西方見聞録...マルコ

 

 

決意のボディペインティング - 2004年04月30日(金)

戦闘前に戦いの隈取りをしたのは「もののけ姫」に出て来たイノシシ一族だったでしょうか。昨日マルコも乙事主(もののけ姫に出て来たイノシシの長老、声は森繁久弥。あの声映画の途中で変わったよね、関係ないけど)の部下のような決然とした気持ちで上半身前面にボディペインティングをいたしました。これから約1週間かけておKさんの卒乳を敢行いたします。

約1年前「なごみ系のニコニコさん」と言う評価のもと当HPに登場していた次女おKさん@4月24日で2歳はこの1年間で「あかんたれのごんたさん」に変貌しました。相変わらずニコニコと愛想はいいし、ストレスの少なそうな生活をしているおKさんですが、自分のストレスを主に姉の1号、ついで母マルコに肩代わりさせて生きているようにもお見受けします。
普段はニコニコですが何かあると、自分の要求は絶対にあきらめず泣いて通すその姿勢。泣き方もまた半端ではございません。ただ相変わらず「食べ物」に弱いので食べ物で釣って要求を軟化していただくように交渉するなんて事は有効です。

そのおKさんがずっと執着しつづけた授乳を今年の年始より「微妙に間遠」にしたり、「日の高いうちは吸わない」、とか「夜も寝る準備ができて布団の中だけで吸う」などとし、徐々に卒乳への階段を上ってきたのですが、ここに来てこのゴールデンウィークを利用して一気に完全卒乳を敢行しようというわけです。

マルコが夜中にごそごそ起きてなぞの活動中、泣き出したおKさん授乳のために布団に引き戻されてそのまま朝まで睡眠に引っ張りこまれちゃうのとかはもういやなんざんす。あめでおさんが自分には乳がないゆえに育児参加において2次的役割に逃げこもうとするのも小癪です。5月からマルコはなぞのフィールド活動をする予定なのでその前におKさんとの母子密着度を少し薄めてもおきたいのでございます。

 昨年秋マルコが泊りがけで某島根県の某町をお邪魔した際、留守宅にておKさんのお世話をなさったあめでおさんはそれは地獄を見たそうです。「朝方まで寝ずに乳を求めて泣き通した」とあめでおさんは申します。この夜は、のちに我が家で有名になったあめでおさんの名文句「わしがおKに泣き殺されるか、わしがおKを殺すか、じゃ」が出ちゃうくらい追い詰められたあめでおさんだったのでした。なんとまあ見上げた根性と言うかがんばりやさんな泣き虫でしょう>おKさん。

 そんなわけで昨夜はそのあめでおさんの苦労を追体験する1夜となったのでございます。まず就寝時間の午後9時より泣くおKさんにマルコ自慢のボディペインティングをご覧に入れ、「今日は乳はこんな状態ですので配給は無い」と説明いたします。そこで治まるおKさんではございませんのでひっくり返って泣かれます。そこへチョコレートなどでご機嫌を取り結び、ちょっと歯磨きした上であめでおさんがおんぶして、10時過ぎにまず寝ていただきました。あめでおさんと私はその後の戦いに胸を震わせながらおKさんと一緒に早めに就寝。

しかしあっけないほど早くおKさんはお目覚めです。11時半おKさん泣いて起きて乳を要求。そこから午前2時半まで3時間おKさんの泣きロードは続きます。最初の30分をマルコが次の30分をあめでおさんがその次の1時間半をマルコが最後の30分をあめでおさんが担当し、最終的にはあめでおさんが寝かしつけました。

あめでおさんの基本戦略は「おんぶして歩きまわる」。でマルコの基本戦略は「哺乳便で水分を取らせて、テレビの前に引いた布団でリラックスしながらビデオ見せる.泣きがひどくなると子守唄を歌う」というものでした。そのほか抱いてルーフバルコニーにでるとか、おせんべいを与えるとかオプションがございます。

