Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review
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2009年01月31日(土) 上杉春雄のピアノは引退勧告もんだ

「引退勧告」

上杉春雄
バッハ平均律全曲演奏会 Vol.2
2009年1月31日(土) HAKUJU HALL (代々木八幡)

・J.S.バッハ:平均律クラヴィーア曲集 第1巻より No.9-16 BWV.854-861
・シューベルト:即興曲 op.142-3「ロザムンデ」 
・シューベルト:さすらい人幻想曲 op.15

はー。おれははずかしいよ、はるおチャン、おなじ札幌市民だったものとして。そんな15さいの元神童みたいな青ちろいピアニズムのまま、見た目は温室育ちふうの中年といういでたちで、渋みも味わいも解釈も芸術のかけらすらないバッハの楽譜をなぞってみましたというだけのどこにもバッハが存在しない演奏について、板垣市長に申し訳ないと思わないのかね。

それ以上言うことはないんだけど、パンフの釣り書き読んでて腹たってきたっ。若い時分に諏訪内晶子とジョイント・コンサートで全国まわってその後医師の道にすすんだ、って、ほんとうなのか。おそらく諏訪内が自己の音色を獲得する以前のハナシだろうけど、それでも。札幌で勤務病院の院内コンサートやっているのはいいけど、医師にしてピアニストというキャッチコピーを押しすすめてチャリティ・コンサート、テレビで活躍する池辺晋一郎らとジョイント・コンサート、・・・、その活動モチベーションに不健康なもんをおいらは感じる。医者の不養生とはよく言ったものだが、だれもまわりのものはとめないのか。会場のハクジュホールというのも健康食品の会社だけあって不健康きわまり・・・。芸術にとって真の敵はヒューマニズムの笑顔をしたファシストなのだが、いいことをしていると思っているところがたちがわるい。

ニュースはみてないのか。国境なき医師団をやれとはいわないが、こんなコンサートをしているのなら、北海道の救急病院に宿直したほうがいいです。医者は医術をしろ。ジャズメンはジャズをしろ。ひとの時間をなんだと思っているんですか。

それに。札幌市民に告ぐ。宣伝文とかにまどわされずに、自分の耳で音楽を聴いてほしい。たとえば札幌在住のピアニスト宝示戸亮二、ヨーロッパの公演で故スティブ・レイシーが演奏を聴いて握手を求めてきた才能で、おれはそれ以前に雑誌で取材したこともある、を、聴け。聴いてみたまえ。芸術の深淵に触れられるぞ。聴くものの人生の軌道をずらしてしまうほどの音楽のちからについて、おれは彼のピアノを聴いて考えたことがある。


2009年01月29日(木) 紀尾井でヴァシリー・ロバノフ(ピアノ)を聴いてしまう

やた!瞳孔がひらいたまま息をするのもわすれてしまう演奏をするピアニストを聴いてしまう。

紀尾井ホールでコリア・ブラッハー・ヴァイオリン・リサイタルの予定だったのが急遽病気で来日できなくなり、
代役で若き22さいのミハイル・シモニアンのリサイタルとなった。
共演するピアニスト、ヴァシリー・ロバノフの推挙によるものらしいが、ほんとかなー、なんでロシア出身ドイツ在住の61さいのピアニストが、同じくロシア出身ではあるが22さいの現在フィラデルフィア在住のヴァイオリニストをよびよせるかなー。
今回の来日ではじめてふたりは音合わせしたふうに感じたけど。

で、この61さいのヴァシリー・ロバノフが今年最初のニセコロッシピーピコ賞の受賞者になった。

ヴァイオリニストの変更でプログラムに、ロバノフが師事したシュニトケの「古い様式による組曲」が組み込まれたのはなんという僥倖か!
この曲ももちろんすばらしかったのだけど、
ロバノフの左右の指さばきのコンビネーションは、その撹乱する複合リズムの生成は、とんでもないわくわく感だった。ジャズだぜ、これは!
さらに。ピアノタッチの・・・(ここでその形容に悩む)



ヴァシリー・ロバノフ(ピアノ)
Vassily LOBANOV

1947年モスクワ生まれ。1963年から1971年までモスクワのチャイコフスキー音楽院にて、ピアノをLew Naumow、作曲をSergei Balasanyanに師事し、ピアニストと作曲家という2つの道を同時に歩んできた。
ピアニストとしては、ソリストとして世界各地でコンサートを行うほか、室内楽の活動にも力をいれている。2台ピアノをスヴャトスラフ・リヒテルと、ピアノ・トリオをオレグ・カガン、ナタリア・グートマンと、ピアノ・カルテットをヴィクトル・トレチャコフ、ユーリ・バシュメット、ナタリア・グートマンと行ってきた。作曲家としては、同世代の最も重要な人物の一人として国際的に認められている。1997年からケルン音楽大学の教授として教鞭を取っている。


