CORKSCREW Diaries(米国編)
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2005年04月30日(土) ベルンの奇跡(30日目)


本日は銀座にて映画「ベルンの奇跡」を鑑賞。
その前にそう言えば天津飯店で中華(と言うかラーメン)を食べる。
辛かったけど美味かった。やるな。

さて本題の映画だ。
この映画はつまり1954年W杯での西ドイツ優勝に絡む話であり、
まあ言ってしまったら結末は見えているんだが。


映画「ベルンの奇蹟」
ドイツ映画/1時間57分/ビスタ/ドルビーデジタル 配給:エレファント・ピクチャー、提供:エイベックス 特別協賛:アディダス ジャパン 後援:東京ドイツ文化センター、スイス政府観光局 推薦:(財)日本サッカー協会
文部科学省選定(少年、青年、成人、家族向き)
厚生労働省社会保障審議会推薦児童福祉文化財
http://www.elephant-picture.jp/bern/

まあこういう感じである訳で、
今は文部科学省選定と言うのがどういうプロセスを経て行われるのかが非常に知りたいのだがまあそれは置いておこう。


友人は映画館の椅子が堅い!
話が暗い!
と文句を言っていたが(それはそれで非常にその通りである)
まあ僕的には非常に面白かった。
確かにドキュメンタリー色がもっと強いのかと期待していたのも事実だけどね。
その他ツッコミ所が色々とあるのも確かだが、
まあドイツというのは昔は本当に弱小国で、
戦後まもなくこういう世界大会で優勝したのは、
自信その他様々なものを与えたのだろうなあと思われる。
日本やアメリカとかでどれだけ成功するかは知らないけどね。
なんて言うか昔のフットボールは今と全然違うなあ、
あ、いかんあまりちゃんとした感想になってないや。


さて夜は別の友人たちと飲みである。
今度は立川である。
そして今回も酔っぱらっていっぱい唄いまくった気がする。
しかしカラオケに行ける時間は無かったのである。
あれ俺のレミオロメンは? ユニコーンは? バンプは?
なんか時代がごっちゃになってるがいいのである。
あーあ、こりゃあまただなあ。
次回こそ楽しみにしております。
二日も楽しく酒が飲めたのに感謝。
そして本日も終電ではなかったが帰ったら12時半だった。
遊びすぎ。




2005年04月29日(金) IXY DIGITAL L2 STAR GARNET(29日目)


某P君にデジカメを売りつける商談が一応成立の目を見たのが約一ヶ月前。
ようやくデジカメを買う気になったため、
売りつける当人をわざわざ呼びつけて秋葉原探検に行くことに。
狙いはIXYL2
光学ズームは付いてないがデジカメにそんなモンはいらねえ。
小さくてコンパクトなのがいいんだ、とばかりに選んだ一品である。
ちなみに今まで使っていたFUJI FinePix6800Zはかっちょいいけどとにかくでかいのである。
まあそんでもいいからって言うので使っ
ていたのだがさすがに新しいの欲しくなったのでこれにて見事に買い換えになったのであった。
・・・いや、いくら3年前に買ったからと言って、
最大買い取り値500円ってありえないんですけど。。。
まあそう言う事実は彼に隠し・・・はせずに申告し、
スペアバッテリーとメモリ128+64+32Mで7000円になったのだった。
当初の10000円と言う価格設定があまりにも非道かったのである。

まあしかし、アキバと言ってもパーツ屋が多くてあんまりデジカメ探しても無いものだね。
歩いて歩いて歩きまくった結果行った店は結局価格ドットコムの店だったしね。
まあそれでもメモリはバルク品とか書いてあったけど言えプリンストンの1Gが9000円で手に入った。
しかし1Gも使うのか俺?
其れの方がよほど疑問だ。
なんせ最高画質で撮っても400枚だからねえ。


などと考えてしまいつつ、
そのまま拉致されて吉祥寺。
おかしい新宿で飲むんじゃなかったのか?
なぜなんだ。
と思いつつ、
いっぱい飲んで楽しんでしまった。
飲みの詳細については割愛(笑)
楽しかったとだけ言っておこう(笑)