 そして午前2時半とりあえずあめでおさんとご就寝になったので再び寝入る私たち(ちなみに担当してない方の親は仮眠をることになってますが凄い泣き声で眠れません)。

 そして朝4時50分おKさん3たびお目覚めになりそのまま本日の朝をお迎えになりました。マルコもあめでおさんも眠いです。水中を歩いているような浮遊感と申し上げたらいいのでしょうか。しかし朝日の中でおKさん笑っておられます。な、なぜなのでしょうか、夜と打って変られたその上機嫌。そして今回最大のなぞは1号さんがあの騒ぎの中で堂々の朝まで熟睡なさったことです。ご立派です、その我が道を行きっぷり>1号さん。

 みなさんめんどくさがらず、適正年齢で卒乳はいたしましょう。もし時機を逸したら腰を据えて4歳くらいまで吸わせましょう。特殊事情で中途半端な時期に卒乳を実施した皆さん、よろしかったらアドヴァイスください。

 また夜が参ります。その前に気合入れてボディペインティングに励みたいと思います。

 あ、どうでもいいけど昨夜深夜泣きだるまのおKさんと一緒にビデオ(アンパンマン)視聴してたら、ビデオを巻き戻すときに映ったNHKのトーク番組に内田春菊が3番目の夫と一緒に出ていたのをチラッと見ました。今回は幸せになれそうでようございました。不幸に転じてもそれをネタにしっかり起きあがってくるんだろうな〜。なんて思ってちょっとわくわくいたしました。伊藤比呂美と内田春菊の子育て界におけるトンガリ具合はなんつうか世界の果ての指標と言うか、臨界点はあそこか〜ってかんじですな。人はあそこまでイっちゃえるんだって。凡人の私は眺めているだけの地平ですが時々垣間見て爽快です>臨界点。





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本日のスパルタ - 2004年04月28日(水)

あんにーめーんにゃん?

あんにーめーんまーくふん。

あんなんで〜?

あんなんめーんまーくぽむちゃーくちーん。
てー、あんなんぼーめーんまーくぽむ。
めーんまーくむあん。

これはなんですか?
これはパパイヤです。
あれは?
あれは中国からのりんごです。
けれどもあれはりんごではありません。
マンゴーです。

しかし先週から今週にかけての宿題が子音字全部書けるようにしてくることで今週から来週にかけての宿題が母音字全部書けるようにすることとはさすがです、>せんせー。







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少女の三角形 - 2004年04月25日(日)

 1号さん、本日はご友人のAちゃんとMちゃんを拙宅に招き、家で遊んでらっさいます。Aちゃんは誰が見ても心の正しい正義感あふれる少女で、Mちゃんも子供らしい素直な良い少女ですが年上のおねいさんがおいでになるので、華奢な外見とは裏腹にま、ちょっと強めの女の子です。1号さんはAちゃんからもMちゃんからも別途「日曜あそぼ〜」とプロポーズされ両方断れずに3人で遊ぶ結果になりました。

 普段1号さんが最も心近く接しているAちゃんが押しの強いMちゃんに負けてなんとなく1人でいる時間が多ございました。1号も時折Aちゃんにシンパシーを示しながら、Mちゃんに「ちょっと1号チャン来てよ〜」と呼ばれるとそちらにいってしまいます。1人取り残されるAちゃんの背中に斜線がかぶっておられます。

 少女たちが形成するこの微妙な3角関係に、不肖マルコは息苦しくなるような懐かしさと切なさを感じておりました。子供時代マルコもこの3角関係に常に苦しんでいたように思います。マルコのポジションはつねにAちゃんの役。悪いことはしていない。誰が見ても正しく振舞い、わがままも言ってない。しかし親友はなぜか我の強い第3の友の元にいて私は一人になってしまう。自分よりもやさしいが意思の弱い親友をふがいなく思いながら、切り捨てることもできない。私がもし親友の立場だったらはっきり言うのに「わたしはAちゃんと遊びたいのよ!」でも心の弱い親友はそれが言えない。切なくて寂しい。

 みなのしう、「旗色不鮮明」の優柔不断ちゃんを真中にして同性同士で3角関係を演じた覚えはありますまいか?

