TALES OF ROSES

2005年03月31日(木) 名所案内

今日の岩手銀行、中の橋支店。




吹雪の中 寒そうでしょう。


これは 岩手の建築家 葛西萬司氏が 

明治44年(1911年)旧盛岡銀行本店として建てたものです。

葛西萬司氏は 赤煉瓦の東京駅の設計者 辰野金吾氏と

一緒に 東京駅を建てたので有名です。

だから、東京駅の面影がありますね。

国の重要文化財で、現在も現役の銀行として使われています。



2005年03月29日(火) パン

今日も 意味なく食べ物画像。
ドンクのでっかいフランスパンです。




「ばってん生きとっと!!」後編、
小学館レデイコミ誌 Judy5月号、今 発売中です。

福山敦子さん原作、ヤコブセン症候群の母子の手記です。


今日も横殴りの吹雪で 寒い一日でした。



2005年03月28日(月) ケーキ

意味なくアップしてみました。

このところ春休みで、娘達とダラダラ家で過ごしてます。




お小遣いあげるから、庭仕事手伝って、と頼んだのですが、

あまりの寒さに、三女は 「もうお金いらない」、と

さっさと家に入ってしまいました。

とても寒い一日でした。



2005年03月23日(水) タコの話




これは宮古の『蛸の浜』。

おだやかな春の海ですが、水温はとても冷たいです。
夏でも宮古の海は、冷たいです。

場所的には 有名な『浄土ヶ浜』の隣(北)の浜になります。
まず地元の人しか行きません。
実は 浄土ヶ浜からトンネルが つながっています。

小学校3年生の時の遠足が ここでした。
同級生のマユミちゃんが、誤って、海に落ちました。

なぜか 宮古弁で、うっかり水たまりにはまってしまった、とか 
どぶに落ちてしまったとか 海で足元をぬらしてしまったことを
『タコを釣った』と言います。
誤って、やってしまった、というニュアンスですね。

訛って 言うから「たごーつったあ〜〜」という感じ。

マユミちゃんは、たごーつったあ〜 と 言うわけです。


宮古のタコの刺身で有名なのが、魚屋の「鈴徳」さん。

これも宮古弁で「スットグ」と発音します。

ここの刺身は、うんまごぜんす。(美味しいです)



2005年03月22日(火) 岩手の煎餅、2種

岩手のお煎餅と言えば、南部煎餅が有名ですね。
白沢煎餅店のが、私は好きです。

でもほかにも変わり種のお煎餅があります。


一関名物
黒ゴマたっぷりの「亀の子煎餅」
お店によって、味と堅さが 微妙に違います。
これは 私が好きな「亀の子煎餅本舗」のもの。





宮古名物
イカの粉が入った、風味あふれる「イカ煎餅」
これは 元祖の「菅田煎餅店」のもの。



2005年03月21日(月) 峠、その2

昨日は、盛岡から西の秋田のはずれまで行った。

今日は 盛岡から、今度は 東に90キロ。

実家の宮古市まで伸びる国道は、106号線という。

盛岡は、盆地なので、東も西も峠を越えていかなければならない。




これは、区界(くざかい)峠という。

山の上まで、道が通っているのが見えるでしょう。


106号線に沿って走る鉄道は、JR東日本「山田線」という。

まだ雪深い北上山地を走る、たった2両の車両は、

鉄道写真マニア垂涎の美しい河川美の中を 

車の列を 追い抜いたり、追い越されたりして 並んで走る。





2005年03月20日(日) 峠の話



これは、国道46号線 雫石(しずくいし)方面から見た 岩手山。

左下に見えるスジは、岩手高原スキー場のコースです。

うしろの尾根は、秋田県へ続いています。



この道を通って 岩手と秋田をつなぐ峠の山道は、仙岩峠という。

長いこと交通の難所だったのが、

昭和38年、いくつかの長いトンネルと、山から山へ いくつもの橋を渡して、
貫通しました。

山頂近くにかかる橋の名前は、

山紫橋(さんしばし)
 
