_

2004年11月30日(火) 我流

外コーナーでセンターラインぎりぎりから
バンクしてくるバイクが多いなぁ。
みんな、もう少し気を付けて走ろうよ。
どんな高性能なスーパースポーツに跨っていても
ちょっと、ねぇ・・・(ピサの斜塔のように
固まったまま突っ込んで来る原付バイクも何だが^ ^;)。

俗に、ライダーの多くは右コーナーが苦手と言われる。
癖やその理由は百人百様だろうけど、自分は
どちらかと言えば左コーナーに違和感がある。
生まれつき右手がほんの少し悪く、小指側で握る癖がある
→ハンドルを右に引き気味になりやすいためかも知れない。
或いは、タイヤ交換後の転倒が相当ショックだったのかも?

以前は僕も、右コーナーでセンターラインに寄り過ぎて
対向車にヒヤッとすることがあった。
ベタインだとコーナーの出口で膨らんじゃったりもするし。
そこで、利き目の右眼でセンターラインを注視せず、
動体視力で視野の左端に路側帯を捕らえながら
意識的にそちらに寄せるように練習したものだ。
路肩に白線がない道では使えない技だけどね(^ ^;)。



2004年11月29日(月) 久々

プロにあるまじき取引先のやり口に、9ヶ月越しの
怒りを爆発させた半日。

命を永らえることだけが全てとは思わないが、
いつからこの国では、他人が人の寿命を
決められるようになったのだろう。
あれって消極的な殺人じゃないのかね・・・?

どんな仕事にも優劣はないと思う。それでも、
僕の仕事は「相手の運が悪かった」とか「自分が
未熟だった」では済まされないものだと思っている。
自分が飯を食うために扱っているものの大きさを
真剣に考えるべき、それが当然ではないか。

だけど、ああいうヤツが切り捨てた相手は
二度と本人の前に現れることはないから、
ああいうヤツこそ犯した過ちに気付くことなく安穏と
この誇り高き職業(の真似事)を続けるんだろうな。
実に釈然としない。



2004年11月28日(日) いつの間にか

防寒具の必要な季節になったなぁ。
今日は陽射しもあったので、耐寒仕様50%(当社比)でも
寒くはなかったけど。
尤も、寒いと感じないだけで体は冷えてるんだよね。

二輪免許を取って最初の冬、ツーリングを兼ねて出向いた
バイク用品店で一目惚れしたゴアテックスの
ウィンタージャケットも、いよいよ10年選手。
その後、ウィンタージャケットは数着買ってみたが、
着心地と使い勝手がこれに勝るものには未だに出会っていない。
多分、もう防水性能は落ちてるんじゃないかと思うけど。
数年前、タイヤを換えた直後の単車がハイサイドもどきで転んで
擦り剥いた肘には、既製のアップリケを貼っているし。
それでも少なくとも防風性能は健在のようだ。


今日の酒の肴:“暴君ベビネロ”(東ハト)
ツマミとしては、“アダルトエイジ”よりも食べやすい。



2004年11月27日(土)

いつまで経ってもどこへ行っても
似たような所で変わらないことをやってるなぁと思う。
大学時代を別にすれば、度重なる引越しにも拘らず
ずっと海から5km圏内(小学〜高校時代を過ごした
今の実家以外は1km圏内)に住んでいる。
選んでそうなったわけではないのだが、ずっと
当たり前のようにそこに海はある。

夜の瀬戸内沿いを車で走ると、対岸に見える街の灯りが
実はその道の続きだったりする。
入り組んだ海岸線では、折り重なる地続きの岬と
近海に浮かぶ小島を見分けるのが難しいこともある。
もしかすると、昔は、それらを区別する必要は
なかったのかも知れない。
勿論、船という交通手段を持つ者に限ってだが、
それは海のそばに暮らす人々にとって、今よりも
もっと身近な方法であったろう。