渋谷で電車乗ったら終電やんけ。
何というか遊びすぎです私。



2005年04月28日(木) 一ヶ月終了(28日目)


今日は外務省にお使いに行ったついでに食堂でご飯を食べてきた。
別にフレンチとかスパニッシュとかある訳でもなく、
普通の食堂だった。
負けてるなあと思ったのは、
和食の業者が入っているのと、
最上階にあるところ。
やはり地下よりも上の方がいい。
眺めは良かった。
味はまあまあ。
たしかにどうも東京の蕎麦の味付けは今ひとつだ。
納豆は好きなくせに。


ようやくと言うべきかあっという間にと言うべきか、
一ヶ月が終了した。
早いものだ。
まあ連休の関係で4月が早く終わったってのもあるんだけれども。
東京に来てからこうやって怒濤の如く時が流れていくなあ。
5月の予定も気がついたらすでにほとんど埋まっていた。
何と言うことだ。
一番怖いのがGW明け。
後半から欧州に行くため、
帰ってきてからの反動がとても怖い。
いや本当に正直怖すぎるのだ。
俺、やっていけるのだろうか。
日々是葛藤。


帰りが遅かったりして不便なのが、
全ての事務作業を土日にしなければならないことであって、
未だに住所変更とかしていないものも少なからずある。
ここ1年で引越2回目だから、
届くものも届かなくなるのが非常に怖い。
引っ越しました葉書も書きたいのだが、
何せプリンタも無い状況。
困ったものである。


※28日目の日記を追記
 結構長く書いたので埋もれさせるには惜しいのでちょっと宣伝。



2005年04月27日(水) quack(27日目)


こっそりとこちらも更新してみる(笑)
水曜日は月曜日に続いてウェンディの授業だ。
短髪のカナダ人の彼女は、たぶん年の頃は同じぐらい。
眼鏡が超クールな女性だ。
なんとなくブルックを想い出してしまって、
僕は結構好きなタイプだったりする。
月曜日は宿題をサボったため、
授業にきちんと参加できなかったことを恥じた僕は、
今回からは宿題もちゃんとやって、
きちんと授業に積極的に参加しようと決めた。
沈黙は金ならず。
英会話なんて所詮話したモン勝ちだ。
日本語を授業中に使うなんて以ての外だ、
ぐらいの気持ちで臨まなければならない。
どうしても単語が出てこなければ状況を説明する。
それもトレーニングだ。
会話というものは別に小難しい単語を並べりゃいいってもんじゃない。
そのもの自体は簡単な単語でも並べてみるとよく判らないって言うケースはたくさんあるのだ。

Anyway、今日の宿題のトピックの一つに、
「気管支炎」って言うのがあって、
まあ当然我々がすでに知っている単語だったりはしないから、
其れについてウェンディが細かく解説してくれる訳である。
肺の仕組みから気管まで。
とにかく単語が専門的すぎて難しかったのだが。
よく知ってるよなあ、と感心してしまった。
レイチェル然りブルック然りトニー然り、
日本に来る外国人って物知りが多いのだ。
そこでウチのミスターディクショナリーことナカオさんが、
「You are quack.」とウェンディに向かって言い、
我々はquackなんて単語不勉強で知らないからぽかんとしていたら、
どうもそれは侮辱の言葉だったらしい。
英英辞典をみると確かにちとこれはあまり良い言葉じゃないのかもね、
という感じだった。

いや、まあその後で彼はウェンディに別室でちょっと注意され、
なぜか僕もついて行く羽目になったのだった。
いや、僕は全然そのことを深刻に考えておらず、
ただ単にウェンディが作ったというサラダを見せてもらえるものだと、
勘違いしてのこのこついて行ったのだったが。
自分の間抜け差加減が恥ずかしい。

