題名の無い思い

日記が全然書けてない事態。
忙し病は続いてます。
先週はまるまる一週間ストックホルムに行ってきました。
ホストファミリーさんがギリシャに行っていたのでお留守番を兼ねてなのです。
ストックホルムは大きくて(なんたってうちの街の100倍だし)
買い物も一杯出来て、綺麗な建物も見て、日本語も話せて
(日本の交換生の友達のところに行っていたのです)
すごい幸せだったんだけど・・・
その友達はホストファミリーと凄い仲が良くて、ハグを顔を見るたびにしてて。
そういえばハグ、されたことが無いな・・・って意識しはじめてから
ものすごく悲しくなってきた。
ギリシャに付いてく?って言葉が一言もなかったり
チケットのお金払ってくれた時、払うよって言ったら
「Go Awayっていってるんだから、
このチケット持ってどっか行け!ってことなんだから」
と(あくまでも冗談でだけれど)言われたり
ホストブラザーの最近よくやる、私の部屋のドアをばたんと閉めることとか。
そうしてくるとぼんやりと「帰るの辛いなぁ」と考えはじめて
それを言葉にすることで余計に悲しくなってきて。
お母さんに電話しなよ〜で元気貰いな!ってその子に言われて
そっかぁ〜それもいいかも、と電話してみたら
思ってなかったことまで色々吹き出してきて。
何度も何度も泣いて、初めて親の気持ちも聞いて。
「お母さんも私シック?」て、涙も治まった時に、冗談ぽく聞いてみたら
「当たり前じゃない」と涙声で言われてまた涙が溢れてきた、今度は嬉しくて。
そうやってストレートに気持ちを出すことになれていなかったから
涙で全部出して、涙から生まれた悲しさも寂しさも伝えてしまって。
電話の後は笑ってホストファミリーさん達を迎えられたと思います。
帰ってきたホストファミリーさん達は(というかファザーさんが)
あんまりに普通で、あんまりに優しくて、あんまりに居心地が良くて
なんでこんな事忘れてたのかなぁ・・・と思いました。
ストックホルムにいる時から思っていたけれど
人の感情の表現方法はそれぞれ違ってて、一定じゃないって。
1週間ごときで忘れるなんてバカだなぁって安心しました。

今日親からメールが来ました。
電話一度もかけてもらったことなかったり、手紙も送ってくれたことなかったりで
メッセンジャーとメールと私からの電話でしか伝わってこなかった気持ちが
電話で過剰なほど伝えてしまって、また伝わってきて、
「心配してるに決まってるでしょ、皆で応援してるんだよ」と
電話で言ってくれた言葉が文章一杯にそうなんだよ、と主張しているメール。
学校の中でなのに不覚にも涙をまたこぼしてしまいました。

こっちにきてよかった。
私の居場所がちゃんと見えてよかった。



それにしても、私は恐ろしく記憶力が悪いみたいです。
なんでこんな簡単な事を忘れるのかな。
大事にしていた些細な暖かい思い出までゴミに出してしまいそうで
今日はこうやって久しぶりに日記を書いているのです。
誰も読まないかもしれないけれど、それでも。
2002年05月27日(月)

忙し病

ハハオヤが7月、こっちに来て、いっしょに帰る事になったので
電車だ船だホテルだのの予約に西奔東走する毎日です。
電話でのスウェーデン語もなんとか慣れてきた自分に少し嬉しい今日この頃。
簡単な語句で済んでしまうんですけどね。

今日はクラスメイト2人が家に来ました。
ベジタリアンの彼女たちに日本食を食べさせるのにはかなりドキドキしました。
基本の味が魚だって事からして困りモノです。
精進料理の作り方を今度齧ろうと思う私。
結局、海藻サラダ(乾燥)とハヤシライス(粉末)に落ち着きました。
ハヤシライスの「牛脂」という表示に脅えつつも
反応は上々で一安心でした。
日本のビデオを鑑賞したりもする。
訳しろという指令はほぼ果たせなかったのでした。
サルのように手を上下させて必死になっていた日本人。

あ、日本のビデオって、日本から送って貰ったモノです。
ちょっと豆知識。
最近のビデオデッキは優秀なのか、規格の違いを修正してくれるようです。
というわけで日本のビデオでもこっちで見られる!
1年ぶりに「学校へ行こう!」見ます(笑
2002年05月15日(水)