長崎の人たちが、陸路を通れば遥かに遠い熊本へ
日常的に海を渡って行くのを見た。
ならば逆に熊本からは、海の向こうの島原、その向こうの長崎、
そのまた向こうの西彼杵、更に向こうの五島・・・と
いう感じに見えるんじゃないかと思った。
島だから海を渡って往き来するのではなくて、ただ、
そこに海があって向こうに陸があるから渡るのだという感覚。

すると、岬であっても島であっても大した違いはなくて、
島々は現代ほどに離島ではなかったのではないだろうか。
僅かな島住まいの間に、バスのように船に乗って
買い出しに行ったり、帰りのフェリーに乗り遅れて
目の前の海原に途方に暮れたり、今では東南アジアでしか
見られなさそうな船上住宅の写真に接したりしながら
そんな風に考えるようになった。

旅の終着地にもなる“行き止まり”の海岸。
その先は、地上交通の発達で失われつつあるのかもと
言うのは大袈裟だろうか。



2004年11月22日(月) それでも

30年後に夢見るには
眼前の1年は
あまりにも長い。



2004年11月21日(日) 老体

日勤〜宿直〜日勤の仕事を終えてサア帰ろうという時に
飛び入りの仕事があって、退出したのは昨夜8時。

帰りにスーパーで買ったフカの湯ざらし
ゴーヤの天ぷらで、奄美の黒糖焼酎(喜界島酒造
“しまっちゅ伝蔵”)をかぷかぷ飲って寝こけたら
体のあちこちが痛くなった。

イカンなぁ。いかんいかん。



2004年11月16日(火) 家族サービス

よく考えたら、僕は子供の頃
親父に連れられてあちこち出かけたけど、
オカンは留守番が多かったな。
おまけにオカンは運転免許を持たないから、
自力で好きな時に好きな所へ出かけることが
できないんだよな。

多少の後ろめたさも手伝って、ドライブに出かけた。
風も穏やかに晴れてツーリング日和だったけど
そういうワケで車。
ま、もう若いとは言えないオカンには
多少の気分転換は腰痛にもいいだろう。
自分も、そんな時じゃないと立ち寄らない所もあるしね。

しまなみ海道に入り、リニューアルしたばかりの
大島の村上水軍博物館へ。
半券の領収印に「頂戴申す」とあったのには、ちょっとウケた。
見学を終えると丁度昼だったので、近くの民宿兼食堂で
穴子天丼を頂いた。蛸天麩羅も入っていて満足のお味。

続いて生口島に足を伸ばし、平山郁夫美術館を巡る。
和風の造りで落ち着いた雰囲気だった。
それから耕三寺の極彩色の山門を眺めた後、
土産物屋で煎餅を買った。



帰りに大島・亀老山の展望台に寄った。
多少雲が出て風も冷たくなっていたが、傾きかけた陽が照らす
島々と海峡をぐるっと見渡すことができた。



2004年11月15日(月) 鍋焼き

味が薄くて今一だった冷凍の豚丼の素が残っていたので、
割下(醤油、味醂、酒、砂糖)で味を整え直して
うどんを入れてうどんすき風にした。
仕上げに溶き卵と春菊も。ウマウマ。(^ー^)

冷凍の讃岐うどん麺は便利だけど、コシは
半生麺には劣るね。
茹で時間が短いだけに仕方ないか。



2004年11月12日(金) 新しいもの

4年使ったハンドヘルドPC(Windows CE搭載)の
バッテリーが寿命になったので屋内用に引退させて、
シャープのZaurus(SL-C3000)を入手した。
このサイズ(300g)でこの容量(HD 4GB、SDRAM 64MB)
&この性能(CPU 416MHz)かぁ・・・。
進化したもんだ。

手持ちのコンパクトフラッシュカード型PHSは
使えるけど、携帯電話や固定電話の接続には
社外製オプションが必要らしい。
確かにね。今時分には時代遅れであまりメリットのない
通信手段かもね。
だけど、僕の外出先で最もニーズの高い仕事場は
PHS圏外の田舎なんだよなぁ。
当然FOMAも圏外なんだけど、FOMA普及の影響か
今後PHSの圏域が拡がる見込みもなさそうなんだよぉ。
最近はウェブメールも携帯で閲覧できるものが増えたし
出先でPHS圏外の時は携帯と割り切ってもいいんだけど、
ダイヤルアップじゃなければ、案外、パケット代も
かさむんだよなぁ。う〜〜〜ん・・・。

