東京の片隅から
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夜明け前に家を出発して、いつものスキー場へ。特に渋滞もなく、オープン直後に到着。 午前中は子どもをスキースクールに入れて、親は別行動で滑る。 平日だから生徒は2人きり、順番が回ってくるのが早く、終了間際には疲れて半べそ状態だがなんとか頑張った模様。 午後、子どもが眠たがるので、畳の休憩室でほぼ徹夜(前夜は終電帰宅)のまーさんと子どもは昼寝。私は一人で滑る。 3月にしては雪質が良いので、大回りでエッジを切る練習をする。緩斜面だと出来るんだけどね、中級者コース以上のところだとビビリが出てダメだなぁ。もっとタテに降りる意識が必要。
もう4年、まだ4年。 あのときは育児休業中で家にいた。ずっとテレビを見ていた。 テレビの中の映像がまるで現実感がなくて、呆然としていた。 影響を実感したのは当日よりも実際に生活に支障が出始めた数日後から。 それでも、毎日計画停電はあったけど、わりと冷静だった気がする。 パニックを起こしても何もならないし、放射能を懸念して関西などに避難した人のニュースも出てきていたけど、義父母の実家が宮城県内にあってもっと被害が出ている現状で(人的被害はなかった)、自分たちだけが避難するという選択肢はなかった。 毎日家の中にいて、それでも毎日暖かくなり花はほころび春がやってくる。窓を開けなくてもそこから見える猫の額ほどの庭の楓は芽吹き、花は咲き、蝶が飛ぶ。 延期されていた保育園の入園説明会もあって入園準備を始める。4月になったら会社に復帰する日が近づく。 やらなければならないことがあること、季節が冬から春に移りゆくタイミングだったことで、必要以上に不安に飲み込まれなかったのだろうと思う。
昨日の原画展に行って思ったのは、肉筆画だから「原画展」なんだよね、ということ。
今多いパソコン描画そのものを否定するつもりはない。UNDOやコピー&ペーストの素晴らしさは日々の事務仕事ですら痛感している。自分の行動に「あぁ!今自分をUNDOしたい!」と呟いてしまうなんてしょっちゅうだ。 パソコン操作する前に手書きで下絵を描いてそれを取り込んで作業する人もいるだろうし、そもそもネームも存在もあるから、そういう意味で「原画」というか「下絵」は存在する。 でも、パソコンソフトで作ってデジタル保存してある原稿は、何枚でも印刷できてしまうのではないか? そうなったら「作品展」ではあっても「原画展」ではないんだろうなと思う。
私はもともと絵描きだから、トーンの指示や消しゴムのあとや書き直しの線や色むらや、そういう「生の絵」が見たいから原画展に行くわけで、それが全く削除された完成形のデジタル画だったら見に行かないんだろうなぁと再認識した次第。
やはり自分は根っからのアナログ派なんだな。子どもが大きくなったらまた単色プリント+手着彩の年賀状に戻したいくらい(笑)。そのときは版画でもいいな。
午前中、友人と待ち合わせて有楽町へ萩尾望都の原画展を見に行く。単行本が今回新たに文庫化された記念らしい。 平日の午前中なのにギャラリーは人でいっぱい。みんな自分たちより年上。そうだよねぇ。 年代を追っていくと、最初は透明水彩?で段々カラーインクになっていったのかなという印象。 瞳の着彩が独特で魅入られる。 筆で塗っているからムラがあるんだけど、最近多いパソコンで着彩のアニメ的というかエアブラシ的なカラー絵とは対極的で、萩尾さんの絵柄にはこちらの方が合っている。
あまり時間がないのでお昼ご飯を食べながらちょっとだけヲタク話。今度会うときはもうちょっとゆっくり話そう。
慌ただしく別れて、保育園の保護者会。電車を逃して、ちょっとだけ遅刻。 今年の総括。クラス的には特に問題もなかったとのこと。 そのほか、来年度の予定や必要なものあれこれ。鍵盤ハーモニカが必要になるらしい。園でも斡旋するけど水色だから、他の色が良ければ個人購入でも構わない、もちろんお下がりもOKとのこと。小学校でも継続して使うが、指定スペックならメーカーは不問だそう。 自分の時は小学2年のときだけ使った記憶があり、本体は学校にあったので、吹き口だけ購入した。
帰宅して調べたら、価格帯が2種類。どうしたものか。いい物を買った方がいいのか。 いろいろ調べてみると、安いものは品質にばらつきがあるから通販はお薦めしないとのこと。そうだろうなぁ。 まぁ4〜5年は使うんだろうし、使用年数で割ればそんなものだろうな。
義父が食事に使っている箸が気に入らなかったのか癇癪を起こしていきなり捨てたのは数日前。 一緒に食べていたこちらは目が点。 「誰だこんな箸買ってきたのは」と怒っているので「自分だと思いますが」とばっさり斬ってみる。(ちょっと気分がすっきりしたのはここだけの話) 「俺じゃない」と言い張るが、一ヶ月に一度くらいしか家の外に出ない引きこもり系主婦の義母が一人で出かけるわけはなく、そもそも長年愛用してきて傷んで処分した箸が短くて太くて角張っている箸なのにそれとは真逆の長くて細くて丸い箸を買ってきたなら使いづらくて当然。
