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月組全国ツアー
2004年04月20日(火)

今日は月組全国ツアーを観に行ってきました。
ちょっと雰囲気は古くさいのですが
今のイラク情勢と重なる部分もありました。
それしにてもエミクラちゃん…立派になって
あの頑是無い童が…(ちがうって)。
エミクラちゃんがこの悲劇的なヒロインを
やることで悲劇度五割り増しぐらいになります。
その他、感想は…
あーちゃんが役不足すぎる〜(泣)。
ゆうひくんに「わし」と言う台詞を言わせんといて〜(泣)。
ゆうひくんの演じた刑事役はいい役だと思うんですが
ゆうひくんがこの役を演じたのは最後までピンとこなくて
正解なのかどうなのかイマイチよく分かりません。
けれど、例えば(バウ組だけど)エリちゃんが刑事役で
ゆうひくんがほっくんのヒロインの弟役だったりしたら
ぴったりかもしれないけど無難すぎて
ひねりがないとも言えるので
やっぱり今の役振りは妥当なのかも。
マヤさんの狂言回しはものすごく良かったです。
なくてはならない存在でした。
それから、悪役・越乃さんのプラチナプロンド&
全場面純白衣装(軍服・タキシード・花婿姿)には驚きでした。
最強に目立っていました。
サエちゃんは優しい二枚目役似合ってましたが
これといって特筆するような何かは特になく
個人的にはサエちゃんならではの
妖しい役を早くまたみたいです。
このアディナンという役に関しては
オサちゃんの方を見てみたいと思いました。
フィナーレでサエちゃんが出てくる登場の音楽は
「みなさ○のおかげです」の仮面ノ○ダーで(古)
怪獣が出てくる登場の音楽とそっくりでした…。
「恐怖!羽根男」とか…そんなタイトルが頭の中で舞います。



ファン心理
2004年04月15日(木)

「黄金のファラオ」新公がやるってんのに
うちのテレビ壊れちゃってる……(泣)。

こないだはオーディオコンボが壊れ
近くの電機屋さんに修理に出しました。
気軽にすぐ行ける大型電機店が
そこしかないので
ついつ行ってしまうのですが
その電機屋さんはあんまり親切じゃなく
商品について聞いても知らなかったり
間違ったことを答えたりして
正直あまりいい印象じゃありませんでした。
そして先日、直ったコンボを取りに行ったら
伝票の貼り間違いかなにかで
自分のじゃない他人のコンボを
渡されてしまいました。
「…やっぱり頼むんじゃなかった…」
と思ったのですが、その時に
修理担当の店員さんが
深々と頭をさげて謝って下さり
しかもメーカーさんがその晩のうちに
間違ったコンボを店まで届け
翌日にはお店の方から自宅まで配達してくれたのです。
びっくり。以前だったら
たぶんあり得ない対応だと思います。

母の読んでいる「日経ビジネス」によると
そこの電機屋さんは急成長をとげたためか
最初のうち、お客から店員に対して
ものすごいクレームが殺到したのだそうです。
その後、事態を重く見た社長が
社員教育に力を入れたため改善されたとか。
その話を聞いたばかりだったので
まさに今そのことが効果を発揮しているのだわ…。
と思って、ちょっと感動しました。

ちなみに「日経…」は
母が趣味として細々と
株をやっているため家に置いてあります。
そんな株ファンの母が
今度用事のため遠出することになりました。
それで母がわたしに言うには
「最近物騒だし、もし飛行機に乗って
 事故にあったら大変だから」
という理由でわたしに株を覚えろというのです。
つまり、母が万が一突然この世から
いなくなった場合、期日までの
一番いい売り時を選んで
株を売って儲ける方法を教えると。
そしてパソコン画面を前に
株を売るために必要な株用語とか
株のネット操作方法とか
株の変動の見方などを説明するのですが
わたしにはさっぱり分かりませんでした。
なにより、なんでそんなに
母が熱心になるのかも理解できませんでした。
「お母さん、もし急にお母さんが
 この世からいなくなったとしたら
 "こうしちゃいられない!
 期日までに株売却!すこしでも儲けておかなきゃ"
 なんて考えてられないと思うよ。
 母親のお葬式の時にパソコン開いて
 よっしゃぁ、今が売り時!
 とか言ってたらおかしいよ…」
と伝えたら、母は納得したみたいでした。
理屈はおかしいけど、母の心理は分かる。
わたしも、例えば去年とか一昨年ぐらい
なおちゃんの公演のプレミアチケットを持っていたら
「自分が急に死んだ時は
 チケットが無駄にならないように
 同じぐらい熱心なファンの人にあげて」
と遺言しないと思っただろう。
いや、実際そう思ってた。
ちょっと感覚がずれちゃうのが
ファン心理ってものかもしれない。

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閑話休題。

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こないだの日記に
イライジャ・ウッドが
テレビインタビューで
ファンが作った映画の登場人物の
大胆なアイコラ画像を見せられていたことに
びっくりしたという話を書いたのですが
色々また海外のサイトを見ていると
別な話も発見しました。

これも英語なので
細かいところまでは分からないのですが
(それにしても自分が英語のサイトを
見るようになるなんて信じられないし
しかもなんでこんな話題ばっかり
発見するんだろうか…)
ある指輪ファン(ringerというらしい)は
なんとキャスト本人に直接そういった画像の
プリントアウトを渡したのだそうです。
ファンフィクションを本人に見せたい
という欲求はわたしもものすご〜く理解できる
けど、この場合一歩間違えば侮辱…難しそう(^^;)。

その人の体験記のようなものによると
彼女(若い女の子だと思う)は
その芸術的かつ赤裸々な絵(といっても写真にしかみえない)を
普段から壁に飾っておくぐらい気に入っていたそうですが
絵のモデルになっているメリーとピピン
つまり自分の大ファンであるドミニク・モナハン
(とビリー・ボイド)にも見せてあげたい!
という気持ちを抑えられなくなったのだそうです。
その子のお母さんは「(失礼だから)やめときなさい」
と注意したそうですが
ユーモア・センスのあるドム(ドミニク.M)なら
きっと気持ちを共有してくれるはず、と思ったんでしょう。
それで「二つの塔」のNZプレミアに出かけた時
大勢のファンがキャストにサインをねだる中
一か八か緊張で死にそうになりながら
ドムに絵を差し出したのだそうです。
すると、絵を見つけたドムは
「なんてこった!ビリーに教えなきゃ。ビリ〜!ビリ〜!」
とその絵を持って相棒のビリーの所に行き
その絵を見せると、ビリーはドムに
「僕たち、いつ"また"こんなことしたんだっけ?」
というジョークを言ったのだそうです。
それでその女の子はホッとして
その絵はそのままドムにあげて
別に持っていたサイン帳にサインをもらい
ハグしてもらったそうです。
すごく貴重な体験ですよね。
ほんとうにユーモア溢れる指輪キャストたちです。



グローバンとサムとフロドの話
2004年04月11日(日)

