宇佐美彰朗の雑記帳

2007年02月26日(月) 「東京マラソン2007大会」報告記—その1—

去る2月18日(日)「東京マラソン2007大会」が無事終了しました。
数年前まではこれは夢でした。それがついに実現・終了したのです。今
回、私は「コース・沿道の環境スポーツボランティア」のチーフとして
協力したのですが、これは報告記,任后

 この日は早朝から、冷たい雨が降る中でのスタート。私はあと少しで
号砲が鳴ろうという時刻に歩き始めました。コースの「現実・現状」を
この目で見たく、選手と一緒にコースを歩いてみたのです。5km地点
での給水現場では、エリートランナー用の給水用具はすでに撤収されて
いました。

 それから10kmまでの沿道で、各スポーツボランティアの活動の様
子、選手との関わり具合、レースの流れ具合を見ながら歩を進めました。
その後、日比谷公園の10km地点ゴールを右に見ながら、銀座に向か
いました。交差点、横断歩道は地下道への誘導が頻繁で、厳しいトラブ
ルになっている様子はあまり見かけることなく、実際に交差点をわたっ
て方向を変えながら進むことが出来ました。相変わらず雨はかなりの強
さで降っていました。

 2時間が経過し品川折り返し方向と浅草折り返し方向を省略して、ゴ
ールに向かい歩き続けました。浅草から走ってきた先頭グループらしき
選手が見え始め、ナンバーカードが徐々に大きい数字になってきます。
一般ランナーのトップグループとでもいえる選手もだんだん増えてきま
した。
 各給水地点では、マニュアル通りの手順でテキパキとスポーツボラン
ティアが活躍しています。私はその姿を見ているうちに、どうしたこと
か少し目頭が熱くなってきました。なにしろ夢に見ていた「東京マラソ
ン」が実現し、自分がその只中にいることが、どうしても現実とは思え
ない不思議な感覚だったのです。

 3時間が過ぎて、お台場近くの人家のない地域に入ってきました。途
切れないスポーツボランティアたちの、色とりどりのヤッケが並んでい
ます。思った通り一般の方々の応援はとても少なく、わがグループの鳴
り物を駆使しての盛大な応援は、疲れきったランナーには、かなりの効
果を上げた感があります。応援の方には申し訳ないですが、ヒトの声で
は限界があり、必死な思いで走る選手の耳には届きにくいことも、はっ
きりしました。

 ビッグサイトが徐々に目の前に現われ、その大きさを見せつけるよう
にそびえ立っていました。選手のナンバーカードの数字も大きく見える
ようになり、ゴールに向かう選手の数もますます多くなってきました。
さすがに、ゴール地点は人波でごった返しており、館内に入るころには、
新宿スタート地点を出発して4時間が経過していました。

 制限時間まであと3時間。このまま無事に終わりますよう祈るのみ。
制限時間にあと1時間となるころには、ゴールに向かう選手たちも間隔
があき、当然、普段通りに歩けずふらふら状態の選手の姿が目立ってき
ました。しかし私の経験からいうと、この状態こそマラソンの醍醐味の
ひとつでもあるのです。

 ゴールがあるからそれに向かって走る、痛くて動かない足を動かし、
体力を精神力でカバーし、必死の思いでゴールに向かう、このゴールの
味を味わいたいためだけに、なりふり構わず選手は走るのです。ただた
だゴールするだけ。私は思いました。「ゴールの瞬間は、全員がゴール
ドメダリストだ!!」と。



2007年02月24日(土) 「スポーツボランティア」のすすめ!

