+女 MEIKI 息+
DiaryINDEX過去のことさ


2001年09月29日(土) 巨峰


 語れぬ不幸と

 語らずにいられない不幸

 出し尽くした沈黙の枝先に

 真実の言霊が実るのだろうか

 朝露に光る実を真っ先に摘んで

 あなただけに捧げたい


---------------------------


 夕食にクリームシチューを作りました。
 もう、そういう季節になったんですね。


 食材をスーパーに買いに行った時
 巨峰が凄い安い値段であったので
 3房ずつきれいにビニールに包装されたものを
 思わずカゴにふたつ。

 ジャガイモ・ニンジン・タマネギ
 どれも重いものばかりなので
 カートを使用しました。

 最初に取った巨峰が潰れるといけないので
 カートの脇のフックに掛けて
 鶏肉やら、牛乳を次々とカゴへ。

 自転車の前にこれだけ乗せたら
 ユラユラしちゃうかな
 なんて、考えながらレジへ

 そこでなんと、カゴの中身だけを会計して
 カートの脇に下げていた巨峰をすっかり忘れ、
 しかも買い物袋に入れている時点でも気付かずに
 家に帰って、冷蔵庫に仕舞う段階になって
 初めて「ん?げ、ヤベッ!」


 閉店間際の買い物だっただけに
 も一度戻る誠意もなく

 風呂上りに食べる
 冷えた巨峰は、おいしゅうございました。


2001年09月28日(金) 貴方は何故・・・

感情を無理に言葉に封じ込める。

あなたには永遠にあたしの言葉が聞こえない。聞こえているのはただ、音の連なり。あなたはただあたしの着ている服をみているだけか、さもなければもっと多くのことに感心をもっているのかもしれない。あたしの髪の色とか。

いまのあたしははじめのあたしと同じではないの。
闇が出口を見出した時に拒絶するべきだった、もう遅かった。あなたを気にかけようとしてる感情を止めようと思ったときには、もう遅かったのだ。

--------------------------------

先日、パソ通以来の友人と話をしました。
(これも、ネットの知り合いと呼ぶのだろうか)

「どうして、桜子はサイト開いているの?」

すごい単純な質問なのに即答できませんでした。

うーん、なんでなんだろう。

女をアピールしてboysゲット
(や、こんなアンプリティな文で誰が寄ってこようぞ)

カウンタグルグルの大人気サイト
(や、カウンタ無いし。しかも分析は単なるアイコン化よ)

サイトをキッカケとして知り合いを増やそう
(や、違った意見まで取り込む程に器デカクないし)


・・・どれも当て嵌まらない。


間違って迷い込んだお客さまに無理に駄文を見せよう
ここで微かに息づく生存表明
こんなヤツも居るのだと小さな挙手

・・・そんなところなのかな。

開いた限りは見て欲しい。
不特定多数に向かって
レースのカーテン越しに
自慰をしてるのかもしれない。


さて、サイト持ちの貴方
貴方は、何故にサイトをお持ちですか?



2001年09月25日(火) 短気は損気、じゃ浮気は?


 人と比べられるのが厭だ。
 そもそもガキの頃の通信簿だってクラス全体の○%が優で○%が可だなんて可笑しいよと文句を言ってたくちだ。さして出来もしない癖にいっちょ前なことばかりを、さもしたり顔で言ったりして後から自己嫌悪に陥ったりする。
 大好きな男が、他の女と一緒に居てもそんなことでは目くじらたてたりしないのは、面倒なヤツと思われたくないからだし、理解あるふりをすることで「お前はソウイウイミデモ好き」と言われたいから。けど、それは全部が思ってることと裏腹で、結果は自分の首を締めているだけにしか過ぎないのも知っている。分かってる癖に、他に出来ないんだよ。だから嘘でもいいから繕って欲しい。「そんな事は無い」と言い切って欲しい。なるべくならホズレの見えない嘘で固めて欲しい。自分の気持ちを軽くさせたいからって、アレは嘘でホントはこうだったなんてことは、男の口からは聞きたくないんだよ。完全にバレたとしても「いいや、アレは嘘じゃない!」とサラリと言い切ってくれるうちは、好きで居てくれてるように感じるんだ。例え女の上に乗っかって腰を振ってる最中に、その部屋の扉をあたしが開けてしまったとしても、「俺は何もしてない!」って言ってよ。