で、その後何日も経っても新しい箸がお目見えする様子はない。家にあった適当な角箸を使っている模様。 まぁそれならそれでいいんですが、さらに展開が。 食卓に並んでいた自分のご飯茶碗を見て、「これ俺のじゃない」と言い出したのが昨日。 こちらはまた「自分のですよ」と斬る。またまた「いや違う」と言い出して食器棚に行くも、当然自分の茶碗はなく(なんせ食卓に並んでいるのだから)戻ってきたものの納得していない様子。 その茶碗も何年も使ってますけど? 大丈夫かなぁ・・・。
人形をしまった。片付けついでに納戸の整理。義父によっていろいろな不要品がいつの間にかしまい込まれており、さながらミニゴミ屋敷。 もう絶対使わなさそうなものも入っているが、全て捨ててしまうと本人のアイデンティティに関わるだろうから、思い出のなさそうなものだけ捨てる。 ペット関連のあれこれは収納場所を独立して設けてあるのだが、そこにしまうのが面倒くさいのか、段々あちこち浸食してくる。今回も棚にブラッシング道具一式が放置。 もともと整理整頓が下手でとりあえず奥からぎゅうぎゅう詰めにしてしまう(前の家でもそうだった)上に、年齢の成果いろいろ面倒くさくなってしまって仕分けが出来なくなっているんだろうなぁ。
「フランス人は10着しか服を持たない」という本が話題になっている。 書評などを読む限り、ファッションの本と言うよりも、生き方・暮らし方のスクラップ&ビルドというか、断捨離かつ自分のステップアップ(笑)の啓発本なんだと解釈。 最近こういう本多いな。真正面から「捨てましょう!」とやると抵抗感がある人もいるから、自分磨きの一環だと思えば受け入れられる、そういう算段かな。 もとの本はアメリカ人が書いたものらしく、『麗しのサブリナ』などのパリ・コンプレックスは未だ健在なのかなぁと思うのであった。
10着と言っても、シーズンごとに10着で、ドレスやコート・下着・靴などは含まないらしい。 日本だと春秋があるから、+10着で、年間30着くらいの感じなのかな。
で、この冬、自分が何を来ていたか思い出してみた。 ・タートルネックのセーター4枚(黒、バニラホワイト、ボルドー、ローズベージュ) ・クルーネックのモヘヤセーター1枚(灰紫) ・コーデュロイパンツ2枚(ダークグレー、モスグリーン) 平日はこれだけ。7着だ。 さらに休日専用の服として、クルーネックのセーター(黒地チェック)とジーンズ。 以上。
穴があいたり汚れたりして着られなくなった服を処分したあと買い足さないでいるだけなのだが、会社には制服があるし、時短勤務で更衣室で誰かに会う機会も少ないし、通勤の時は上着を着ているしで、さほど困らないのであった。 問題は上着でごまかせなくなるこれからの季節だ。 でも買おうかどうしようか迷っているうちに買い物に行く時間も割けずに次の季節になってしまい、結局買わない(買えない)いつものパターンになる気がする。
| 2015年03月05日(木) |
あいにく持ち合わせがなくて |
電車の中で隣に座ったお嬢さんがひたすら鼻をずびずび。 ティッシュを持っていないのか人前で鼻を噛むのが嫌なのかは知らないが、隣で聞いていてどうにも気になってしまい、でもそういうときに限って余分なティッシュを持っていないのであった。
誕生日と言っても何事もなく子どもの世話をして仕事に行って帰ってきて一日が過ぎる。 自分で自分のためにケーキを買う。 今年は会社近くのベーカリーでチーズケーキやシュークリームを数種類。 白い紙箱に店名の入った飾り紙を45度ずらしてかけ、金色の細いプラスチックのリボンを十字に掛ける。子どもの頃、ケーキを買って帰るときはたいていこういう感じだったと思い出す。そんなところも懐かしい。 中身も昔ながらの素朴な味だった。
会社で毎週定時にウイルス検知ソフトの週次スキャンがあるのだが、ヴァージョンアップして以降、退社時間までに終わらない。 たまたまその曜日の午後ずっとパソコンを使わない作業があったときがあって、そのときに立ち上げていたソフトを全部終わらせてあればなんとか時間内に終わることは確認した。しかし毎回毎回まさか半日何もしないわけにも行かない。 以前のヴァージョンでは開始時間等を自分で調整できたのだが(そもそも時間内に終わっていたのでデフォルトのままだったが)、今のヴァージョンは時間を自分でいじれないので、何回かに一度は途中で強制終了して退社する。 より詳細なチェックをすることになったのはいいけど、終わらないんじゃ本末転倒だ。
と悩んでいたら、同じように悩んでいた他部署の人から、指定されている開始時間の前に手動スキャンを始めればいいという耳寄りな情報を入手。 次回からそうしよう。
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