2009年01月26日(月) 小澤洋介クライネス・コンツェルトハウス@東京文化会館

長女をさそって上野へコンサートを聴きに。
池袋に出ると山手線が止まっていたので、丸の内線で本郷三丁目で大江戸線に乗り換えて上野御徒町へ。そこからダッシュ。
彼女は企業の就職説明会で横浜から直行だったらしい。
東京文化会館でむすめとコンサートの待ち合わせなんて、おいらには夢のようだよ。

クライネス・コンツェルトハウスop.26
東京文化会館小ホール
2009年1月26日(月)夜7時開演

曲目
モーツァルト:ディヴェルティメント KV138
西澤健一:弦楽の為のセレナーデ
バルトーク:弦楽の為のディヴェルティメント

ヴァイオリン:三戸素子、安田明子、浜野考史、塗矢真弥、藤村政芳、宮嶋真理、遠藤雄一、村松伸枝
ヴィオラ:二宮隆行、林 康夫、中島久美、柳澤崇史
チェロ:小澤洋介、宮澤 等、小川和久、新木真理子
コントラバス:前田芳彰、高柳安佐子


2009年01月23日(金) 恋しくて from single 『Buddy』 (1997) 小沢健二 から

入り口のドアにゲイバーの広告が貼られている。
仕事をしている歌舞伎町にも進出してきているのか、韓国系のゲイバーなのか、と、思ってながめている。

廊下を進んでゆくと、和風の建物になっており、割烹着を着た女性たちが仕事の準備をしている。
女性たちが控えている部屋のふすまにB4サイズの勤務表が貼られていて、自分の名前と彼女の名前がある。

控え室の前は台所になっていて、洋式のテーブルが置かれている。
そこに座って、自分も勤務だと思いながらお茶と菓子に手を伸ばしている。

割烹着姿の小柄な彼女が控え室から出てきてぼくの右から背中をまわって左側に立ち、ずっとここにいたの?と話しかけてくる。
おへその上の部分だけが10センチほど露出していて、うぶ毛の生えぐあいが見えている。

このおなかだったなあ、と、思い出している。

ぼくは彼女のことを何度も夢見ていて、ぼくが言葉を発するといつも消えてしまうことはわかっているので、じっとこの瞬間が消えてしまわないように祈っている。


恋しくて from single 『Buddy』 (1997) 小沢健二 から。

いつもいつも君が恋しくて 泣きたくなるわけなんかないよ 
思い出すたび なにか胸につっかえてるだけ 
それで何か思っても もう伝えられないだけ ベイビー!

そんなことのすべて ぼくらが見た光 
呑みこまれてゆく魔法のようなもの 待っている 


2009年01月22日(木) 『Upojenie / Pat Metheny & Anna Maria Jopek』2008年増量再発



箱ジャケのほう

5年前に作った押し付け編集CDR、『Feel Myself - 2004 Feb.』
・Feel Myself / 坂本真綾 (6:58) どうしてこの曲で世界はひっくりかえらんのじゃー。
・The First Circle / Pat Metheny Group (9:18) 続くナンバーはこの天上サウンド世界しか、ありえねー!
・焼け野が原 / Cocco (4:18) 「雲はまるで燃えるようなむらさき、嵐が来るよ」、これはもはや『嵐が丘』の世界。
・主よ、人の望みの喜びよ / 高橋悠治 (3:03) バッハにしかリレーできない流れ。
・うちゅうひこうしのうた/ 坂本真綾 (3:50) NHK『みんなのうた』で放映。宇宙飛行士と農夫のカップル、すてきだ。
・ヒーロー / 坂本真綾 (2:49) デヴィッド・シルヴィアンの『Blemish』ばりの接触電子音的なアレンジがたまらん。ちとケイト・ブッシュ的。
・evergreen / my little lover (5:46) まるでメセニーグループの音場感。マイラバはこのアルバムだけが傑出している。
・I’ll Be (live version) / Mr.Children (10:01) ミスチル絶版ライブ2CD『1/42』より。このあと「花」に続くというハイライト部分だ。
・Are You Going With Me ? / Anna Maria Jopek & Friends with Pat Metheny (8:41) 2月度MVP曲に認定せり。
・Hero (inst) (4:04) オルゴールで演奏されたミスチルの「Hero」。
トータル58分51秒

に選曲していたメセニーとヨペクの「ついておいでAre You Going With Me ?」、この曲はほんと古びないなー。



(CDジャケのほう)
『Upojenie / Pat Metheny & Anna Maria Jopek』
このCDは2008年にボーナストラックがついてノンサッチから再発されてたのをお知らせするのをわすれてました。


2009年01月21日(水) あの寺嶋陸也がペルトのフラトレスを演奏!(コンサート情報)




ECMファンのみなさま、みなさまの宣伝相ニセコロッシです。
これからわたしがピーピコ賞を授与した演奏家のおすすめ公演につきまして、なおかつECMファンにこそお聴きいただきたい公演につきまして、ご案内させていただきます。

あの寺嶋陸也がペルトのフラトレスを演奏!

