寒い冬が森に居すわって 積もった雪の上、月が通る。 もみの薪が積みあげられて、 家に火の気を絶やさぬよう。
エリザベス・コーツワース
106号線は地吹雪で 時々視界が遮られました。
ひっくり返っている車があり、運転していた人たちが
誰かを呼んできたようでした。
寒い寒い北上山地の山のまっただ中、
産直小屋に野菜ももう並ばない。
今は冬だから。年の瀬だから。
日が落ちる西の空を突き刺すような針葉樹、
盛岡方面はいつも曇天。
テキサスの赤い土の田舎町にだけは住みたくないと DVDを観て思った。
でもテキサスの人々は こんな極寒の山の真ん中にだけは
住みたくないと思うかも知れない。
こんな風景の中 義父が元気でいてくれたことに感謝して帰る。
家族みんなで見舞いを終えて帰る。
海の幸をいっぱい市場で買って帰る。
12月の12日は 本当に危なくて
「苦しまないような最後にしてあげましょう」と主治医に言われ
気管切開とか 心臓マッサージ等の
「延命治療はしない」という同意書にサインしました。
肺の中の菌に対抗できる薬がもうないのです。と。
もう ほんとにほんとに最後だと思いました。
ショックで義姉は 駐車場で車をぶつけ
夫も 峠道でスリップしました。
何もかも 悪い方向へ向かっているのだと思いました。
しかし ネットの友人が
「いや 大きな守護神に守られてるのではないか」と言ってくれて
はっと しました。
あんなにゼイゼイ言っていた義父の呼吸は普通になり
肺の音が消え だんだん熱が下がってきました。
そして 今日 酸素マスクが はずされました。
義父は 普通に会話できるようになっていました。
ボケもなく ちゃんとまともです。
義父は 苦しいさなか 壁の一点を「誰?」と言いながら指さしていました。
「アレをなんとかせえ」
私も振り返りましたが 何も見えません。
それは何度も繰り返されました。
義父には 死に神が見えていたのでしょう。
ソレは カマを振り上げて笑っていたのでしょうか。
でも 義父は 打ち勝ちました。
病院は太平洋に面した山の上にあります。
早朝 朝日が昇り 宮古湾いっぱいに光が射し込んできました。
まさに「希望の光」でした。
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