東京の片隅から
目次|きのう|あした
このところ急に鼻づまりがひどく、鼻呼吸ができないときも。 認めたくないが、ひょっとしたら花粉症を発症したのかもしれない。 姉妹が花粉症だし薬などの副作用も出やすい体質なので、発症の可能性は普通よりも高い、とは言われている。
今週末群馬に滑りに行くのだが、果たして雪は残っているのか。ダメだったら温泉でだらだらするか。
ネットサーフィンでpixiv百科事典にたどり着き、戯れに開いた「おっさん」という項目で、
もしかして →平沢進
に爆笑してしまった私はたぶん悪くない。
一つ歳を取ったけど、だからといって特に何も変化はないのであった。大人なんてそんなものだ。
YouTubeでスネークマンショーを見てゲラゲラ笑う5歳児。 本当に意味がわかっているのだろうか、と疑念はあるが、終わると次のを探して見始めるところを見ると、わかってるんだろうなぁ・・・。
まーさんがバイクの部品(ジャンク)を一山いくらで買ってきてにやにやしている。 一山いくらだから何に使うのかわからない部品もあるらしい。大丈夫か。
| 2016年03月01日(火) |
「2001年宇宙の旅」 |
実は読んでいなかった名作を読もうシリーズ(前回はアシモフ)、今回は「2001年宇宙の旅」。 映画のイメージが強すぎて果たしてどうなるかと思ったが、やはり映画、特に音楽がフラッシュバックする。キューブリックすごい。 冒頭から、ちゃんと映画を見ていない私でも脳内に「あの音楽」が鳴り響く(笑)。
「地球幼年期の終わり」と同じニオイがするのは書かれた時代が近いからかな。でも「2001年」のほうがより詩的で音楽的。 最後に響くのはバッハのゴルトベルクか。ハープシコードの小さな美しい音色が(あれは本当に音が小さい、全身全霊を傾けて壊れ物に触れるように鍵盤に指を落とすのだ)土星の果てに消えていく。 ストーリーとしては若干尻切れトンボ気味で、やや消化不良。これは「2010年」も読めと言うことか。
余談。作中に「地球の人口が60億人、そのうち中国が20億人」という記述があって、現実はちょっと違うのだけど、奥付を見るとこの作品が書かれたのは1968年。一人っ子政策が始まる前だから、当時の人口推計(いや、中国の統計が当てにならないのは常識に近いのだけど・汗)からするとかなり精度の高い推計なのではないかと思うのであった。
12月初旬からずっと引っ張っていた案件が無事終了。気が抜けた。 いや、レスポンスが遅いのは私のせいじゃないよ!と英文メールを見るたびに胃がキリキリ。憂鬱な年末年始を越え、最終期限ぎりぎりに何とか滑り込みセーフ。 しかしこれから年度末に向けて同じような事態が続発するんだろうなぁ・・・。
今年の折田先生像をインターネットで見た。 ここ数年造形がちょっと残念なのだが、今年も図工が得意ではなかった人が作ったんだろうなあと言うのが第一印象。 あのキャラクターを作るなら「つるりとした丸さ」をもっと追求して欲しかったわけで、そういう意味ではもうちょっと頑張って欲しいと部外者は思うのであった。 自分の遠い記憶を辿ると、ああいうものは風船やバランスボール(なければ新聞紙を固めた球でも)等を芯にして紙を張り込み、紙粘土を水でゆるめてパテ代わりに塗り、乾いたらストッキングで磨けばつるつるになるはずだ。たぶん。 コメントのエッジは去年よりはいいような気がする。「コピー&ペーストに尽力」って、ひょっとしたらアレですかね、何とか細胞。
今日も起きていられず、午後1時間だけ眠らせてもらう。春は疲れる。
昼間どうしても起きていられなくて、30分だけ眠る。疲れている。
|