熊見橋、 猿倉橋、 樹海橋、 板谷橋、

蛇沢橋、 須神橋、 湖山橋、 宝風橋・・・等、等

風情ある橋の名前は 誰が名付けるのだろう。

山から山へ、谷から谷へ。

はるかに下を見下ろすとクラクラめまいがする
峠の茶屋は 
名物の「おでん」の旗が 谷風に はためいている。



2005年03月19日(土) 花巻駅

JRの花巻駅です。




花巻の町は、道がわかりにくくて、今だに
よくわかりません。

でも、住んでみたいなあと思います。
温泉はあるし、バラ園はあるし、おいしいケーキ屋さんもあるし・・



今日は花巻バラ会の 春の総会でした。



2005年03月18日(金) 卒業

13年間 娘たちが お世話になりました。
さよなら教室




さよなら黒板



先生、友達
お元気で



kaidan



2005年03月16日(水)

長女の受験日の朝、
まず電車通学の次女を 最寄り駅まで車で送った。

普段 たっぷり5分は待たされる交差点が 珍しく車も少なく、
しかも 信号は青だったので、家からあっという間に
着いてしまった。
こんな日もあるんだねえ、と笑って 次女を降ろした。


帰り道も、
信じられないことに 信号が すべて青だった。

短い距離に やたら多く設置されている6個の信号が
見事に 全部青だった。
7個目の信号までも、私が通過する時、青に変わった。



その日の新幹線で、長女は他県の受験会場に向かった。

昨年 せっかく入った地元の大学をやめたい、と 言い出してから
何度 説教をしただろう。
「アンタは なぜ、そんなに自分に才能があると信じられるの???。」
きつい言葉を投げた。

「自分の才能を信じること」、それが「才能」の第一歩だ、と
誰よりも知っている私が、親の立場で 上から見下した。
なにより 遠くに 出したくはなかった。


青くつらなる信号を見た時、長女は受かるだろうと予感した。
そしてその通りになった。


長女は それを見てはいない、
私だけが見た 青い信号の列は、長女にではなく 私に 言っていたのだ。
「 LET  HER  GO! 」と。
そうだね、もう これ以上 引き留めては いけないのだね。