まあ結局、「quack」と言う言葉自体が、
先ほど書いたけど相手を侮辱するような言葉で、
面と向かって(先生や友達に対してはなおさら)使うべき言葉じゃなく、
陰口として使う類のものらしい。
彼女は決して怒っている訳でもなく、ちょっと悲しそうだった。
他の生徒の前で叱責せずに別室に呼んで注意したのは彼女の優しさだと思う。
僕はただ知らないだけで、そう言う言葉というものは存在するのだろう。
彼は凹んでその後の授業ではほとんど発言することも無く終わってしまい、
もうムダに話すのはやめようとか言っていたけど、
でも結局そう言うのは異文化に触れることによってしか分からないものであり、
実際にアメリカに行って見ず知らずの人に使うよりは良かったのではないか。
勿論僕が彼の立場だったら非道く恐縮してしまうだろうとは思うが。
でもおかげさまでquackと言う言葉の意味はよく判ったし、
今後誤った使い方はしないだろう。
其れが分かっただけでも良かったんじゃないかなあ。
彼に悪気がないのはウェンディも百も承知だろうし。

言葉って言うのはやはりこう難しいものだなと感じる。
だから面白くもあるんだけど。
真面目に宿題をやったおかげで授業は楽しく過ごせた。
やっぱり語学というのは話して参加してなんぼの世界。
これからもガンガン行ってやろう。


ああしかしナカオさんはこんな所でネタになってるなんて知らないんだろうなあ。
ごめんよ(笑)



2005年04月26日(火) 電車男(26日目)


関東で暮らし始めて一ヶ月が経過しようとしている訳だけど、
こっちの方は行きも帰りもどの時間帯に乗っても電車は満員に近い。
12時回りそうな時間なのに人いっぱい。
当然の如く席の取り合いになる。
今日も空席に女性が猛然とダッシュしてきて、
初老のサラリーマンを押しのけて座っていった。
サラリーマンはかなり憤慨していた。
まあ僕もそれを横目で見ながら座り続けていたのだから同罪だなあと思う。
これが京都ならどうか、
市バスの優先席なんて老人がいなくとも誰も座らない。
優先されるべき人がきたら譲ったら良いじゃないかと思うのに。
東京の方はなんだか世知辛い。
世知辛いの使い方合ってんのかな?
なんて言うかせかせかしすぎているんだな。
だから空いている席なんて取り合いになる。
優先座席なんてあまり気にしない。
通勤時間が長かったりするのだから仕方がないかもね。
首都圏って言うのも何でもある代わりに暮らしにくくもある。

これが韓国だったらちゃんとまだ若者はお年寄りに席を譲ったりするのだろうか。
地下鉄の中でも構わず大声で携帯で話をするくせに、
(と言うか地下鉄で普通に携帯がつながる方が驚きだ)
ちゃんと席を譲るそんな彼らを好ましく思う。



2005年04月25日(月) 丸の内サディスティック(25日目)


あっという間に月曜日になった。
こうも職場と寮との往復ばかりしていると書くネタもなくなってくると言うもので、
日々の思いをぶちまけようにも、
何というかそんなことも考えられないほど日が過ぎるのが早い。
係長がいないのはある意味気楽だが、
なんかどうしようもない事を聞く訳にもいかず、
仕方がないから前任者の残していった膨大な書類を整理しているが、
どうにもこうにもならない。
なんて言うか一度誰もいない土日に行って、
思う存分片付けた方が良いのかも知れないな。
ってたぶん行かないのだろうが。

なんかこの寮ではあまり寝られない。
うーむこれは鬱の前兆だろうか。
今日前任者からの引き継ぎの資料を見ていたがかなり愕然となった。
出来るのだろうか俺。
でもとりあえずはなんとかしなきゃなあ。
前任者も始末書書きながらやってたしね。
なるべくそうならないようにしなければ。



