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社会人時間 - 2001年05月31日(木)

責了後の後始末をしながら、のんびりとした日でした。
最近、3年目にしてようやく「社会人時間」に慣れてきたと思います。

「社会人時間」とはつまり、日中に起きていることですが(笑)。
夜に強いのは、代わりません。
でも、昼間にも、昔よりは強くなりました。以前のように、眠くてどうしようもない、ということはなくなったということです。

明日からは東京です。今回は1泊2日ですが。
早めに帰ってちょっと買い物をしようと思い、5時半に会社を出ました。
夏用のジャケットがほしいと思っていたけれど、なかなかいいのが見つからず、「もうあるのでいいかな」と思っていたら、見つけてしまいました。
黒は、暑苦しい気もするけれど、一番合わせやすいので好きです。

明日、早速来て行きます。
ああ、早く準備しないと・・・。







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思い入れの強い文章 - 2001年05月30日(水)

状況は別にバタバタすることでもなかったのだけれど。なぜか、気分的に焦っているような気分が続いていました。

責了日に原稿を差し替える。しかもその日に原稿を書いているなどという無謀なことをしていたからかもしれません。
できあがったから良かったけれど。

今回差し替えたのは、書評。
本当は、半ページのもので既にできたものがあったのだけれど。どうしても今回、今日差し替えた分の本を紹介したかった。
1ページの書評を書いたのは、初めてのことです。
文字にすると、1200か300といったところでしょうか。約論文一本分というところですね。

書き始めるまでは、どういうふうにまとめるかを迷っていました。
しかも、午前中にほぼ書き上げていたのに、昼食をとって戻ってみるとデータが消えてたし・・・。まあ、構成は覚えていたのですが。
まあ、書き直したほうがいいものができたということにしておこう。

書きあがって、まず最初に上司ではなく、同僚に見てもらいました。
文章に関しては、上司よりも、その同僚のほうが私の好きな文章だからです。
だから、「よくまとまってるよ」といわれたときは、嬉しかったな。

思い入れが強くて書いた文章なので、一人よがりになっていないか。同じような表現が重なっていないかが心配でした。
書きあがってすぐの原稿を読み返すことはあまりしません。よほど時間に余裕がない限り。
書きあがってすぐに読み返しても、言えばノッた状態の延長線にあるため、いわゆる「第三者」的な目でその文章を見れないからです。

今回は、あまりにも思い入れが強くて、冷静になるためのブランクの時間がいつもよりも長くかかりました。
明日の朝、もう一度読み返してみます。

でも、今日その書評を書いている間は、とても楽しかったな。




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追悼 - 2001年05月29日(火)

やっぱりどうしても、責了前はバタバタしてしまいますね。
早めに台割が組めれば、こういう事はないのかもしれませんが。

今日は、こまごまと嫌なことが重なった日でした。
前よりは、はっきりと理由なんかは言うようにはなったけれど、結果は変わらないから、やっぱり何も言わないほうがいいのかもしれない。
もちろん、ストレスは溜まりますが。

こういった事はきっと、どんな職場に行ってもあることなのだとは思いますが。


今、書評を書くための本を読んでいます。タイムリミットは、明日ですが(笑)。
去年の今ごろ、原稿を書いてもらった先生の本。
そして、今月の頭、その先生は亡くなりました。
学生時代、その先生の授業を受けたことがありました。

この本の原稿を書いているときは生きていらっしゃったのに、それが読者に届く頃にはその本人はいない。
読みながら、不思議な感覚がします。

上手く言えませんが。

「後何年生きられるか分からない」
本の中での先生の言葉です。「何年」も生きないうちに、お亡くなりになりましたが。

ただのお涙頂戴ものではなく、科学的に御自身の病状を分析しておられるぶんだけ、一生懸命自分に諦めることを言い聞かせているようで、何とも言えないやるせない気持ちになります。

もう一度、先生の授業を受けたかったな。





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人を傷付けるということ。 - 2001年05月28日(月)

曜日別に残業時間を見ると、私は月曜日が一番多い気がする。
ということで、今日も2時間ほど残業をしました。

最近は、あの子について、どうしようもないことを考えることはなくなりました。その代わり、思い出すのは、ある出来事。
その時も、それ以後も、あまり気にしてないと自分では思っていたのだけれど。
予想以上に、自分がその出来事で傷ついていることに、最近気付きました。

あの子が私に対して、したこと。
自分で傷ついていることに気付かなかったのではなく、ひょっとすると見ないフリをしていたのかもしれません。

どうして人は、これほどまでに深く他人を傷付けることができるのでしょうか。
どうして人は、これほどまでに深く他人から傷付けられることができるのでしょうか。
恨んでいるわけじゃない。
怒っているわけでもない。
ただ、悲しいだけ。