ジャレット〜クレーメルの名演で世に出た吉田秀和も絶賛し現代音楽の風景を一変させたというECM屈指の名曲アルヴォペルトの「フラトレス」を、ニセコロッシが高橋悠治ミケランジェリ渋谷毅と並ぶピアニズムと激賞し昨年ピーピコ賞を受賞した寺嶋陸也が、米谷彩子ヴァイオリンリサイタルで演奏します。いまからチケット買っても全席自由だからいい席で聴けますぜだんな。

2009年5月10日(日)14時開演 紀尾井ホール 4000円 全席自由 発売中 です。

日時 2009年5月10日(日) 14:00開演(13:30開場)
会場 紀尾井ホール  マネジメント デュオジャパン
出演 米谷彩子(ヴァイオリン) 寺嶋陸也(ピアノ)
プログラム
シューベルト:華麗なロンド ロ短調 D895 Op.70
ベートーヴェン:ヴァイオリンソナタ第10番ト長調 Op.96
ペルト:フラトレス
ファリャ:スペイン民謡より
レスピーギ:ヴァイオリンソナタロ短調


2009年01月20日(火) ぶつぶつと音をたてて無数の虫が液体になる

祖父の仕事場が居酒屋になっている。塩ラーメンを食べたいのだけど、一向に出てこない。それを伝えることができないでいる。

ダンスをしたいんじゃなくてほんとうに格闘をしたいの?と小柄な柔道着を来た少女に質問している。

押入れに布団が高く積まれているその上に寝なければならない。
布団が不安定で、押入れのとびらが軽くて、落ちそうに感じる。
布団の下に雑誌や本が束ねられて乱雑に積まれていた。
その束を整頓して、その上に布団を敷けば安定だと考える。
本の束に手をかけていると、下のほうに古くなった杉並区図書館のCD袋が見える。
手にするとビニールが古びてボロボロと穴があいて半分崩れてしまう。
手をはなして手のひらを見ると指に茶色い無数の小虫がはっている。
乱雑になっている本の束に殺虫剤を吹きかけると、ぶつぶつと音をたてて無数の虫が液体になる。
押入れのとびらの内側の群青色の和紙の全面が虫の液体となって煙を噴きはじめる。


2009年01月19日(月) 吉田司の『王道楽土の戦争 戦後60年篇』(NHKブックス)

おいけいま、いまのこの世の中で文学だの哲学だの、関心を持ってはならぬぞ。

ノンフィクションの道を歩めよ。

田中宇の国際ニュース。これは基本的に読むこと。





あとさ、おれ、吉田司というこんなすごいひとの著書を知らなかったのを恥じるものだ。
『王道楽土の戦争 戦後60年篇』(NHKブックス)
おまえくらい日本史世界史やってれば、おれなんかよりもっと衝撃的なんだろうなあ。

いきなり「ピカドン・プレゼント」ときたもんだ。
戦前も戦中も戦後も、メンタリティはれんぞくしてんだな、おれたち日本人は。


2009年01月18日(日) ニセコロッシ・ピーピコ大統領就任演説の草稿をスタバで書かなければならない

ニセコロッシ・ピーピコ大統領就任演説の草稿をスタバで書かなければならない。パフュームのポリリズムの振り付けの練習、オードリー春日になりきる練習、グスターボドゥダメルの指揮ぶりの真似、を、こなして軽い汗を流してから、駅前まで自転車をこいでゆく。

我々が危機の最中にあることは、今やよく理解されている。我々の音楽は、大きく広がるユニバーサル社や広告収入が無ければ成り立たないミュージックマガジンや我々の耳の感覚を経済的不可抗力で劣化させるネット配信、笑顔とギリギリのオッパイ画像ポスターでたぶらかすクラシック奏者、ジャケのデザインだけでジャズの雰囲気を偽装するセッション、営業収入と結託する選定ディスク、を、相手に戦争を行っている。我々の経済は、きわめて弱体化している。

本日我々は、我々の音楽をあまりにも長い間阻害してきた、音楽評論家たちの記述の行間に漂う小さな保身的配慮や偽りの感動、聴かなくても書けてしまえるようなクリシェ、言い古された俗説を終わらせることを宣言する。


世界が拡がってゆくように思えた若い頃に聴いていたECMのレコードたちと当時の仲間たちのことを思い出す。夏の夕刻にコリア=バートンのクリスタルサイレンスライブが響いたり、バイラークのサンディソングをガールフレンドと聴いたり、何も予定のない晴れた午後の小金井公園にジャレットのコンサーツ・ブレゲンツが聞こえたり、青函連絡船の記憶にヴェサラのナンマドルが鳴り、
毎週新宿にあったJ&BLサンセットに集まり、このディスクはぼくのだ