今日は昼からず〜〜っとテレビを見ている。
人質の人たちはまだ解放されないのかな。
花粉症で憂鬱なため
今日は一歩も外にでませんでした。
外に出ないと余計に憂鬱になります。
見えない圧力に押しつぶされそう。

この話題はやめよう。

3月の日記に書いていた
「ジョシュ・ハートネット」のCDの話ですが
それはその翌日アッサリと解決しました。
今流行り、クラッシック系、
ジョシュ…というキーワードを念頭に
CDショップの店頭に行ったら
そのCDが平積みになっていたのです。
中は視聴できなかったけど
「これに違いない!」と確信して
購入したところやっぱりそうでした。
ジョシュ「ハートネット」ではなくて
ジョシュ「グローバン」だったのです。
彼はアメリカのテレビドラマ
「アリー・マイ・ラブ」で
役者デビューしてるそうですが
ハリウッド俳優というわけでなくて
癒しのミラクルヴォイスの持ち主と言われる
有名な若手歌手なのだそうです。
とはいえ、わたしはこの人のことを
全然知りませんでした。
つい最近初来日も果たしたそうです。

今発売されている「クローサー」
というアルバムには、宝塚星組公演
「ガラスの風景」で(たぶん)
ガイチくんが演じたクレマン教授が
クライマックスで歌うソロ
「カルーソ」も入っています。
これもとてもいい曲ですが
けれどわたしが一番好きなのは
「ユー・レイズ・ミー・アップ」です。
生き生きとして優しい歌声に癒されます。


―――――また「LotR」の話をしようと思う。

日記を書いていなかった間わたしは
伯母に長〜〜〜〜い説明の手紙を作っていました。
写真&音楽付き「王の帰還」あらすじ説明文です。
後から観たら誤字脱字がいっぱいでしたが楽しかったです。
伯母はもらってビビっているかもしれない。
ごめんね、伯母ちゃん…。でもいつものことだし。
説明の一番最後に映画の主題歌「イントウ・ザ・ウエスト」の
歌詞の説明を付けたのですが
わたしが思うにこの歌詞は
サムのフロドへのメッセージだと思うのです。
第1部「メイ・イット・ビー」はガラドリエルから
第2部「ゴラムの歌」はゴラムから
それぞれフロドに宛てた歌なんだな、と。
―――――というようなことを
ちょっと以前とある指輪系掲示板で
話題にしてみたことがありました。
その掲示板では
「LotR」の映画が公開される度に
市販の主題歌訳より更に
物語の雰囲気に合ったように
ファンが意訳した日本語訳というのが
投稿されているんです。
わたしは毎年それを楽しみにしていて
第3部も「サム視点」の日本語訳を
誰かが書いてくれないかなと期待していたのです。
けれど、殆どの人はこの歌はガンダルフから
フロドに宛てた歌という風に考えているみたいで
「人に頼らず自分で訳してみたら」
という意見をもらったりもしたので
思い切って自分で考えてみることにしました。
意訳だし、自分の思う世界観さえ出ていれば
この際細かいことはいいだろう…と。
けれど、あの場所にそんなに長い文を
投稿するなんて、後で考えてみれば
ナズグルの前で指輪をはめるみたいに
とても無謀なことでした(^^;)。
あの時わたしは酔っていたのかも
(昼間だったけど)。
とにかくなにかに憑かれていないと
あんな事出来ない…。

とにかく、そのしばらく後で
ものすごく嬉しい出来事がありました。
それはなんとわたしのその時の訳が
某指輪系巨大掲示板に転載されたのです〜。
この日記を読んでいる人はきっと
そこを読んだことはないと思うので
密かに1人で自慢することをお許し下さい…。
あのサイトは、わたしが指輪を好きになってから
日本で一番ホットに指輪が語られる場所の1つとして
ずっと読んでいた場所で、そこにまさか
自分の訳が載せられる日が来るなんて
思いも寄らなかったんです。
まぁ…ああいう訳を載せたら
自動的に転載されるものなんだろうけど…。
でもあんまりヒドい訳だったら無視されたでしょう?
それにその後にわたしの文に対して
肯定的なレスを付けて下さる人がいて
それを見た瞬間は、死ぬほど嬉しかった〜。
指輪関連で能動的な事で
感動を覚えた唯一の瞬間かも(ほかは受け身だから)。

そんな訳で記念に
というか自己満足のために(笑)
その訳を載せておくことにします。

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「西方へ」

大事な 疲れた頭を
横たえてください。
夜がやってきますだ。
旦那の旅も もうおしまいですだ。

今は眠っていて下さい。
これまで出会った
かたがたの夢をみながら。
遠くの岸から
あの方たちが呼んでます。

どうしてお泣きになるんです?
旦那のその涙の意味は
どうしたわけなんでしょう?
もうすぐです
恐れはきっと過ぎ去ります。

おらの腕の中で眠る
旦那は今安心ですだ。

水平線のむこうに
旦那は なにを見ているのですか?
なぜ 白いカモメは鳴くんでしょう?

海のかなたに
青白い月が昇りますだ。
船が旦那を休める場所へ運ぶんですね。

そしてすべては
銀色のガラスに変わり
光が水に照らされて
魂のすべてが去ってゆきますだ。

時や思い出から遠く
影の落ちる闇の世界で
望みは消えてゆきますだ。

言わないで下さい
おらたちが これでおしまいだなんて。
白い岸は 呼んでいますだ。
旦那とおらは もう一度逢えるんです。
そして旦那はここで
おらの腕の中で ただ休んでください。

水平線のむこうに
旦那は なにを見ているのですか?
なぜ 白いカモメは鳴くんでしょう?

海のかなたに
青白い月が昇りますだ。
船が旦那を休める場所へ運ぶんですね。
そしてすべては銀色のガラスに変わり
光が水に照らされて
灰色の船は西のかなたへ
去ってゆきますだ。

------------------------

以上。映画ではなくて原作のサムの口調です。

そういえば、フロドとサムのことを
友情じゃなく同性愛なんじゃないか
と捉える人が一杯いて
その事についてイライジャ・ウッド本人が
インタビューに答えていました(^^;)。
その時のインタビューでは
否定していたイライジャだけど
驚いたのは、役に限らず
旅の仲間のキャストそのものが
オフであまりにも仲が良いために
広まっているそういった噂を
イライジャも他のキャストも
承知しているみたいだということでした。
イライジャファンのとあるサイトで見つけた
テレビインタビューでは
なんとイライジャ本人の前で
ファンが作った映画の登場人物の
かなり大胆なアイコラ画像が紹介されていました。
こんな画像テレビで見せてしまっていいのかな。
それも主演している本人の前で。
英語だからよく分からなかったけれど
イライジャ本人はその画像を見て
「あ〜まいったよ」と苦笑いしつつ
だんだん直視できなくなっている様子
(何枚もある…)でした。
でも、そういうものが出回っていたり
話題になっていたりするということについては
そもそも自分から話題にしたぐらいなので
そんなにおおごとには感じていないみたいでした。
イライジャも割り切っているのかも。
確かに、それそのものは
人を貶めようとするものではないし
むしろファンタジーの延長というか
感動の延長みたいなものと思います。
けれど、あの番組はなかなかカルチャーショックでした。
日本に当てはめて考えると
例えば「おしゃれ関係」みたいなトーク番組で
藤原竜也だとか妻夫木聡みたいな20代の俳優が出演して
(例に深い意味はありません)
主演しているヒット映画のキャストの
そういった画像が公開される
ということになるのと同じじゃないかと思うんですが。
そんなこと日本では考えられないですよね。
やっぱりアメリカはまだまだ別世界なんだわ…。

