東京の片隅から
目次|きのう|あした
まーさんが「大型バイク欲しいな」と言い出した。まぁ大型免許取りに行きたいと言っていたときから想定内ですよ、いつも最初はそうでもないんだけど途中から欲しいってなるんだよね。 でも、家を買ってからタイヤのついた乗り物いくつ買いましたっけ。 自転車2台、腐ってた原付をフルレストア、中型を1台。これ以上どこに置くんですか。自転車も原付も中型もあまり乗っていないのに、誰が乗るんですか。 普段忙しいから、休日くらい自分の好きなことをしたい気持ちは分からないでもないんだけど、でもそれは私も同じなんですよ。子どもの世話も親の話し相手も嫁に押しつけて自分だけ楽しくお出かけですか。 春からこっちあちこち体調が悪いところに加えてこのところ子どもに手こずることが多くて精神的に疲れているときにこういうの言われるとなぁ。 相手間違えたかなぁってちょっとだけ思うんだよね。
今日は家のビニルプールで遊ぶ。 梅雨明け宣言が出たが、実際には台風で梅雨前線が動けなかったから梅雨明け宣言が出せなかっただけでもう1週間前から梅雨は明けていてもおかしくない天気だった。
今関西でやっている展覧会が関東にも巡回しないかと調べたら秋になってから館林に来るらしい。 館林と言えばこの時期関東地方のニュースで「今日の関東地方の最高気温は館林で○○℃でした」みたいに報道される内陸の暑いところだ。 展覧会が秋で良かった。美術館は駅から遠く、バス便も少ないらしいので、夏だったら行くまでに倒れる。
近所の公園のじゃぶじゃぶ池が今日から開放。 午前中に行ってみたが、初日なので空いている。しかし、水がまだ冷たく、1時間ほどで撤収。 近所なので「じゃあ辞めよっか」で気楽に行かれるのがいい。
空にはマグリットのような雲が流れる東京。 でも西日本は大変なことになっている。
暑気払い兼歓送迎会は、日程調整まで終了。 同じ部署の某おじさんがなぜか店選びに情熱を注ぎ始めたので、これ幸いと店選びを振ってみる。連休明けにどうなっているか、乞うご期待。
台風が来るというので濡れてもいい鞄、レインブーツ、長い傘というフル装備で臨んだら、行きも帰りも全然降らなかった。 みんなそんな格好だったので街中でも浮くことはなかったのだが、謎の敗北感に襲われる。
会社の健康診断。 前夜からの空腹と渇きのせいで、バリウムが妙に美味しく感じるのは私だけか。 私の場合、バリウムはそれほどつらいと感じないのだが、そのあとの下剤&トイレ攻撃が地味につらい。
私にとっては今年初めての蝉の声。まだ下手。 暑い。もはや漢字は「熱い」のほうがぴったり来る。このまま梅雨が明けてしまうのか、それとも台風が来たあとにもう一度前線が活発化するのか。 そして、ノースリーブのカットソー、クロップドパンツ、ビルケンシュトック、アップにした髪。今からこれでは真夏になったらどうするのか自分。
会社の女子トイレで、どうも、用を足したあと手を洗わない人がわりといる気がしてならない。 個室のドアの開閉音→洗面所に水が流れる音→女子トイレ全体のドアの開閉音、と音が続くはずなんだけど、真ん中の音が省略されている人がちらほらと。 うちの会社のトイレはどのフロアでも個室2つが基本だからそんなに広くない。「洗面所の音が聞こえなかった」という選択肢はないはずなんだよね。それに個室内に手洗いはない。万一「聞こえなかった」としても、ドア二つの開閉音の間があまりにも短すぎる。 女子校生活10年で幻想は抱かなくなっているけど、それにしても、ちょっとどうなのよ。まぁトイレットペーパーがなくなってもロールを交換せずに平気でいる人がいるくらいだから(ちなみに新しいロールは背後の棚に常に満杯)、そんなものなのだろう。
アシモフ「はだかの太陽」読了。ロボット3部作は、第1作だけ読んで放り出していた。だってミステリィ系あまり好きじゃないんだよー。ルパンとホームズと乱歩は読んだ、クイーンもかじった、でもポワロやクリスティはどうも入り込めなかったんだな。結局のところ、私が好きなのは冒険小説・幻想耽美系であって推理ものじゃないんだな。 それから四半世紀、ハヤカワが新訳を出したので買ってみたのだが、妹の廃棄本の山からもらってきた積ん読の山にもあったことに気づく。こんなん2冊もあってどうするんだ(苦笑) 推理ものとしては正直微妙かも。謎解きものを読み慣れていない私でも途中でおおよそのトリックは分かってしまう。でも謎解きは本筋じゃない。 それ以上にソラリア社会の表現が面白い。ロボット=人じゃないから裸体(身体表現)に無頓着なところは、「召使いは人間じゃない」から召使いの前で平気で裸になっていた中世〜近世のヨーロッパ貴族社会を思わせる。直接対面を極端に避けるのになぜか結婚というシステムがあり、出産がコントロールされているのに受精卵に至るまでのあれこれは現代の我々と変わらないかより古い。まぁ、この作品が書かれた当時では人工授精が現実的じゃなかったからだと思うが、出産=世代交代を実現するためにやむを得ず存続させたのか、それとも作者もそこまで本能を否定できなかったのか。「子ども」ということばがタブーになっている(その前提条件を想像させるからだろう)こととか、その矛盾、捨てきれない生物としてのサガが興味深かった。 そしてどうしても同質社会からはみだしてしまう人はいるんだな。そういう人に対する救いがあるのはほっとする。
「アイ・カーリー」というアメリカンコメディをEテレでやっている。 どこが面白いのかわからないところもあるのだが、子どもはあのドタバタ感が好きらしい。 ときどき「『あばれんぼう』ってなに?」(主人公の友人(女子高生)がけんかっ早い物理で物事を解決するタイプなので、彼女の枕詞)などと、新しいことばを仕入れたりしている。
今日の番組は、主人公が二股を掛けられている展開。 二股を掛けている男は、主人公ともう一人の彼女に同じプレゼントをあげて「世界に一つだけだよ」とささやく。 それを見ていた子どもが「『せかいにひとつだけ』じゃないじゃん」と即座にツッコミ。 そうかーちゃんと話の展開を理解しているんだー。 「こいつ(二股男)うそつきだよ」とご立腹であった。 10年後そういう人に引っかからないように頑張ってください。
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