もし、貴方が次に誰かから好きになられたら、その時にはどうぞ、同じことを繰り返さないであげてください。



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かいもの - 2001年05月27日(日)

今日は母親と梅田まで買い物に行きました。
服や、靴やかばんなどを見に行きましたが、結局「これ」というものはなく、白の上にはおる薄手のジャケットみたいなものを買っただけ。
本当は、ジャケットと靴が欲しかったのだけれど。ま、妥協で買っても、使わなくなるのが分かってるのでよかったのかな・・・。

さすがに、休日の梅田は人が多い。その上、今日は日本ダービーのため、場外馬券売り場のあたりは殺人的な人の多さ・・・。

母親と買い物に来るのも、久々です。
疲れたことでしょう。普段、あれほど歩くことはないから。

あまり買わなかったにもかかわらず、私は結構ストレス発散です。
人込みが苦手ではないからかもしれません。

でも靴は、ほしかったなあ。






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若い・・・かな。 - 2001年05月26日(土)

今日は、(珍しく)昼前くらいから会社に行きました。
上司も来ていました。
ひとしきり、昨日の新人君をつれての取材の話をしました。

責了前の残りの作業をひとしきり終了させるつもりが、まだ著者校正から帰ってきていないものがあって、終わらせることはできませんでした。
それでも、少しは進んだ、かな・・・?

夜は、地元の飲み仲間たちと先月あった友人の結婚式の写真を見るために集まりました。
本当は7時から始めるつもりが、なんやかんやで8時過ぎくらいになりました。

写真は、かなり笑えるものもあって、見ながらひとしきり笑いました。
呑みながら、色んな話をしているうち、この仲間では珍しく、「カラオケに行こう」ということになりました。

駅前のカラオケに入り、最初は普通に歌っていたものの、次第にゲーム形式になり、「曲名しりとりカラオケ」をしましたが、決着がつかず。次は「チーム対抗メドレー対決」で、2000年からその年のヒット曲がメドレーになっているものを90年くらいまで歌いましたが、これも決着がつかず。そのうちに、メドレーがアニソンになり、何故か対決はなくなって個人でアニソンのカラオケになっていた(笑)。

で、終わったのが朝の5時・・・。
外はもう明るくなっていました。
まだ、若いということ、かな。



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新人クンと安心できる友達。 - 2001年05月25日(金)

今日は新人君をつれての取材でした。
駅の改札で待ち合わせ後、目的の施設へ。
まず施設の全景写真を撮った後、昼食。
いろいろな端をしていたけれど、あまり覚えてません。たいしたことではなかったのでしょう。

時間まで、ロビーで待ち、いよいよ、取材開始。
取材中、ついて案内してくれる婦長さんにご挨拶。新人君の挨拶は、予想通りそつがなく、「本当に新人だろうか・・・?」とちょっと疑いたくなります。
しかし、取材中は、やはりそこは新人。大きなミスはなかったものの、「あ、やっぱり新人だなー」という程度のミスは、ちらほら。

この新人君は、やはり度胸はあるようで、いつもというわけではないけれど、たまに話す感想とか、質問とかは、「新人」らしくはあるけれど、それでも初取材で言葉が出るというのは、すごいものだと思う。
彼らしいコメントも、中にはあったし。場数を踏んでいくうちに、きっと割と早い段階で自分なりの取材方法や、彼らしい記事が書けるのではないかと思った。

取材後は、そのまま京都まで出て、大学時代のゼミの友達と久々に会った。
6時過ぎくらいから、10時30くらいまで、一軒の店でずっと話していた(笑)。

彼女は、今年の秋に結婚する。
今は、新居探しをしているそう。わりと、楽しそうで、そういうのを聞くと、ちょっと羨ましくなってしまうなあ。

彼女には、あの子との話をずっと聞いてもらった。
夜中に電話に付き合ってもらったこともある。
私が迷っているとき、考え込んでるとき、軽く背中を押してくれることも、度々あった。
考えてみると、私、皆に迷惑かけまくっているなあ(笑)。
次は、落ち着いた恋愛をしよう。

あの子のこと、大学時代のこと、卒業旅行の思い出の話、この間行った中国の旅行の話。話し出すとすぐに時間は過ぎてしまう。
会うたびに、繰り返す話も、ある。でも、お互いに飽きずにまた会うとその話になる。
うん。やっぱり安心できるんだろうな。




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大好きな仕事 - 2001年05月24日(木)

今日は一日中新聞を見ていた気分です。
午前中は新聞の切り抜きを。午後からは今月号に載せるニュースの抜粋を。
合間合間で、いろいろなことをしてはいたけれど。

今日も早く帰りました。
明日は、新人君をつれての取材です。
彼にとっては初取材。「めちゃめちゃ緊張してますよ」と言っていた。
彼には写真を担当してもらいます。
少々不安もあるけれど、任せるところは任せないと、新人に仕事がいかないから(笑)。

今年に入って、自分1人で取材に行っていません。
いつも誰か他の編集部と取材に行っています。
初めて取材に行く新人クンを連れて行くのは今年で二回目です。
トータルでは、3回目、かな?