2005年04月23日(土) アウェー初体験@甲府戦


初めてアウェー戦に参戦。
藤が丘から甲府ってものすごく遠くて、
東急で5分、横浜線で30分、中央線で1時間半、
朝10時に出発して13時に着いたって感じです。
甲府城やら何やら楽しむべき点は本当はあったはずなのですが、
夜18時半から新宿で宴会があったので本当に試合だけ見てとんぼ返りと相成りました。
まあ甲府、遠かった。
もう一回行くかと言われるとそりゃあ関東のアウェーで見られるところは出来る限り見たいので行きますが、辛いところです。
一番見やすい湘南戦は3月に終わったし、
横浜戦は見に行けないし。
残るは水戸ですが、水戸もなあ、遠いんですよねえ。
出来るだけホームに帰ることにします。

まあ試合は、3-0の快勝でした。
前半20分までは何というかどうしようもないぐらいグダグダな展開で、
「気合いが足らん気合いが!」と声が飛んでましたが、
ホントに寝てるかのような試合展開。
攻めてくる側がアウェーサポ席だったのですが、
全然こっちの方来やしない。
こりゃあ苦戦は免れないなと思っていたところ、
一回目のコーナーキックをはずした斉藤大介がミドル決めて先生!
ダイスケやるじゃん!やれば出来る!
その後は一気に流れは京都に傾き、
美尾のミドルが決まって2-0。
今まで決めるところで決めなかったのだが、
今回は前半でもう一点がきっちり決まった。

後半は風下になったものの、
カウンター中心に戦いアレモンが久しぶりに決めて3-0。
コレで試合は完全に決まり、
無失点で乗り切ってタイムアップ。

全体的にファウルも少なく、ロスタイムも少なめの好ゲームだった。
主審自体があまりカードを出さないタイプの審判だったかもしれない。
懸念されていた右サイドは、鈴木和さんが気合いの入ったプレー。
今までミスが多かっただけに(ミス自体はあったものの)
今回の出来ならこれからも任せてもいいだろう。
大剛にも期待したいところだが、やはり守備では和さんだろうね。
松田と大志は勝負がやや決まりかけてからの出番で、
守りを固めにかかった後だったから、
なんかちょっとかわいそうだった。
先発で一度見てみたい(大志のことだけど)


アウェーだったが、
アウェー席は和気あいあいとして、
なかなか楽しかった。
まあ快勝したのが一番ってのもあるけど。
これで負けてたら辛かっただろう。
気分良く帰ることが出来た。
まあもっとも、道が混んだりなんかして、
乗る予定の快速に乗り損ねたけど。

次の福岡戦でも頑張ってくれよ。



2005年04月20日(水) ハイウェイ(20日目)


なかなかそうは言っても日記を更新できない日は続いている。
何と言っても職場で更新できないのが辛い。
勤務中に更新するのはともかく休憩時間ぐらい良いではないかと思うのだが、
まあそう言ったところで更新作業を昼休みにするかと言えば定かではないのだが。

丸の内と横浜市の往復も慣れた。
一時間以上の通勤も慣れた。
最近じゃ座るコツもつかんできて、
先週は4勝1敗の高勝率だ。
結構座れる。
ま、寝てるだけなんだけどね。
案外俺適者生存してるかも。

今週は係長が外国に出張なのでアル意味気は楽である。
誰にも聞けないのは辛いけど。
今日もちょっとヘマをしでかして凹む。
まあしょうがないのだが、
まあなんて言うかあかんねえ。
やれやれだ。


来年アメリカまで一緒に行く予定のナカオくんに誘われて、
コーラスサークルに行ってみた。
まともに歌うのは久しぶりだが、なかなか楽しかった。
どうせ一年しかいないのだから、
色んな事をしてやろうと思う。仕事は置いておいても。
ウチの次官の人がおられて声をかけられた。(リーダーらしい)
なんかとんでもないところに来てしまったもんだなあ、
と改めて思う。

何かでっかいことしてやろうぜ。



2005年04月17日(日) 第六感(17日目)


まあそうですよ。そうなんですよ。
何気に買った皐月賞、
なぜ俺ディープインパクト→シックスセンスなんて買っていたんでしょうか。
熊ちゃん負けたからやけになっていたんでしょうか。
昨日の負けを取り戻すためにはある程度高配当狙わないとダメってのも分かってたんだけどね。
ヴァーミリオンに700円
シックスセンスに300円

