airgroove diary
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2004年11月19日(金) 二次会

披露宴に引き続き二次会には会社の方を中心に
79人が参加してくれました。
披露宴ではあまり食事ができなかったため、
二次会ではたらふく食べようと思っていましたが、
こちらでもあまり食べることができませんでした。
二次会は裏方で支えてくれていた大学時代の友人たちと
約1ヶ月前から毎週のように二次会の打ち合わせをしていたので、
非常にうまくいきました。

挨拶は北京から来てくれたOさん、私たち二人の出会いの
きっかけとなったドイツから帰国したF氏にも挨拶してもらい、
馬仲間を代表してG氏が挨拶。
馬仲間からは結婚記念に「シュクハイ」という馬名の
単勝馬券をいただきました。大事にします。

その後、嫁さんはKIX時代の友人たちと
私は大学時代の友人と3次会へ向かいました。
ここでようやく食事を取ることができました。
別れ際にまたも胴上げです。最後までありがとうございます。

実はこのあと4次会にも参加しました。
OさんとMさんが飲んでいるところへ私が参加いたしました。
結局、1時過ぎまで飲んでいました。
2時間しかねていなかったため、さすがにベッドに入ると
そのまま結婚初夜を迎えずに眠りに入りました。
今日は本当に長〜い一日でした。


2004年11月18日(木) 今後ともよろしく!

引き続き、両家を代表して父トニービンの挨拶。
このあとは私が挨拶するわけであるが、
父は何も見ずにスピーチを始めた。
実は私のポケットの中には挨拶文を忍ばせていたのだが、
父がそらでスピーチをし始めたため、私も何も見ずに
スピーチをしなければならないと思った。

しかもあの場面でポケットに手を突っ込むわけにも行かず、
父のスピーチなど上の空で必死に何度も挨拶を頭の中で繰り返した。
幸いにも父は長々とスピーチをしてもらったため、
相当練習することができた。

更に会場は真っ暗で誰の顔も見えない状況であったため、
緊張することはなかった。今日の披露宴会場でもっとも
短かった私のスピーチは無事終わり、なんとか事なきを得た。

あっという間の3時間であった。
今回、無理を言って挨拶、余興をしてくださったみなさん、
司会を引き受けてくれたIさん、どうもありがとうございました。
また、出席者の方々には素晴らしい披露宴をお見せすることが
できたと思っています。楽しんでいただけたでしょうか。

二人力を合わせて素晴らしい家庭を気づいていけるよう努力しますので、
今後ともよろしくお願い申し上げます。


2004年11月17日(水) 世界でひとつだけの花

余興のトリを務めるのは大学時代の後輩M。
大学時代部活の合宿の宴会で彼がギターを弾いているのを見て、
密かに私の結婚式では彼に余興をやってもらおうと思っていました。
誰かにこの案をとられてはまずいので、この日、
彼を紹介するまで黙っていたのは言うまでもありません。
緊張した面持ちで舞台に上がったMは途中で演奏をストップしてしまった。
緊張のためとちってしまったそうだ。私はわざとやったとおもっていたが、
本当に緊張のせいで間違えてしまったらしい。
仕切りなおしで、曲はSMAPの「世界で一つだけの花」。
途中から3人が舞台に上がり、それぞれ歌いだした。
さびの部分では私が歌うことになり、だんだん人が増えてきて、
最後は10人くらいで肩を組んで合唱。
お約束の胴上げで余興も幕を閉じた。相変わらず胴上げの好きな連中だ。
ちなみにこれ以来私の着メロはこの曲にさせてもらっている。
披露宴も佳境に入り、新婦から両親に対する感謝の言葉。
楽しかった宴もここからは涙を誘う場面となります。
私は結婚式の主役は新婦であると常々思っています。
こういう場面では更に新婦が引き立つわけです。
全て暴露しますが、前日の夜中3時まで考えた文章はいかがでしたか?
立派な文章だった思います。数枚の便箋から構成されていましたが、
タイプされていたのは最初の数行だけであとは手書きで書かれていました。
突貫工事といった感じでしょうか。ご苦労様でした。
新郎新婦から両親へのプレゼントはお花では月並みで面白くないため、
今日の日付を記載したイヤープレートをプレゼントすることにしました。
我ながらいい案だったと思います。


