断無く与えられ続け、ついに降参してコートを脱ぐ。易しい政策でも何でもない。手を替えた攻撃なのだ。
金大中が思っているような、意味合いのものでは本来無いのだ。兵法で言うと外から崩すか中から崩すかで同じなのだ。日本も同調して、北朝鮮に年間何万トンもの米を与えることと、太陽政策は根本においてなんの関係もない。









2002年02月18日(月) どないすぐきや!(京都やから)



 クジラの処理費6200万円。鹿児島県大浦町に打ち上げられた14頭。国と県が約8割を共同で補助することを決定。
破産しかかっとんやで!日本は。なんで鯨のために高い葬式代ださなアカンのか!!ほんまに井筒やないけど、どないすぐき(京都やから…くどい!)や!
(--#) 凸(-.-#) 









2002年02月17日(日) 吾妻君(仮名)が帰ってくる!



     …ボクは殺しが愉快でたまらない
     人の死が見たくて見たくてしょうがない
     汚い野菜共には死の制裁を
     積年の大怨に流血の裁きを
        (神戸新聞に送りつけた手紙の末尾に書かれていた一節)



 酒鬼薔薇聖斗事、吾妻君(仮名)がこの秋に社会復帰するそうだ。本人も社会の中で暮らす事を望んでいて、完全に病気?は治癒したそうだ。この秋、誰かの隣に引っ越してくるのだ。吾妻君(仮名)は医療少年院にはいっている時に改名した。だから本人の御希望通り、社会で透明な存在として生きていける。
 イギリスでおこった少年二人の幼児誘拐殺害は確か、両名とも百何十年かの懲役である。容赦ない。外国に子供性善説は無い。

 目玉をくり抜き、首をきって晒しものにした子供(14才)が、五年ほどで、大人(20才)になって社会に復帰する。子を殺された親御さんは、どういう思いでこれを捉えているのだろう。
もし自分の子が…、と考えると、罪になろうがなるまいが、そいつを仇討ちする。幸か不幸か子供はいないが、いなくてもそう思う位だから、いたら間違いなくそうするだろう。
 日本の昔、一代限りに置いて、敵討(かたきうち)ちが許された、勿論、同情した人の助っ人も大丈夫。これで怨念が晴らせていた。が、今は第三者が刑を確定し、執行する。↓ハンムラビ法典にあるやり方、すなわち「目には目を」(これは誤解されているようだが、目には目だけを)が、今も昔も環境は変わっても,人は変わらないという原則から正しいと思う。

 アメリカ(どこの州かは忘れた)では最近、被害にあった個人や家族が、合法的に敵討ち出来る制度が、取り入れられ始めている。死刑と決まった相手の死刑執行の際の、死のボタンを被害者の遺族に押させるのである。
この時の反応には2つあって、本当に溜飲を下げた人と、やはり「汝殺す無かれ」の言葉通り、止めてしまう人とに分かれるようだ。以前NHKのドキュメンタリー番組でその一部始終が報道された事があった。

 各個人の被害者(殺人)の恨みは、被害者の家族が、最終決着付けるのに賛成である。敵討ち復活を言う人達に、獨協大学の中村 粲教授、評論家の谷沢永一、他がいる。


→ハンムラビ法典(Code of Hammurapi)
 古バビロニア王国第6代の王ハンムラビ(在位:前1792〜前1750頃)が編纂した法典。この法典がきざまれた石碑がイラン南西部にあるペルシアの古都スーサで1901〜02年にフランスの調査隊により発見された。高さ2.25m、直径61cmの黒色閃緑岩の円柱に、4000行にわたる楔形文字をもちいたアッカド語の刻文がある。シュメール法を継承、集大成した成文法で282条からなる。
 刑法・商法・民法・奴隷法など日常生活全般にわたり、「目には目を、歯には歯を」で有名な同害報復の復讐法の原則にたつ。古代オリエント諸国の法にも大きな影響をあたえた。










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