話を戻して…
「王の帰還」の限定版サントラ
に付いているDVDに
「ユーズ・ウェル・ザ・デイズ」
という曲がありますが
これもまた「イントゥ・ザ・ウエスト」
と同じアニー・レノックスの歌う歌です。
こちらは誰が聞いても
フロドからサムに宛てた歌だと思います。
原作の文がいろんな所から挿入されていて
「イントゥ…」をサムからフロドと考えると
「ユーズ…」はちょうど
対になっているように思えるので
それも載せておきます。
この訳はわたしの訳ではなくて
原作の文まったくそのままです。

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「残る日々を上手に使いなさい」

角を曲がれば、待っているだろうか、
新しい道が、秘密の門が。
たびたび旅路を通ったものの、
ついにその日はやってくるだろう。
月の西と太陽の東を通る
隠れた小径を辿る日が。
お前がここに一緒にいてくれて嬉しいよ。
一切合財が終わる今、ここにいてくれてね。

今ではもう昼だけが愛せられるのではなく
夜もまた清められて美しく
夜の恐怖もことごとく消滅する。

わたしは行かなければ
海を渡らなければいけない。
お前の心はいつもわたしと一緒にある。

心豊かに
緑の世界へ目を向けて
残る日々を上手に使うんだよ。

七つの星に七つの石、
そして一本の白の木。
すべては遠い海の彼方からやってきた。

心豊かに
緑の世界へ目を向けて
残る日々を上手に使うんだよ。

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うまく書けないけど書いてみる
2004年04月10日(土)

ずっと書き込みをしていないと
なかなか次に書こうという
きっかけが掴めないです。


イラクで人質になっている人たちは
無事なのだろうか…。
そもそもこんなに危険な国に
なぜ今出かけないといけなかったのか
と、母がしきりに言っている。
確かに危険を分かっていながらも
敢えて今行く人の気持ちは
ここにいるわたしたちには
よく理解できない面もある…。
でも家族や国がどんなに止めても
それを承知で行く人を
止めることは出来ないだろうと思う。
理解できなくても
そうしなければならない理由が
その人たちにはあったんだろう。

人の気持ちは分からない。
自爆テロや民間人を
犠牲にテロをする人たちの気持ちは
もっと分からない。
でも彼らがそこまでする理由も
あったんだろう。

そういった理由は
その人たちと同じ場所で
同じ体験をして思想を分かち合わないと
きっと理解できない。

それが出来ないから
人は憎み合ったり戦うのだろうけれど
こんなにこじれてしまったものが
元に戻ることはあるんだろうか。


今日は「冬のソノタ」の地上波放映の
2日目でした(わたしはずっと見逃してるけど)。
韓国のメディアは、このドラマが
ここまで日本でヒットしたことに
大きな意義を感じているようでした。
今までアメリカにしか向いていなかった
日本の目を韓国に釘付けにしたのだと。
確かにそのとおり。
今では本屋さんに韓国の俳優や
映画の雑誌が平積みされています。
その変化はアッという間でした。
でもみんなそれを自然に
受け入れて楽しんでいます。
アメリカの文化も韓国の文化も
良いと思うものを
進んで取り入れているんだからね。
文化の交流を、勝ち負けとは
言わないだろうけど
武器ではなく文化で征服した方が
ずっと誇りと喜びをもっていられるし
受け入れる側だって得をした気分だし
お互いに楽しい気分なのに。
それが気持ちを共有するということに
繋がるのではないかと思う。



昨日と今日の出来事
2004年03月20日(土)

母は昔から家で家庭文庫をやっているのですが
某財団の寄付金を頂けることになり
その付き添いで贈呈式に参加してきました。
わたしはひたすら黙ってそばで眺めるのみでしたが
とても貴重な体験だったので
書いておくことにします。

まず、贈呈式が行われるのは
財団をつくっている企業の本社でありました。
資本主義の象徴ともいうべく
高くそびえ立つビルで
警備員のチェックと名札着用無しでは
中にはいることが出来ません。
ちなみに、この日はイラク戦争開戦日に近いためか
東京駅や都内の他の大きなビルでも
かなりチェックが厳しかったです。

贈呈式では他に寄付を受ける人たちが
大勢集まり、主だった人が挨拶をしました。
企業側の男性たちの挨拶は
いかにも式典の挨拶らしい
形式的なものでしたが
寄付を受ける代表の方と
来賓(?)でいらっしゃった
松岡享子さんの挨拶は
格式的じゃない代わりに
心で感じたことを
自分の言葉で表現したもので
ちょっと感動的でした。

その後ビルの最上階で
小さな立食パーティーがありました。
母は母の憧れの松岡享子さんと
かなり嬉しそうに記念写真を撮ってもらっていました。
家庭文庫をする人にとっての松岡享子さんは
宝塚歌劇団員にとっての
大知真央さんや、春日野八千代さん
みたいなものなのかな…と当てはめてみるわたし…。

その後、銀座にある子供の本の専門店を訪れました。
これはオプションでしたが殆どの人が参加しました。
この本屋さんは、リニューアルオープン直前で
今日の参加者だけ特別に
入ることが出来るとのことでした。
わたしはこの本屋さんの前を
何度も通ったことがあったのですが
なにせこの辺りに来たらまず行くのは
東京宝塚劇場か、デパートしかなかったので
まだ一度も入ったことがありませんでした。
そんなに広くはない本屋でしたが
中にあるものは魅力的な本ばかりでまさに小宇宙。
訪れた人全員、時が止まったように
そこで本を眺めたり
しきりに何かメモしたりして
あっという間に時間が過ぎました。

わたしは目下ハマり中の「指輪物語」コーナーで
「フロドの旅」と「中つ国の歌」を見つけ
文庫用に購入してもらいました。
たぶん寄付金の大部分は、
わたしの意見が反映され(?)
「指輪物語」関連の本を購入することに
なるのではないかと思っています。
新訳も出ているし、映画の影響でどんどん
新しく出版されているみたいですしね。
「フロドの旅」は「指輪物語」で
旅の仲間たちがたどった行程が
かなり綿密な地図になって描かれている本です。
「中つ国の歌」は
「指輪物語」の中で歌われた歌の抜粋です。
たとえばロスロリエンでの
ガンダルフを偲ぶ歌とか
ゴラム(ゴクリ)の
「わしらの欲しい物は汁気たっぷり さかなだよ」
とかいう歌が載っています。
アラン・リーの挿絵が魅力的です。

それから次に
松岡享子さんが理事長をされている
こども図書館に行きました。
これは、もともとは家庭文庫だったものを
財団法人化し、寄付を募って造られた
子供のための図書館です。