当たり前だけれど、新人にはいろいろなタイプがあります。
一番最初に連れていった新人君は、分からないながらも、度胸を持っていました。
今年連れていった新人君は、まじめで、言ったことは全部こなしてしまいます。周囲を見回す余裕はさすがにないようでしたが。

今回の新人君はどうかな。
度胸は、ありそう。
「分からないこと」は「分からない」という正直さも、持ち合わせてはいるようだけれど。
それが、裏目に出ないようにフォローをするのが、私なんだろうなあ。

いつのまにか私、新人の教育担当のようになっていますねえ(笑)。

誰かと一緒に取材に行くのも、1人で行くのも、私にとってはあまりかわりません。
する仕事の分担は変わりますが。
それでも、私にとっては「取材」は「取材」。
大好きな仕事の一つには、かわりありません。

よし、がんばろう。






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「家族」に帰った日 - 2001年05月23日(水)

今日は、なんとなく、仕事がない日でした。
昼から、上司がいなくて、書店に行って書評で紹介する本を探してきました。
久しぶりに書店に行くと、やっぱり新刊や、面出しの本が代わっています。
新刊コーナーや、雑誌コーナーをぶらぶらしているだけでも、かなり楽しいです。

会社に帰って、書評を書いたり、郵便の整理をしているうちに、5時になりました。別段、何があったというわけではないけれど、やばい状態に入りかけているのは、自分でも気付きました。
あの子とのこととは、別の意味での、ブルー。

こんな日は、早く帰るに限ります。
早く帰ったのだから、途中でマンガ喫茶にでも寄ってみようかなとも考えたけれど、やめました。

早めに帰り、母親と一緒に、父親を駅まで迎えに行った。
久しぶりに、外に食べに行こうという話になり、しゃぶしゃぶの食べ放題に行くことになりました。

そう言えば、一時期、ほぼ毎週末、家族で外食をしていた時期があった。
うちは特別金持ちなわけでもないけれど、それは、一週間働いた母へのご褒美のようなものだった。
それが、私が働くようになり、週末に家にいなくなってから、家族で外に行くことはあまりなくなった。両親は、たまに二人で行っているようだけれど。

久しぶりに、父と食事をした気がする。
母親に仕事の話をする父親を久しぶりに見た。

いつから、私は父親とあまり話さなくなったのだろうか。
いつからか、私は「家族」の中に居心地の良さを見出せなくなっていたのだろうか。
本当は、私が振り向きさえすれば、いつでもそこにあったはずなのに。
とても大切にされていることを、私はずっと気付いていたのに。

それでも、同じ家族でも、価値観の違いが会話を途議らせる。
「分かり合うことはないんだろうな」
そう思う瞬間が、ある。

それでも私は、「家族」に帰ろうとする。







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うなずくためのコトバ - 2001年05月22日(火)

今日は、元同期と、同僚でご飯を食べに(呑みに)行きました。
元同期が会社を辞めてから会うのは初めてです。

私が買ってきた中国のお土産を渡すために、会いました。
一緒に行った同僚は、彼になついていた子です。

色んな話をしました。
会社のこと、仕事のこと。一番話したのは恋愛の話ですけど。

話をしながら、自分の中で整理をつけている自分に気付きました。
昔は、あの子のことを話すと「やめとけ」といわれても「でもね、好きなんだよ。やっぱり」と思いました。
でも今日は、「そうだね」と、素直に言える自分がいました。

「ある時ふと、吹っ切れている自分に気付くよ」
そう、ある友達は言いました。
本当にそのとおりだと思います。

これは、まだ空元気なのかもしれません(元同期談)。
それでも、何となく「だいじょうぶ」だと、言える気がします。
言い聞かせるための呪文ではなく、肯くための、言葉。

出口は、もう見えてきています。



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私という薄い膜 - 2001年05月21日(月)