2004年11月16日(火) ありがとう。

続いて、今度は私の高校時代の友人Fの爆笑スピーチ。
彼のスピーチは爆弾発言あり、会場は笑いの渦になった。
聞いているこちらもうけていたが、
隣の新婦が心配そうな面持ちになっている。
どこまでいうのかこちらも気になり、気が気ではない。
それこそ鼻の頭に汗をかいてきてしまった。

最後はしっかりまとめるあたりFはさすがというところでしたが、
彼のスピーチにあったとおり「ありがとう」という気持ちを
忘れずにいきたいと思います。
簡単な言葉ですが、この言葉を言えること、また、
いわれることは簡単そうで難しいと思います。
みなさんも感謝の気持ちを常に持ち続けてください。
残念ながら、私は海外出張のため彼の結婚式に出席できませんでした。
申し訳ないと思っていますが、このようなお言葉をいただき、
感謝しております。どうもありがとうございました。

さて、笑いの後は現役JALスッチーさんによる航空会社特有の
「寿アナウンス」です。
スチュワーデス姿に扮し、機内でのアナウンスを真似た形で
アナウンスをします。もちろん私もはじめて聞きます。
どんなことをいうかというと・・・、
当機はホテルグランパシフィックメリディアン発、
幸せアイランド行き、飛行時間は無限、高度は有頂天でございます。
旦那さんの財布の紐をしっかりお締め下さい。
幸せアイランドの気温はアツアツなどなど。
ほとんどの方が初体験のせいか、じっくりと聞き入っていました。


2004年11月15日(月) お祝い架空実況

そして、第二幕。
キャンドルサービスではなく、キャンドルリレーを行いました。
新郎新婦が各テーブルを回り、火を点けたキャンドルを
各テーブル毎にリレーさせていくシステムです。
最後には事前にお願いしていた人にそのキャンドルを
高砂に持ってきてもらい、キャンドルピラミッドを完成させた。

引き続き、現在の上司の挨拶。
どうやら私は困ったことがあると鼻の頭に汗をかくらしい。
よく観ていること。私は昨年の9月にパリでプロポーズしたのだが、
実はその旅行の直前に急遽イラン出張が入ってしまった。
本来、仕事優先のため許されないのであるが、無理を聞いてもらい、
その上司にイランに行っていただいた。
上司がイランで悪戦苦闘しているとき、私は欧州で優雅に
過ごしていたのである。どうもありがとうございます。

続いて、新婦友人のH野さんの挨拶。
ここは一転してしんみりとして、新婦も涙ぐむ場面もありました。
このあと予定外の演出がありました。
司会のIさんの知人でもあるラジオ日本アナウンサーの
細渕氏(競馬をやっている人にとって一度は聞いたことのある名前です)
によるお祝い架空実況。Iさんからのお祝いの余興のようです。
私の好きな馬、エアグルーヴが勝った97年の天皇賞・秋を舞台にして、
ジョッキーは私、エアグルーヴをエアトモミ(嫁の名前がtomomi)として、
当時とまったく同じ出走馬を相手にレースを行った。
最後の直線では、場内から「差せ〜、エアトモミ〜!」という声援も
聞こえる。最後はバブルガムフェローとの壮絶な叩き合いを制し、
見事一着でゴールイン!場内からは「たかしコール」で幕を閉じました。