夜中にて候

えー今日やっと警察行けました。
15時までなんて怠け過ぎです警察。(言えた義理では無い)
船のホテルに電話したら2ヶ月先もう満室です。
友達から電話あって急遽遊びに行ってきました、8時から。
10時半になっても明るいのって一種の詐欺だと思います。
ネットはあいもかわらず夜中にしか繋げられません。
まあ健康的になって良いのでしょうけれども・・・

取り留めなさすぎです。
良いの、日記なんだから。
2002年05月13日(月)

激しくお久しぶりです

さて、ここに書くのは何週間ぶりでしょうか?
忙しくなればなるもんですねー。
今週はやっと一息つけましたよv
っていっても何をしていたかといえば、旅行だったんですけれどもw
4月26日にデンマーク、29に帰ってきて5月1日から
今度は南スウェーデン、マリェスタッドに行き、金曜うちの街に帰ってきたものの
そのまたすぐに家にも帰らずロータリーの会合しに北に行ってしまったものでw
フリーになったのは・・・一応5日の時点なんですけどね。
さすがに疲れでダウンして、一昨日昨日ようやく回復したと。

さすがに2週間分の日記を埋める気にはなれなくなってしまったので
空白には目をつぶることとします。

でわでわ今日はこれから子ども達と11時半までいっしょにいて
(っていっても勝手に遊んではるでしょうが)
その後は銀行、郵便局、警察、お菓子作って、誕生日会に行ってまいります。

私もいろいろと忙しかったんですね〜なんか感動w


あ、なんかサル便、って検索かけてこの日記を見てくれた人がいるようなので
私が知りうるサル便についての情報をお教えしましょうv
・2キロ位に小分けするのがいいらしい
・バラける可能性があるので、中身を一まとめにして袋にいれておく
・本は書籍郵便に別分けしたほうがいいらしい
・届くまでの期間は大体5日〜1週間とちょっと。
(余裕を見て2週間だと思っていればいい。)

親は私のこの留学期間中に大層パッキングが上手くなりましたとさ。感謝。
2002年05月10日(金)

改行する時間が無いです、おやすみなさい・・・(午後3時半再び)

今日はフォームのレッスンの替りに
講堂(アウラン)で音楽のコンサートがありました。
ミュージックコースの3年生達が出演して、ポップス、ハードロック(ヘヴィメタ
ル?)、メンバーが入れ替わり立ち代わり演奏、1時間程のコンサートです。
スウェーデンはヘヴィメタルが人気らしく、ライブでも見たし、男の子は大抵ヘ
ヴィメタのバンド組んでます。長い髪を演奏の時に振るようなパフォーマンスは
あんまり好きじゃ無いんですけど・・・
照明が後ろからだけしか当たって無い時とか、黒いモノが頭で揺れてて結構怖い
です(笑
(結構スウェーデンでは髪を黒に染める人が多いみたい)
私は気に入ったモノだったらなんでも好きな人なんで、楽しがってずっと聞いて
ました。歌詞はほとんど判んなかったんですが・・・
(英語がほとんどなんですけどね、こっちで唄われるのって。でも音楽に乗せたら
判らなくなると思いません・・・?私だけ・・・?)
バイオリンとギター・ドラムは意外と相性が良いです、聞いてて気持ちが良かっ
た!
にしても、こっちではやはりというか、先生も積極的に協力してるんですよね、
自由にやらせてて。
これが日本の高校とかだったら、「風紀上・・・」とか言い出しそうで
凄いなぁ〜と思ってました。それとも日本がおかしいだけなのか。
結構知った顔もいてて、友達のパーティにいた男の子が3曲くらい、
同じところに住んでいる、挨拶位はする女の子が最後2曲歌ってました。
その女の子、す〜っごい上手かった!
・・・こないだ行ったライブよりも格が上な気がしました。
生徒とは言っても、毎日のように音楽の授業受けているから・・・
なんかちょっと感動でした。