揺れているわけではない。
これは、揺れているわけではなくて、見失っているだけ。

自分がしたかったこと、
何になりたかったのだろうか、
何に興味を持っていたのだろうか、

私という薄い膜がはがされて、気付くと何にも興味を持てない私がいる。

ヤバイな、と思う。

戻ってきている、あの頃の私に。
何にも、興味を持てなかった私に。

あの時は、どうして切り抜けたのだろうか。
思い出せない。

このまま、見失いつづけたら、私はどうなるだろうか。
私が、私にすら興味を持てなくなる前に、どうにかしないと。

どうしようか。



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あとすこし - 2001年05月20日(日)

今日は会社の人たちとピアノの会でした。
ピアノのショールームにある小さいホールを借りてみなでいろいろ弾きました。
といっても、ほとんどがもう何年も弾いていないので皆指が動けない。

それでも、カノンとか、幻想即興曲、エリーゼのためになんかをうろ覚え&ミスタッチありまくりで皆弾いていた(笑)。
楽しかったなあ。
私は、もうピアノを弾かなくなってから7年くらいになるかな。
楽譜を初見で弾けなくなってるのが結構ショックだったかも。

ピアノの練習は、あまり好きではなかった。
ピアノ曲を聞くのは好きだけれど。
私はあまり三重奏、四重奏やオケを聞くよりは、ピアノならピアノだけ、バイオリンならバイオリンだけのほうが好き。

ピアノ曲で一番好きなのは、モーツァルトかな、やっぱり。「幻想即興曲」はいつ聞いても、ゾクゾクする。
いろんな人が弾いた幻想即興曲ばかりを入れたカセットを作ったこともあったなあ。

バイオリンは、高校の時に買ってもらった。
ちゃんと習い始めたのは、大学の時だけど。
私が行った大学の、音楽科の先生に教えてもらった。だから、大学を卒業してからはやってないけれど。
また、やりたいなあ。
ピアノも、バイオリンも。

家に帰って、メールをチェックしていたら、あの子からメールが来ていました。
「お疲れ様。最近ひま?」
それだけ。・・・それは、どういう聞き方だろう・・・笑。
聞きようによっては、失礼かも(笑)

久しぶりのメールだなあ、と思って、前に来たメールの日付を見たら、一週間前だった。
そっか。一週間しかたってなかったんだ。
不思議だなあ。

大丈夫。
メールを見ても、揺れない私がいる。
「もう大丈夫」だとは断言できないけれど。そこまで言い切れないけれど。
あと、少し。





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自分に言い聞かせる呪文 - 2001年05月19日(土)

今日は、昼から梅田まで行きました。
買い物が主な目的ですが。
特に欲しいものはなかったけれど、欲しいサブバック(書類を持ち運ぶのに便利)と、Tシャツを買いました。
本当は、ジャケットが欲しいのだけれど、こちらはなかなかいいのが見つかりません。
スカートも、膝下くらいのが欲しいなあ。ロングがほとんどだから。

今日は、財布の中を整理しました。
あの子と行った、空中庭園や、お台場の観覧車、サンシャインの水族館などのチケットを、今日、捨てました。
ずっと、どこかにしまうこともできず、かといって捨てれなくて、財布の中に入れたままでした。
ようやく、それを捨てました。

少し、軽くなった気がします。
大丈夫、私は、だんだん過去のこととして認識してきている。
どれだけ楽しい思い出があっても、どれだけ悲しい思いであっても、それはもう過去で、これから起こることではないから。

こうして、少しずつ、少しずつ、私は思い出さなくなっていくのだと思う。
大丈夫、と自分に言い聞かせながら。
ずっと、呪文のように。



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密度の濃い日 - 2001年05月18日(金)

夕方から今日は記者会見に行ってきました。
夏にやる、国際移植者スポーツ大会の記者発表です。
プレスばかりが集まる会見に行くのは初めてです。
会社の一眼レフのカメラはみな出払っていたので、仕方なしに、デジカメでの初取材です。
いってみると、電池の残量がない、などのハプニングはありましたが、何とか無事に終了しました。

委嘱を実際に受けた人たちも、参加者としてコメントをするためにきていました。
その人たちが、どれほどの努力をしたのか、私には想像するしかないけれど。
泣かせるための記事なら、いくらでもかけそうな気はするけれど、それだけじゃないことも分かるから、きっと「泣かせるための記事」は書かない。

記者会見が終わってから、もう一度会社の最寄り駅に戻ってきました。
今日は、新人を交えての勉強会が、駅の近くの居酒屋であるから。

勉強会は、今日で二回目。
楽しいけれど、それでも、「ちょっとね・・・」っていうところは、あった。
参加するメンバーにもよるのだと思うけれど。
ま、「新人歓迎会」だと思えば、いいか。

なかなか、密度の濃い、一日だったかもしれません。






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あの子とだけじゃない思い出 - 2001年05月17日(木)

今日は会社の同僚たちとバッティングセンターに行きました.
バッティングセンターに行くのは,久しぶりです.