 まさか自分の娘が優柔不断ちゃんの役をするとは、マルコ呆然。
一人で遊ぶAちゃんの肩をそっと抱いた。あの日の自分を慰めるように。でもわかってる、Aちゃんがほしいのは大人の慰めではないことも。

 みんなが帰った後、1号に「Aちゃん一人で寂しそうだったよ。」というと「1号ちゃんもAちゃんと遊びたかったんだけどさ〜、なんかそうなっちゃったの」という。そうなんだ、優柔不断ちゃんは優柔不断なんだね。知ってたけどさ。



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たたたたとーとー - 2004年04月21日(水)



 今日はマルコ、ラオス語会話のレッスンでした。子宇部大学の留学生センターにて知り合いのS先生に1週間に1回教えてもらうことになりました。むか〜しラオス関連プロジェクトに関係してたころ、文字を教えてもらって、数を数えたりタクシーに乗ったりするところまで習ったんですがスワヒリ語よりは相性が悪いらしくていまでもスワヒリ語のほうがさらさらと出てきます。ラオス語は声調が5つほどあるので音痴さんのマルコには結構つらいのです。

 今日は子音字のおさらいをしました。TはT(d)とT(h)の2つがあるんですが、マルコはいっつも息が抜けるT(h)のほうの発音になってしまいT(d)のほうの発音がかなり難しいです。と〜うって感じで発音するんですがと〜うだと息が抜けちゃうので「たたたたと〜う」と速射砲のようにいうとT(d)の発音ができるので何とかその方法でT(d)発音をクリアしました。

 留学生センターから自分の研究室に戻る帰り道、ひとりで「たたたたと〜と〜」を繰り返しながら歩いてなんとなく道行く人に避けられたりしました。そんで今日はゼミなんかもあったので夜遅い帰路、誰もいない田んぼのあぜ道で「たたたたと〜と〜」と言いながら自転車こいでたら、無灯火の自転車に乗ったお兄さんがいらして、とっても怖がられました。

今日の会話
「さばいでぃ〜、こい すー けんじ たなか。 ぺん こん にーぷん。 こい すい〜 ひあん ぱーさー らーお」(こんにちは、私の名前はたなかけんじです。日本人です。私はこれからラオス語を習います)。



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生を放つ - 2004年04月17日(土)

本日は1号さんの喘息定期検診にて奈良市へ赴く私ども。
このところ全然発作も起こらず、1号さんがほんの2年前まで命に関わるような大発作を繰り返していたなんて忘れてしまいそうな日々でございます。1号の成長によるところか、空気のいい地域に引っ越してきたからか、はたまた法隆寺の薬師如来のご加護か、まことにアッラーは偉大でございます。アーメン。

そんな快調な1号さん1歳の終わりから毎日1日も欠かさず約5年間、朝晩のみ続けてきたテオドール投薬を終了することになりました。感無量。テオドールをねらなくてもいい朝や晩が来るなんて思いもよりませんでした。全国、喘息児友の会の皆さん、あけない夜はありません。でも自然に夜は明けるわけでもないので、毎日の掃除と布団の管理と空気清浄機道の追求は欠かさないほうがいいと思います。うちでは上記業務はあめでおさんの担当なのでものすごいマニアックに追求されています。

そんでそんで今日は喘息医の後に歩いてすぐの興福寺に行きました。いつもの切り株で作ってきたおむすびを食べ(休みの日まで弁当作りかい!)そのへんで和んでいると、興福寺寺僧たちが行列してやってきます。むむむこれは!寺行事マニアのマルコとその家族が寺僧の行列を追跡すると、南円堂わきの一言観音堂にて法要が始まります。観音堂の前には池がしつらえられ、無数の金魚が泳いでいます。

今日は「放生会」だそうです。




法要の間寺男さんたちが金魚をたもですくってバケツに入れています。おおお、金魚すくい絶対失敗しないバージョンってかんじでしょうか。それを見ていた子どもたちもやらせてもらってます。1号さんもさっくり参加しています。観光客の外人さんも参加しています。






約30分ほどの読経の間そんな風に金魚すくいをしながらすごしたのち、いよいよ読経も終わり、寺僧のみなさんが行列を作り南円堂の脇の階段を降りて猿沢池に。法要に参加していた人々もその辺の観光客も参加が呼びかけられ、みんなで金魚入りのバケツ(100個くらいあった)をもって行列に加わります。あめでおさんと1号さんもバケツを持たせてもらいました。外国からの観光客の皆さんも大喜びで参加しています。