2009年01月17日(土) パフュームPerfumeの醸す飢餓感

涼宮ハルヒとパフュームPerfumeの現象的連動、子どもたちが3にんで組むPerfume振り付けのブーム。

去年息子の編集CDRでヒット曲「ポリリズム」を聴いたときは素直にキャッチーな出来ではあるけれども、
分別あるリスナーとしてはいかがなものか再考を求める心境でおりました。

しかし。

振り付けの動きの加速・モーメントの構成、1ヶ所だけバラバラに動くトキメキ。

十分に見事さをアピールすることには「関心はないワ」というカンジ。

この飢餓感がたまらなくいいのだ。

この飢餓感について言及した(コトバが違っても可)論考がありましたら読みたいのでお知らせいただきたく。


2009年01月16日(金) ジャレットのセッティングスタンダーズニューヨークセッション

昨日書いたマーク・ターナーのECM登場のニュースは、musicircusのECMニュースで既報であった。
・・・おれが見逃していた。
たしか目を通したはずだったんだが・・・。ラヴァ、の名を見たとたんにその段落は素通りした。メンバーよく読めばよかった。
・・・ラヴァとアイヒャーは顔が似てないか?・・・

ペルトとシュニトケが80年代に現代音楽の風景を一変させたのは事実だし、カンチェリや彼らの最近の作品になかなか向き合えないままでいる。そのうち中国や旧東欧からとんでもない才能が即興や現代音楽やジャズの領域に出現するだろう。
もう出ているかもしれない。ECMだけにそのアンテナを依存していてはいかんでしょう。

ペルシアンの音楽がECMに新登場しているー。>

遅ればせながらジャレットのセッティングスタンダーズニューヨークセッションSetting Standards - New York Sessionsを聴く。
ただただ未熟だった23さいのおれは、新宿歌舞伎町にあったJ&BLサンセットでアサクマさんと話しながら輸入盤で入手したばかりのVol.1を聴いていた。その時の情景が浮かんできた。
わかりやすい銭儲けに走った、彼ら3人が一度だけ録音した『テイルズ・オブ・アナザー』に比してヌルイ演奏だ、と、断じていた。
それはそれでマチガイではなかったけれども、
ここの428番で今村さんが書いたところまで気付かなかった。
Changes、Vol.2、と、3枚続けて聴いたら、それぞれを初めて聴いた場所や小金井公園や中央線の風景がよみがえってきた。おそらく評論家がディスクを聴く作用と、おれの耳は決定的に異なっている。おれは私的な記憶に囚われている一方のよう。



2009年01月15日(木) 速報:マーク・ターナーがECMへ登場だ!

おれさー、スクラヴィスが、シルヴィ・クールヴォアジエちゃんがECMから出たときも、
デヴィッド・シルヴィアンやプーさんがECMから出たときも。

でもあれだぜ、プーさんのマーク・ターナーへの反応はいまいちだったはず。ライブへ行ってリサーチかけてたのはさすがだけど。

まあきいてくれ。

マーク・ターナーがECMへ登場だ。しかも、このメンツだ。モチアンだぞ。グレナディアだぞ。ボラーニの登用はばっちりだ。ラヴァはべつに・・・。



ECMがおれを追いかけてくる。

こんなにいいかげんにジャズなんてもういいとテキトーにCD屋にもろくに通わずに聴いているおいらにー。
こういう状況って、おれ、ほんと孤独なリスナーなんだけど、音楽の神さまはおれについてきていると思うんだお。
かみさんはおれについてこないけど。みんなここでわらえ。おれはなくけどな。
ああなんかクリスボッティになってワンスアポンアタイムインアメリカを吹いているような心境ですう。あらまあ。
ラヴァをボッティにかえろ!もちろん冗談です、が、半分本気です。

いま連載「おやじカンタービレ」を
「ニセコロッシ・コンサート・ツアー(Niseko-Rossy Pi-Pikoe Consert Review in Japan)」と改装中です。
今年は100本のクラシックコンサートを聴きます。1月のコンサート・ツアーはあさってサントリーホールから始動です。



2009年01月14日(水) 黛敏郎に叱られるゆめ

黛敏郎とソファで向かい合ってなにやら自分に対して辛い批評を受けている。
そこは新しく千代田区を通ったとされる地下鉄の駅の地下1階にあるアートスペースとされている。
ぼくを導くひとがいて、ぼくが黛さんに「ぼくの受信は聴取という現象の一断面に過ぎないでしょ」と申し向けていると、
「ちょっと片山杜秀さんの文芸春秋のコラムを読んだの?」と耳打ちしてくる。
「ええ、読みました。一月一日という楽曲に対するすばらしい指摘だと思います。」と応えていると、
なにやらサーカスの音楽がかかりはじめて
その集団の中に坂本龍一がいて寝そべって「ちょっとぼくはこういうことしている場合ではないんだ」と語っている。
導くひとがアートスペースを案内してくれている。
そういえば美術について歴史とかまったく勉強したことないんだよなあ、と思っていると、
導くひとは「音楽批評は美術批評に20年以上遅れているのです」などと言う。
だけどぼくはもう老眼だし勉強は無理なんです、英文も意味が取れなくなってしまいました、と、
ECM盤のマイケル・ガロッソのセカンドにあるスティーブ・レイクが書いたライナーを手にしている。
黛敏郎が近づいてきて「読まないで書きなさい」と怒っている。


