ほうじ茶飲話【JOYWOW】
2006年11月21日(火)
二十七回忌
一気に仕事を終え、午後は友人の27回目になるお墓参り。
早いなぁ。27年も経ったんだ。
年忌止めの三十三回忌まであと6年。うちの祖母や伯母たち よりも早く年忌止めが来るなんて、ちょっと不思議な気分。
一年ぶりの顔合わせをしたその後は、打ち合わせに向かう。
ばたばたといろいろな事が決まり、 高速で物事が動いていく。
とにかく身体のメンテナンスをして、気を抜かないように しておこう。風邪(ふうじゃ、と読む)にスキをみせると 風池からするりとはいりこまれてしまうらしい。 東洋医学に納得しつつ、狛犬に似ているという「ふうじゃ」 を想像して楽しむ日々なのだ。
2006年11月19日(日)
決められている予定
オフィスでコンサルティングを終えた後、 アポなしで親友宅に届け物をしようと考えていた。
とはいえ土砂降り、寒いし、彼女と約束しているわけじゃなし、 家で晩御飯な気分!と一路、友人宅とは真逆な自宅方向に ハンドルを切る。
家に向かう気分なのに、なんだか届け物が引っかかる。 車に乗って5分経ったあたりで携帯にメール着信音。 まさに、その親友からである。
内容は「どこにいる?」だった(驚!)。
しまった、嗅ぎつけられた・・・と思い(笑)、 これはやむなしと、彼女の家に即座に向かう。
行って納得。 今日は最初から行く事が決まっていたような日だった。 こういうのは、抗っても無駄なわけだね。
これからは直感に素直に従うことにする。
2006年11月17日(金)
LOVE・かき!
昨日の朝食は柿とヨーグルト。 昨晩は、名古屋で牡蠣フライを頂く。 今日のお昼はクライアントのみなさんと牡蠣フライ。 夜は、再度クライントのみなさんと中華風牡蠣フライ。
秋は牡蠣と柿に占領される食事情。
カキ好きな私の秋、ものすごく幸せ〜なことなのだ。
2006年11月16日(木)
濃いふたりに遭遇
15時、品川駅。
新幹線・北のりかえ口のキヨスクでお茶を買おうとレジに並んだ。 店内には2人ほどしかいない。ふ、と後ろに普通と違う気配が漂う。 おや?と思ったけれど、ま、いいやと放置。
ホーム。ベンチに腰掛けて名古屋に向かう新幹線を待っていた。
となりのおじさんが立つと、先隣に座って話し込んでいる人が 見えた。あ、さっきの気配だ・・・と思ったら、川崎麻世くん。 その向こうの話し相手は、あおい輝彦さんだった。
スターライトエクスプレスに、黄門様の助さん。 不思議な取り合わせ、ものすごく濃いし。
名古屋に到着後は、クライアントご夫婦とお目にかかり、 重要な目的を果たす。この目的の成果が、実はとても 楽しみなことなのだ。
名古屋の中心地、栄は、クリスマスのイルミネーションが 美しく施されている。田舎に住んでいると、都会の景色が ものすごく新鮮。
2006年11月14日(火)
私的回想/出家編 * 番外編
JOYWOWパーティーのあった11月11日。 その日は、昨年他界した父の命日でもある。
さて、ここから先は見えない世界のお話(^_^)である。
実は・・・遺骨がまだ見つかっていない。
諸事情があり、長い間父とは音信不通だった。
去年の11/11、その父が他界することを知らせにやってきた。
あまりに突然で、何度も気のせいだと思おうとしたが けして気のせいではなかった。
それから数日間、父のトレードマークであった 強いラーク(煙草)の香りが我が家に漂い続けた。 ちなみに冬なので窓は締め切っていたし、キッチンでしか 吸わない私の煙草とはまったく異なる香りで、 隣近所に愛煙家はいない。
信じるしかない出来事が次々起こる。
その後は、さる知人を通して 父からのメッセージが届けられた。 数々の、父と私しか知りえないことがら。
生きているうちになぜ会おうとしなかったのか、 自分を責めた時もあった。
なんとも不思議な話だけれど、そういったこともすべて 今となっては瑣末なことになり、生前よりずっと近くに感じ、 どれだけ自分が愛され、また、父を愛していたかがよりよく 理解できるようになった。
あちらの世界では、先に旅立った母からいろいろ教え導いて もらっている様子。とっくに離婚しているし、お互い 死んじゃったにも関わらず、母は父のことを大好きなのだ(笑)
遺骨は、いつか何かのお導きで探し当てることができるだろう。
とりあえず、娑婆のシガラミもなくなった今、 亡父にはゆっくりとしてほしいと心から願う。
あの父と、あの母と。
この無鉄砲で唯我独尊な二人の下に生まれなかったら、 私はとんでもなく高慢ちきなへんてこ娘に育ったにちがいない。
両親のことは、また私的回想/出家編で語ることもあるだろう。 いずれにせよ、今の私は、父と母の子であることを誇りに思い、 最上級の感謝をしている。
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