新しい町に、新しいキャンパスに、
青い滑走路は、どこまでも伸びていくのだろう。



2005年03月15日(火) 長い一日、長い一年

税務署は 長蛇の列だった。

私は番号札660番、30分ぐらい待っただろうか。

最初の待合室で、番号順に10人ずつ集める係りの人は、

かなり カリカリしていた。


私の担当の方は 優しかった。

「もうちょっと申告、早めにお願いしますね。

 3月1日だと がら空きなんですよ、わたしらも困るくらい。

 昨日は、1500人来ました。

 こう混んでると、わたしらもついカリカリしてしまうんですよ。」

隣の席では、おばあちゃんが、昨日の担当のお若い署員を

捕まえて

「アタシは 昨日のでは納得できない、絶対に納得できないよ!」

と 文句を言っていた。

ご苦労さまです。


書類を提出して、心 晴れ晴れ 

途中の駅ビルで、一人で 芽吹き屋のおしるこを食べた。




お昼を食べていなかったのは、長女の大学の合否の結果が

税務署に向かう前に まだ届いてなかったから。

午後3時近く、やっとメールが来た。

「ウカタ」

落ち着いて ちゃんと打てばいいのに。

去年入った大学をやめて、受験し直した長女の長い冬が 

やっと終わった。



2005年03月14日(月) やっと

カクテイシンコク
明日の最終日に提出です。ゼイゼイ。
混んでるだろうなあ・・・

シジミ画像で お楽しみください。



「悪魔の子」「デビル」って感じもしますが・・・



2005年03月13日(日) 秋田のストリートミュージシャン

駅のコンコースにBGMが流れているのかと思ったら、
キーボードのストリートミュージシャンが
地べたに座って、片足を立て、
美しい音楽を奏でているのだった。



演奏をしながら 時々顔を きろっとあげて、
通行人をにらむその目つきが 芸術家のように鋭く、
カメラを向けたら
やはりきろっと睨まれた と思った。

申し訳ないので、お金を入れたら、
さわやかに「ありがとうございます。」と言ってくれた。

手焼きのCDも売っていた。

秋田の人々は優しく、おじちゃん、おばちゃんも 向かいのベンチに
腰掛けて 真剣に聴いていた。
お札を入れていくおじちゃんもいた。

寒かろうに、

自分の作品を世に問いたい、世に出したい。
若い人の80パーセントは、その気持ちで出来上がっている。

大勢のお若い人が、漫画に音楽に映画に あらゆる分野に挑戦して
そして日本の文化が できている。

消耗されることなく、翻弄されることなく
どこまでも 自分を信じて進んでください。

名前を聞いておけばよかった。
帰りに駅に行ったら、もう姿がなかった。



2005年03月12日(土) 秋田、その2

秋田は、車で何度か行っているが、新幹線で行ったのは初めてだ。

大曲で進行方向が 逆になるのが 面白かった。
前に向かって座っていたはずのが、いつの間にか後ろ向きに
なっているのだ。
引き込み線で、バックするのだろうね。


大昔、特急「はつかり」に乗っていた時のことを 思い出した。

私の隣の人と、前の座席の二人が家族だったらしく、
いきなり、ぐるんと前の座席を回されて、
私はよその家族と顔突き合わすことになった。

座席についた小さなテーブルで仕事をする予定だったので
憮然とした記憶がある。
そこで にこやかに談笑に交じる度量はなかった。

東京まで6時間、私は ずっとむっつりしていったのだろう。。

盛岡〜上野は、6時間もかかった。
今は2時間半。

盛岡〜秋田は、新幹線で1時間半である。

降りてすぐ、新幹線「はやて」の終着駅八戸と似ている、と感じたのは、
たぶん設計者が
同じなのかもしれない。




2005年03月11日(金) 秋田へ



新幹線「こまち」に 乗った。

新幹線の窓の外は 真っ白な雪景色、
冬枯れた山も立木も 白く薄ぼやけていた。

気温が上がって10度以上になると、予報で言っていたが
残念ながら 予報ははずれ。

秋田は小雨で、かなり寒かった。

バス停でバスを待つ、という行為をしたのは、何十年ぶりかも知れない。

小雨の中、傘もなかったのだが、さすが旧城下町。

すぐそばの豪邸の漆喰の壁に、りっぱな屋根がつらなっていて
その軒先を借りて バスを待った。

由緒ありげな
和菓子屋の店舗が多いな、と感じたのは、私が甘党だから?

旧藩主 佐竹の殿様は、お菓子が大好きだったのだろう。

実際 秋田駅には 「佐竹の殿様」という和菓子も売っていた。



2005年03月09日(水) 今日 見たもの

岩手の「くずまき高原牧場」の乳製品は 美味しい。

「飲むヨーグルト」は、特にオススメです。
酸味がなく、さっぱりとした極上のヨーグルトです。


駅ビルの駐車場に入ろうとしたら

その「くずまき高原牧場」の搬入車が停まっていた。

2トン車のボデイ全面に描かれた 緑の牧場の絵と横にのびた文字は

『場牧原高きまずく』と 読めた。


きまずくして どうすんの!!!??



2005年03月08日(火) 子供の主体性

今年度の子供会の幹事長(一番えらいPTA)に

クジで当たった方は

大変な引っ込み思案の方で、

みんなのリーダー役が、大の苦手、という方でした。


行事も、それぞれ役員を割り振って、リーダーの責任を分担して

とにかく、人の影に、影に・・という方でした。

行事には、幹事長のあいさつとか、注意とか、いっさい無く、

6年生の愉快な男子まかせで、マイクを預けっぱなし、という感じ。

当然、一部の親からは、厳しい苦情も出ました。

それで、彼女も悩んだり・・・という一年だったのですが。


終わってみたら、最後の卒業・進級・入学を祝う会も

子供まかせで、すごく楽しかった!!と、娘の弁。


そうだったのか・・・

親(オバハン達)の出しゃばらない子供会こそ、

子供会の理想の姿だったのね。

子供会最後の年になって、それがわかるとは・・・・皮肉なものです。


来年度の役員さんたち、よろしくお願いします。



2005年03月02日(水) また宣伝

昨日の長崎国際テレビの夕方のニュースで

福山さんの本 新刊本「ばってん生きとっと!」が紹介されたようです。

私の電話インタビューも流れたことでしょう。

聞くことができないのが、残念。

長崎の皆様、よろしく〜。


岩手では

ママーズ制作の子連れママ情報誌
「もりもりマップ」第2号が 

本屋さんで 好評発売中です。

私のインタビュー記事が4ページにわたって掲載されています。

岩手の大手書店で、売ってます。

よろしくお願いします。


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