2009年01月13日(火) チベット騒乱




現代思想の7月臨時増刊「総特集 チベット騒乱 中国の衝撃」のジジェクと山口泉。

まず山口泉の記述がえぐい。

十数世紀に及んで宗教農奴制の支配が続き、平均寿命は三〇台の半ば、識字率は一〇パーセントにも満たず、十数世紀の余にわたって原始仏教神秘主義の迷妄に閉ざされ、支配層の僧侶や領主らは農奴を牛馬以下に扱い、年貢を滞納すれば踵に穿った穴に鎖を通して骨が腐るまで繋ぎ、逃亡を企てれば両眼を抉り、四肢の腱を切断し、上下一切の歯を抜き、死しては遺骸を野犬に喰らわせ鳥どもに啄ばませ、人を、犬の黝(あおぐろ)い大腸にたんまり詰まった糞便、空から垂らされる水っぽい糞の滴とし、喰い散らかされた骨を乾かしては妙なる音色を奏でる法器を製し、それを麗麗しく、かつ陰陰滅滅と吹奏し、・・・

ヒーリングミュージックみたいにチベットをロマンチックな魂の楽園だと思ってはならないのだ。チベットに向かったティベッツ、などと、ECMを聴いていてはならないのだ。

ジジェクのほうは

アジアの鞭打ち刑とヨーロッパの蓄積市場の組み合わせが、リベラルな資本主義よりも、経済的に言って遥かに効率的であることを証しているとすればどうだろう?われわれが理解している限りでの民主制が、もはや経済的発展の条件にして動因であることをやめ、その妨げになっているとすれば?

べつに現代日本社会でも総務部倉庫管理課と営業推進企画課の組み合わせ(倉庫課への異動は会社から要らないと言われていることを意する)とかで、一日200円のこずかいだけで牛馬の如く働かされる中年とか。


2009年01月12日(月) トランペッターのクリス・ボッティ(Chris Botti)1962年生まれ

そうそう。
おいらの本籍サイトmusicircusに年間ベストを掲げるのだった。

そこでは本音を書かねばなるまい。

スムース・ジャズで有名らしいんじゃが。



トランペッターのクリス・ボッティ(Chris Botti)1962年生まれ
の『ITALIA』を、はじめて聴いて以来聴かない日はないというくらい
ヘヴィローテで聴いていたのであります。
このCDかけると運転するくるまがゴージャスな高級車になってしまうのだ。
「ワンスアポンアタイムインアメリカ」にはただただなみだ。
あまり大きな声では言えないか・・・。
スムース・ジャズをあなどってはならない。おれはいちどもあなどったことはないぞ。


あとCMを見ていて「な、なんだいまのピアノの走らせは!」
とアドレナリンがぶわっと出た小曽根真のピアノにも特別賞を捧げたい。
結局どの曲なんだかわからんまま年を越してしまったけど。


あとウェイン・ショーター『フットプリンツライブ!』。
これ、5・6年前の作品なんだけど、すごい。
図書館で何気なく借りて聴いてのけぞった。
老境のショーター、ここまで闊達でユルくて見事なラインで語るものか!とびっくりした。
1曲目だけでもいいから、ショーターだけを聴いてみてほしい。
現在最高潮にあるクリス・ポッター、マーク・ターナーに負けていない。
というか、ショーターのこの枯れかたには予想外だった。見識不足ですまない。


2009年01月11日(日) グスターボ・ドゥダメル指揮SBYOベネズエラのエクスムジカ長木誠司

9日の朝日新聞夕刊の文化欄。

「金融恐慌のような暗い影が重くたれ込める時世にこそ華やぐ。それが歌舞伎の使命の一つだろう。」
と演劇評論家の天野道映が書き出す。
おい、ジャズだってそうだぞ。

おれがこう書いたグスターボ・ドゥダメル指揮シモン・ボリバル・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラ(SBYO)
について、音楽評論家のエクスムジカ長木誠司が痛快にこう書いている。

「これはお祭りだ。」と断じている。

チャイコフスキーの第5交響曲で、表現はジェットコースター的高揚と落下を繰り返し、終楽章の速度はロケット並み。
祭りはアンコールのバーンスタイン「マンボ」で最高潮へ。全員が楽器片手に舞台上で踊り出す。
そのお行儀の悪さは、米国作曲家に簒奪された「マンボ」を、いまこそ奪還するような思い切りの良さがあり、痛快だった。