多分,去年の夏にあの子とひらパーに行った後、梅田で行って以来のような気がします。
懐かしいなあ。

私は小学生の頃、ソフトボールをやっていたので、一応は経験者。
60キロと70キロのところでやりました。
多分、明日から筋肉痛。もう既に、左足と脇腹にきているもの(笑)。

その後は、カラオケに行きました。
会社の人が新しく一人加わって、珍しいメンバーでのカラオケです。
少々、苦手な人もいるけれど(笑)。
それでも、十分楽しみました。

明日は、取材です。
取材といっても、それほど大きい学会でも、施設取材でもないので、いつもよりも気が楽ですが。
近場だし。

きっと、こうして日々は過ぎていくんだと思います。
そして、あの子とやったいろいろなことを、きっと私はあの子以外の人とやっていくんだと思います。
そして、少しずつ、少しずつ、「あの子とだけじゃない」思い出を、増やしていくのでしょう。









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社会勉強・・・かな? - 2001年05月16日(水)

今日は、夕方近くにちょっと嫌なことがあった。
もっとも、いつものその人からすると、ちょっと虫の居所が悪かっただけなのかもしれないけれど。
それでも、会社で、会社の人の怒った(というかむかついた)のは、初めてに近い出来事なのかもしれない。
社内報の時にもあることはあったけれど。

ということで、同僚と呑みに行きました。
この同僚と二人で呑みに行くのは、本当に、久々です。
「お酒は楽しく飲む」というのが、信条のような人だから、今日のように、愚痴に付き合ってののみは、あまり楽しくなかったと思うけれど。
ごめんね。
ありがとう。

立場が違えば、考え方も違うというのは、わかってるんだけどね。
最近は、周囲から学ぶことが多い。
その中には当然、理不尽なものもあるけれど。

それも、社会勉強のうち。




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ホシイモノ - 2001年05月15日(火)

今日は早めに帰りました。
別に、残業するのがしんどかったわけでもないのだけれど。
朝、遅刻をしたので(笑)。

かといって、真っ直ぐ帰ったわけではありません。
帽子を買いに行きました。
前から、欲しいとは思っていたけれど、なかなか買いに行く暇はなかったのと、気に入るものがなかったから。

まず、ユニクロに行ってみましたが、欲しい色の帽子がなかったのでやめました。で、次に阪急百貨店に行きました。
この間、みたなかで「いいかな」と思っていたものがあったから。
その時は買わなかったけれど、時間が経って、やっぱり記憶に残っていたから。
で、買っちゃいました。

帽子を買った跡は、地下街をうろうろして服を見たりしましたが、いいものはありませんでした。
靴も見たけれど、イメージが浮かぶものがなくてやめました。
欲しいんだけどなあ。

もうすぐ、ボーナスです。
実は今一番欲しいのは、時計だったりします。



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頼られるのが好きな一人っ子 - 2001年05月14日(月)

今日は11月号の編集部案の打ち合わせをしました。
はっきり言って、直前の30分前まで何も考えたませんでしたが・・・何とかなるもんですねえ。
私は、昔から追いつめられたときのほうが考えが浮かぶようです・・・。
自慢にはなりませんが。

プランナーの先生から上がってくる執筆者への依頼も、楽しいけれど、自分たちで考えるプランニングも楽しい。
最近、自分が楽しいと思うものと、読者からの反応が良いものとが一致してきている気がする。
いろいろやりたいことはあるけれど、根がナマケモのな私は「やらなきゃいけない」状況になるまでは動かないんだなあ。

今日の昼は、新しく配属された新卒の子の歓迎食事会でした。
新人クンは、とてもまじめで、いい子です。
いろいろと、話題も豊富。
これから、いろいろな話ができそうで、とても楽しみです。

去年入った新人クン(といっても、私と同い年ですが)は、しっかりと面倒を見ています。
甘えられるのが好きな一人っ子に面倒見なきゃいけない下の兄弟ができたらこんな感じだろうなあ、って感じです(笑)。
新人クンが一生懸命話しているのに、一生懸命相づちを打っている。「お兄さんぶっている」という表現が、ぴったりの構図でした(笑)。

かく言う私も、多分去年はこんな感じだったんだろうなあ。
たとえそうは見えなくても、ネが一人っ子な私は、やっぱり頼られるのが好きなんです。


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BBQ(ビールサーバーでビールを飲む)大会でした - 2001年05月13日(日)

今日は会社の人たちとBBQ大会。
BBQとは、「ビールサーバーでビールを飲む会」の略だそう。「ビールサーバー」と「ビールはわかるけれど、「Q」って何・・・?

