東京の片隅から
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帰宅の電車で寝てしまって、終点から戻るはめになった。 目が覚めたらなぜか窓の外が明るい。自分は地下鉄に乗っていたはずだ。事情を良く飲み込めない状況で電車は駅に着き、そこが終点。行き先が自分の降りる駅のすぐ数駅先で良かった・・・この路線は2県向こう行きとかもあるので、それだったら目も当てられない・・・ その駅で降りるのは初めて。車で前を通ったことはあるが駅のホームから見る景色は見たことがないので、何だか不思議な感じ。 何はともあれ、反対方向の電車に乗って、本来の降車駅を目指す。 電車は川を渡る。鉄橋のごとんごとんと響く音。なぜこれで気づかなかったのか、自分の熟睡ぶりに呆れる。 何とかお迎えの時間には間に合って一安心。
数日前の日記で、うちの子どもが通う保育園ではなぜかインフルエンザ患者が今ゼロ、という話を書いたが、それは単なる幸運だったようで、じわじわと患者が増えている。しかも年長組。 来週発表会があるので、むしろ今感染して休んだ方がいいかもしれない。
子連れでスーパーマーケットやドラッグストアに行くと、ガチャガチャで足止めを食らう。 やりたいとねだられることもあるし、ねだらないときもある。遠出したときなどは1回引かせたり。 最近のガチャガチャはいろいろな物が入っている。 漫画・アニメ関連はわかる。今放送しているものもあるし、ずいぶん昔のアニメもある。古いほうが親の足を止めるには効果的なのかもしれないし、版権が安いのかもしれないし、私が知らないだけでひょっとしたらアニメ専門チャンネルやケーブルテレビで今再放送しているのかもしれない。 生き物関連もわかる。可愛い動物だけじゃなく、昆虫や爬虫類もある。かくいう自分もトカゲを引いてみたことがある(笑) わからないのは謎のキャラクターだ。ゆるキャラならわかるが、そうじゃない、よくわからないもの。 もっとわからないのは、会議用机やショッピングカートが出てくるというもの。誰がターゲットで、何を目指しているのかがわからない。ジオラマ用?おままごと用?
このところ中高年スキーヤーの山スキーの遭難事故の報道が多い。 毎年雪のニュースでそわそわし出し、GWからが「本番」、独身時代は7月までスキーに行っていたまーさんからすると、「山スキーは冬にやるものじゃない」そうだ。 ゲレンデに雪がなくなったからしかたなく(笑)山に行くんであって、雪がある時期はゲレンデにいるべきだ、と。 冬は救助に入れない谷もあるし、下っていっても必ず民家があるわけではない。 吹きだまりにはまって出られない可能性もある。 また、天候急変は言い訳にならない。高層天気図を読めれば行けるかどうかは判断できるはずで、そういうスキルのない人間が玄人ぶって山に入るのは言語道断、と、ちょっと呆れ気味。
ゲレンデですらおたおたしている私は山スキーをする気はないけれど、例え休みがそこしか取れなかったとしても、天気が悪ければ温泉にでも入って帰ればいいんだし、所詮レジャーなんだから身の丈以上に無理してやるべきではないという気持ちは一緒。
メディアでかっこよさげに取り上げられていても、それは「プロ」が事前に滑走ルートや雪質・天候などを事前に調査した上でやっているわけで、無謀なチャレンジでもヒーローでも何でもないわけだ。誰でもやれるものじゃないんだよね。そこを勘違いしてはダメだと思う。
このところイスラム世界関連のニュースが多い。 そういえば大学受験の時、アラビア語が読めたら楽しいだろうなぁ、と、ちょっと思っていたので、某大学の西アジア専攻も受験した。合格したものの、結局別の大学に進学したのだが。 そんなことをまーさんに話したら結構ウケたのだが、でも卒業後の就職先がないんじゃないか?との質問。 うんそうだよね、アラブ世界は男性社会だから、女の出番はないと思う。でも、例えば商社とか、文化関連のところとか、表に出ないところでの就職先はどこかしらにあると思っていて、そんなに心配していなかった。
そのときはあの文字だか記号だかわからないものが読めたら楽しいだろうな、というごく軽い動機だったのだが、あとで読んだ吉野朔実「月下の一群」で、主人公が「世界で一番美しい文字だと思って」と履修理由を答えたのが、同じようなことを考えている人が他にもいると思ってちょっと嬉しかったりしたのはここだけの話。