 「スポーツボランテイア」。この耳新しい「言葉」についてご紹介し
ます。そしてぜひご協力をお願いたします。

 言葉からすると、「スポーツ」は誰でもが知っている。「ボランティ
ア」についても、このところ理解が進んでいる。ところが「スポーツボ
ランティア」となると???。 何かそれらしい意味合いであろうと、
漠然と頭に浮かぶ程度で、しっかりとは受け止められていない。

 「ボランティア活動」は実は日本にも存在していました。かつて「向
こう三軒両隣り」で助けあうなど、社会生活の中でも理解され、営まれ
てもいたのです。それが、改めてスポーツ界の中で用いられたときに、
ある種の戸惑いをもって受け取られたのでした。

 その点ではこの2月18日(日)、東京の都心で7時間に亘る道路規
制を試み、3万人の市民ランナーが参加して開催された「東京マラソン
大会」に注目してほしいのです。雨天の中をスタート、後半にはその雨
も止み、無事終了した大会です。

 実は、この大会には1万名もの「スポーツボランティア」がエントリー
されていました。この応募状況そのものが、日本にも「スポーツボラン
ティア」の精神が根付いていることを証明しています。

 この大会にスポーツボランティアとして参加した方の感想です。「単
なるボランティア活動に比べ、スポーツ場面においてのボランティアは、
華やかな演出(偶然性の中に)の真只中に、プレイヤーと時間を共有で
き、プレイヤーと同じ精神状況を共感できた。また勝負という緊張感の
中で感動・感激を味わえました。」

 私が力をいれている「スポーツボランティア」のひとつは、視覚障が
い者ランナーの伴走者の養成ですが、実際のレースに参加してみると、
ランナーはもちろん伴走者も、ほとんどがゴールで「涙、涙」なのです。
何故か? なぜランナーばかりか伴走者も「涙」するのか。

 視覚障がい者ランナーは伴走者が不足のため、日頃思うようなトレー
ニングが出来ません。そのような状態のままレースに参加せざるを得ま
せん。それがレースでは伴走者に付いてもらえるので、思い切り、全速
力で、呼吸が止まらんばかりに頑張って完走できた! なんという感激
でしょう、声を震わせてゴール、感激の涙です!! 伴走者はこの感激
の場面に遭遇できるのです! 伴走というボランティアによって、この
場面に協力できる、なんという幸せでしょう! スポーツボランティア
の醍醐味はここにあり、きっと病み付きとなってしまいますよ。

 無論、役割は多種多様にありますから、いま皆さまが持ち合わせてい
る体力・気力に応じたレベルで、十分活躍していただけるのです。明る
く華やかなスポーツ環境の中で、思う存分活躍できる「スポーツボラン
ティア」。皆さんのご協力をお待ちしております。



2007年02月07日(水) 小学校に出前・授業です。

久々の雑記帖です。
宇佐美は、またまた小学生(6年生)を驚かせてしまいました! 横浜市
立浅間台小学校の5時限目(13:30頃)にお招きがあり出向いたわけ
なのです。宇佐美の著書『ぼくとマラソン』の文中にある「・・30km
をひとりで走りきる・・」描写が、道徳「副読本」に採用されているので
すが、その「副読本」を使っての授業ということでした。

宇佐美がその授業に参加するということは、生徒には内緒でした。先生が
宇佐美を紹介した瞬間!!「オー、オー!!!」(描写できない??!)
という喚声があがりました。

宇佐美の話を要約させていただくと、
「3回のオリンピックに出場できたのは結果であって、これはおいておく
として。それ以前にそこへつながったと考えられるのは、小さなことを克
服する乗り切る、これらを積み重ねていったことが重要なポイントと考え
ます」と話しました。

授業が終わって、校長室にサインをもらいにきた生徒の一言!「誰のおじ
いさんかと思った!」には、胸にグッサ!でした。

授業参観も兼ねての授業だったので、父母が教室に来ていました。無論、
年齢を自覚しなければならないのですが、ついつい大学で若い学生諸君と
日頃時間を過ごしていると、自分が孫のいる年代であることを忘れかけて
います。

今回は授業の始まりから教室の中にいて、他の父母と一緒に立って授業
を参観していました。2、30分間はそんな風にしていたので、生徒たち
は「誰の親が来ている」「まだ誰の親は来ていない」そんなことに関心が
あったようでした。以前別の学校に話に行った際には、それこそ隠れるよ
うにして、身をひそませ、紹介のときにパッと現れたりしていました。

宇佐美の話が小学校の諸君にどのように受けとられたか、いつかまた彼ら
に出合って、質問してみたい気もします。


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