エントランスは小さな広間になっており
脇には暖炉の入ったおはなしを読み聞かせるための小部屋
奥には低い書架の並んだ子供のための図書室があります。
また、地下には子供の本に関する研究所や原書
海外で賞を取った本などが貯蔵してある資料室があります。
ちなみにすべて開架図書で、貸出可能だそうです。

母は、小さい頃読んで題名が思い出せない
本の内容を資料室の係の方に聞いていました。
そうしたら、親切にもコンピューターで
題名と内容を見つけ出してくださり
母はかなり感激していたようでした。
ちなみにその本は「わし姫ものがたり」というそうで
もう絶版になっているみたいです。

寄付金をいただいたことで
うちの文庫にある古い本を一度整理しなければ
と、母は考えていたようですが
ここの資料室に古い「こどものとも」や
「飛ぶ教室」「こども図書館」などの機関誌が
大切に保管されているのを見て
それらを捨てようとしていたのを
思い留まったみたいでした。

こども図書館の蔵書は
すべて開架ということでも窺い知れるように
図書館としては非常に少なくい蔵書だそうです。
かなり厳選して購入しているというのもあるけれど
なによりも「こどもにはそんなに沢山の本は必要ない」
という理念がこの図書館にはあるからなのです。
松岡さんがおっしゃるには
「本があればあるほど、
 こどもがお気に入りの一冊に
 出会う機会が少なくなってしまいます。
 一年に何百冊の本を読むよりも
 とっておきの一冊に出会えることの方が
 何倍も重要だからです」
ということだそうです。
わたしは、この言葉を聞いたとき
ほんとうに涙がでるほど感動し共感しました。

小学生時代読書感想文を書くために
その時の新刊をいろいろ読まされたけど
どれも1つとして心に残っていません。
幼稚園の頃母親に毎晩のように
読んでもらったお気に入りの絵本や
自分で見つけた古いファンタジーさえあれば
心は充分満たされたし
読まなくなった今も
いつでも思い返すことが出来
死ぬまで糧になっていると思います。

こどもの本は
子供の知識のためにあるのではなく
子供の内面の心を開く鍵なのです。
だからその子の心にあう鍵がひとつ見つかれば
そこから世界は限りなく広がってゆくのです。

公共図書館に子供用の図書室があるのは
今では当たり前になっているけれど
母の言うには松岡さんという人が
当時の日本の図書館の現状を嘆き
海外で学び、日本で活動を始めて
やっと日本でこどもの本の重要性が
認められたのだとか。

こども図書館からの帰り道
わたしは松岡さんや
こども図書館の人たちや
それから銀座の子供の本屋さんの方たちの
物腰や話しぶりに共通したものがあるのに気づきました。
おっとりと優しそうで、それでいて凛としている
それは(最近ご無沙汰してますが)教会の
牧師夫人の雰囲気とそっくりだと思ったのですが
母にそれを言うと
「無私の精神というのが共通しているんじゃない?」
ということでした。なるほど…。

見学ツアーが終わるともう夕方でした。
わたしと母は新宿のホテル目指して帰りました。
実は、その時点でわたしは
へとへとに疲れてしまっていました。
なぜなら、その日は朝5時半に起き
気持ちがとても緊張していたのと
持っていた荷物がとても重かった上
上ったり降りたりの移動がかなり困難だったこと
そして履いていた靴が華奢で頼りなくて
足にすごい負担がかかってしまっていたからでした。

しかもその後小雨が降って
すごく寒くなったばかりか
ホテルまで迷いに迷ってしまったため
疲れはどんどん蓄積していきました。

けれど無事ホテルに着くと
そこには待ち合わせた妹と伯母がおり
再会を喜んでいるうちに
しんどさはあまり気にならなくなりました。
なんといってもその日は
興味深くて楽しいことばかりだったし
今いるホテルもずっと前から
行きたいと密かに思っていた
憧れの場所だったからです。
お洒落な高級ホテルだからではなく
わたしにとって重要なのは
そこは1月に指輪ご一行が
来日記者会見を行い
(おそらく)宿泊した場所
だったからです。

しかし…全員でホテルのレストランで
食事をする段になり
いざテーブルに落ち着くと
自分でも思いも寄らない吐き気に襲われて
食欲が沸かないばかりか
話すこともままならなくなってしまいました。
「おっかしいな〜、気持ちは楽しいんだけどな。
 せっかくの機会なのにもっとここにいたいのに」
と思って、となりの妹に、気分の盛り上がるような
話題をふって自分から好きな話をしたりしたのですが
なんとか食べられると思ったスープ一皿ですら
香りだけでまた吐きそうになり
このままでは倒れる…と観念し
わたしだけ一人部屋に籠もって寝ることになってしまいました。

なにもかも、お洒落にこだわりすぎて
機能的な靴を履かなかったことが災い
と、まわりには言われましたが
これ以上のことを、わたしは
昨年の なおちゃんさよなら一連イベントで
くぐり抜けてきたはず…なのに一体なぜ…?
意気込みが違ったのだろうか…。
あんな得体の知れない吐き気に
打ちのめされたのは生まれて初めてでした。
とにかく、まだまだ、わたしって体力なさすぎです。

こんなことにならなければ
その晩は、ホテルを色々探検し
銀座の、なんとかいうバーで飲んで
最近「王の帰還」を見て泣いたという気の合う伯母に
わたしの話を聞いてもらう予定だったのに
それらすべてがあっけなく無に帰してしまいました……。
すごく残念です。

わたしはこのホテル
デザインが洒落ているし
係の人の対応も親切だし
気に入ったのですが
母と伯母は全体の照明が暗すぎる上
レストランの食事の量が多すぎる上大味
アメリカ人にはいいけど日本人向きじゃない
ということであまり気に入らなかったみたいです。
確かに、ロビーなどがとてもこじまりして
通路も暗く、ちょっと隠れ家的雰囲気がありました。
外国人の人とすれ違うと、自分が外国人で
ここは外国のホテルなのではないかしら
と錯覚するような空間でした。
日本ぽいデザインも所々ありましたが
それらも全部外国人受けするように作られているというか…。
でも、それならばきっとイライジャ・ウッドは
楽しく過ごせたんじゃないかな。

バスタブで体を温めて
早めにベッドに入りたっぷり寝たせいか
次の日は比較的元気でした。
でも外は雨で前日より更に寒くなっているようでした。

しかしお昼にはチェック・アウトし
妹の案内で青山に出かけました。
妹はわたしが以前、君島十和子さんの本を
読んでハマっていたのを知って
フェリーチェ青山の場所を調べてきてくれてました。
体が本調子じゃないのと天気が悪いのとで
そぞろ歩きを楽しむほど余裕はなかったけど
やはり行って良かったと思いました。
エポカのお店を覗いていた時
そこの地下で流れていた
ミュージカルのような男声の歌が
とても印象的でした。
曲がとてもドラマティックで
聞いていてワクワクするんです。
店の人に尋ねてみたところ
「これは、最近出て、たぶん今もCDショップに
 売っていると思うんですけれど
 俳優さんが歌っている歌なんですよ。
 ジョシュ・ハートネットっていう人らしいです。
 俳優さんなのに歌も歌うんですって」
という答えでした。
えぇ〜〜〜???ジョシュ・ハートネット〜〜〜〜ぉぉ???

