東京の片隅から
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この前の鳥取の地震で、投入堂周辺にもだいぶ被害が出たらしい。大山も火山だし三朝にせよ羽合にせよ玉造にせよあの辺は温泉だらけ。要するに地震がいつあってもおかしくないのだが、今回の被害はかなり大きいらしい。 あの拝観道(登山道というかもはや崖。鎖場とかある)にも損傷があるとのこと。当分入山は難しそう。 これから寒くなるから入山者は減るだろうけど、それでも投入堂と一連の建造物は必見。 今後なんとか無事に拝観できるルートが維持できるといいなと思う。
沖縄での機動隊員による差別語問題。 20代の彼らは「差別語だと知らなかった」と釈明している。 あの言葉は死語と化して久しい。普段の生活ではまず目にしない、使わない言葉だ。とっさに出てくる言葉ではない。 そんなことばが普通に口から出るということ。 それは、彼の家庭、両親、先生、職場での上司、同僚が、日常的にその言葉を使っているということだ。 彼の年代では既に死語であっても、その上の年代は死語になった過程を知っているわけで、それにもかかわらず普通に使っている、そういう人間が彼の周囲では一般的である、そのことも問題なのではないか、と思う。 特に彼の所属が大阪府であったこと。沖縄出身者や朝鮮半島出身者が多い地域であるにもかかわらず、そういう人間が普通に育ち、言葉遣いをたしなめる大人も周囲にいない、言っていい言葉と口に出してはいけない言葉があることを文脈から感じ取れない、リミッターが掛からず口から出てしまう、そこに問題の根深さを感じる。
| 2016年10月21日(金) |
現実は小説より奇なり |
気がついたら、ウォシャウスキー兄弟が、ウォシャウスキー姉妹になっていた。
史上最低の討論会だったかもしれないが、ひょっとしたら「ロスノフスキ家の娘」がいよいよ現実になるのかもしれない、と考えるとなかなか感慨深い。
土曜日にチケット販売がサーバーパンクで?大混乱になった東京国際映画祭。 販売トラブルに該当者を対象とした再販売が今日の昼からだったのだが、案の定、またトラブったらしい。 手数料ケチって自前で不十分なシステム構築して自爆するより、素直に販売委託すればいいのに。 もういっそ「角川映画祭」に名前を変えたらどうだろうか。 「国際映画祭」の名前が泣くよ?
悪夢ほどではないが嫌な夢を見て飛び起きること数日。いろいろ疲れているらしい。今週か来週か、一日休みを取って切り替えよう。 休みを取っても、結局美術館のハシゴで走りまわるのだけど、心のリセットにはなる。
金木犀の香りが街に漂う。季節は先月だったはず、と思ったが、よく見ると確かに咲いている。二度咲きか。花の数が少ないので9月よりは淡い匂い。
子どもが一輪車の練習をしたいというので、貸し出してくれる公園まで出かける。 良い天気で、公園には子どもが溢れている。 普段はすぐ借りられる一輪車も今日は貸し出し中で、少し待つ。 1時間ほど練習。
上空を自衛隊のヘリコプターの編隊が飛んでいく。漠然とした不安に駆られるのは、あの轟音のせいか。
羽根布団を出した。一日干して、カバーを掛ける。
アゲハたちは、今日も5匹。と思っていたら6匹だった。
保育園生活最後の運動会。写真撮影係も頼まれたので、応援もそこそこにひたすら写真を撮る。連写モードで撮ったので撮影枚数が怖い。
東京国際映画祭のチケットが今日から発売だったのだが、子どもの運動会に出ている間に「クーリンチェ少年殺人事件」デジタルリマスター版は完売したらしい。もっともチケット販売自体ぐだぐだで阿鼻叫喚だったとのこと。 映画は来年角川シネマで公開らしいので、一般公開を待とう。四半世紀ぶりの公開。前回(日本最終上映)のときは有楽町再開発前のシネ・ラ・セットで、かつ、フィルムが途中で中断するという状況だったのだが、デジタル化されたので今度こそちゃんと見られるか。問題は40を超えた自分に4時間の映画を見る体力気力が残っているかだ。
日が落ちるのが早くなった。 帰宅するとすっかり夜。 洗濯物を取り込んでいると、かすかな物音。 ぷち。ぷち。ぷち。ぷち。ぷち。 アゲハの幼虫が蜜柑の葉を食べる音だ。 蜜柑の葉は分厚いので、噛み切るときに強い音が出るのだろう。ツマグロヒョウモンたちがスミレの葉を食べているときにはもっと軽やかな音がする。 洗濯物を取り込みながら、ぷち、ぷち、ぷち、ぷち、という規則正しい音を聞く。
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