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2003年03月27日(木) 値違ひ奇にして今宵寝違ふ



 昨日、うららかな午後、青蓮院・知恩院・円山公園高台寺・清水坂と散歩した。この界隈は観光客でにぎわっていて、あらためて京都は観光都市なんだなぁと思わせる。
薄暗くなる頃、尺八と月見の鑑賞演奏会以降行っていない、祇園を散策してみようと思い立ち、八坂神社まで戻り、祇園に向かった。四条通りから南に入った通りは観光客で賑わっているが、一歩裏の割烹料理店や置屋がある通りは、人っ子一人いない。落ち着いていると言えばそう言えない事もないけれど、客商売をしているところはそうも言ってられないだろう。町屋に支那料理屋が入っている。おやと足を止めてよく見ると、烏丸御池にある、新風館の中にも店を出している、東京資本の支那料理チェーン店だった。
もう大分前から祇園はかわり始めているのだろう。総中流の遊び場となりつつある。落ち着いた家並みの中にサウナがあってすぐ横にパチンコ店があり、真っ黄色の制服を着た店員が、行ったり来たりしている。
町屋の中に唐突にある。幸いなことに近くまで行かないとその存在は目立たない。
「汚職は国を滅ぼさないが、正義は国を滅ぼす」山本夏彦翁はこう言い残して世を去ったが、文化も滅ぼす。
真面目に働いた金で、祇園なんて通えるはず無いのである。近く祇園は滅びて、一般人が跋扈する、普通の飲食店街になるだろう。

 溜め息を一つして、予約無しの飛び込みで、町屋を利用したフランス人の経営する仏料理店に入った。この時期、仏料理店は予約せずとも席はあると踏んでのことで、果たして席はあった。
料理はフランス人らしからぬ関西風の薄味で、塩加減がまったくフランス人らしくなく、思わず質問した。
ブルターニュ出身で南仏で修行したらしい。
道理で、ホタルイカのような烏賊、蛸が素材に乗る訳かと合点した。

 もっとも愕然としたことは、ワインであった。先年の十一月に、パリの三つ星レストランで、予定外の出費を強いられたあのサンジュリアン村の、全く同年同シャトーのワインが、なんと三分の一の値段で提供されていたのだ!

 日本酒に例えてみれば、腰の塩梅(仮名)が京都の料理屋で、十万円で売られていて、パリの、日本人が経営する日本料理店で、同じ腰の塩梅(仮名)が三万円だったら、客としたらどう考えればいいのだろう。逆(いか?)さまぢぁないか!
この辺のからくりが皆目分からない。
そういえば新町仏光寺にある、日本料理店「奇乃撫(仮名)」では、シャトー ラトゥール、シャトー ラフィット・ロートシルト、シャトー ムートン・ロートシルト、 シャトーマルゴー、 シャトー オーブリオンというそうそうたる名醸ワインが全部一律二万円で提供されている。

 「ワインは料理の値段を超えない」と言うのがあって、それに合わせてのことだろうか。釈然しないまま、いつの間にか満席となっていた料理店を出た。

 









2003年03月25日(火) 次に来るもの



 次は北朝鮮だ。米国が国連決議を待たずして攻撃したことは幸いだった。
なぜというのに、ロシア中国に北朝鮮は日参している。特にロシアは北朝鮮の生みの親で、今回も飛行機嫌いの金正日のために、用意した特別列車の中で会談したりしていて、親北朝鮮である。
このロシア・中国は国連の常任理事国で、拒否権がある。米国の北の攻撃に、この両国は、国連決議でフランスがしたように反対するに決まっている。
今回の米国の行為は日本に限って、国益となる。国連が反対しても、北を攻撃する構えがあるという事だ。心強い。このことで北の金正日は全身震えがきているだろう。イラクに見るように、国連決議が役に立たなく、いくら中国・ロシアに根回ししたところで無力化する事がわかったのだから。

ようやく偵察衛星が打ち上げられるようだが、CIAのような、日本にはかってのスパイ養成といえば聞こえが悪いが、陸軍中野学校のような諜報員養成の学校がない。つくるべきだろう。