そのつい2日前映画「パラサイト」のDVDを
(イライジャ・ウッドを見るために)入手して見たばかりの
わたしは驚愕し、歌うジョシュなんて想像できないけど
「家に帰ったらぜひ調べて絶対に購入しなくては!!」
と決意しました。

しかし、家に帰って
インターネットのあらゆる検索網
掲示板、ファンサイト、CDショップサイト
などを調べても、ジョシュ・ハートネットがCDを出した
という情報はどこにもありませんでした…。

あれはなんだったんでしょう。
お店の人は別な俳優と間違えたのでしょうか。
ジョシュ・ハートネットはともかくとして
あの曲自体とても素敵だったので
ぜひもう一度聴いてみたいのですが…。

というわけで、
これが今現在一番気になっていることです。



カナ漢とローマ字
2004年03月13日(土)

最近、というかここずっと
お金が全然貯まらないので
いったい自分は
なにを無駄遣いしているのだろうか
と思い、恥ずかしながらこれまで
真面目に付けたことのなかった
家計簿を付けてみることにしました。

使用するのは「FPが作った家計簿」
というフリーソフトですが
これには無駄遣いと思われるものに
チェックを入れて
後で抜き出して計算できます。
ここ最近のわたしの無駄遣いは
「行っていないジム代」
「あまり着なかったコート」
「絶対必要とは言えないキャリーバッグ」
そして、本当は調べるまでもなく
分かっちゃいたのですが
最も嵩むのが「観劇費用」。
もちろん、これは必ずしも
無駄遣いとは言えないのだけど
いざ数字に出してみると
「ちょっと使いすぎでは…」
と反省しました。
それから、この家計簿は
カード使用分については
負債として挙げられるため
カード引き落とし日になるまで
家計簿はマイナスの状態です。
現実に引き落としはされてないので
通帳上はマイナスではないけど
負債を負っているのは確かなわけで
それを改めて認識……。
自分がプチ多重債務者になった気分です。
これは効果があります…。
カードはこれからなるべく使わないでおこう。

話はそれるけれど
わたしは、パソコンで文字を打つとき
職場ではローマ字入力、
自宅ではカナ漢入力なのです。
もともとカナ漢入力で生きていたのですが
ローマ字入力が一般的なので
共同でパソコンを使ったりする
職場ではその方がいいだろう
と思い、数年前からそうしたのです。
そうやって、自宅で打つくだけた文章はカナ漢、
職場での事務的な文章はローマ字
と、使い分けをするうちに
たまに自宅で事務的な文を打とうとしたり
職場でくだけた文章を打つことがあると
手がうまく動かない
という不思議な現象が出てくるようになりました。

たとえばこの日記は
自宅で売っているので
カナ漢打ちですが
「標記の件につきまして、下記の通りご連絡いたします。」
というような事務的な文を打とうとすると
すごく速度がのろくなります。
反対に、職場で残業中に
ネットでちょっとなにか書いてみよう
などと思い、劇や映画の感想やらを打とうと思うと
ローマ字入力なので手が進みません。
打てないことはないのですが
頭が切り替わらないのです。
たぶんローマ字入力をしている時は
頭のモードも事務モードになっており
カナ漢入力の時はくだけモードになっているのだと思います。
パプロフの犬みたいですよね。

で、話は戻るんですが
家計簿を打つという行為は
わたしの中では事務的なものなので
自宅のカナ漢入力の状態では
いつもすごく打ちにくいです。



指輪中毒
2004年03月12日(金)

日記を付けるまでしばらく間が空きましたが
わたしは相変わらず「ロード・オブ・ザ・リング」にハマっています。
ここ一週間ばかり映画を
見に行っていないので禁断症状が出そうです。
このハマりっぷりは、第1部を見たとき以来ですが
あの時もすごい傾倒ぶりで、あともう少しで
(日本では翌年公開になるため)海外にまで
第二部の映画を観に行ってしまいそうでしたが
でもその頃ちょうど宝塚で「Switch」が上映され
観劇後1日で世界が変わりました。
あれは鮮やかな切り替わりでした。
おそるべし「Switch」。

しかし、今わたしの頭を切り替わらせるほどの
出来事はないだろうと思います。時間だけが熱冷ましか。
2月初旬に先行上映を観てから今日まで
いろんなところに出かけ
別のお芝居やミュージカルを観たりし
その中にはわたしのご贔屓さんの出ている舞台や
わたしが以前から楽しみにしていた
新人公演もあったのですが…残念だけど
…残念だけど覚えていないよ、サム。
そんなことがあったということは
少なくとも頭にはあるんだが、目に浮かんでこないんだよ。
中日雪組も「SHOCK」も「送られなかった手紙」も
星組大劇&新公も、ひとつとしてわたしには残っていない。
わたしはむき出しになって暗闇の中にいるんだよサム。
そしてわたしとあのグルグル回る火の車との間には
ヴェールひとつないんだ。
眠っているときでもそれが見えだしてきたんだ。
そしてあとのものはなにもかも薄れてしまうのだよ。

…わたしは「指輪」に侵されている(笑)。

今日はイライジャ・ウッドが最近出たという
トーク番組の映像を発見しました。
英語なので、あんまり分からないのですが
ニュージーランドで撮影中のある晩
泥酔したイライジャがコンビニに入り
何を血迷ったか
「I want porno and chocolate !
(エロ本とチョコレートくらさい〜♪)」
と大声で言った、というエピソードが
本人の口から語られていました(^^;)。
酔っぱらうまでの経緯や状況などは
(英語が聞き取れないため)不明なんですが
大作の主演スターだというのに
テレビでこんな風に楽しげに
暴露してしまっていいもんだろうか(笑)。
ちなみにこのエピソードについては
「Flix」のインタビュー記事でも
つっこまれており
「僕は、自分の行動の重大性を
よく分かってないところがあるんだよね…」
と語るイライジャでした。

面白エピソードといえば
第一作「旅の仲間」で
ホビットたちが崖から転げ落ちる場面を
撮影したときイライジャが思わず
おならをしてしまったということも
DVDコメンタリーでホビットたちに暴露されていました。
メリー役のドミニク・モナハンは
あれは撮影中最も爆笑した出来事だったと
別のインタビューで語っていたそうです。