夙川に、12時に集合でした。
私は、もう1人の人が早目に行って準備をするというので一緒にいくことにしました。
待ち合わせの時間より早く梅田に着くように行ったのは、帽子を買うため。
ユニクロに行ったけれど、あいにくユニクロは11時から。
高島屋で見ていたけれど、やはりユニクロよりも4倍近くする。もっとも、生地はもちろんこっちのほうがいいのだけれど。
ということで、帽子を買うのをやめました。

待ち合わせて、一路、今回の幹事の人の家へ。
すっごい邸宅でした。二世帯住宅の。
しかも、その周辺は皆邸宅が並び、住人らしき人たちは「マダム」という言葉がぴったり来る、上品な感じ。

いろいろと準備をして、結局皆が集まったのは13時近くでした(笑)。
子供5人、大人13人の総勢18名。
料理は、幹事の人がいろいろ準備していてくれたものがあって、結構豪華。
ピータンとアスパラガスの上に乗せ、特製のタレをかけたものや、豆腐の上にシーチキンを乗せたもの、生ハムもおいしかったし、何といってもおいしかったのが、前夜に作ったという、肝をペーストにした奴(名前忘れた・・・笑)。
おいしかったあ。

子供とも、たくさん遊んだし。
きっと、今週筋肉痛だな(笑)。
子供は、特別すきというわけじゃないけれど、可愛いと思う。
一人っ子だから、自分が構える相手がきっと好きなんだろうな(笑)。

一日、太陽の下で遊んで、たくさん笑って、たくさん話した。
やっぱり、こういうのって楽しいな。







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友達に会った日 - 2001年05月12日(土)

今日は、昼過ぎにこの間結婚した友人がきました。
目的は、他の友人と買った共同の結婚祝い品をとりに(笑)。
結婚式以来に会った彼女は、なんか「落ち着いた」感じがしました。
「結婚生活は?」と聞いたら
「慣れない家事がしんどい」だそう(笑)。
彼女は、いつものことだけど、うちに来たらほとんど話さずに、本を読む(笑)。
今回も、一生懸命、本(マンガだけど)を読んでたなあ。


夕方、私は同じく中学時代の友達と飲みにいく約束をしていたので、彼女のバイクで駅まで送ってもらい、京橋へ。
この友人は、ゴールデンウィーク前に会って以来かな。
この友人とは、シリアってもう20年ほどになる。
同じクラスになったのは、中学の2,3年で、遊びだしたのは、私が大学になってからだけど。
私が、尊敬する友人の1人でもある。

彼は、中学の時から、友達が多くて、人気者でした。
彼のことを悪く言う同級生は、いないと、断言できるくらい。
人付き合いが上手く、そして、面白い。
融通は利かないけれど(笑)。

今日は、彼が見つけてきた土手焼きのおいしい店へいってきました。
全体的に、この店は料理がおいしかったと思う。値段も、まあまあ。

呑みながら、色んな話をした。
ゴールデンウィーク中の旅行のこと、中学時代の思い出、同級生の話、政治の話から、映画の話。

よく、他の仲間といるときに彼と話しをしていると、他の仲間がいっていた。
「自分ら、話のスピードが速いわ」
そのとおりだと思う。
次から次に、話題が変わる。でも、どの話題を振っても、たいてい話できる。

だからこそ、一緒にいても楽なんだけれど。
そんな友人が1人でもいるんだから、私は幸せなんだと思う。





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筋違いの、想い。はたまた、いつでもゴールになる、スタート。 - 2001年05月11日(金)

昨日・・・正確には、今日の早朝になるのでしょうか。真夜中の1時過ぎですが・・・。
あの子から、メールがきました。
今の、編集部を離れ、希望していた、少女漫画の編集部に異動になるというメール。

「よかったね、おめでとう」と、素直に言えないのは、私。

あの子が、年末以降、私にいってきたことは、なんだったのだろうか。
「自分にはやりたいことがある」
そう言って、会社を辞めることを、私に言ってきたのは、あれは、私の幻聴だったのだろうか。

あの子が、何をしてもやりたいということなら、たとえ周りから「理想だ」といわれようとも、応援したかった。
でも、結局、あれだけいっていた「自分がやりたいこと」は保留して、今の会社に残るのだという。

あの子がやりたいことを考えたら、それもいいとは思う。
けれど、それはなにも少女漫画の編集部だからというわけではなく、今の編集部でも、できたことではないかと、私は思う。
結局、あの子にとって「自分がやりたいこと」は、今のいやな職場(正確には、仕事内容だけれど)を離れるための、大義名分でしか、なかったんだろう。