2003年03月19日(水) 展覧会の繪



 京都国立近代美術館に、「ウィーン美術史美術館名品展」を見に行ったけれど、あんまり良い繪の選択とは思へなかった。売りの作家をまず並べて(レンブラント、ルーベンス、ベラスケス、バロック絵画の巨匠)あとはどういう意図で選んだのか、よー解りませぬ。
 ウィーン美術史美術館には、フェルメールの繪を見るため、過去二度・三度出かけている。
今回の展覧会には出品されてなかった。
あれが外国に出るとウィーン美術史美術館としては、売りが無くなるだろうから、そう簡単に貸し出しはしないだろう。だから何かちぐはぐな作品展という感じがする。ようするに「おもろない!」企画なのだ。
やっぱり面倒でも金がかかっても直接見に行った方が良い。
こんな不況で普通日にもかかわらず、盛況であった。日本人の知的好奇心はすごいものだ。

 この展覧会の繪で今回は面白い発見をした。不思議の国のアリスの中に登場する、*ドウドウ鳥が、15世紀頃の名も無き宮廷繪描きが、動物を庭に寄せ集めて描いた繪の中にいた事だ。
宮廷に連れてこられて、飼われていたのかどうかは知らないが、普通にいたのだ。
 ドウドウ鳥は、インド洋マウリシャス地方に生息していたが、1681年に絶滅した。外敵のいない島に生息していた為に、身を守る、逃走するという本能を持たなかった。人が入って目の前で仲間が殺されていても 全く逃げようとしなかったという。

ドウドウと言う名前の語源は、ラテン語で、「生存の値しない滑稽なまでのバカ」という意味である。

英語熟語に(as) dead as a dodo(完全に死んでいる。)というのがある。dodoというのは絶滅してしまった鳥、ドウドウ鳥のこと。









2003年03月16日(日) 国連てなんだ?



 国連決議を待とう、国連の査察を継続…、国連で戦争回避?…。

 これを見ていると、国連はまるで戦争をしないように働いている組織のような、平和団体のような錯覚がある。そうだろうか? 国連とは、第二次大戦中、日独伊(を枢軸国と言った)と戦った「連合国(The United Nations )」をいう。これからも解るように。「国連」は「連合国」という軍事同盟から生まれたものだ。世界連邦や恒久平和を目指しているというのは幻想である。

 1945年4月に国連憲章(連合国憲章)を作るために、連合国(米ソ英中)は各国に参加招請状を出した。参加条件は「1945年3月1日までに枢軸国(日独伊)に宣戦布告をした国」という条件が付けられていた。この時、枢軸国(政治的活動の中心国)の日独は戦っていた。だから、あわてて枢軸国に宣戦布告したりした国もあった。中立を国是としているスイスが対象外なのは当然だろう。

 だから国連は、枢軸国に宣戦布告した「国際連合国」というのが本来なのだが、それが解るのを嫌ってか、日本では「国連」とした。そうするとあら不思議!
平和のために世界が集まっているような錯覚に陥る。
多く日本人は思っているだろう。

 そこでさらに追い打ちの一撃。
 国連が平等でないことは、成り立ちから枢軸国に対してできた連合だからあきらかで、中心五大国(中ロ米英仏)は、拒否権を持つが、それに反して、当時の枢軸国(日伊独)に対しては国連憲章の「敵国条項」と呼ばれる第107条で縛っている。

 第107条…この憲章のいかなる規定も、第2次世界戦争 中に、この憲章の署名国の敵であった国(日本やドイツ)に 関する行動で、その行動について責任を有する政府がこの戦 争の結果としてとり又は許可したものを無効にし、又は排 除するものではない。

これからすると、日本への、北朝鮮のミサイル威嚇も許されることになる。

 また国連は平和裡に手を打つ組織ではない。ちゃんと、第42条に「国際の平和及び安全の維持又は回復に必要な空軍、海軍、陸軍の行動をとること ができる。」と、武力行使を認めて、絶対戦争反対の平和組織ではない事がわかる。それに発足当初、独自軍隊を持つことも検討されていたが、米ソ冷戦中の事で、共同軍事行動など不可能であったことから見送られた。

 国連憲章は、各国の個別的自衛権(国家グループでの同盟関係…NATOや日米安保)と、集団的自衛権を認めている。 国連は、主権国家を認め、その間の調停を目的とした機関なのであって、何か世界連邦的なものの為の期間ではないのだ。

 我が国日本は、国連の、主要五カ国中二カ国、中・旧ソ(現ロシア)の多大な援助国である。自立できていない国が主要国に二国有り、経済大国で自立した国が国連の敵国である。

 この「敵国条項」を破棄しようとすれば、憲章を変えねばならない。そうすると各国が修正要求を次々出してきて、憲章自体が崩壊してしまう。だからいまだに、この107条を日本国政府が撤回せよという、要求をしているにも関わらず、国連は出来ないでいる。国連は矛盾の上に成り立っている組織で、それは当の米国が一番良く知っている。

イラク問題の後、米国は国連の主要国からフランスをはずし、日本とインドを入れようとする話も今でている。そうすると泣いて頼んで入れてもらったフランスはどうするのだろうか? 