主要キャストの中で最年少のイライジャは
なにかと共演者に遊ばれる(?)ことが
多かったんでしょうか。

これもまたDVDのコメンタリーで
話題にされているので
誰もが知っているエピソードでしょうけど
ホビットたちの愉快な様子が伝わる話で
何度聞いても楽しい話なので記しておきます。
撮影の待ち時間のある日
ホビット3人がつつきあいをする様子を
見たイライジャが「なにしてるの?」
と仲間に入れてもらったそうな。
それはその場で突発的に起こった
意味もないつつきあいに過ぎなかったのに
イライジャが参加すると同時に
他の3名(ドミニク・M、ビリー・B、ショーン・A)は
結託して「ティグ」という
架空のゲームを即席で造り上げ
もっともらしく彼に解説し
途中参加のイライジャが
なかなかルールを覚えない、と
責め立てて反応を楽しんだのだそうです。
イライジャは「ルールブックかなにかない?」
と言いながらもその後何ヶ月か熱心に
「ティグ」を学び楽しんだそうな。
そして1年後ぐらいにイライジャが
「ね、またティグしない?」
と彼らを誘ったところ
「は?そんなゲーム元々ないよ」
と告げられ、はじめてだまされたことを知ったとか。
「…信頼関係が揺らいだよ…」
とぼつりとコメントするイライジャ…(笑)。

しかし、彼らの悪戯は
今も続いているみたいです。
最近読んだ記事によると
「王の帰還」の広報で
アメリカにいるイライジャが、
ドイツの記者のインタビューを
イヤホンで聞いて答えるという取材があったそうな。
映像無しで音のみを頼りに答えるイライジャに対し
ドイツ側の記者のそばにいたドミニク・モナハンは
途中から内緒で本物の記者と交代し
記者のフリをして、思いつく限り最悪の質問を
イライジャに浴びせまくったのだそうな。
12歳までドイツで育ったドミニクは
この時完璧なドイツなまりの英語を駆使し
他人になりきっていたためか
イライジャは最後まで気づかなかったそうです。
そして、その様子があまりにもおかしかったため
ピーター・ジャクソン監督は
ぜひDVDの特典映像に収めたいと思っているとか…。
いや〜、ぜひ見たいです。

それから最初に書いたトーク番組では
ほかに、イライジャの引っ越しの話も出ていました。
「指輪」の撮影後NYに移り住んでいたのが
最近またロスの母親の家に戻ったのだとか。
これも英語が分からなくて
詳しくはさっぱりなのですが(^^;)
「NYを引き払ったんだって?」
みたいに質問され
しきりにごまかし笑いをする様子が可愛らしいです。
たぶん、ママの元に戻ったことに
ちょっと照れを覚えていたのではなかろうかと。
でも、イライジャは去年の夏
「王の帰還」の追加撮影が終わった後
盲腸で倒れたのです。
ストレスが原因なのかどうかは分からないけれど
倒れるまでずっと腹痛を我慢していたそうなので
ファンはお母さんのところに帰ってくれた方が
安心に思うと思います。

…ってわたしもこれだけの情報を
集めているあたりもうすっかり
ファンになってしまっているなぁ。
本当に気取ったところがなくて
キュートな俳優だと思います。
第3部で最も印象的な俳優でしょう。
過去のほかの作品ももっと見たいんだけど
……給料日まで我慢しよう(泣)。



76th Academy Awards
2004年03月02日(火)

昨日はテレビでアカデミー賞授賞式を見ました。
「ロード・オブ・ザ・リング」は
ノミネート11部門すべて制覇という新記録を樹立。
発表されるたびに次々に受賞してゆく
その瞬間を生で見たかった…。
でも生放送は平日の日中だったのですよね。
仕方ないので夜仕事から帰ってから
アカデミー賞の「指輪」についてだけを
実況する某掲示板のログを読んで(^^;)
追体験してみました。

そして夜はWOWOWの字幕付再放送を見ました。
授賞式で一番感動したのは
主演女優賞を受賞したモデル出身の
シャーリーズ・セロンのスピーチです。
「モンスター」という映画(日本未公開)で
同性愛者で殺人鬼の女性を演じました。
元の美貌が全く思い浮かばないぐらい
体重を増やしメイクを凝らして大熱演したそうです。
受賞の瞬間、セロンは
隣にいる恋人のスチュアート・タウンゼントと
母親のゲルダさんに思い切り
しがみついてから壇上に上がると
「ありがとうありがとうありがとう…!」
と繰り返していました。
いろんな人に感謝の言葉を述べていましたが
スチュアート・タウンゼントと
母親へ贈る言葉は一番最後。
「…そしてお母さん…わたしのために
 ほんとうに沢山の犠牲を払ってくれました」
と涙声になるあたりは見ているとつられて
泣けてしまいそうでした。
セロンは古い制度の残る南アメリカで育ち
母子は、アル中の父親に苦しめられていたそうです。
ある時悪酔いして帰ってきた父親は
戸口に鍵がかかっているのに逆上し
家の玄関からセロン母子のいる部屋まで
1つ1つピステルでドアを撃ちながら
入ってきたのだそうです。
最後のドアが開けられる時、彼が
「今度はお前たち二人を撃ってやる」
と言うのを聞いたセロンの母親は娘の危険を知り
猟銃で夫であるセロンの父親を撃ち殺しました。
その後、警察の長い取り調べの後
母親は正当防衛が認められて釈放されたのでした。
―――――そんな事件があった後
彼女は、どんな想いや努力を積んで
ハリウッドのスターになり幸せを掴んだのか
このスピーチにどんな想いが込められて
いるのだろう、と思うとすごく感動するのです。

話はそれるけど
スチュワート・タウンゼントは
「クイーン・オブ・ザ・ヴァンパイア」で
美貌の吸血鬼レスタト役がとても似合ってました。
究極の美男美女カップルですよね〜。
また、彼は「ロード・オブ・ザ・リング」で
アラゴルン役を演じることが決まって
途中まで参加していたものの
若すぎるという理由で降板になったそうです。

今年のアカデミー賞は
渡辺謙、「たそがれ清兵衛」
「ロスト・イン・トランスレーション」
と日本関連が多いですが
わたしの注目は、日本勢の行く末ではなく
ニュージーランド勢の行く末なのでした。

スタッフ・出演者・技術・主題等々
その映画に関わるもののすべてを称えられる
「作品賞」の部門を最後に見事勝ち取った
ニュージーランド・チーム。
彼らが立ち上がって抱き合い
全員揃って壇上に上がる姿は壮観でした。

ちなみにアシスタントの女性と
リヴ・タイラーに挟まれた
ホビッツ4人のちぴっこぶりが
可愛らしかったです。
みんな168センチ前後だと思うのですが
すごく背の高い女性に取り囲まれていたので
ほんとうにホビットみたいに見えたのです。
サム役のショーン・アスティンは泣いているみたいでした。

これまでノミネートはされても
受賞は逃し、最後の最後での受賞。
ノミネート前後から
世論はもちろんアカデミー会員の中で
3作の大作を仕上げた「ロード…」に
最後に受賞させてあげようじゃないか
という雰囲気が高まっている、と
ニュースでは報じられていました。
そしてその通り、最後の最後で
受賞を獲得したことは
この3本目の作品である「王の帰還」が
ファイナルに相応しい出来だったから
というのもさることながら
まさにこの映画は3本で1つの作品
だったからではないかと思うのです。
3本目が終わって初めて
真に評価を与えられる作品なのだと。
だから、この作品賞は「ロード・オブ・ザ・リング」
3部作すべてに与えられた賞なのだと思います。



「RotK」感想 その2
2004年02月28日(土)

