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『微炭酸ニッキ』  山崎ナオコーラ

(新たなご依頼をいただける場合、あるいは、既刊の作品についてご質問をいただく場合も、
拙著の刊行がある出版社さん宛てにメールにてご連絡をいただけませんでしょうか?
転送してもらえますので、私から返信します)。

泡とペナン島
2004年02月25日(水)

マレー半島、のクアラルンプールから、マラッカ、バトパハ、ジョホールバル、と南下しました。ジョホールバルはシンガポールとの国境の町です。ジョホール水道の向こうにシンガポールが見えました。
でもなんだか、ジョホールバルは都会風で、治安も悪いみたいで、ちょっと居心地悪く思いました。
そんな訳で、一泊しただけで、朝、思い立ち、鉄道でクアラルンプールに戻ろうとしたら、AM10時の次はPM11時しかないそうで、ふうん、と思い、バスステーションに行って、長距離バスで6時間かけてクアラルンプールに帰りました。で、そのいきおいで、KLセントラルという鉄道の駅に行って、バタワースへの寝台急行の切符、ぎりぎりでも買えるのかなと思っていたら、買えたので、寝台急行でバタワースに行って、フェリーでペナン島に渡りました。
という訳で、今、ペナン島にいます。

ペナン島は半島のだいぶ北で、タイに近いところです。
着いたのが朝6時くらいで真っ暗で、(マレーシアではサンセットは7時半くらい、サンライズも7時半くらいで、遅いです)どうしようと思いつつ、歩いてホテルをのぞいてみたら、いっぱいだそうで、でも午後なら空くから、と言うから、荷物置かせてもらって、出てきました。でもって、植物園に行って、すべすべなのや、禿げたのや、カールしたのや、からみあった木を見てきました。それで今、これを書いています。

みなさま元気ですか?
天気予報を見ると、KLは最高温度34度なのに、TOKYOは最高温度13度なんて言っていて、信じらんないな、と思います。コート来てるんでしょうね。
こっちは太陽のせいで、泡芥になりそうです。

マレーシアの通貨はリンギット。物価は、私の感覚だと、2分の1から3分の1くらい。
たぶん人口の半分がマレー系、10分の3がチャイニーズで、10分の2がインド系の人なんじゃないかと思います。
他民族国家で、私は顔がチャイニーズ風だから、街からもあんまり浮いてないように思います。英語やマレー語も、片言でも、様々な言語の飛び交う国だから慣れているのか、耳を傾けて聞いてくれます。(笑われるけど)
でもうまくいかないこともあるし、小心なのでときどきつらいです。
だけど、なんとか元気に日本に帰りたいものです。



マラッカのジャランジャラン
2004年02月17日(火)

ジャランというのは道のことで、ストリートの名前にはジャランナントカという名が付いている。
そしてジャランジャランと繰り返すと、散歩の意味になる。

私はジャランジャランの日々だ。

ブーゲンビリアやハイビスカス(マレーシアの国花)が咲く。

私の心の中を見ると不思議だ。
トライショーのおじさん。
人に自転車を漕がせるということ、
待たせるということ、暑がらせるということ、
そんなことにとても気を遣っている。
その裏で、この親切も私のお金のためなのだ、と思うと、
「この人にとって、私って何なの?」
と、まるで恋人のようなことを思う。

100RMもあげてしまって、次の日も町で通りすがると手を振り合う。
でも、私がトライショーに乗っていたときも、
いろいろな人に挨拶していたので、
「どうせみんなと仲が良いんでしょ」
と、また、恋の始まりのようなことを、ふと、思う。



では、行ってきます。
2004年02月09日(月)

旅行に行くことにしました。
行き先はマレー半島です。
あんまりうろうろしません。冒険もしないつもりです。

明日出発して、3月4日に帰って来ます。

クアラルンプールや、マラッカに、日本語が出来るインターネットカフェがある、と歩き方に書いてあるから、きっと、向こうでも更新出来ると思います。
たまに覗いてみて下さい。
そしてもちろん、帰ってきたらまた毎日更新しますから、あんまり忘れないで、また遊びに来て下さい。2番目でもいいから。
みなさんも元気に過ごして下さい。
手相につかまらないように。