どちらにしても今の国連は矛盾に満ちている。
 
 そんな国連を、世論は金科玉条として決議を待っている。


 









2003年03月14日(金) 換骨奪胎?



 先日、横浜東京そして友人のいる茨城に行って来た。
友人宅の夕食後の、元プロテニス選手の娘さんと、奥様のチェロとピアノ(といっても、グランドピアノ!)のアンサンブルは何とも言へず微笑ましく、仲のいい家族のある幸せを感じてしまった。娘さんが演奏する、バッハの無伴奏チェロ組曲も、こちらがリクエストした、サンサーンスもとても素敵であった。

 次の日夕刻、東京から帰り、その足で観世会館に狂言を見に行った。ちょっとしんどかったが、茂山千作の相も変わらずの「出てくるだけで可笑しい」のおかげで疲れもとんだ。瞠目すべきは、近頃の若い客の入りと、その笑いに対する、あらかじめ解っている落ちを受け止め、喝采する所作が堂にいっている事だった。

 日本文化の継承はなんだか大丈夫な気がしてきた。いつの間にか、若者が戻ってきていた。言の葉の意味は多分全部はわかっていない。昔の言葉だし、たん譚自身も聞き取れなかったり、意味不明で後から調べる言葉も多々ある。

そこで今回もらったパンフレット、現代版狂言の「クローン人間、ナマシマ(野球の監督長嶋をもじったと思われる、同町内に住む、哲学者の梅原猛作、横尾忠則 美術・装束」の解説文中の四字熟語が気になった。
「かんこつだったい」
このコンピュータでも、打ち込み変換すると、
「換骨奪胎」と堂々と出てくる。
これは間違いである。奪胎は脱胎が正しい。辞書も間違って書かれているものがある。その意味となるとほとんどが間違っている。どの辞典も「大漢和辞典」を元にしているからだ。

 この解説文はちゃんと「換骨脱胎」となっているが、使い方が間違っている。
要約すると、…室町から江戸時代にかけて沢山の物語(御伽草子)が作られ、その中に屁を扱った異色の御伽草子があり、それを「換骨脱胎」して…とある。意味は異色の御伽草子を「焼き直し」てこれを仕立て上げたといいたいらしいが、誤用である
本当は違う。
それに本来は、換骨脱胎ではなく脱胎換骨だった。
 凡人が仙人になる修行の結果、外見は変わらないけれども、中身がすぽっと仙人になってしまう状態、すなわち、凡胎から仙胎に、俗骨から仙骨になってこれを、「脱胎換骨」という。言い換えれば、昔映画に「ルシアンの青春」というナチス関連の映画があった。
ルシアンは、正義の味方のレジスタンスに入ろうとしたが、冷たくあしらわれてしまう、ところがゲシュタボ(反ナチ運動を取り締まるために組織された秘密警察)には親切にされて、ルシアンはナチとなってしまう。このルシアンがまさに逆の意味で脱胎換骨したといえる。

 杜甫の詩の錢謙益の評

 「古人脱胎換骨之妙 最宣深味」

 参考文献:キライな言葉勢揃い。高島俊男(文芸春秋社)
 









2003年03月06日(木) 無くなる事の恐怖



 先日、画材の買い置きが無くなったのでもう何十年来つき合っている画材屋に出かけて、オイル調合に必要な一つ、コーパルオイルを探した。どこにもない!
コーパルは古典技法上重要な油である。
 現代においてなぜ古典かと言えば、教育とかこういった技法というものは、人の叡智の積み重ねの結果で、その試行錯誤の結果とも言える。油彩画がどういう風に、どのくらいの期間残るかとか、ヒビ割れは絵の具の何と何が関係しているのかとかが、読みとれる。
 現代のアクリルやビニール系のまだ歴史のない、画材を使って描く勇気はない。 一応、繪は愛好家が買って、飾る。
三文画家と言えども、作品に対してどれくらいの堅牢性と耐久性があるかを知っておくことは当然で、それには、新しい未知の画材は使えない。