 楽しい時間を共に過ごした帰り道、送ってもらう時になってしきりに時計を気にしてるのに気付かない振りをしているあたしに甘えるのなら、あたしは簡単に許してあげる。だけど、隠し切れない嘘が苦しくて辛いなら「さよなら」ぐらいは言えるでしょ。沢山の言葉を並べる必要も無いし、一言で済むから。
 あなたったら、別れ際には必ず「じゃ、またな」と言って「さよなら」とは言わないでしょ。寂しがり屋だからその言葉は嫌いなんだなんて、甘い縄で縛りつけたりするから。
 電話を切る時でもいい、送ってくれた別れ際でもいい、一言「さよなら」ってあたしに言って。
 そうすればあたしは家で一人、いやらしく泣けもするのよ。

 何をしてても構わない、だけど比べられるのだけは勘弁だわ。それじゃ泣くことすら出来ないじゃないの。










  と、その前に、そこまで詰め寄ることが出来るのかどうかが問題だけど。


2001年09月20日(木) 婆さんは川へ命の洗濯に


 トイレで腰掛けてふっとカレンダーを見たら
 今度の週末は3連休ではないの!

 日付も、曜日も、時間の感覚さえ無いようです。

 これじゃ、ボケるの早いだろうな・・・。


 ボケると言えば

 去年の夏に体調を崩した母が、今年の春ぐらいからやっと動ける程に回復してきたので、今年こそはお盆には墓参りをしたいと言い、父に連れ添ってもらって数泊して来ました。数年前から母の姉(あたしの伯母)が、ボケてきたそうです。体調も崩さずに、久しぶりに親戚と楽しい一時を過ごし手土産を持って母が帰ってきた時に、駅まで迎えに行きその日は実家に泊まりました。親戚の誰々ちゃんやらの話を楽しそうにする母を見て、ホッとしました。
 そこで、やはり少しボケ始めた伯母の話を聞きました。
 母が翌日帰るという日に、縁側の先、他の親戚の目を隠れた処から母に手招きするのだそうです。呼ばれた母は、伯母のところへ行くと、そっと打ち明けるように「少ないけど、東京に帰るならこれを持って行きなさい」とそう言って、小さなビニール袋に入れた白米をこっそり手渡したそうです。新米を収穫したからの理由ではなく、どうやら戦時中の疎開当時のことが思い出され、地元を離れ東京へ向かうのならせめて白い米を少しでも持たせて上げたいと、姉が妹を思う気持ちの現れだったようです。母は、困ったもんだけど皆に迷惑をかけるようなボケでないからと、笑って話をしていましたが、聞いていたあたしは意味無く(どういう理由からなのか自分でも判断出来ないまま)泣いてしまいました。どんなにボケたとしても、姉が妹を思う気持ちはボケないんだなと、今なら少し判断出来る感情ですが、やはり少し切ない気持ちになります。
 あたしも確実に歳をとり、婆さんになった時にボケたとしても、いくらボケたことは自覚しないとは言え、愛する者を労わる気持ちは持ちつづけたいと。矛盾してますが、思ったりしました。


2001年09月17日(月) 負けず嫌い


 久しく連絡をしていないネットの知人の携帯にメールを送った。
 「元気ですか?わたしは病に伏せてました」と、すると返事は
 「ボキは今、ハワイに居まーす」と携帯からメールが届いた。

 久しく連絡をしていなくとも
 ヤツはナマってなかったようだ。チッ!


2001年09月16日(日) 秋晴れに匂う


 秋葉原を徘徊しました。
 今回は、裏路地に入ったら二度と日本の地を踏めないような店ではなく、ごく普通のポピュラーな店ばかりを見て回ったのですが、平日に比べやはり凄い人の数でした。街ってそこ独特の匂いがしますよね。まさしく土曜・日曜の秋葉原は、スッカイ匂いがしていました。ゲームキューブに群がるお兄さん達、もう少しVANなどの制汗剤を使用することをお勧めします。人込みはいつになっても慣れませんが、あー臭くては眩暈すら感じます。お兄さん同士は、感じないのだろうか。


