旅から帰って用事を片付けたら、今更のように風邪を引いた。 遊び歩いてこれじゃあ、みっともないったらありゃしねえ。
定番レモネードの出番のところ、カリン入りの水飴と 清見タンゴールがあったので、お湯で延ばした水飴に 輪切りで砂糖漬けにした清見を加えた。
 割に食欲はあって、粥(3倍粥)を炊く時に 冷凍庫に残っていた鍋材のフグに 昆布と酒を加えて一緒に煮込む。 仕上げにだし醤油入りの溶き卵を流して フグ雑炊風にした。 薬味には柚子コショウを添える。 鶏肉に白ネギ、シイタケなんかで 粥を炊いても良さそうだなぁ。
そうこうするうちに、いい加減に冷たいものが 食いたくなって、近所のスーパーを覗くと “長崎カステラアイス”なるものがあった。 何故か久留米のメーカー(福岡・丸永製菓)。 取り敢えず入れてみちゃった感バリバリで、普通のカステラ (しかも薄切り)が乗っかって凍っているだけで、味も食感も 不味くはないが美味いというものでもない。 アイス自体は卵風味がフワッとソフトで美味しいので、 カステラの入れ方がもう少しどうにかならないかなと思った。
友人から貰ったサザエの塩漬けで、炊き込み飯を作った。 初めての時はサザエとめかぶと酒だけで作ったら塩味が足りず、 次はだし醤油を加えようと思っていた。 そこで、先日朝市で仕入れたいしるを使ってみることにした。 原料がイワシのものとイカのものがあって、使ったのは イワシのいしるである。
流水でサザエを洗い、薄切りにして酒に漬けておく。 研いで適量の水を加えた米にサザエと酒、細かく砕いた乾燥めかぶ、 いしるを加えて炊き、炊き上がりに七味を加えて軽く混ぜ 二度炊きして焦げ目をつける。 サザエもめかぶもいしるも同じ北陸の海のものなので、やはりよく合う。 いしるはナンプラーのような味を想像していたが、案外塩辛くなかった。 作り手によっても違ったりするのかな。
今日の晩酌:“宗玄”(石川・宗玄酒造) いしると共に持ち帰った奥能登の地酒。 甘口でコクがあって、当然ではあるが地物の肴に合いそうな味。
飲んだ後は蕎麦茶で一息。 蕎麦屋の土産品のティーバッグだけど、甘味や香りがよく出ている。
| 2006年03月21日(火) |
のとはいらんかいね・後編 |
石川最終日は一番温かく、山合いに残っていた路肩の雪も 融けて流れていた。
冬の日本海の厳しさを垣間見た旅だったが、美味いもんも いっぱい食べた。 香ばしくコシのある手打ち蕎麦。
メニューには讃岐うどんのような “ぶっかけ”もあったのだが、 かけ蕎麦用の麺は出終わっていたので 次に寄る機会があれば食べてみたいものだ。 この蕎麦屋さんでは旅のお守りも貰った。 嬉しい心遣いである。(^-^*) 地元の人によると、実は能登地方は うどん文化圏であるらしいが 總持寺近くに門前蕎麦があったので食べ比べ。 自然薯入りのニュル&モチッとした食感で、 かけ蕎麦で頂いた。 海産物は勿論宜しく、“いしる”という魚醤入りの タレがよく合った海鮮丼、 コノワタ、味噌味のサザエの壺焼きなども堪能した。 県内に住む知人たちにも会えたし、充実の3日間だった。
能登道路を経由し、金沢から来た高速を引き返す。 何故か福井は帰路も土砂降りだった。 朝からコーヒーだけで、15時頃、給油に寄ったサービスエリアで 漸く軽食を取った。 車って燃費は悪いけど、ガソリンタンクが大きいので 航続距離は長いんだよね。給油のような用事がなければ 食事だけのためには止まらない長距離移動モードの自分。
今まで、この車で高速を長距離走ったことがなくて 燃費がはっきりしなかったので、今回出発前には SAPAガイドのHPで給油所を確認した。 と言うのも日中はいいのだが、四国など地方の高速では 夜中閉まるガソリンスタンドもあるので、折角早朝に出発しても ガス欠で足止めという最悪の事態も考えられるのだ。 ガソリン1Lで次のサービスエリアまで辿り着けない車に アナログの燃料計で無理はできない。 結局、今回の平均燃費は9km/Lだった。 単車の25km/Lには遠く及ばないけど、3日で1800km。 走っただけでもよく頑張った満10歳。 所要時間は、以前、単車で同様のルートを走った時よりも 1時間ほど短かった。大体いつも同じくらいの速度で走るのだが、 給油回数の差に加えて、二輪だと停車のたびにメットやグローブ、 ジャケットなどの脱着の手間がかかるし、運転しながら飲食するわけに いかないので、そういった違いも影響したのだろう。
因みに飛行機では四国から北陸への直行便がなく、羽田乗り継ぎで 片道約5時間、費用は今回の倍。鉄道でも7時間という。 ・・・遠いなぁ、北陸(^ ^;)。
| 2006年03月20日(月) |
のとはいらんかいね・中編 |