今日も日本人に会いました。
ロージィの家に遊びに行って(エイミィにイナキと友にくっついていったのです)帰
りに「ノブっていう日本人がいるけど今から会いに行く?」と聞かれて、折角だ
からと行ってみたのです。
ノックして出て来たのは、確かに日本人。
大学を卒業してこっちに来た沖縄の人だそうです。日本から離れたかった、とか
聞きました。その気持ちは私には判らないけれど・・・(少し、なら判るかな?)で、
ボランティア出来る場所を探して、そこを見つけた、と。去年の7月に来て、1年
間滞在を申請してて、1年延長したけれど、他のところに移る予定だ、ということ
だそうです。ロージィに後から聞いた話によると、数人とあまり仲が良くなく、
今も少し特別な部屋に住んでいるんだとか。私の事も聞かれました。どこから来
たの?から始まって、なんでここにいるの?何を勉強してるの?学校楽しい?な
どなど。3分程会話して、会話が途切れたところで(皆理解していないので他の人
と話す時は英語を使わないといけない)さようなら、しました。

夕食の後、今度は別の友達、ムアの家に行ってみました。CDをコピーしてくれる
&私も彼女に貸すというので、「何時でも来ていいよ〜」と言われていた言葉に従っ
て、夜の8時半に家を出発です。(あう、でもそんなに珍しい事じゃないんですか
らね、スウェーデンでは。念の為・・・)しかし家まで来たはいいものの、灯も一
つもついていない。チャイムを押してもやはり返答なし。はあ・・・と諦めて帰
路についた途中、バスから降りてきたムアとそのお友達にばったり会う事が出来
たのでした。そこから1時間程お喋りして、家においでよ〜と言われて、30分程今
度は家の前でまたお喋り。家の中に入って、またお喋り。時計を見ると11時前。
慌てて家に帰ったのでした。
そのお友達が今度の日曜日誕生日だ〜というので、ちょうど鞄の中に入っていた、
日本の小さな手提袋をあげました。かなり喜んでくれて、よかった♪
にしても、ムアもそのお友達も、日本について色々と興味を持って質問してきま
した。こんなに私は他の国に興味をもってるかなぁ〜?っていう程。下ネタが時
折入るのには対応に困ったんですけど(笑
それもスウェーデンスタイル、結構普通に話題にする人が多いです。

11時過ぎに家についてからは、ひたすらパッキング。その後この日記を書き始め
て、結局日記に1時間程とられてしまったような・・・なんか本末転倒な気も多い
にしますが、気にせず寝る事にします。おやすみなさい・・・
2002年04月24日(水)

3人のさまよえる日本人

何故か眠くてちょっと胸が気持ち悪い。(風邪か?)
エイミィに手で熱見て貰ったら暑かったらしい。
でもイナキ(メキシコの子)の手触ったらおんなじ位だった。
とりあえず今日は早く寝る事にする。明日早いし。
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今日はスクータンという喫茶店に行ってきました。
うちの街の交換学生達4人で、です。
一人だけエビパンを頬張る私。マカロニ脱出を目論む(笑
ところがそこで事件勃発です。
食べ終わって皆で話していると、入口の方からアジア人、
しかも明らかに日本人顔の人達2名がこちらへ向かってくる。
あれ?あれれ?とその行動を目で追っていたら。
「こんにちは〜!**(私の名前)さんですよね?」
え、え?え!?と混乱する私。何が起こったかさっぱり。
向うの説明(勿論日本語)にオーストラリア人に助けを求めてしまった程(笑
かなりに混乱してました。多分半分位理解してないです、日本語なのに。

結局、その人達は、デルスポという、うちの学区内の、ちょっと遠いところに
1年間派遺されて人々の世話をする(青年海外協力隊みたいなものかな?)人達なの
でした。
そして、同じ職場にエイミィの友達ロージーという子が
お母さんが勤めていることから彼女達と親しく、私の事を話したところ、
「是非連れておいで〜」という話になった、と。
その話は前に聞いていたので、すぐに合点がいきました。
彼女達はちょうどフィンランドに旅行から帰る途中で、
バスを待つために喫茶店に寄ったところ偶然見かけて声をかけたということでした。
1分程話をして、「また是非いらしてください〜」と言われ、別れました。
勿論周りの英語圏、スペイン語圏の皆さんは目を丸くしてましたね(笑
いきなり訳の判らない言葉を話し出す日本人3人。

にしても、人口3万人程の小さな街で、
偶然ばったり日本人と出くわすとは思わなかった。
1億2000万って大きいなぁ・・・と改めて実感しました。
あんまりに混乱&興奮していた私は、
ホストファザーさんに「日本人って世界中にいるんだねっ!」
電話に出た2人の日本人交換留学生に「凄いよ凄いよ聞いて聞いて!!!」
と巻くしたててしまったのでした。
2002年04月23日(火)

