オクラホマ・スティルウォーターから

1998年05月08日(金) タラハシー最後の日

 昨日の旅行も終えて、今日はタラハシーを離れる日です。私の車、青のジオメトロも売れず、T子ちゃんに預かってもらうことに。そして、アパートから車で10分のところにあるタラハシーの空港まで送ってもらいました。
 タラハシーからアトランタに飛び、アトランタでボストン行きに乗り換えます。やっぱり飛行機が離陸して、タラハシーの上を飛んでいくとき、思わず涙が。2年9ヶ月いたんだよね。もう、当分来ることもないでしょう、と思い、連日のハードスケジュールで疲れもあって、泣きのモードに入りました。フライト・アテンダンスの人にも「大丈夫?」なんて聞かれて、ちょっと恥ずかしかった、、。

 アトランタまでは1時間なので、ちょっとしたら乗り換えです。そしたら、アトランタ上空は風が強くて、飛行機が揺れる揺れる。泣きのモードが恐怖のモードに変換。

 何とか着いた、よかった、と安心して、ボストン行きの飛行機に乗る。また乱気流。アトランタ上空を飛ぶことには変わらないのね、と何とか治まるように願う。

 ボストンでネジャーティがお出迎え。これからニューハンプシャーに住むのね。まだ、実感がわかないな。



1998年05月07日(木) 旅行最終日

 今日はタラハシーに戻るのみ。明日は、タラハシーをとうとう発つのです。



1998年05月06日(水) ディズニーワールド

 オーランドに向かって出発。」エプコットに行くのであります。何せ前の年、T子ちゃんと私、あまり時間がなかったので、それでもだいぶ周ったつもりでいたのですが。しかーし!それは大きな間違いだった。まだまだ回っていないところがあることに気が付いた。

 5月初旬で半そで、ショートパンツでOK。帽子、サングラスは必須アイテムです。



1998年05月05日(火) オーランド

 T子ちゃんとオーランドへ旅行します。今回はメキシコ湾沿いのタンパ(Tampa) から周る。タンパの近くにはブッシュ・ガーデン(Busch Garden) があるので、行ってみる。ここには動物園と遊園地のゾーンがある。
 いるかのショーを見に行ったとき、私たちの後ろに、ピエロに扮したスタッフがついて来ていて、客席の前の方まで私たちを引っ張っていった。動物園のほかのゾーンで一瞬ギョッとしたのが、ワニ園。どこにいるんだろうと見渡しても、石畳だけ。いないなあと思ったら、その石畳がワニだった。そしてすぐ目の前に横たわるワニの存在に仰天。ちなみにフロリダのワニはアリゲーターというもので、オーストラリアのクロコダイルとは違う。FSUの宿敵、フロリダ大学のフットボールチームの名称がゲーターズ(Gators) だ(S君、ごめん。)。
 最後にジェットコースターだ!これはきつかった。でも、なんといっても絶叫マシン。今までのストレスが解消されたかな?叫んでスッとした!
 それからクリアウォータービーチに行く。日はとっくに暮れたが、一泊。



1998年05月04日(月) 引っ越し

 2年4ヶ月住んだAlumniVillageのアパートとも今日でお別れ。あまり感傷に浸ってる暇はない。荷物を運び出して、T子ちゃんのところに置かせてもらったり、郵便局行って、ネジャーティのところに送る。また、床掃除はMちゃんに手伝ってもらう。さすが化学専門。使う洗剤をよく知ってる。汚いところが残ってるとお金を取られてしまうから、きれいにしないと。
 オフィスの人が来て、まだオーブンの中が汚いから、きれいにしてほしい、という。T子ちゃんが持ってるオーブン用のスプレーできれいになる。やっと、これでOK。アパートからさようなら。鍵がしまった瞬間、自分はもうここに戻ることはないんだとちょっとさみしく思う。
 T子ちゃん、Mちゃん、引っ越しの手伝いありがとう!!



1998年05月03日(日) お別れ会

 朝起きてびっくり!蚊にかまれた瞼が腫れているのである。まるでお岩さん状態。せっかく、今日、日本語を教えてたYさん夫妻がお別れ会を開いてくれるというのに。眼帯は持ってないなあ。Lucyさんのレストランに行く前に、ドラッグストアーによってみるか。と言うわけで、眼帯を探す。えーっ!!アメリカの眼帯って、日本みたいに白くない。黒の海賊みたいなものとか、肌色で、それじゃ目がなくなっちゃうよ〜!
 仕方がない、無しで行くか、というわけで、Lucyさんのレストランに向かう。そして、この醜い瞼を皆さんの前にさらしたわけです。でも、皆さん、ありがとう!お世話になりました。



1998年05月01日(金) 卒業式

 昨日やっと、ペーパー(Thesisじゃない)を提出し、今日卒業式。学部によって2回に分けられ、私のところは今日の晩。明日の午前中は他の学部。
 ガウンと角帽をかぶり、会場のCivic Centerへ。屋内なので天気の心配はない。友人のTちゃん、プエルトリコ出身のクラスメートのホゼが来てくれる。
 学部生、院生が壇上に行って、総長、学部長と握手をするので(証書は後で郵送)、すごく時間がかかる。院生の番だ。壇上の横の方で待機。私はLast Nameが「A」なのでSocial Scienceでは1番だ(日本でも「あ」だから早いほう)。自分の名前が呼ばれ、総長、学部長と握手。ん〜、とても感動。そして、出席していたコワート先生も壇上の横で、待っててくださって握手、二言、三言話した。コワート先生には、お世話になりました。指導教授ではないものの、先生のクラスをとったとき、週に1回はオフィスに来なさい、といってくださり、時には「週末はしっかり休息をとりなさい」と気遣ってくださったり、とてもやさしい先生でした。
 無事式も終え、二次会に。学校が主催した二次会は、式に出席した人数から言えば、一握り。でも、TAオフィスによく遊びに来てた、デルタ航空のパーサーをしながらフルタイムを取ってた人(名前忘れちゃった)とも話ができてよかった。


   INDEX  未来 >


オハイオ住人 [HOMEPAGE]

My追加