紫
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いつもと変わりない1日でしたが、なんとなくざわざわ。
いつもどおりに接しようとしていながらも、やはり、違う雰囲気があります。
朝の少しの緊張のなか、雑務をこなしていると、1通のメールが届きました。
「スマイル!」
それがなんともうれしくて。
いろんな人に言葉を贈りたい、と思っていたけれど、そんな大それたコトはまだ先にして、私は「スマイル」でいればいいんだな、と思いました。
どうもありがとう。
いろんな人が電話をかけてきてくれて、印刷屋さんが激励の言葉をくれて、そして、みんなが「がんばって」って言ってくれました。
「当たり前」の言葉だけど、それでいいんです。
飾る必要なんて何もない。
夜は、同僚が小さな送別会を開いてくれました。
そして、そこでも私は寝てしまい。
あたたかい、あたたか〜い、1日、を、日記に書くのは、とても、むずかし、い。
会社の人たちに、手紙を書こうと思ったけれど、途中まで書いてやめました。
なんとなく「あたりまえ」の言葉になっているようで。
その「あたりまえ」の言葉の意味を知っている人は、何人いるのでしょう。
「がんばってね」「よかったね」「シアワセにね」「だいじょうぶ」………。
あたりまえの言葉は、あたりまえの言葉としての重さがあります。
その重さを知っている人にしかわかりません。
それでも私は、明日、言うでしょう。
「ありがとう」
と。
あたりまえの言葉の意味を、きっと彼らは知っているから。
朝帰りの影響で、昼まで寝ました。
明け方までカラオケ屋にいたのなんて、何年ぶりでしょう。
うそうそ。つい最近もありました。
3人で朝までいたことはきっとずっと覚えているでしょう。
いつか笑い話に。
そして、最後に歌ったブルーハーツをまた歌うのでしょうか。
きっと朝までカラオケは、もうしない。でしょう。
今日は、茨木で茨木にゆかり(?)人たちの飲み会でした。
といっても、ゆかりなんてホントは何にもない人たちが多いのですが。
とても楽しい会になりました。
それでも、いくら飲んでも心のなかにある「しこり」は、どうしても消えなくて。
隣りの彼女と、この先の雑誌のことを考えると、「無責任」という言葉がつきまといます。
私が彼女に残せる言葉は、もう何もありません。
それでも何かを伝える義務があるのは、わかっています。
それが最後の仕事になるのでしょうか。
今日は、2人の上司とそれぞれ昼食、夕食に行きました。
いっしょに昼食に行った上司は、今の会社での最初の上司です。私はこの上司におおいに影響を受けました。
もっと長くこの人の下にいたかった、と今も思います。
この上司の考え方を理解できて、もっともっと学びたい、と思っていたときに異動になりました。
それは、仕方のないことで。
それでもお礼が言いたくて、お昼を誘いました。
その上司といろんな話しをして、いろんなことを忠告してもらい、とても感謝しています。
たった2年でも、この人の下にいられてよかった、と思います。
泣きたくなるような気持ちを抑えて。
どうもありがとう。
夜は、今の上司を誘いました。
今の上司も私に「編集」というものを教えてくれた人です。
「編集」というより「編集の厳しさ」といったほうがいいかもしれません。
ここ数日の間にいろんなことがありすぎて、話したいことがたくさんあって、でも、話を始めるとなかなか話したかったことが話せずにいて。
それでも最後に自分の今の気持ちを伝えてきました。
それを伝えてから、「そうだ。私はこの人を尊敬していたんだ」と思いました。
帰りのタクシーのなかで、声を殺して泣いた今日の日を、私はきっと忘れません。
| 2002年04月10日(水) |
ありがとうありがとうありがとう……… |
最近、よく胸がつまります。
あたたかい気持ちが、「じか」に伝わってきます。
それは今日も例外ではなくて。
居心地がよすぎてせつなくなる瞬間が、私はとても苦手です。
それでもその瞬間を共有できる人たちがいると思うと、それは「シアワセ」に変わります。
今日はどうもありがとう。
私のなかの「自慢できる思い出」になりました。
ありがとう。
おやすみ。
会社の先輩たちに囲まれての飲み会でした。
楽しい楽しい会でした。
私は編集者です。
ただ、編集者を理解している人がどのくらいいるのかわかりません。
今の会社は、編集全般のことに携わることができます。
分業化の世の中、ある意味「ぜいたく」なのかもしれない?
編集、について、看護、について、言いたいことは尽きないほどあって。
それでも私は、目下のところは、自分自身との闘いなんだな、と思います。
どうか、つつがなく。
おやすみ。
私は心が狭いっちゅうことで。
おやすみ。
久々にのんびり日曜。
お花見のお誘いがいくつかありましたが、すべてお断りしました。
こんな不義理な私を誘ってくれてどうもありがとう。
とにかくたまりにたまった心と体の疲れをどうにかしたかったのでした。
こんな日記を書いていたら、新着のメールが届きました。
「女の子が生まれたよ」
!!
京都の北のほうで高校教師をしている親友からのメールでした。
おめでとう。
ホントにホントにおめでとう。
このメールで、今日一日のことすべてに意味ができたような気がしました。
ありがとう。
ようやく帰ってきました。
やはり楽しい取材でした。学会に行くと、一年分と言っていいほどの企画が生まれます。きっとその企画は、すべて形になるでしょう。
それはまだ、創刊してようやく企画が一巡した雑誌だからです。
切り口を変えて、いろいろできます。
これがもう10年以上経っている雑誌だとまた違うのでしょうが。
なじみの先生に挨拶しました。
みんなニコニコしていました。
帰りはなんとなくなごり惜しかったけれど、これからもきっと会えるはず。
帰りはいろんなことを考えながら帰ってきました。
いろんなことといっても、会社のことです。
人に何かを「教える」ことと、人を「育てる」ことは違うと思っています。
それは、私の甘さ、なのでしょうか。
時代に合わせて医療が変わっていくように、時代に合わせて「教育」も変わっていくべきなのでは。それは社会人教育も同じように。
と思ったことが、私の決断を早めてしまったのでしょうか。
私の知っているすべてを教えたかった隣りの彼女は、まだ、すべてを知るには早すぎたのかもしれません。
ところで、やはり家はいいですね。
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