なんだ。

それを、あの子にどうこういうつもりはない。
それは、私の人生ではないから。
分かっているけれど、私の中のもやもやは、消えない。

私が、貴方のために割いた時間は、なんだったのでしょうか。
貴方が、私に話してきた内容は、なんだったのでしょうか。
どれだけ、しんどくても、どれだけ、不確実だとしても、私は、貴方が貴方のやりたいことのために、進むのだと思っていた。

それが、結局は、今の会社の中で違う場所が見つかったから、保留ですか。
私が、怒るのは筋違いだと思うけれど。

これほど、気が抜けたように感じるのは、あの子が帰ってくることに、いくらか期待していた私がいるため。
そして、
今の編集部を離れ、新しい職場で、あの子が「彼女」を見つけるだろう。
それが、あいまって、私の中にずっと、消えないもやもやを残しつづけているのだと思う。

「これが、ゴールじゃないから」
そう、あの子は言ったけれど。
でも、君のことだから、いつでも好きなように、スタート地点でも、ゴールに買えてしまうんだろうね。

でも、お願いだから、
もうそれに、私を巻き込まないで欲しいのです。





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カゴメカゴメ - 2001年05月10日(木)

夢を見ていました。
目覚める直前まで。

場所は、どこかの病院。
病院といっても、今のような、鉄筋コンクリートではなくて、薄暗い、昔の木造校舎ような建物。
私はお見舞いにきていました。
あの子の。

あの子が何の病気なのか、分からないけれど、とにかく私は「お見舞い」にきていました。
あの子は、ベットではなくて、これまた昔の小学校の時の気の机に座っていました。
「元気そうだね」とか何とか会話をしていたのを、覚えています。

夢の中の私は、もう終わったことを認識している私でした。
あの子は、新年会の時に会ったままのあの子でした。
私と会うときにいつもそうだったように、めがねをかけていました。
夢の中なのに、顔を見ると「やっぱり好きだなあ」と思った。
夢の中の私は、まだやっぱりあの子が好きで、「好きだ」と口にしたのかは分からないけれど、現実と同じように振られた気がする(笑)。

目覚ましが鳴って、目が覚めたとき、残っていたのは、あの子の顔の幻影と、そして、切ない気持ち。
思わず、苦笑してしまいました。

もしまた逢うことが逢ったなら、この夢の中の私のように、現実の私も「やっぱり好きだなあ」と思ってしまうのでしょう。

元同期に、夢の話をメールで送ったら、こんな文が帰ってきました。

君は決してばかじゃないから、はっきりと言い渡された結果にぐちぐちと不平を漏らすことはしない。
じゃあ、君をもやもやとさせるもの、君を悩ませるものは何か?
それは、「君の気持ちを然るべき所に落ち着かせてくれない今の状況」だ。
君ははたして、「自分は彼に『君のことは恋愛対象として捉えることはできないん
だ』という、そうとしか捉えることのできない明確な、否応無しの宣告を受け、それ以後も彼からその宣告に則した対応を受けている」と感じているだろうか?そう感じることができないから、君の、彼への思いや期待はいつまでも消えない。「あきらめて次へ」という気持ちに落ち着くこともできない。
「案の定の結果」かも知れない。でも、面と向かって「はっきりとした結果」を彼からもらってみたらどうだい?

そのとおりだと思う。
前にも書いたけれど、面と向かって言われていないことが、私にとっての「ネック」になっているのだと思う。
メールでの答えはもらった。
それでもう、十分じゃないかと思う自分もいる。
それが本当の答えだったのだろうかと疑う自分もいる。

元同期は、さらにこう言ってくれている。

あえて今「動く」には君は疲れすぎているのだろう。しかしその先には、透き通る青い空が待っていると信じようじゃないか。
君は自分の気持ちを酷使しすぎているよ。過剰に労働させすぎているよ。早く然るべき所に落ち着かせてあげて、休息を与えてあげな。

そう、彼が言うように、私は今「動く」には疲れ過ぎている。
もう一度、あの子に「好きだ」というためのエネルギーは、今はない。
2年前の、初めてあの子に言う前の臆病な私になっている。

あの子に言ったのは、「ひょっとしたら」という期待がまだあったのだと思う。
でも、いまはそれはない。
理由は、年末のメール。
なのに、まだいろいろ考えるのも、終わりがメールだったから。

堂々巡りになって、結局私はまだ動けない。

「後ろの正面だあれ?」

分かっていても、私は答えられない。




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歌は気持ち良く歌うもの - 2001年05月09日(水)