馬単で6000円×300円


出来過ぎです。
ってかやれば出来るじゃん俺。



東チュウでも全員無印のシックスセンスがなぜアタマに残っていたかというと、
京成杯の頃スポーツ新聞読んでて、
アドマイヤジャパンの対抗で素質馬としてシックスセンスが載っていた。
(結果は二着)
2歳時の頃は結構話題になってた(関西だし)
後は熊ちゃんショックでヤケ(コレが大きい)

まあ中山グランドジャンプは熊がコケても何とかなるように買っていた、
熊基地としては中途半端な私ですが。。。
まあでもね、実は記念馬券用に100円買っていたなんて言えない。。。



まあそう言うことで昨日の負けは無事に取り返せました。



青葉台に英会話に行ったり、
恵比寿のキムカツにカツ食べに行ったり、
超久々にセガフレ行ったなんて話もあるんですが、
まあ辺は省略で(するなよ)

ちなみに皐月賞、レース自体は見てません(テレビ無いしねえ)



恵比寿のキムカツはすげえ人並んでました。
我々はそれほど待たずに済んだけど、
結構待った人いるんじゃないかなあ。
美味しいことは美味しいけど、
1,2時間待つような店でも無いと思います。
普通に入って食べて美味しい店だと思うな。
ま、値段もそこそこするけどね。



2005年04月16日(土) 中山グランドジャンプ(16日目)


そう言えば忘れていたのだが今日は中山グランドジャンプの日だった。
どうでもいいと言えばどうでも良いのだが、
熊ちゃんがロードプリヴェイルに乗って東上している。
障害での実績は武豊以上なのだが、
それでもG1を勝てるチャンスなんてなかなか無いので、
ここぞとばかりに応援に駆けつけた。
まあ中山競馬場に行く機会なんて関東にいなけりゃないもんね。
と言うことで急遽参戦。
と言っても昼過ぎにのんびり行った訳だが。


なんて言うかまあ結果に関しては辛いね。
俺今日一日でどんだけ負けたんだろう。
くまちゃーん!!!!
いや、有力外国馬のうちの一頭が落馬したときには、
おっしゃ! って思ったんだけどね(実は切ってた)
まあそう言うことでそれでも皐月賞は1000円だけ適当に買って、
帰ったわけであります。


で藤が丘(俺の駅)の近所のイマージアってトコで髪切ってきました。
なんか若いねえちゃんと話すると超緊張するね、俺。
何ドキドキしてんだか、超笑えるよ俺。
俺カコワルイ。
2800円と割と安く切れた上に仕上がりは上々ですた。うむうむ。

で山田電機で小さめの冷蔵庫を購入して帰宅。
冷蔵庫代ぐらい稼いでくるはずやってんけどなあ。



2005年04月15日(金) 1/24終了(15日目)


ようやく2週間が過ぎた。
これで全日程の1/24が終了って感じである。
今週よりいよいよ週三回の英語詰め込み研修が始まった。
週三回はほぼ定時で上がりとなる。
そんでも英語終わったら9時、
ご飯食べて家に帰ったら11時半ぐらいだ。
ま、研修させてもらっている立場だから、
それでもありがたいぐらいだ。
昨年なんかは英語自体が朝にあって、
そこから昼から出勤してエンドレスで仕事だったらしい。
と言う恐ろしい事にはならずに済みそうだ。

しかしやはり慣れない仕事と気を遣う本社勤務で、
金曜日の夜は耐えかねて9時過ぎには退社してしまった。
もう少しやろうと思ったが限界だった。
やれやれだ。


まあ本社の仕事というのは、
今までと違って、
雑用ばかりさせられているが、
日本の最前線をかいま見ることが出来ると言う意味ではすごい経験が出来ると思う。
僕はレンタル移籍のつもりだから、
本社に残る気などないが、
もし残れば、それなりの仕事があって、
会議等に出席するための海外出張もどんどん増えるだろう。
それだけの労働時間拘束時間の長さは確かにあるし、
人間関係の難しさもあるだろうが。
世界との一線に立てるのは魅力的かも知れない。
がしかし、現在のような垣間見るレベルであっても、
今までとは全然違う高いレベルにおける話であり、
それはこれからの人生において得難い経験になることは間違いないと思うのだ。