翌日もぐずつき気味の天気の中、輪島の朝市見物に出かけた。 地元の人の活気と訪れる観光客の賑わいで いい感じの盛り上がり方をしていると思った。 時折みぞれに降られながら、板の上に並んだ品物と一緒に ちょこんと正座しているお婆ちゃんが微笑ましかったりもするのだが、 実は荒波に揉まれた逞しい生活者なのだろう。 車の道中なれば、荷物が増えても割れ物があっても平気とばかりに 土産物を買い込んだ。 単車と違って、突然目的地に着くような感じで 移動中の楽しさは少ないんだけどね。
石川県輪島漆芸美術館で漆器を見学してから、 鳴り砂のある琴ヶ浜と千代浜に行った。 この頃には晴れてきていたが、砂は乾き切ってなくて 残念ながら鳴らなかった。
それから海岸沿いに走った。 狭く起伏の激しい道で、地元で日常的に似たような道を通る自分は 兎も角、一般的には決してドライブ向けではないと思うが、 地元車や時折観光バスなど交通量は案外多く神経を使った。 海からの風を凌ぐ、背の高い竹製の間垣の集落が見えた。 桶滝では、滝壺に蓋する如く覆い被さった岩盤に開いた穴から 水の流れ落ちるさまが面白かった。
途中、寒い中で酷使した所為か、デジカメのバッテリーが上がってしまい 急遽コンビニで写ルンですを買った。 何年振りだろう? 単車に乗り始めた頃には よくお世話になったものだが。
| 2006年03月19日(日) |
のとはいらんかいね・前編 |
思い立って北陸行。 季節柄、単車は厳しいと考え、車のタイヤをスタッドレスのまま戻さずに。
朝4時に出発。真っ暗な山間部を抜ける四国の高速には 濃い霧がかかっていて、ヘッドライトに照らされると 安っぽいサスペンスドラマのスモークのようだった。 本州に渡る頃にはうっすら明るくなった。 夜中の旅って結構好きで、恐らく非日常的だったり道が空いてたり 二輪免許を取って暫く繰り返した刷り込みの影響だったり するんだろうけど、そんな夜が明けてくる時はいつも 休みの終わりにも似た物足りないような寂しさを感じる。 たった自分独りだけの特別な夜が、みんな目覚めてきて 平凡な毎日の1つになってしまうような気がして。 この辺りでひと雨降られたが、後は概ね曇りだった。 ただ福井だけは酷い土砂降りで、路肩には雪も残っていた。
7時間かかって日本海@石川に到達し、 千里浜<ちりはま>なぎさドライブウェイを 走ってみる。 車外に出て写真を撮っていたら、冷たい強風で 耳が痛くなった。 続いて能登半島の西岸沿いに北上しながら 木造の福浦灯台、巌門の岩礁、ヤセの断崖や 義経の舟隠しなどを眺めて廻ると、 関野鼻に辿り着いた途端に アラレ混じりの乾雪が降り注ぎ始めた。 海面から断崖に向けて吹き上がる勢いに 思わず「あぃだだだ」と声が出るほど痛くて とてもじゃないが海を見る気力は失せちまったワケで。 天気予報は雨か曇りで10℃ぐらいだったのに、 路上の温度表示板は1℃。まさに悲しみ本線日本海(泣)。 一応、雪装備(革の帽子、マフラー、防水手袋)は持参していたものの、 まさか使うことになるとは思わなかった(因みに当家的な冬装備では 革ジャン(または防水のバイクジャケット)と防水靴は 標準仕様である)。
| 2006年03月10日(金) |
do no harm |
ひとは忘れてしまったようだ。 自然に生まれ出で 必然に死んでいくということわりを。
その当たり前に立ち向かうことが 如何に困難に満ちているかを。
どうにかして己れや親しい人を 病死の苦しみから救おうとあがき 試み続けてきた何万年もの知恵。
それは今も変わらず不可欠であり 薬や技術だけで癒しうる病はない。
合鴨があったので、ばあちゃんに食わそうと思って調べたら 治部煮というものを見つけた。 要するに片栗粉(または小麦粉)をまぶした鴨肉と 大根やカブなどの根菜、その他の野菜を煮込んだ料理らしい。
そこでちょいとアレンジ。 鴨は煮過ぎると硬くなるということだったので、 スジ切りして包丁の背でしっかり叩き、一旦 酒だけで煮て汁気を切っておく。 シイタケ、人参には飾り包丁を入れる。 大根は面取りし、米のとぎ汁で下茹でする。 白ネギと揚げ出し用の豆腐はゴマ油で 表面を軽く焼いておく。 他にはキヌサヤ、エノキ、糸ゴンなど適当に。 鴨を煮た酒のアクを取り、適当な量の水と 昆布を入れて沸かし、酒、砂糖、だし醤油、 ミリンを加えて野菜類を煮る。 あ、煮るのは土鍋でね。 続いて、鴨に片栗粉をまぶして加え、ひと煮立ち。
時間の関係で前日に作り置きしなければならなかったんだけど、 加熱し直しても軟らかかった。 それに、この調理法は確かに美味い。あったまる。 煮る前に片栗をまぶすのは、鴨鍋や鴨南蛮にも応用できそう。 手をかけた部分を省略しても、基本的にいい味になるやろね。 臭み(そんなにはないけど)消しの薬味にはワサビというのも 成程である。 名前の由来で「煮るときに“じぶじぶ”と音がするから」という説に 人気があることにしても、作ってみて納得するばかりだった。
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