相変わらず「ロード・オブ・ザ・リング」に
ハマり続ける日々が続いています。

これで4回見たことになるけれど
もっと見たい…。

ところで映画を見ていて
ずっと腑に落ちなかった
台詞の意味が、
先程とあるサイトを読んでいて
やっと分かりました。
余りにも感激したので書いておきます。

王の血を引くさすらい人・アラゴルンは
冥王を倒した剣アンドゥリルを手に取り
ついに自分の運命を受け入れ
王になって敵を倒す決意をします。

それまでずっと
アラゴルンは自らの王の血筋を恐れていました。
なぜなら、アラゴルンの祖先である
イシルドゥアは、一度は冥王を倒したものの
手にしたひとつの指輪の魔力に魅入られ
自滅したからです。
権力の怖さ、人間の弱さを
痛感しているアラゴルンだからこそ
王になることを躊躇しているのですね。

しかし、裂け谷のエルロンドが
イシルドゥアの折れたる剣を鍛え直し
アラゴルンの前に差し出します。
サッと剣を抜くアラゴルン
新しい王の誕生の瞬間です。

-----------------------------------
Elrond: Andúril - Flame of the West. Forged from the shards of Narsil.
エルロンド「アンドゥリル―――"西方の炎"という意味だ。
    ナルシルの剣を鍛え直した」

Aragorn: Sauron will not have forgotten the Sword of Elendil.
The Blade that was broken shall return to Minas Tirith.
アラゴルン「サウロンはその剣を忘れようにも忘れられまい。
     折れたる剣がミナス・ティリスに還る」

Elrond: The one who can wield the power of this sword, can summon to him an army more deadly than any that walks this earth.
Put aside the Ranger. Become who you were born to be. Take the Dimholt road.
―――――Ónen i-Estel Edain.
エルロンド「この剣を使いこなす者は、地上最強の軍勢を招集できるのだ。
   死者の道を行け。さすらい人の姿を捨て、定められた者になれ。
   ―――――"わたしは人間に望み(エステル)を与えた"」
Aragorn: Ú-chebin Estel anim.
アラゴルン「"わたしは自分に何の望みも持っていません"」

(以上 訳はいい加減…)

-----------------------------------
この最後のアラゴルンのエルフ語
「Ú-chebin Estel anim.」がポイントなのですが
この場面の盛り上がりに適していないように思いませんか。
…アラゴルン、やっと前向きに人生考えはじめたなと思ったら
「自分には望みを持っていない」なんて。
やっぱりイヤイヤ王になるんですか?と問いたくなります(^^;)。

でも今日サイト巡りをしていて
この台詞はアラゴルンの母親ギルラインが
最期にアラゴルンに残した遺言なのだと書いてありました。
この場面で語られるエルフ語は
アラゴルンの気持ちではなくて引用文だったんです。

「指輪物語・追補編」によると
ギルラインは自分の余命が少ないことを悟り
息子アラゴルンにこう言います。
「わたしは人間に望み(エステル)を与えました。
 そしてわたしは自分に何の望みも持っていません」
エステルはエルフ語で「望み」という意味ですが
同時に裂け谷でのアラゴルンの呼び名でした。
「自分はもう死ぬけれど、
 中つ国にお前という希望を残しました」
と、いう遺言を残して亡くなったのですね。
希望とは、勿論アラゴルンがいつか
中つ国を平和に導く王になるという
意味がこめられているのでしょう。
というわけで、映画のこの場面で
ギルラインの遺言を繰り返すことで
母の想いを再確認し、それが今こそ
成就されようとしているということを
象徴しているわけなのです。

あ〜〜〜すっきりした。
これが分かって本当にすっきりしました。
でも、例え追補編を読んでいても
この台詞を聞いて即座にギルラインを
思い出せる人はきっとよっぽどのマニアだと思います。
すごい凝っている、この映画!
でも、そういう凝り方にすぐ気づくような人は
逆にこの映画は物足りないのだろうな…。



「RotK」感想
2004年02月15日(日)

昨日2月14日は「RotK」全国公開の日。
ということで、先行上映に引き続き
今度は日本語吹替版を観てきました。

この映画に関しては
字幕の評判が良くなく
日本語吹替の方を
支持する人が多いみたいですが
今回の第3部に関しては、字幕の方が
原作に近いような気がしました。
元の英語に近いのはどっちかというと
よく分からないのですが
でも今回字幕はすごくいいと思います。

ちなみに日本語吹替で
わたしはゴラムの声の人が好きです。
アンディ・サーキスよりも
よりユーモアのある声色が憎めない感じです。

次の日は、高校時代の友人と
ものすごく久しぶりに会いました。
友人は大学の留学生の友達を連れてきていました。
友達に会うのも久々だったけど
英語に触れるのはもっと久々でした。

わたしとその友人は
高校時代一緒にアメリカに短期留学し
ステイ先で文字通り寝食を共にしていたのですが
その時に比べるとわたしと友の英語力は
天と地ほど隔たってしまいました。
高校の頃だって大して
英語能力があったわけではないのだけど
単語や構文を理解するよりなによりも
コミュニケーションを成り立たせるには
簡単な語彙でもいいから
言われて聞き取りパッと答える
瞬発力が大事なのでしょうね。

「映画を観よう!」
ということで話は決まりましたが
わたしは急用で夕方までに
帰らなくてはならなかったので
その事を話したら
「そうか…映画は3時間半あるから
 間に合うかな…」
という答えが。3時間半の映画って…
それってもしかしてやっぱり
―――――ロード・オブ・ザ・リングでした(^^;)。
「あの、それわたし昨日観たんだけど It's OK.
 I aledy have 4 pieces of tickets for me.
 because I'm big fan of it」
というようなよく分からない日本語混じりの
英語を時間をかけて理解してもらいまた観たのでした。
実際のところ、前売りの4枚じゃあとても足りないよ
と考えていたところだったので渡りに船だったのです。

さて、この間「1部が最高」と書きましたが
この2日間見直してみてなんだか…
観るたびに感動が深まってゆくようで
3部の佳さが分かってきました。
後半はもうハンカチを手放せません。
たぶんみんなの中でわたしが
一番感動していたのではないかと思います。
ちなみに、友人は1部2部を観ていないのに
いきなり3部を観るという
無謀なことをしていました(^^;)。

―――――感動したところを記しておこう。

ペレンノール野の大決戦で
人間の王国・ゴンドールは多勢に無勢で
悪の軍勢モルドールと相見えることとなります。
国の執政・デネソールは、狂気と絶望により
戦う意思を無くしていましたが
魔法使いガンダルフの知恵により
アモン・ディンの見張り台の
狼煙(のろし)に火が灯されます。
それは特別な狼煙でした。
アモン・ディンに灯された炎は
西の山々のそれぞれに築かれ
守られてきた狼煙を次々と灯火させる合図でした。
眼下には雲しかない峰の上を
ゴンドールの狼煙は西へ西へと伝わり
遠き同盟国ローハンにまで届きます。