2001年09月15日(土) 泡沫の夜


 寝付けないまま外を通る新聞配達のバイクの音を起き出す合図に、ベッドからのそのそと降りてTシャツ一枚を着た。今迄、何処で寝ていたのか気がつくと足元に猫が纏わり付いて、尻尾を絡めながら彼なりの優しい挨拶をしてよこす。屈んで抱き上げようとしたら、その腕をすり抜けて階下に来いと促す。起きたら飯か、判りやすいヤツ。眠ってたわけではないのに、まるで今迄寝ていたように覚束無い足取りで階段を一段ずつ降りると、彼もそれに合わせてゆっくり、けれど私の比ではないほどの軽やかな足取りで降りて行く。彼のご飯皿は、乾燥した餌の一欠片も残っていなかった。ザラザラと音を立てて皿を餌で満たしてあげると彼は、ありがとうもいただきますも言わずに、小さく丸くなって食べ始めていた。静かな部屋の中で、カリッと食む音だけが聞こえ、それも長くは続かなかった。座って見てた私の横に彼はやって来て、毛繕いするのも億劫なのか、もう半分以上夢の中に戻って行った。
 夜とも朝ともつなかい時間は、家全体、表通り、街灯までもが寝静まっているようだ。外がどれだけ眠りのベールが掛かっているのか、見たくなった。いや、一人で起きているのが私だけかも知れない、もしかしたら私しか居ないのかも知れない、部屋の中に居ると静さに厭な気分になるのが恐くて外に出た。
 手を伸ばせば届きそうな低い鉛色の空の下、薄墨色に染められた眠りのベールとはまた違った湿感のあるベールが全てを覆ってた。サンダルがアスファルトを擦る音だけ、やけに大きく聞こえていた。その単調な音を少しだけ立てていると、歩道の真中にお腹を地面に付けて座る猫が居た。私以外にも起きているモノを発見したようでなんだか嬉しい。ところが、とこちらが近づくのは、とうに気付いているだろうに動こうとしない。あまり近くに寄って逃げられるのも寂しいので、チッチッと口を鳴らしたが聞こえていふりをする、反応してくれない。微動だにしない彼の視線の先を辿ると、握り拳のような石がゴロゴロしている資材置き場で、点々と間隔を空けまあるく輪になって集会している猫達が居た。歩道に座っている彼と輪になっている猫達と等間隔をとるように、私もその集会の輪に入ったような気分になって、その場にしゃがんでみた。どれだけ時間が経ったのだろう、どっちつかずの時間が朝であることを思い出した頃、猫達は一斉に彼等の持ち場に帰って行った。その場に一人取り残されるのが厭で私もすぐに家路についた。ドアを開けると、猫が玄関まで迎えに来ていた。


2001年09月14日(金) 近況報告もどき


 □ のほほんな生活をしろ!と、センセイに言われてきました。今日は検査で病院へ。どんなに早くに行ったところでじーちゃん&ばーちゃんのパワーには負けます。病院が開店しないうちから待ちの行列。パチンコ屋の開店前に並んだことあるけどなんだかそんな雰囲気すら。

 □ いくら腕が太いからって、血圧測定の時に腕に巻くアレ、キツ過ぎです。空気が入って膨らむのを予測して下さい。ギチギチな音を立てて帯が異様な感じに。肘から先は紫色に変化しちゃうし。バリバリと外した跡がしっかりとうっ血(縦筋のアオタン、アカタン、猪鹿蝶)だから、機械任せは厭なんだ。

 □ 診察料を支払う窓口前の長椅子にも、凄い患者の数。こりゃ呼ばれるのは相当先だな。「はい!」と言う大きな声で返事をしたじーちゃんの声で目が覚めました。どうやら熟睡してたもよう。アナウンスは丁度、あたしの名前を呼び出していました。そのまま窓口に行くと、そのじーちゃんも列に並んでいました。「五月桜子さん(当たり前だけど、この場合は本名)」「はい!」なんと、そのじーちゃんが返事をする。同姓同名(読み方だけなんだけど)の人に初めて会いました。しかも異性って言うかじーちゃん。支払い窓口の女性は、ボケたのかしら?な、顔をしてたのは見逃してません。同じ読み方するじーちゃんの順番と間違えたのは、あたしの方です。

 □ マイカルがバッタリ。サティの割引やらポイントカード、使えるうちに使っておこう。そういう時に限って欲しいものが見つからずに、無駄なものをムリヤリ買いそうな予感。その予感は、明日的中するだろうな。

 来週あたりから、普通の生活になるぞ!と、意気込む。センセイに言われた「のほほん生活」をこれ以上してたら、溶けてゲル化しそうなので。こんな垂流しが、一方通行じゃないと思わせてくれた貴方、ありがとう。