今日は、とても眠たい一日でした。
何故こんなに眠たいのかは分からないけれど、ようやく、旅の疲れが出てきているのかもしれません。
いつもなら、昼を過ぎ、夕方近くになるとどれだけ眠くても、元気になるはずなのに(笑)。

今日は、同僚とカラオケに行ってきました。
3時間ほど歌ってきました。
カラオケに行くのは、久しぶりです。

最近の曲をひとしきり歌ってから、昔の曲を歌います。
2年前や、去年の曲は、長いこと聞いてなければ忘れているのに、不思議と、私が小学生や中学生の頃に聞いていた曲は、歌詞まで覚えている。
記憶力の差かもしれないけれど。
それでも、昔の曲は、メロディラインが今ほど複雑ではないぶん、ストレートで、覚えやすかったのだと思う。

歌は、やっぱり歌うとすっきりする。
「歌は、自分が一番気持ちいいように歌うものだよ」
中学の時のクラブの先輩がそう言っていたっけ。
自分が「気持ちいい」と感じる歌は、きっと聞いている人にとっても気持ちいいものだと、その時その先輩を見て思った。

今は、とても技巧的な歌が多いけれど、それが悪いとは言わないけれど、どれだけの人が、歌を気持ち良く歌っているのかと、ふと考えた。







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私にかけている感情 - 2001年05月08日(火)

今日は、親戚(といっても、それほど近いというわけではない。近くに住んでいるので年に何回か、顔を合わせる程度だけど)のおじさんの通夜に行ってきました。
おじさんが亡くなったのは、私が中国から帰ってきた夜、つまり、日曜日の深夜。
通夜が今日になったのは、日が悪かったから。

久しぶりに、正座をして、足がしびれてしまいました。
昔は、何時間でも正座できたのにな。

最初は、それほどでもなかったけれど、通夜が始まり、お坊さんがお経を読み上げ、焼香が始まると、そのおじさんの奥さんや娘さんたちが声を上げて泣き始めました。
通夜には、親戚や、近所の人たちが数は多くはないけれど、きていました。
その様子を見ながら、自分が亡くなったとき、果たしてどれだけの人が焼香に来てくれるのかと考えました。
それほど多くの人を望むわけではないけれど、全然来てくれないのも、淋しいなと、その時思いました。

お坊さんがお経を読み上げている間、「悲しい」という感情について考えました。

私に、欠けている感情の一つのような気がします。
「悲しい」と感じることはあります。
それでも、泣くほどの「悲しさ」を私は今までどれだけ体験したのでしょうか。

泣いても、泣いても出てくる涙というのを、一度経験したことがあります。
「よくまあこれだけ泣けるものだ」と、悲しむ感情の中のどこかで、自分で呆れたことも、覚えています。

あのときに、私は「悲しい」という感情を使い果たした気がします。
決して「泣く」ことが悲しさのバロメーターになるわけではありません。「泣く」行為は悲しさを外に吐き出す行為です。
悲しさを吐き出して、次に向き合うための、儀式です。
けれど、悲しみすぎた感情は、たとえ泣いたとしても外へ出ることはなく、重くて、硬い固まりのまま、私の「悲しい」と感じる感情の出口をふさいでいる気がします。

あの子のことも、その固まりをどかすことはできなかった。

悲しくて、悲しくて、仕方がない感情を、私は覚えている。
けれど、
悲しくて、悲しくて、仕方がない感情の出し方を、私は忘れてしまった。











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連休明けのお疲れモード - 2001年05月07日(月)

GW明けは、可もなく、不可もなく、というところでしょうか。
身体的に、特別しんどいというわけではないのだけれど、会社全体に漂う連休明けの少し、疲れたような雰囲気に、私も染まってしまいそうでした。
皆疲れてる(笑)。

昨日、旅行から帰ってあの子から来ていたメールを見たときは、少し揺れていたけれど、今日は大丈夫です。

何といっても、青焼き。
連休前が責了で、連休明けが青焼き。すごいスケジュールだとは思うけれど、今回は楽でした。

明日から、また普通の日々です。
当分、連休はないけれど。
今月、来月と取材が3本。がんばらねば。

夜、あの子からのメール。
二週間後に帰ってくるのだそうです。
連休中の飲み会は、他の子にも連絡がつかずに流れたそう。
そりゃ、当然でしょう・・・。なんでいつも連絡がぎりぎりになるの。

二週間後か。
会いたいような、会いたくないような、というのが本当のところかもしれないけれど、・・・やっぱ、会いたいんだろうなあ。

さて、どうしようか。
といっても、まだ本当に飲み会をするのかどうかは決まってないんだけれど、ね。


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