そういうものは、アーティストと言われる人や、芸術家にまかせておく。教育も同じで、米国で実験的に子供に新教育をやる人達が居て、家庭の父兄が、その事で子供が犠牲になる事を心配して、進歩的教師に問うた、これがアカウンタビリティ(説明責任)という言葉の元となった。
話がそれた。
 古典の油調合は、主に太陽に晒したリンシード、スタンド・コーパル・ベネチアンテレピン・他を、松から採った、揮発性油(テレピン)で薄め溶き描画する。
 趣味で描く分には、市販されている、何が入っているかよく解らないペンティングオイルと、なんで下塗りされているかわからない、キャンバスと称するものでもいいだろうが、たん譚は一応、三文画家である。「弘法筆を選ばず」というが、その弘法さんが筆を選んだら、もっと素晴らしいものが出来る期待は大である。
ましてや三文画家なら当然、ちゃんとしたものを選ば無ければならない。
 コーパルは、聞けば、環境問題と需要の減少で無くなったそうなのだ。フランスなどは環境問題の側面からもっと手に入らないだろうとのことらしい。店中探してもらい、閉店した画材屋から流れてきたという、埃をかぶった日本製のコーパルオイル(果てしなく疑惑のもの)を全部買い占めた、といってもこんなもの、一・二年分しかない。
かくてこの世から、技法が消えて行く。例えばヴァイオリンのストラディバリウスなどもそうである。
あれの表面に塗られているワニスは、一種のコーパルオイルで、松ヤニが化石化した、琥珀(こはく)を溶かし(どうやって溶かしたかわかっていない)、それを仕上げに塗ったといわれている。ベルギー、ゲントにある、聖バーフ大聖堂にかざられてある、ファンアイク兄弟の描いた「神秘の子羊」の表面にも塗られているという。

 確かに、油絵の具の、発明者とも言えるファンアイクの古い絵画が堅牢で、現在でも光り輝くような、画面を保ち、後世の印象派や、日本の黎明期の西洋画家達の作品が無惨な結果となっている事実を見てもわかろうというものだ。

伝統や情報などは一端とぎれてしまうともう、取り返しがつかない。例えば言葉でもそうで、以下はもう滅びて使われなくなった言葉だろう。

処士横議(しょしおうぎ)…官に仕えず、勝手に論議すること
落首(らくしゅ)    …風刺・批判をこめた匿名の戯歌
上喜撰(じょうきせん) …上等の茶
総後架(そうこうか)  …長屋などにある、共同便所
款語(かんご)…うちとけて話し合うこと
縉紳(しんしん)…官位の高い人、身分ある人
溥育(ふいく)…かしづき育てる事
など。

さて、コーパル、本当に困っている。



英語表記:Copal resin。主に地中海沿岸(アフリカ等)から採れる半化石樹脂。一部のものは現存の樹木からも採取される。コーパルの含まれた皮膜は非常に堅牢で湿気にも強い。半化石樹脂、化石樹脂はどれも硬質だが、コーパルは産地や樹木の古さによって硬軟の差がかなりある。

ファンアイク兄弟。
15世紀の初めフランドルの兄弟(兄フーベルト1366-1426、弟ヤン1380-1441)画家。写実的なゴチック絵画が特徴、フランドル派の祖









2003年03月04日(火) 続・武士と料理人



 昨日、インターネットでフランスF3のブルゴーニュ地方のニュースを見ていた。先日自殺した料理人、ベルナール・ロワゾーの葬式の模様が流されていた。
結局の所、先月末日発売のミシュランのガイド、発売されてみれば、コート・ド・オーの星は三つのままで二つにはなっていないことがわかった。

 今は共に名を貸すだけの、ゴー(アンリー・ゴー)・エ・ミヨー(クリスチャン・ミヨー)のレストラン批評本が、少し点数を下げただけだったようだ。
どうやら先読みしすぎて悲観し自殺したようなのだ。こめかみを打ち抜かず、食べ物を食べる口に銃口を入れての最期は、壮絶としか言いようがない。
 
 ビデオに映し出される小さな村は、葬儀に参列する人々で、一杯であった。道行く人々もインタビューに、口々に哀悼の意を述べていた。










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