旅に出たら、貴重品はずっと身につけるし、
夜は7時か8時にはホテルにいて、出かけないようにするつもりだし、
お酒は一滴も飲まず、
生水も飲まずに、
虫除けスプレーを持参し、
若い男の子とは一言も口きかないつもりだし、
好奇心で余計なことしないようにするつもりだし、
元来小心で慎重なたちなので、
絶対心配しないで下さい。

では、行ってきます。
2月が誕生日の人たちの幸せを、どこかで祈っています。



僕らが旅に出る理由
2004年02月08日(日)

ここのところ、「僕らが旅に出る理由」を聴きまくっている。
ちっとも飽きない。
高校生の頃、ものすごく小沢健二に夢中だったのに、最近出たというCDも聴いていないし、昔のような気持ちにはもどれないんだな、人間って不思議だな、と思っていたのに、なんか、また、再燃してきた。
この「LIFE」というアルバムは本当にこのときだけの、奇跡みたいなCDだと思う。
ハープの幸せな感じだの、トランペットの前向きな感じだのが、バカっぽいような、キュンとするような。
小沢の恥じらいのない、下手な歌も、どんなにひねくれた人でも耳を澄ませたくなってしまう感じだ。
小沢自身は旅が好きそうな人でもないのに、なんで「僕らが旅に出る理由」なんてゆういい曲を作ったのかな。
それから、ラブリーなんかに出てくる、揶揄みたいな、拍手みたいな、ああゆうのなんていうんだろう、ああいう手の音が私の人生にもあればいいのに、って思う。
ずっと誰かが私のこと、からかってくれたらいいのに、とか思う。


ところで、手相を勉強している人たちが、今全員手相の勉強を止めたら何かが起きると思う。



終わり
2004年02月06日(金)

会社最後の日でした。

コーラと猫はあんまりだと思ってくれたみたいで、図書カードと可愛くてちっちゃい花束をくれました。とても嬉しかった。これで私の本人生はしばらく安泰だ。

私はひとみしりでちっとも周りと溶け込もうとしないし、ミスは多いし、覚えは悪いしで、申し訳なかったな、と思った。

思えば、3、4月の戦争と改変期で大変だったのと、7、8月の高校野球の苦しいのとを除けば、そこまで辛くもなかったし、人はいい人ばかりだったし、いい職場だったと思う。(でも、苦しい時期は本当に苦しかったのでプライベートでも人に迷惑をかけてしまった。申し訳なかった)

まあ、色々と申し訳なかったけれども、1年やれたことはよかったし、後任の人もいい人だったのでちゃんとレクチャーもできたような気がするし(たぶん)、自分としては満足な感じだ。

それで、送別会を開いてくれて、一晩中お酒を飲んだけれど、記憶もなくさず楽しかったから、自分としては快挙だ。

デスクの人が来てくれて、いろいろ話せてとても良かった。

みなさん、いろいろ楽しかったです。
ありがとうございました。
また機会があったら飲みたいです。



布団はどうしたんだろう。
2004年02月05日(木)

今日も中華を食べた。
お昼にデスクがおごってくれた。
五目やきそば。おいしい。あとスープとあんにん豆腐も。とてもおいしかった。

会社は明日が最後だ。
餞別に、コーラと猫(中庭でつかまえる)をくれると言っていたので楽しみだ。

ところで、私の今年の目標の中のひとつに、「私をすきな人にはやさしく」というのがある。
私をすきな人っていうのは、別に、特別すき、というのではなくて、ちょっとでも気に掛けてくれたり、やさしくしてくれたりする人のことだ。
私は自分が大好きなので、私のことをちょっとでもすきでいてくれる人のことは、私も絶対すきだ。相手だけが私のことを気に入っているということはまずない。
「キューちゃんは、結局自分のことがすきな人がすきなんじゃん」と言われたことがあったが、「自分のことがすきな人がすきで何がわるいの」って感じだ。

自分のことを大事にしてくれない国や団体や会社や人に、忠義立てしても何にもなんないな、と思う。

私はキャパシティが小さくて、あまり人に親切にできないけども、私に対してちょっとでも気を遣ってくれる人に対しては、絶対やさしくするようにしようって思う。

こうして、ちらっとでもHPを見てくれている人のことは全員すきです。

今は交流がなくても、昔やさしくしてくれた人のことも全員すきです。




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