と、書いている。

さすがだ。

おれは「マンボ」については文章の勢いがもたつくので記述しないでいた。
コントラバスもヴァイオリンをも、くるくると回してみせてオーケストラは立ち上がって踊ったのだ。笑ってしまうようなお祭りだったのだ。
で、
“米国作曲家に簒奪された「マンボ」を奪還するような”という表現が、さすが現代日本を代表するリスナーだなと思う。
これが長木の横綱相撲だ。

おれは「お祭りだ」と断じて暗にクラシックの崇高なるヒエラルキーを擁護する立場は取らない。
三善晃やシェプキンや関野直樹やアンサンブル金沢や潮田益子や寺嶋陸也ぐらいでないとドゥダメルに対抗できないのだ。
現代音楽の凋落を踏まえていない。大御所の安寧を突いていない。
そういったヒエラルキーの溶解に触れてもらわなければならない。彼には。


2009年01月10日(土) ヴィヴァルディ作曲「主は言われた ニ長調 RV.594」

師走の空気を引き裂いて。
今日は1月10日土曜日だけど、そう言いたいのだ。
おいらの老いた愛車グランディスは菊地成孔がうろつく新宿歌舞伎町から練馬へ向かう午前6時5分。
気象庁はこれから「関東の南海上で発達中の低気圧の影響で、10日から11日にかけ、北日本の太平洋側を中心に雪を伴った非常に強い風が吹き、北日本から西日本の日本海側を中心に大雪となる」という。
そんな早朝の、嵐の予感がするようなうねり始める空、これで明度があればダリの幻想画になる、に、FMラジオをかけると。
胸を締めつけるようなシンプルかつこけおどしの気持ちが全く感じられない天国的な宗教曲が流れる。
天国的な振り付けのパフュームのDVDを観るときみたいにボリュームを上げるおれ。
新宿区全体に聴こえたまえとカーステのボリュームを、上げる、パフュームの振り付けになって運転する、おれ、それは単なる迷惑行為。

これはライブで聴きたい。

ほおおお。ヴィヴァルディにはこのような宗教曲もあるのか。

「(“主は言われた”への序唱)
草原にて歌え ト長調 RV.636」ヴィヴァルディ作曲 (6分18秒)
  (ソプラノ)マーガレット・マーシャル (演奏)イギリス室内管弦楽団 (指揮)ヴィットリオ・ネーグリ <Philips 420 649−2>

「主は言われた ニ長調 RV.594」  ヴィヴァルディ作曲 (30分30秒)
  (ソプラノ)マーガレット・マーシャル (メゾ・ソプラノ)アン・マレー (アルト)アン・コリンズ
  (テノール)アントニー・ロルフ・ジョンソン (バス)ローベルト・ホル (合唱)ジョン・オールディス合唱団
 (演奏)イギリス室内管弦楽団 (指揮)ヴィットリオ・ネーグリ <Philips 420 649−2>


2009年01月09日(金) 『SUPERMARKET FANTASY』とミスチル論(メモ)2

7日のミスチル論が好評みたいで、もっと参照点を加えて書くべきなのかな。

ついで、を、書く。

言うまでもなく、
彼らは基本的に誠実である。その痛めの誠実さはたとえばバンクフェスで割り箸を使わないよーにしようよと、ひたむきにアピールする素朴さを連想してしまうものだ。

15thアルバム『SUPERMARKET FANTASY』というタイトルは、
収録された楽曲の半数がテレビ番組の主題歌などとタイアップがなされており、マーケットに応じて書いた曲を集めただけ、を意する。
この楽曲たちのオーダーメイド感。そんなマーケッティング感にファンタジーなぞあるものかね。
既聴感にまみれた手馴れた旋律とアレンジというリソースの再利用・リサイクルの逼塞に彼らはあぐらをかいている。
それを白状している誠実さがこのタイトルにはある。

「いちばん好きな色って何だろ」(NHK北京オリンピック・パラリンピック放送テーマソング「GIFT」)という歌い出し。
メダルの色だろ!金に決まってんだろ!ねぼけてんじゃね!と、正直、友川カズキの口調で言いたい。

カップヌードルのCM曲もやっていた彼らだけど、ディズニーランドやマクドナルドの曲も委嘱があれば即座に作るだろう。

『SUPERMARKET FANTASY』には、ファンにはわかるだろう、落ち込みのいわゆる暗黒ナンバーが無い。
おのれの欲望の暗部を叫ぶような、虐げられて生活するワークングプアに寄り添うような楽曲が無い。
そして、それに対応する魂を浄化させるイメージを与える楽曲も無い。
つまり、暗黒も清浄も無い、のだ。
それは未踏の領野に進むような世界観を提示したい制作意欲はないこととリンクしてるだろ。

オトナになったの。

狡猾にあれはあれそれはそれと分別のある、マーケットに応じて派遣労働者を切る分別のあるオトナになったの。

ファーストアルバムからリアルタイムで聴き続けるオールド・ミスチル・ファンは、もっと言いたいことがあると思う。
おれは金を払ってにこにこしているだけのファンではないぞ。