2005年04月10日(日) READY GO〜♪ LET'S GO 仙〜台〜♪


ちなみに私は仙台サポではありません。念のため。

昨日あんなことはあったものの、
せっかく帰ってきたのだからと言うことで、
西京極の仙台戦を観戦しに行く。
6連勝が懸かってるモンね、やっぱり見ないとね。

行ってみてびっくりしたのは、
ハライがえらく真ん中にいる。
あれ美尾が左サイドだ。
パウは・・・?

いなかった。。。



まあそれでも美尾のゴールが決まって、
後半は攻め続けられたけど勝てて良かったです。
平井ちゃんがマンオブザマッチというのもうなずけます。

せっかく前後半ともゴールに近いバックスタンド席に行ったのに〜
(一人で見てるからこそ出来るこの技であります)



仙台の応援歌はすごくきれいで好きであります。
歌ってるサポも美声。
京都はなあ、なんて言うか拡声器も辛いし、
どっかから持ってくるにしろちとセンスが無いんだよなあ。
ブルーハーツの「電光石火」から持ってくる仙台は素敵です。
この曲とても好きなので。
しかしこれで京都と勝ち点差14ですか。
仙台も辛いね。
津並監督もどれだけ持つのだろうか。
兄者監督で本当に良かった。



2005年04月09日(土) 告別式(9日目)


夜行バスは5時半に京都駅八条口に到着した。
予定より30分早かった。
こう言うのは早ければ早いほうが嬉しいものだ。
告別式が始まるのは12時だから目一杯仮眠を取った。



あちこちからすすり泣きが聞こえる。
夜行バスであまり寝られなかったせいもあり、
アタマがうすぼんやりとした状態で、
カラダはふらふらしたまま、僕は参列した。
遺影を見て初めて実感が湧いた。
いや、それでも信じられなかったと言うべきだろうか。
遺影に写っている彼の姿は大変良い笑顔をしている。
写真写りだけは本当に良かったからなあなんてことを思いながら、
彼はもう二度と写真に撮られることはないのだ。

最後のお別れになって、
初めて遺体と対面した。
変わり果てた姿がそこにはあった。
何と言うことだ。
彼は30のまま永遠に歳を取らない。
もうすぐ誕生日だったのに。
30なんてオッサンだなんて人は言うが、
死ぬにはとても若すぎる。
さすがに涙が止まらなくなった。
これでもう永遠のお別れなんだ。
なんてこったい。


病院で一緒に働いていた「仲間」ってのは、
とても貴重で、
なかなかもう一堂に会することは少ないその仲間が、
この日は集まったんだけど、
こういう場所で集まらざるを得ないというのが、
とてもたまらなく悲しかった。
「こんな悲しい葬式はない」
と元上司は言っていたけど、
若い命が失われるほど辛く悲しいことはない。
ああ、だからやはり、生き残った僕らは、
彼の分まで精一杯、後悔の無いように生き続けなければならないんだ。






2005年04月08日(金) 夜行バス(8日目)


夜行バスは新宿を発ち京都へと向かう。
一週間がやっとの事で終了し、
疲れた躰を休める暇もなく僕は京都行きの夜行バスに乗り込んだ。
5800円。安い。
中学以来のTDLの外観を眺めながら、
死んでいった友のことを想い出して夜行バスの中でひっそり泣いた。
それでも未だにリアルに感じられない。
こういうものはボディーブローのように、
じんわりと効いて行くのだろう。
夜行バスは6時に京都に着く。
告別式は12時開始。
最後のお別れだ。



2005年04月07日(木) 訃報(7日目)