通勤鞄の中身は、新聞、化粧ポーチ、手帳、文庫本、財布2個、定期入れ、カード入れ、弁当箱、スマホ、ガラケー、エコバッグ、鍵、名刺入れ、ティッシュ、ミンティア、ハンカチ、その他こまごまとした物。月曜日と金曜日は制服のブラウスも入っている。 今使っている通勤鞄が傷んできたので、これが納まる新しい鞄を探す。 長期戦覚悟。
敢えて希望を言うと、合皮以外。素材はナイロンでも革でも可。あと2年は保育園自転車送迎なので、カジュアルな物でもOK。斜めがけでも肩掛けでもいいが、肩掛けの場合は底鋲があるとベター(単なる好み)。外にポケットがついていると良い。鞄の口が閉まって、中が見えないような作りであること。個人的な好みだが、無地・ブランド名が表に出ていないこと。
サブバッグは持ちたくない。自転車に置き忘れて盗まれた過去があるから。弁当箱しか入ってなかったけど。
そんな話をしていたら、まーさんが「気に入った物があったら2・3個買っておいたら」と言い出す。その発想はなかった。
世間ではインフルエンザが流行っていて、同じ自治体の中でも園児の1割以上が休んでいる保育園があるというのに、子どもの通っている保育園は胃腸炎もインフルエンザも患者ゼロ。年末には若干流行っていたが、年末年始の長期休みの間に駆逐された模様。 みんなが気を遣っているのか、単に丈夫なのか。両方だろうなぁ。 もともと新交通システムが開通するまで公共交通が不便な地域だったこともあり、自動車・自転車通勤の人が多い=不特定多数と接触して菌を拾わないのもあるだろうし、交通が不便=土地が余っている=病院や老人ホームが多い=医療職のお母さんが多い(推測)から予防接種率が高いのかもしれないし、自営業のお宅も多い印象なので、無理せず休ませる人が多いのかもしれない。 何にせよ、親としては助かる。
今年も保育園では鬼襲来で阿鼻叫喚だったようだが、入所以来初めて泣かなかったらしい。群れの一番後ろから紙つぶてを投げていたとのこと。一番後ろって(苦笑) まぁそれでも泣かなかったところを見ると、それなりに成長したんだなぁ。 最近の目下の問題は食事のマナーと集団行動。 みんなと一緒に座って話を聞く等ができない子どもだったのだが、最近やっとなんとか座っていられるようになったらしい。マイペースすぎるところは両方の親に似てしまったので(汗)何とか集団生活ができるレベルには持っていかないと。これは小学校入学までの課題。 もう一つの食事マナーは、食卓にテレビがあって気が散ってしまうのが一番大きな要因。私と子ども、ふたりの食卓ならテレビは必要ないのだが、義父やまーさんがつけたがる。つけると手がおろそかになる。どうするかなぁ。 茶碗や皿を持てない、というもう一つの問題に関しては、椅子の高さを調節するのが一つ、あともう一つは夕食を一緒に摂っている義父の食事マナーの影響もありそう。 義父には、左手をポケットに突っ込んだまま食べる、引きよせ箸をする、遠くのティッシュペーパーを箸で取る、何にでも調味料をどばどば掛ける等の問題行動があり、かねてから気になっていたことではあるのだが、この際子どもにかこつけて少し五月蠅く言おうと思う。一緒に食べていて気分が悪いんだよね。
会社の偉い人が「恕」とか言い始めたので三木清の「人生論ノート」を引っ張り出して読んでるが、全然頭に入らん。 そもそもこの本は父の蔵書で、高3の教科書で「人生論ノート」をやったときに全文読みたくなって、もらったのであった。 当時から読んでも難しくてわかったようなわからないような、結論から言うとちんぷんかんぷんで凡人にはさっぱり理解できないのだがときどき嫌にカッコイイ言葉がちりばめられている、といったところで、その感想は20年以上経った今でも変わらないのであった。
通勤電車の中で読んでいるのだが、昔の版だから字が小さい。立って読むには若干無理があり、座れたときにだけ読んでいるのだが、読んでいると眠くなる(笑)うとうとすると内容はすっかり頭からこぼれ落ちてしまい、結局理解できないまま無限ループ。
風邪引きなのに子どもにつきあって強風吹きすさぶ公園へ。寒い。 それでも紅梅はほころび始め、メジロが枝に止まっている。春はすぐそこだ。 一通り遊んでから帰宅。 公園の駐車場では烏が大集会。投網でも投げたら100羽くらい引っかかりそうだ。
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