2001年09月12日(水) 事件は厭よ

 先日、新宿でのビル火災。
 ここを読んでくれた方数人や、ネット以外でもあたしがよく新宿に出没することを知っている数人から、随分心配してもらいました。(その節は、ありがとうございました)あたし自身は運良くその場に居合わせなかったので全く大丈夫だったのですが、やはり友人は大丈夫なのかと心配しておりました。何度かその友人の携帯へ電話をかけたのですが、コールもなく留守番電話なってしまっていたので、たぶん同じように思う人からの留守電で一杯だったのだと思いました。そうなると余計に心配でした。先週末になってその友人とやっと連絡が取れてホッとしました。そのビルに入っている店舗の系列関係なので事情聴取という名目にて数日、署に通っていたそうです。声を聞いて安心して思ったのが、不謹慎ながら署での食事はやはり「カツ丼」なんだろうか?と、いうことです。(随分と昔に署内で暫しの時間を費やした時に、あたしに出されたものはコンビニ弁当でした。訊くと飲食代は、その時担当した警察官の財布から出すのだそうで。もちろん、この時も何かの疑惑により調べを受けたわけではありませんよ。念のため。)友人は、毎日続く署への出勤のために、事前にコンビニで買い物を済ませて入ろうと提案したらしいのですが、持ち込み不可と言われたそうです。あんな大きな事件だったので、それ以上茶化すことはしなかったと言ってました。(当たり前だ!)

 事件続きで昨夜、米国の主要都市を標的にした同時多発テロ。
 今から7、8年前もテロ事件が起きたその時も、なかなか連絡が取れずにそれでも無事を確認出来た出張中の友人が、やはり今回も仕事でNYに居ます。なんでもないと思いたいけれど、やはり連絡が取れるまではヤキモキします。

 なんだか日々記でなくなってましたね、ここ。
 ボチボチといきましょうや、ボチボチと。

----------------------

13日の朝、明けきらない頃に彼の弟から「無事だよ」と連絡が入りました。詳しいことは判らないけど取り敢えず良かった。


2001年09月10日(月) 泣きっ面に花


 大好きな珈琲と煙草を控えた日を送っていました。
 どうやら、持ち直してきた模様。

 鬼のカクランとは良く言ったもので
 なんの前触れもなく突然でした。

 忙しい最中に、くたばるのはとっても惨めで
 めちゃくちゃ腹が立ちます。

 深窓の令嬢のように
 普段から儚いのであれば別ですが
 あたしをご存知な数少ない方々のご意見としたら
 スリッパで叩きつけたくなること請け合いでしょう。

 なもんで、あたし自身もそう思われるのが厭です。
 臭いスリッパで叩かれたくないです。


 まるでツワリの醜態な日々でした。
 と、言ってもツワリの経験無いです。
 この先もゼッタイ有り得ません、言い切りです。
 逆安全牌です、どーですか?(売り込み)

 それでも抗生物質を簡単に
 使用出来ないヤボな身体なのでスキン着用で。
 そーなると、あまり大差ありませんが。

-------------------------------------------

 ちょっと普段と違う
 やんわり病気な気分の時は
 気持ちも弱ったりの勘違いに陥ります。

 用も無いのに、電話しまくったり
 仕事と分かっているのにダダをこねたり。
 「なによー、弱ってる時ぐらい優しくしてよ」
 なんて・・・。

 そんなことを言ってみたいです。
 変に理解あるふりをするのは悲しいです。
 いつものように元気なふりして
 何も伝えないまま切った電話は
 発信音になるまで耳に当ててました。


 気晴らしに花を買いました。
 あたしの好きなカサブランカ。
 それでも、このツワリ気分の最中では
 香りがあまりにきつ過ぎて

 余計に寂しくなったとさ。


2001年09月08日(土) チラッと


 昼夜逆転することもなく、日々精進しております。(集中時間15分に対して、休憩2時間ぐらいの割合で)自分のサイトながら、ご無沙汰しております。その間にも来てくださった方々のほうが、このサイトについては詳しくなったのではないでしょうか。ありがとうございます。何か変ったところはありましたでしょうか?

 昨日は、あまりにも篭り過ぎた日々だったと気付、こりゃイカンと、M男ちゃんと遊びました。久しぶりにグリセリン溶液なんぞをこさえてみたりして。とても充実した時間を過ごしました。主にM男ちゃんが!
 しかも結局は、屋外ではなく部屋の中で過ごしたので引篭もりは継続した気分のままで、夜はグッタリ疲れて随分早くに休みました。

 そして今日、目覚めると頭が痛いし船酔い気分でゲロンゲロン。久々に出ました、原因不明病。寒い処に居たから風邪をひいたとか、理由があるはずなのに、やはり今回も理由が見つからずに、仕方なく病院へ行くハメに。毎日飲まなくてはいけないと処方されている薬をサボったためが主な理由。だって、数日(数ヶ月)サボったところで前日との変化がなければ「まっいっかな!」と、思ってしまうもんですって。他に胃薬をたーんともらって、まるで婆ちゃんのような薬袋を手にヨロヨロと自転車で行くと、秋祭りの神輿を引いた子供達を見かけました。風の香りもすっかり秋の中、慌てたように鳴く蝉もあたしと同じように、どことなくデロンデロンな感じでした。
 昼間は、煙草も吸えない程だったので何もする気が起きず、夜になっていくぶん気分が優れてきたので試しに煙草を吸ってみました。健康のバロメーターの意味でも、煙草は止めてはいけないもんだなー。