信じられない話というものは突然やって来る。
その話はお昼休みにやって来た。
なぜ君がそこで死ななければならないのか分からなかった。
と言うよりも、そのときはただただ驚くばかりで、
声も出なかった。
調子が悪くなってからここ二年近くちゃんと会ってないのもあったけど、
それでもやはり信じられなかった。
色んなことが限界だったってのもあるけど。
それでも僕の「限界」は週末ゆっくり休めば何とかなるものだ。

なんだかんだ言っても僕らは彼のことが好きだった。
どうやっても憎めなかった。
不思議な人だった。
もう苦しまなくてもいいんだから、
安らかに休んでください。
そして残された僕らは、
彼の分まで一生懸命生きなければならない。
もう簡単に死のことを口にするのはやめよう。



2005年04月06日(水) ADSL復活!(6日目)


通勤地獄と呼べる状態だったのは寧ろ今日の方だった。
ま、帰りは座れたけどね。

帰ってみると3月31日に依頼したADSLの開通日通知が来ていた。
もしやと思って繋げてみると・・・繋がった!
と言うことでネットワークがめでたく復活です。
テレビとかよりこの環境が欲しかったのよ、ホントに。

まあ帰ると12時回ってたりしますが。


色々書こうと思ったことはあれども眠たいので寝ます。
まあでも祝! 開通!
50Mプランで3Mしか出てないことは、
まあ、気にしないことにしよう。



2005年04月04日(月) 通勤地獄(4日目)



一年間限定の東京生活だから私も何日目かを入れてみることにします。

初任者でも無いのに初任者研修。
そんなものを受けました。
はいすみません、当然のごとく爆睡しました。
寝なさいと言っているようなものです。
本日から電車で1時間の通勤地獄開始です。
立ちっぱなしの一時間です。
今日は目の前が、ぽっと空いたので座れましたが。
なーんかたまらないなあ、いつになったら慣れるんだろうか。

GWに一日休むために、
今週は係長より遅く帰るキャンペーンを実施するはずだったのに、
なぜか飲みに連れ出されて一日目から挫折です、はい。
あかんなあ。


しかし昼休みにネットしていたら、
「業務に関係ないものは見ないように」と注意され、
なんかとんでもないところに来てしまった気分。
まあ今までが野放し過ぎたのかも知れないけど。
ウェブメールすら見られないのは辛いものです。
なんかやな感じ。
本社なんてそんなもんです。



2005年04月03日(日) 青葉台(3日目)


隣の駅は青葉台と言ってなかなかオサレ系な街です。
ハンズとか無印とかもあって、
今日は無印に買い物に行きました。
結局大したもの買わなかったけど。
我が家にはテレビもビデオもなく、
パソコンがあるぐらいです。
まあなんて言うか、テレビとかの無い暮らしも案外悪くなかったりして。
ネットさえ出来りゃあいいや、って感じです。
そのネットも今のところダイヤルアップだけど。
ADSLの移転手続きはしておいたから、そのうち何とかなるでしょう。
ま、夜遅くに帰ってネットする気になれるかどうかは不明なんだけどさ。



2005年04月01日(金) 東京の街に出てきました(初日)


やっぱり相変わらず訳の分からないこと言ってます。


東京の街で働くことになりました。
初日は本当に何も分からず何も出来ずただただ一日緊張して終わりました。
気ばかり疲れた一日でした。
歓迎会と言うことで、夜に飲み会が行われたのだけど、
えらい人の話を色々聞きながら思ったことは、
これはとんでもないところに来てしまった、と言うことでした。
ウチの係のボスは美人だけど、
あんまり失敗してたら怒られるだろうなあ、きっとという感じで、
まあそんでも怒られてみたかったりしますが、
とにかくまあ、なんだかんだで苦難の一年となりそうです。

東京都民になるはずがなぜか横浜市民になっちゃいましたが。
現住所は横浜市青葉区です。
詳細希望の方はメール下さればお教えします。
トイレ風呂台所共同の男子寮だから、
たぶん寝るためだけに帰るんだろうなあ。




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