あ、でもね。
「しるし」も「Sign」もテレビドラマの主題歌だけどこれはいーんだ。楽曲の意味とちからがあるという一言に尽きる。


2009年01月08日(木)

クララ・ハスキルとグリュミオーの


2009年01月07日(水) 『SUPERMARKET FANTASY』とミスチル論(メモ)

山崎洋一郎(@ロッキングオンジャパン)がNHK−FM「ミュージックスクエア」に出演し、
今年期待されるバンドをコメントしている。
ラドウィンプス、活動休止エルレガーデンの細美武士、ミスチル、9mm Parabellum Bulletまで聴いて仕事に出かける。
ラドウィンプスは、一瞬の光芒のような黄金活動期だったのではないかとおれは読んでいる。二度と好走できないダービー馬ではないのか。

山崎はミスチル桜井に15thアルバム『SUPERMARKET FANTASY』について、「最高傑作ですね!」と素直に声をかけられる出来だと語り、桜井もそれに「そうですね」と応じたというエピソードを話した。

えっ。どうなんだろ。
『SUPERMARKET FANTASY』のどの曲も、それ以前に発表していた楽曲のリサイクルであるように聴こえてしまっているんだけど。
ファンも成長すれば離れてゆくもので、サイクルしているのを読み切っている制作側の計算が見えるところがつらい。

2007年10月31日発売の「旅立ちの唄」が、ミスチルの創造(前進)の終焉を示す、それも追伸文といった存在感であること、を、感じていた。「君の大好きだった歌、街に流れる」の、大好きだった歌はミスチルの楽曲であって、彼らは自分たちに対しての訣別を置いてみせた、と、おれは解釈した。
ファンには分かってもらえる感覚だと思う。

たとえば「箒星」というシングル楽曲について。
これは、フリッパーズ・ギターへのオマージュである。「カメラ!カメラ!カメラ!」である(PVのダンサーの振り付けのモードの一致を見たまえ)。と同時に「星の彼方へ (Blue Shinin' Quick Star)」である。桜井はミスチルを創造する始点にフリッパーズ・ギターへの羨望と渚ゆう子に涙する引き金(トリガー)があったもので、この「箒星」に至って初めてその始点の結び目が解消され昇華されたのである。

フリッパーズ・ギターがフィクションの60年代を幻視したことに対して、この「箒星」という楽曲には、「光る光る東芝のマーク」という60年代CM曲が埋め込まれていることにもなっている。これは、聴こえる。

桜井はバンクバンドでフリッパーズ・ギターや小沢健二を取り上げることはできない。

これはファンには分かってもらえるとまでは言えないか。これは世界初出のおれの直感だ。

だからなんなんだと言われれば。なんなんでしょと応える。


2009年01月04日(日) これがバンクシーのポスターです




このポスターのまがまがしさにはおどろきました。
だいいちマックの行列にはサクラを雇っているというニュースも新年に読んだぞ。


2009年01月03日(土) ミスチルのHANABIをくるまでかけながら早朝の外環自動車道を国道4号に左折する

ミスチルのHANABIをくるまでかけながら早朝の外環自動車道を国道4号に左折する。
桜井くんの声が二重三重に重ね録りされている仕上げの手堅さ、に、ちょっとだけ倦怠しながらも。

3日連続で温泉に入ると足が伸ばせてひざの裏側が暖まることの効果よ。700えん×3。

アンチ・キャピタリズムという欧文タイポグラフィがでかでかとした本をマイケル・ハートや矢部史郎の名前にひかれて買ったのです。

アンチG8に世界から集まってデモするのってどーよ。スプレーで公共物や私物に無許可で文字描いてアートと称するのってどーよ。
そんなの、って、ぜんぜん無効だと直感的に思うんだけど。
にんげん、哲学する以前に物々交換・コミュニケーションに悦びを見出して生活していたので。貨幣経済の代替リソースはないよ。

単純に基本的人権として、摂取カロリー、年間最低CD購入枚数、住居のスペースと温度湿度、繁殖の権利、麻雀を打つ時間数、
を、保障する枠組みを策定して、それに対して貨幣を充当しなければならない、という、ルール作り。
を、国家間で調整するプロレタリアートのアイデアとその運動がなければ、そういう発明がなされなければならないと考える。
そこでアートだの哲学だの宗教だの人種だの派遣だのリアルジャズだのECMカタログだのを絡ませてはいけないのであって。
ルールを作ってそれを守りましょう。ルールを調整して罰則を調整して、ゆるゆるやりましょう、という。

