ほうじ茶飲話【JOYWOW】
2003年03月23日(日)
わがままな思い
つくしんぼうの盛りは過ぎたのだろうと、 なぜか勝手にそう思っていた。
春のぬるんだ外気に誘われて散歩をしていたら、 壮大な景観に出くわした。小さな丘の斜面一帯に、 つくし・TSUKUSHI・ツクシ・つくし・・・一面の土筆。 生まれて初めて目にした土筆の群生だった。
はじっこのほうの立ち枯れたものは、 まさに近未来建築の廃墟を思わせるようで、 なんだか不思議な感覚だった。
昔と違って滅多に目にすることもなくなったが、 春の風物詩としては群生よりも、 道端にぽこぽこひっそり伸びたつくしんぼうのほうがいい。
2003年03月22日(土)
しみじみ
仕事の後、とても楽しい夜を過ごした。
十人十色の人生があり、他に比べるものはないけれど。 女三人それぞれの鮮やかに彩られた人生は、 なんともいえない、いい味を出していた。
芯があってとうぜん。 強くなってとうぜん。 七転び八起きがあたりまえ。 だから、人生が何倍も楽しめる。
性別というより、思考回路と特質の違いなのか、 男性にはなかなか到達できない境地かも。
やっぱり、日本の屋台骨は女性だったんだなぁ。
2003年03月20日(木)
もちろん平和が一番だけれど
私は「戦争をしないことが正義」だとは思っていない。 LOVE & PEACE ですべてが解決される、友愛第一な世の中だという幻想も持っていない。全ての手を尽くして、なおかつ、どうしようもない選択をしなければならない時もあるだろう。 それは、否定しない。
でも、今回は違う。そのケースではないし、 アメリカ、イラク、どちらが正しいという問題でもない。 双国の大将の意地と傲慢ゆえに、 多くの一般市民が犠牲になっていく。 だから、声をあげた。
* * *
開戦の映像は冷静に受け止めた。 12年前のような驚きもなく。 またこの映像を見ることになるのかという、あきらめとため息。
NYの友人から「日本も北朝鮮が背後にあるのだから、 気をつけなよ」というメールがきた。 明日は我が身にならない保証は、ない。
開戦してしまったからこれですべてが終わり、 というわけじゃない。 これから、何が出来るのか。 しっかり、考えていかなくちゃね。
2003年03月19日(水)
祈り��
もうすぐ日付が変わる。
今、いろいろな国の様々な立場の人たちが ひとつのことを考えている。 眠れない夜、集中できない時間。 涙、恐れ、怒り、悲しみ、そして多分、喜びや高揚も。
ここからまた歴史は大きく変わっていくのだろう。
それでも諦めず、願いを捨てず、 今日を明日につないでいく。 きっといつか、理不尽な日々がなくなることを信じ続ける。
2003年03月18日(火)
祈り
今朝10時のニュースから、断続的に涙がぼろぼろ出ている。 ずっと、泣きながら、なにかをしている。
怒りとか、悲しいとか、悔しいとか、 そういう簡単に言語化できる感情ではない。
自分なりに解釈してみたのだが。 9.11の件は私にとって、戦争と国際政治の意味を身近に考えざるをえなくさせた初めての出来事だった。そして続く母の懐疑的な事故死は、あらん限りに死を身近なものにさせた。このふたつの出来事が、理不尽な状況を想像することができる思考能力をぽんぽんと整えてくれた。
この涙。 巻き込まれる人々の無力感、涙、叫びという類の、 もうすぐ起こる悲劇の「想」のようなものが、 現実として私の中に入り込んできたせいなのだろう。
国連安保理も民衆の叫びも、なにもかも踏みつけて、 敬虔なクリスチャンである彼は、もうすぐ戦争を始める。 新たな不条理の歴史が、刻まれる。 21世紀の文明、世界平和、自由。 なんだか、あまりにそらぞらしい。
今は、ただ、祈る。
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