とても寒い風が吹いた一日。来年のカレンダーが届いた。
この数年注文しているのは、自然の景観や野生動物などの
写真で構成されたナショナル・ジオグラフィック日本版製。
昔、中南米の古代史に凝っていた頃、ロクに読めもしない
英語版を古本屋で買い集めたりしていた雑誌である。


今日の晩酌:“氷結 ラ・フランス”(キリンビール)
他社製のカクテル缶だけど、前シーズンに飲んで
気に入ってたんだよね。
季節限定物のようで、久々に嬉しい限り。



2004年11月05日(金) シンパシィ

“やはりオレは外道だなぁ、
 こんな姿でしかお前を守れねえ。”
(『金色のガッシュ!!』(週刊少年サンデー・雷句誠氏))

何かね・・・。サクッ、ときた・・・・・・。


寓話だからこそ、心に訴えかけるというものもある。



2004年11月04日(木) 小さな気持ち

被災地に義援金を送ることにした。
自分の趣味や仕事柄を思うと、その技術を役立てた
お手伝いができればいいのだけれど、同じ思いの人たちは
各地にたくさんいて、自分も今は馳せ参じる状況ではない。
色々考えて、これが一番有意義な方法と結論した。

どうせなら人数の多い方がいいだろうと
職場の同僚にもちかけて有志を募ったら、
1週間で自分の寄付分を上回る額が集まった。
まとまった額は出せないとか、送金の手続きに行くのは
面倒、さりとて街頭でも照れ臭くて出せないとか、
そういった人たちも協力してくれたのなら有難い。
これがまた全国から寄せられるものに加えられたら、
少しは何かのお役に立てるかも知れない。

普段の生活をしっかりと過ごすことができるのも、
各地への旅を楽しむことができるのも、それぞれの土地に
暮らす人たちが日常を営んでいるお陰だと思っている。

だから僕は、自分の日常を一生懸命に生きる。

未だ災害の真っ只中にいる大勢の人たちもまた、
少しでも早くその人たちの日常を取り戻せますように。
それまでの間、どうか、できる限り心身を健やかに
過ごすことができるように願っています。



2004年11月02日(火) たまの日常

公休日で床屋に行ったら、有線で今時のポップスに混じって
ゴレンジャーのテーマが流れていた。うぅむ。(モロ世代σ(^ ^;))

散髪直後はメットがスカスカに緩む。
不精して中々散髪に行かないので、実は
普段がボサボサの髪で窮屈になっているらしい。
それでも、9月のロングツーリングでメットを被りっ放し
だったので、多少髪の毛がヘタッたように思う。

近所のスーパーで結構美味い鯖の押し寿司を売っていたのだが、
最近、表面を炙った焼き鯖寿司に変わった。
旅雑誌で紹介されている足摺の食堂のようにはいかず
ツーリング中に食べたようなタレ付きでもない。
所詮は惣菜売り場の焼き魚という感じで、何とも残念。

代わりに、近頃よく見かけるタコキャベツカツを買ってみる。
ふ〜ん、成程。タコ焼きのようなお好みのような・・・。
確かにイケる。たくさんは食べられないけどね。

泡盛古酒“くら”(沖縄・ヘリオス酒造)も入手。
クセがなくて飲みやすい。

風邪が治って、漸く味や香りを楽しめるようになって
きたけれど、気力も体力もまだあまり余裕がない。
せめてもと、溜めに溜めた洗濯やら掃除やらを片付けた。



2004年11月01日(月) El Derecho De Vivir

僕は信じている。

己れの存在を何者にも脅かされることなく
ただ自ら望んだ生を全うすること。
住処や信仰や職業や家族構成や
現状に様々な違いはあるにしても、
あらゆる人がそれをこいねがい そして
手に入れる権利があると。


 < PAST  INDEX  WILL >


_ [MAIL] [HOMEPAGE]