よしき君を救う会

よしきくんは「ヨチ君」と呼ばれていました。 お母さんの竹内祐子さんは「ちん」と呼ばれていました。 「たけうちん」の下の方をとって「ちん」という愛称、 盛岡のタウン誌の編集者で、広告取り〜誌面作りと 顔も広く皆に「ちん!」と愛されバリバリ明るく仕事をこなす方でした。
盛岡のネットの有名人しゅがーさんの ご縁で私も知り合いました。
不況のあおりでタウン誌が休刊し、ちんさんはパソコン一つを 退職金代わりに失職しました。
その後、彼女は自分の人脈をフルに使い、矢巾町のフリーペーパーを 立ち上げました。 「マイカイやはば」。
きれいな見やすい情報誌、女性起業家として各方面にも取り上げられ ちんさんは頑張ってました。 「マイカイやはば」では私はイラストエッセイを連載させて いただきました。
しかしご主人の転勤で埼玉へ。 残念ながら 「マイカイやはば」は、今は別の方が 続けておられます。
そのちんさんとヨチくんに予期せぬ運命が降りかかっていたとは・・ 一昨日の新聞を見るまでわたしも全く知りませんでした。
くわしくはHPでご覧下さい。
よしき君を救う会

どうぞ御協力を御願いいたします。
安比高原のブナ林 中はひんやり涼しく別世界。
昭和初期に放牧と炭焼きの行われた山ではこのように 奇跡のような美しいブナ林が形成されます。 「二次林」とは若い林を意味します。 安比と八甲田、兵庫県などに形成されたブナの二次林は、今後も 研究者たちが大切にして注意深く守っていくことでしょう。
ブナ林の偉大なるマザーツリー。 この木の実がたくさん生長したのです。
安比高原の蕎麦畑。 さらしな、食べたいですね〜〜〜。
とても空がきれいな日でした。
よしき君を救う会 クリック!
 盛岡と矢巾町出身のご両親です。
|