2001年09月05日(水) 焼き芋屋が駅前に出てた


 今頃になって、夏休みの宿題を消化しているおちこぼれきった小学生の気分になっています。少々のコボレ加減だったら無理をしてでも頑張ってせめてカツカツ間に合うようにと気分を高揚させるのですが、そこまでのガッツも無し。だからと言って、開き直る根性も無し。進まない作業にノミの心臓が潰れそうです。(ただひたすら無意味に慌しい状態です。)


 せっかくお越し頂いたのに、日々雑記が更新されずにごめんなさい。
 あと数日このような状態が続きそうです。
 書かない状態が続き、他作業そっちのけで思わず書き出すかもしれません。
 いかにせん、忍耐とか努力とか苦手なもので。


 もーちっと待っててね。


2001年09月02日(日) 風がすっかり秋


 男:「キミは、男を酔わす女だ」

 私:「まあ、口がお上手なのね」

 男:「いや、褒めたのではないのだよ」

 私:「じゃ、どういうことなのよ?」

 男:「キミに乗ると船酔いするようで・・・」


 と、いつかは心に留めておけずに
 ついポロッと言われるんじゃないかと
 思える程の腹の肉。

 天高く桜肥える秋。
 秋近し隣は何を食う人ぞ。



2001年09月01日(土) いちゃいちゃカップル


 昨晩、友人の女性3人でお酒を飲んだ。(あたしは酒ではなかったが)12時近くに店を出て、深夜の街中を駅に向かって歩いていた時のことである。閉店したデパートの入り口で、学生風のカップルが抱き合っていた。
 見つめあって微笑みあってキスを交し、人目も気にせずいちゃいちゃしている。その時、連れが「うわぁ」と小声で見つけた。あたしたちの後ろを通り過ぎるいちゃついているカップルと同年代ぐらいの女の子二人連れも「なにあれ」と憎々しげに少し大きな声で言っていた。「ああいうの本当にやあね」「ねー、むかつく」「ホテルに行けばいいじゃん」と、こうである。
 あたしは、それに驚いて思わず連れに聞いてしまった。「うらやましくない?」そしたら「えー?羨ましいなんて信じらんない」と、罵倒されてしまった。これが中年以上のおっさんおばさんが言うならいざ知らず。(中年以上の年齢の方は、そういうことはフシダラだという観念から拒否する気持ちが出てくるのだろうと勝手に思っているのだが)あたしと同じ年代の未婚女性が言うのだからやはり驚いてしまった。
 それって僻みなの?それとも本当に不快なの?

 見たくもないラブシーンを見せ付けられるのに不快を覚えるのならまだわかる。けれど、あたし達がいちゃいちゃカップルを見たのは、深夜の繁華街を外れたところだ。往来の真中でやっているわけでないので通行人の邪魔にもなってないし、誰にも迷惑はかけていないはずだ。
 不幸な時に、ハッピー野郎を見ると、確かにちょっとむかっとするかもしれないけど、彼等は永遠にいちゃいちゃし続けるわけではないのだ。
 恋には終りがある。これはもう地球は丸いとか、大晦日があけると正月が来るとか、そのぐらいの確かな事実である。恋にはどういう形であれ、終りが来るのだ。
 そう思うと、街角や電車の中でいちゃいちゃしているオメデタイ恋人達にも、暖かい目が向けられるのではないだろうか。
 恋の初期というのは、本当に本人達には素晴らしいものだ。世の中のもの、なにもかもを肯定する気になれる。元気も出るし、出来そうもないことまで出来るような気がする。好きな人が同じように自分を好いていてくれるという事実に、奇跡を感じる。感謝を感じる。
 でも、それは遠くない未来に終るのだ。恋が終っても、それがいろんな形の愛情に発展していくケースはもちろんある。けれど、見栄も恥じも捨てていちゃいちゃ出来るのは本当に短い期間だけなのだ。
 むかつく、と毒づき追い越していく若い女の子の硬い表情を、あたしはただ眺めた。あなたにもいつか、まわりが見えなくなるほどの恋が訪れるといいねと。


 あたしは手を繋いで歩くカップルを見ると、すごく優しい気持ちになる。明日のことは分からないけど、とりあえず今この瞬間だけは二人の気持ちが触れ合っているのだと思うと、大袈裟だけど奇跡みたいなものすら感じる。いつまでも仲良くしてね、とあたしは見ず知らずのカップルに思ったりもするのです。


香月七虹 |HomePage