自分で言うのもなんですが、このあたりから「今まで自分が出席した結婚式でも一番面白い結婚式だなぁ」と思っていました。


2004年11月14日(日) 飲みすぎに注意

いよいよ披露宴の開宴である。
入場のテーマは新婦が決めた競馬のパドックマーチ。
私は最初の入場でこれを使うのはいかがなものかと思っていたが、
新婦が人と違うことをしようということで司会のIさんも賛成してくれた。
ちなみにホテル側は難色を示すが、最後はこちらの要求に折れてくれた。
しかし、いざ入場するとなるとき、二人で顔を合わせ、
「この曲でみんな引いてしまったらどうしよう」と
一抹の不安を隠しきれなかった。
それが杞憂に終わってしまうまでさほど時間はかからなかった。
ファンファーレがなると会場からは笑い声が聞こえた。
二人はほっとして、「よかった」と一言。競馬のパドックマーチに
そして、みんなの手拍子に乗ってまさに本馬場に入場する
お馬さんのように入場した。
司会のIさんは2週間前の行われた天皇賞・秋の結果
(同じ藤沢厩舎で牡馬ゼンノロブロイと牝馬ダンスインザムードの
ワンツー、まさにこれから一つ屋根の下で過ごす夫婦にぴったり?!)
に例えた紹介をしてくれた。
このとき、「おや?事前打ち合わせではこういう内容ではなかった
はず・・・。粋な計らいをしてくれたなぁ」と心の中で思いました。
このIさんは以前競馬ラジオ中継のアシスタントをしていた
現役のアナウンサーなのです。
まずは私の主賓KZWさんからの挨拶。
さすが一部上場企業の元役員(今年の6月に退任し、現在は関連会社の社長)
で挨拶もうまかったです。
ちょっとほめすぎのところもありましたが、同じ部署で仕事を
していたとき、金曜の定時過ぎにはG1の馬券をよく頼まれました。
新婦側主賓の挨拶も終わり、私が新入社員時代には
よく鍛えていただいたI部長の乾杯で一気に和やかムードへ突入。
ケーキ入刀、ファーストバイトとみんなに写真を撮ってもらう。
自分が中心にいるとやはり気分がいいですね。
この後は新婦がお色直しのために一時退場し、
みんなが一気にビールを注ぎに来たから、さぁ大変。
これをすべて飲んでいたらお色直しの再入場を千鳥足で
入場することになります。
既に結婚式を挙げたことのある方はご存知でしょうが、
必ず足元にビールを捨てる壷が用意されているのです。
申し訳ありませんが、私も注いでもらったビールをほとんどすてましたね。
お色直しの新婦を迎えに行っている間、みなさんはしばしの歓談で
食事を楽しまれたと思いますが、私たちは何をしていたかというと。
お互いお色直しをした記念撮影。
私はインナーのベストをシルバーからエンジ色に変えました。


2004年11月13日(土) いざ出陣

結婚式を前日に控え、気持的にはあまり緊張している
つもりはないのだが、人生の節目であるため
かなかなか眠りにつけずにいた。
結局、明け方まで披露宴の結びの挨拶を
布団の中で暗記していた。
2時間半の眠りから覚め、ダイナカールと一足先に
メリディアンに車で向かった。
親類が続々と衣装室に入っていき、おめかしを始める。
私も早めにタキシードに着替えた。

控え室では双方の親類を紹介する儀式がある。
父トニービンは緊張していたせいかそれとも
ぼけているのか私の家族以外の名前を忘れる始末。
最後はみんなが自分で自己紹介をしていた。
このあとに記念撮影。まずは新郎新婦二人で撮影した後、
親類一同との撮影。記念撮影が終わると、いよいよ結婚式。
不思議なくらい仲間がどの席に座っていたのかよく見えていた。
結婚式はみなさんと同じように、誓いの儀式、指輪の交換と
ありきたりのことといえば、ありきたりのことをしただけである。
わずか20分ほどで終わってしまうほど当の本人もあっというまに
終わったという感じである。
メリディアンのアトリウムを降りて、みんなにフラワーシャワー
(私はライスシャワーを要求したが、ホテルの方針で拒否された)
で祝ってもらった。
自分が中心にいるということは気持ちのいいものです。

さて、このあと披露宴まで1時間ほどあり、
この間何をするかというと、新婦は披露宴で流す音楽の最終確認。
私は披露宴会場の確認と読み上げる祝電をチョイスしていた。
そこでは司会のIさんがホテル側と最終確認をしており、また、
余興のトリを務めてくれるM下が奥のほうでギターを弾いていた。
どうやら曲名は私に内緒の予定だったらしい。
まだまだサプライズがあるそうなので、それを楽しみにすると
同時にその曲は聞かなかったことにしよう。


2004年11月12日(金) 最後の最後で・・・

いよいよ挙式を明日に控え、のんびり最後の夜を
すごそうと思っていると、明日私の嫁になる人から
電話が鳴り、なんと欠席の連絡を受けていた
新婦の主賓が出席するという情報を入手したらしい。
さぁ、大変! 席次表は既にできあがっている。
しかし、主賓が自分の名前がないとどう思うだろう?
印刷屋の息子として意地を見せるために
私は席次表を直すことに決めた。
しかし、厚紙が10枚しかないことに気づき、対応策を変更。
新婦側主賓の席のみ修正することにした。
したがって、式に参加した方はお気づきと思いますが、
新婦側の挨拶を下方はみなさんの席次表に載ってません。
最後の最後で人の手を煩わせて・・・。
結婚式の準備は最後まで気が抜けないことを思い知らされました。