一方ローハンは
ヘルム渓谷の合戦に
同盟国ゴンドールの助けなしに
辛くも勝利したところでした。
ローハン国王・セオデンは
ゴンドールの窮地を知っていましたが
ローハンの危機を無視した
ゴンドールをわざわざ
救いに行く必要はないと考えていました。

そんな時、遙か遠い西方から
ゴンドールの狼煙がローハンに届いたのでした。
遠い昔、ゴンドールとローハンが同盟を結び
厚い信頼に結ばれていた頃
ローハンの騎士たちは
この狼煙が灯された暁には
必ずゴンドールに救援を送るという
堅い誓願を立てていました。

「ゴンドールの狼煙が。
 彼らは援軍を求めています」
アラゴルンが報告すると
セオデン王は、それまでの意向を
潔く覆し毅然と答えます。
「ではローハンはそれに答えよう」
セオデン王は2日かけて
ローハン中のありったけの兵を招集し
3日目の夜明け、かつての誓願を果たすため
ゴンドールへと進軍します。

その頃ゴンドールの都・ミナス・ティリスは
今や存亡の危機にありました。
あの狼煙を見て本当にローハンの援軍は来るのだろうか
と人々が不安と疑念に望みを失ってゆく中
突如角笛が高らかに吹き鳴らされ
ペレンノール野にローハンの騎馬軍が到着するのでした。

--------

という流れなのですが
まずコンドールの狼煙が
伝わってゆく様子が
映画ならではの映像です。
まるで氷山のように
雲の上に頂上だけ覗いた山の上に
ゴンドールの狼煙を守るためだけに
兵士が配置されており
東方の狼煙を合図に火を灯してゆきます。

もともとこの場面は
原作にはないはずです。
確か、ガンダルフとピピンが
ゴンドールを目指して旅を勧めている途中
すでに狼煙が燃やされているのを目にするのです。
そこを敢えて変えて映像化したのは
とてもいいことだと思います。
映画ならではの表現が
できるチャンスだから。

ゴンドールの狼煙が
次々と点火されてゆく光景を
上空から見下ろし果てしない距離を
駆け抜けてゆく様子は
絶景というよりほかありません。

また、今日観て感動したのは音楽の使い方です。
今までもそうだったのですが
それぞれの国や民族の
テーマ音楽のようなものが
効果的に使われているのです。
二部「2つの塔(TTT)」で初めて使われた
ローハンのテーマは、馬の司と呼ばれる
騎馬民族の国家・ローハンを象徴する音楽です。
なんとなくモンゴルの馬頭琴が思い浮かぶ音色です。
ペレンノール野にローハン軍が到着した時に
その音楽が再び鳴り響くのはかなり感動的です。

ちなみにホビットと旅の仲間の
テーマみたいになっている旋律もあり
ホビットの旋律と旅の仲間の旋律は
しばしば繋がって使われています。

第1部にホビット床が
はじめて画面に登場した時には
素朴に平和な音色を紡ぎます。
苦難の末、エルフの裂け谷に
無事到着したホビットたちの後ろで
再び流れるその音楽は
エルフのイメージを交え
秀麗で落ち着きのある音色になっています。
そして、旅の仲間が結成されると
それは勇壮な音に変わり
旅の仲間のテーマ曲へと繋がってゆきます。
それは、これから始まる
遙かな冒険を象徴するに相応しく
ドラムや吹奏楽が効果的に使われ
意気揚々とした壮大な音色です。
しかし、一部ラストで旅の仲間が離散すると
旋律はまた悲劇的で淋しげな音色に変わって
クライマックスを迎えるのです。

そして第3部。
第1部の冒険を遙かに凌ぐ長い旅路を経て
目を覚ました主人公・フロドの元に
第1部の離散以来ようやく集結した旅の仲間たち。
フロドが目を覚まし、仲間の顔を確認すると
流れてくるのがあの懐かしい旅の仲間の旋律なのです。
一番最後に顔を見せるのはサムです。
サムは、ホビット床を出る時以来
旅の一番はじめから終わりまで
唯一離れずに一緒に過ごしたのですが
サムが現れると同時にその旋律は
ホビット床のテーマ(「イン・ドリーム」の旋律)へと
変わってゆくのがまた感動的です。

ほかにも感動する音楽があります。
ペレンノール野の合戦で
今にも都がくずれ落ちようとする中
望みを失い書かけたピピンは
傍らのガンダルフに向かって問いかけます。
「これでもう終わりなんですね。
 僕らは死んだらどうなるのでしょう」
するとガンダルは微笑みながら答えます。
「死は終わりではないよ。
 我々はまた新しい旅に出るのだ。
 その先には白い砂浜が見える…」
「それは、…悪くない世界ですね」
そんな会話の中、流れるのが
「In To The WEST」の音色
今回の映画の主題歌です。
西方は、中つ国の世界では
エルフの国とされていますが
この映画ではもっと漠然とした
天国のような国と捉えても良いような気がします。
ガンダルフの語る死後の世界はまさに
「In To The WEST」の歌詞に語られる
西方の国そのものだからです。

物語の最後にフロドが
旅立つ時も、やはりこの
「In To The WEST」の旋律が流れます。

イライジャのフロドは
第1部から3部にかけて劇的な変化を遂げます。
第3部のクライマックスで指輪をはめる
フロドの表情は戦慄が走るぐらい怖いです。
その時の眼を鋭く光らせた邪悪な微笑みには
優しげでイノセントな第1部の面影は
どこにもない、別人だからです。
指輪が去り誘惑から完全に逃れたフロド
そして今や王となったアラゴルンに
最高の礼を持って迎えられるフロド
懐かしのホビット床に戻り
親友・サムの結婚式を祝福するフロド
―――――こうして物語はより良い
ハッピーエンドへと向かいますが
世界がどんなに平和になっても
フロドはもとのフロドではないことが
イライジャの表情を見れば分かるのです。
「ぼくはホビット床の平和を守るために戦った。
 そしてホビット床の平和は保たれた。
 でもそれはぼくのためにではないんだよ」
そう言って、フロドは西方へ旅立ちます。
(↑は原作の科白なので映画はちょっと違います)
三部作中最も哀しい別れの場面です。
思いも寄らない展開にメリーもピピンも
サムも涙が止まりません。
そんな友を抱きしめるフロドの顔は
万感を込めてではなく
ただただ静かな表情でいるのが涙を誘います。
すべてを乗り越え、受け入れ、悟り
物語を終わらせようとする者の表情なのです。
こうして舟に乗り込むフロドは
今一度友と中つ国に向けて
最後のまなざしを向けます。

それは、晴れ晴れとした笑顔でした。

まさに第1部冒頭
ホビット村にやってきた
ガンダルフを迎えた時以来の表情です。
外の世界や冒険に憧れを抱いた
生き生きとした少年の目です。
まるでこれからまた
楽しい冒険にでも出かけるような
喜びと希望に満ちた輝きなのです。
それを見たメリー、ヒピン、サムは
理解し、悲しむのをやめて
フロドを笑顔で見送ることが出来るのです。

そう。あのイライジャの笑顔あってこそ
ロード・オブ・ザ・リングの真のハッピーエンドが
語られるのだと思います。絶品です。



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