贅沢

さて、日記を書いていて寝不足になった今日。
テクスティルの時間でなんとなく気持ち悪くなってきました。
帰りのバスの中で編み物の続きをしようとした罰もあたり(ぐえ)
家に着いた頃には「もう・・・寝る・・・」な気分だったんですが
編み物明日までに終わらせないといけないので寝る訳にもいきません。
(火曜日談→結局来週の火曜に補講を受けることになりました)
メリヤス編みじゃない編み方で編んだ鞄につける肩紐が今日の宿題。
パソコンに向かいながら続きを編んでいると(ながら編み、です)
「電話だよ〜」とのホストファザーさんの声。慌ててとりに行きます。
電話はリンジィという、同じ地区のアメリカ人の女の子でした。
これといって仲良くもないし、電話かけてくるのがとても不思議で
「え?う?あれ?」とか変な声ばっかり口に出してましたが
10秒の後漸く「あれ?なんで電話かけてきたの?」と聞いてみる事に成功。
曰く、木曜日、彼女の住むところ(10Swidishmile=100km位の所)でパーティがある。
ヤポンスカクヴェル=ジャパニーズナイトという名前のパーティだ。
5人程日本から日本人が来て、日本の事を話して、日本料理を食べるらしい。
こういう理由であなたも来たら楽しいのではないかと思う。
(随分固い文章だなぁ・・・)
勿論!とカウンセラーさんの電話番号を聞いて、電話を置いて、
ホストファザーさんにご連絡。
「聞いて聞いて!ボルネス(彼女の住むところ)に日本人来るんだって!」
かなりうきうきしていた私とは対照的に冷静なホストファザーさん。
「ボルネス?1日だけ?勿体無いよ!もっと長くいるなら別だけど、
帰りは?泊まってくるの?」
「う〜、判んない」
「もっと詳しく聞かないと」
実は私、デンマークに行く予定も本決まりで無いものの入っていて。
「デンマークの子の件の方に先に電話かけてみる!」
日本で同じ地区の子と、オーレで会った子と、3人でこれまた日本で同じ地区だっ
たデンマークに住む子のところに遊びに行くという約束。
木曜の夜から行って、月曜に帰って来るというもの。
デンマークに行く金曜のお昼に駅にいれさえいれば良いので、無理すれば両立出
来るのです。
「そうなん?決まったらまた電話してな」

悩んだ末、ボルネスを蹴る事に。しかし。
予約しようとホームページのチケット代の画面の前で固まる私。
「高過ぎる・・・!」
1200クローナ。16000円程。高い。高い!
ホストファザーさんは「諦めて次のにしたら?」と進言してくれる。
スウェーデンでは早くとれば取る程安いチケットが取れるということは聞いてい
た。
1週間より前に取るとかなり安くなることも。
スウェーデン人は皆正規の料金なんか払ったことはないそうだ。
だけど、帰り(月曜日)のチケットの、500クローナ、という表示には驚いた。
700クローナも違うんですか!?割り引きにも程がある。

金曜の早朝の電車は800クローナでした。
休日のチケットは平日よりも安い、そうな。(金曜も休みに勘定してくれるみたい
)
これにする!こっちにする!と瞬時に決めて、ホストファザーさんに電話をかけ
て貰うことに。
学生という身分も利用して交渉して貰うと、
往復でなんと800クローナにまでなりました。
今日買いにいかないと次の人に渡ってしまうとのことで、
後15分で閉まってしまうショスクに滑べり込み。
チケットゲットです♪

と、いうわけで何が言いたかったのかと言いますと、
木曜から月曜まで旅にでます(また・・・)ということです。
あの後そのカウンセラーさんに電話したら、泊まったら良いよ〜との事だったの

泊まって朝そのまま南下致します。

わ〜!なんか来たての頃、「暇で暇で仕方がないです」って言ってたのが嘘みた
いですね。
5月始めもウスタシュンドで会合だし、5月半ばにはホストファミリーさん旅行の

ストックホルムで居候(多分)だし、6月からは20日ばかりヨーロッパ旅行。
贅沢過ぎて骨が抜けそうな予定。日本に帰ってからの受験生の充電期間というこ
とにしときます。
2002年04月22日(月)

雑文気分 / aqua

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