公務員給与は国家税収の増減とリンクさす。労働基準監督署は出来高払いのインセンティブを。公共料金は収入の大きさにリンクさす。

アントニオ・ネグリのベーシックインカムというのに近いか?わからん。寝る。


2009年01月02日(金) はつゆめ

青函連絡船の狭く連続した船員ルームが続いているようだった。
小柄なスナガさんがその一室をデザイン事務所にして、女子事務員を2人つかって仕事をしていた。

「船が埋まってしまって、賃料が安いからここに電話線やケーブルをひいて仕事をしているんだ」と言う。

「まーくん、さ。これ、行くでしょ?」とチラシを手渡してきた。

ボボ・ステンソンとラーシュ・ヤンソンがそれぞれ同じベースとタイコで1日だけ九州でピアノ・トリオのライブをやるらしい。
ステンソンとヤンソンの名前は手書きで書きなぐったような文字で、その下の小さな文字を見ると、
ベースがヨルミンで、タイコはポール・モチアンなのである。

「こんなメンバーなら九州でも、おれ、行かんとならんわ」

と口にしているそばからスナガさんと2人の女子事務員が「お先にー」と
船室から退出していってしまう。

チラシがよく見えなくて九州のどこなのか日付けがいつなのかわからない。
目をこすっていると、自分がいまパジャマ姿なのに気付く。
あれ?おれ、パジャマなんて持っていたっけ?と思っているうちに、
船室が傾いてくるもので、
狭い通路をいくつか通って外に出ると高い送電線につかまっている。

あたりが水没しており、いつまでつかまっていなければならないのだろう。

下を見ると昨日買ってきたクリネックスの5箱ボックスが水の中に沈んでいて、
もったいないことをしてしまったなどと思っている。


2009年01月01日(木) あけおめ




はめまらみみのう。

紅白すごいな。紅組、はまあゆのステージから、ギターはよっちゃん(野村義男)。今年は明らかな落ち目(アルバムのほうの出来)のミスチルもエーピーバンクも含み損なのか登場するみたいだし。白組のトップバッターは35年ぶりの布施明、何歌うん?「君は薔薇より美しい」やたー聴けるん?、作曲ミッキー吉野、断固支持しますよーこの声量。美川憲一、さそり座の女のサンバ・ヴァージョン!おもしろーい。審査員も豪華だし。姜尚中がポニョ人形を振っているし・笑!あこがれー。スタジオジブリ、久石譲の音楽。ミニスカートがそそるよお平原綾香。青山テルマ。ブルーマン。東方神起。木山裕策。いきものがかり。水森かおり。クールファイブ「東京砂漠」!世界のナベアツの曲紹介。エンヤ。はるな愛、パフューム・最高!、ジェロ!上手いよお泣けるねー、おかえりスピード。大橋のぞみ。森山直太朗、なんて日本語なんだ、わるくない。一青窈、は、現代のディーバだし。ミスチルは今年の株価暴落以上に株を落としているが、ミスチルの音楽が無効になった何か世相には断層があったのだろうか、矢島美容室が出ないせい?とここまで考えてきて、やはり「ギフト」はこれはこれでオリンピックの曲でいいや。つまりね、紅白のここでの場所ではオッケー、だけどJポップシーンでは失速しているだけ。なおかつ紅白とJポップの格差とかはなく。

紅白が楽しいとは。子どもの頃以来だ。これは、独りで観ては楽しくないんだ。

それは重要なことだと観ながら知らされている。

さっきまで平井玄の「千のムジカ」を読んでいた。平井玄とぐぐると経歴詐称の告発がトップになるところがいい味わいだ。・・・紅白を観るおいらは奴隷化されているとでも?平井は大友良英のアウトトゥランチがスーダラだから評価すると書いていることにおれはおののいた。あの評価軸を見出せなかった演奏(おれは彼らのDIWで出したライブを真っ先に買う)にスーダラという革命を聴いていたのだ。つうか単にダチだからなんじゃね?あたまでかちな同じ臭いがするき。でもなーおれは3ヶ月聴き続けて中古屋に売っぱらっていたのであせった。

おれの耳って、やっぱり旧くてダサいんじゃないのか?・・・

紅白観ながら、この枠組み(あえて日本国有放送とは考えないけそ)の豊かさを素直に認める。

『アフター・アート』勅使河原純著(スカイドア社)1998

『VOL』3で、ベトナムの泣き叫ぶ全裸の少女がミッキーマウスとドナルド・マクドナルドに両手を繋がれている美術作品に目が奪われる。

この批評性に共感する。

いわばその表明がおいらの今日のサトちゃんの画像です。


反米嫌米であれば反グローバリズムであってなんてそんな単純なものではない。
ディズニーランドとマクドナルドを嫌悪する本能がおれにはある。
ミスチルの『SUPERMARKET FANTASY』の凶々しさは彼らが・・・(中断)


みんなそれぞれ違うけど共闘できる2009年であったらいいと思う。



思想誌『VOL』待望の第3弾!

特集=反資本主義/アート

いま世界で何が起こっているのか?重苦しい日常生活から飛翔するように、日々拡張を続ける文化的生産領域と、それをとりまく資本主義の関係を、計30本の考察や実践から徹底的に捉えなおす、渾身の『VOL』第3弾。

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