日付が13日になると馬仲間のBLIZが我が家にやってきた。
私が婚姻届を提出しに行くのに付き合ってくれるとの事。
彼の実家は私の近所のため立ち寄ってくれた。
一部書類に不備はあったものの区役所にしっかりと
受理してもらい、事なきを得た。

一応挙式と入籍は同じ日にしようという希望は果たせたわけだ。



2004年11月11日(木) 挨拶ついでに

S日(旧N商I井)への転勤挨拶途中に
メリディアンへ席次表を届けにいきました。
いつも休日に打合せに行くと、
いつもはカップルでごった返している
婚礼フロアですが、がらんとしていました。
100部の席次表を家から持参したわけですから、紛失したり、
汚したりしないように注意しなければなりませんでした。
結構労力を使いました。


2004年11月10日(水) あわただしい

昨日、席次表を完成させたので、
あとはじっくり挙式当日を待つだけです。
最後の準備であわただしくなるのかもしれませんが、
私の場合、転勤を控えており、そちらの引継ぎで
あわただしくなっています。
挙式に関しては嵐の前の静けさといったところでしょうか。


2004年11月09日(火) 席次表完成

ほぼ出席者も決定したので、席次表を印刷しました。
席次表の作成に取り掛かったのはかなり遅かったので、
どうなることかとおもいましたが、いい塩梅にできあがりました。
出席される方々は当日を楽しみにしていてください。


2004年11月08日(月) カウントダウン

いよいよカウントダウンが始まりました。
挙式まであと5日です。通常、最後の挙式準備に
追われることが多いかもしれませんが、
先週の段階でほぼ準備をと整えているので、
特にあわただしくする必要はありません。
今日、北京から後任のO田さんが引継ぎのため来日しました。
このまま残って、私の披露宴まで参加してくださいます。


2004年11月07日(日) 人事を尽くして

今日でほぼ結婚式の準備は終了しました。
人事を尽くして天命を待つといったところでしょうか。
とっても、私はたいして人事を尽くしていないので、
それは嫁さんにいえることかもしれません。
残すは出席者の席次表を作成するだけです。
ドタキャンがあるかもしれませんから、
さすがに席次表は直前まで作成できません。


2004年11月06日(土) 指輪

いよいよ来週に結婚式が迫ってきました。
はっきりいって全く実感は沸いてきません。
まだ結婚指輪を購入していないことに気づき、
遅ればせながらようやく購入しました。


2004年11月05日(金) 赤福

帰京する際に伊勢名物・赤福を購入した。
田舎に帰省していた際、必ずといっていいほど
名古屋でこの赤福を買っていた。
そのくせがついているのか、名古屋にいると
赤福を買ってしまいたくなる。
余談だが、赤福に関して、総本店でできたての
赤福を食べるのが私の夢である。


2004年11月04日(木) 名古屋での引継ぎ

前任者に連れられて客先回り。
四日市や鈴鹿がメインの客先になりそう。
三重県は私の田舎でもあるので、なんとなく親近感を持てる。
とはいえ、和歌山との県境なので、まるで正反対に位置しているが。


2004年11月03日(水) 名古屋の休日

名古屋に駐在している同期のTと昼飯を食べ、
そのあと名古屋競馬場へ行き、大井競馬場で
開催されているJBCの馬券を購入した。
夜はホテルで再来週の結婚式二次会で使うPPを作成した。


2004年11月02日(火) 名古屋赴任挨拶

11月1日付で名古屋支店転勤の辞令を受けているため、
朝一番の新幹線で名古屋に入りました。
夜は早速歓迎会をしていただき、
翌日、休日であることも幸いして、
3次会まで参加させていただきました。
今後とも宜しくお願いします。


2004年11月01日(月) M口杯ゴルフ

今日は会社の創立記念日のため、
毎年恒例のゴルフ大会です。
朝5時に起きて埼玉の山奥まで車を走らせました。
土砂降りでゴルフ日和には程遠かったのですが、
ゴルフ場へ到着する頃には雨もやみました。
スコアに関しては、コースコンディションが
悪い割にはいつもよりショットはよかったです。
OBさえださなければ、もう少しいいスコアが
出たと思います。当たり前のことですが。
来年以降が楽しみです。


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