そして猿沢池の端でお坊さんを中心にみんなで池を囲むようにたち、般若神経が唱えられるのを聞きました。ぎゃーてーぎゃーてーと真言が唱えられ、読経が終了するとみんなで一斉に金魚を池に放ちました。




夏日でしたので、なかなかよろしい参加型仏教行事でございました。近場に住んでるとはいえ参加できてマルコもラッキーでした。一緒に金魚を放った外国からのお客さん、たまたまこんな行事に行き合えてよかったね。



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けれど、メロスは来なかった。 - 2004年04月14日(水)

 1号さんが学童保育の荷物セット1式(含む弁当)をお忘れになりました。

 朝、家族より一歩先にマンションをお出になった1号さん。同じマンションに暮らすY姉妹とマンション玄関先で待ち合わせて学区の集合場所にまいります。そこで学区の児童10名程の集団を形成した後、小学校に向かいます。たいてい、1号さんがこの学区集合場所にいる間にマルコ・あめでお&おKさんが通りかかります。

 この日、集合場所に向かう途中、1号さんはお弁当を含む学童関連荷物1式を忘れたことに気がつきました。しかし、雨が降っていたためY姉妹のおかあさんが付き添ってくださっており、1人で忘れ物を取りに行くとは言い出せませんでした。「大丈夫、きっとおかあちゃんが気付いて集合場所に持ってきてくれる。」と自らを励ます1号。

 しかしそのときおかあちゃんとおとうちゃんは時ならぬおKさんの出発間際の大脱糞をどっちが始末するかでもめており、いつもより出発が遅れてしまったのです。

 哀れ、集合時間は過ぎ、1号とその仲間たちは学校へ。学校でも1号は待ち続けました。

ーきっとお弁当をおとうちゃんとおかあちゃんが持ってきてくれる。

 しかし、あめでおは雲古の始末を今日も1人でさせられ、その間マルコがお化粧していたことを恨み、マルコは「いいぢゃん、お化粧くらいさせてよ」とふて腐れ、いつもはする忘れ物最終確認をせずにそれぞれの大学に向かってしまったのでした。

 2時間目3時間目と時間は過ぎるのに、届かない弁当。
 今日の昼ごはんはお茶だけかと思うと涙があふれてしまう1号。

 ちなみに1号は昨年の保育園年長組時代、園では1年間1度も泣きませんでした。だから「学校でもなかない」と決めていたのに、その誓いはもろくも崩れました。

 図工の時間中でした。課題に取り組まずに泣く1号に先生は理由がわからず
「おいて行かんから、安心してええでえ」と声をかけてくれましたが1号は「ちがうのに」と心でつぶやくものの、出るのは涙ばかりで声が出ません。
 そして11時30分。学童保育室へ移動し、初めてお弁当を忘れたことを保育室の先生に告げました。先生はさっくり学童保育室の前のお好み焼きやさんから焼きそばをTAKE OUTしてくれました。500円でした。

 とっても美味しくて、周りの子が「ええなあ〜」と言ってくれて1号は救われたそうです。

 それにしてもセレヌンティウスを見殺しにしてしまった心苦しさにその夜は眠れなかったメロスならぬマルコなのでした。


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4月の晴れた空の下〜戦争と平和 - 2004年04月11日(日)

 今日は家族うちそろい、JUSCOに1号の自転車@小学生バージョンを買いに行き、帰りに竜田川の岸辺で散る桜を見ながらパンを食べ、法隆寺にも行き、中門の下で法隆寺カルトクイズをいたしました。法隆寺カルトクイズはあめでおさん出題で1号とマルコが正答を競うのですが問題がそろそろマンネリ化してきました。

 さてそんなマンネリ感がよく似合う4月のうららかな一日、中東ではいろいろと逼迫している御様子です。

 情報源が非常に偏ってたり、限定しているので、この問題について語るのはどうか?という気もしていたのですが進み行く情勢の中で現在のマルコの考えなんか書いとこうかなとおもって書いてます。

 今早急に日本のすべきことは自衛隊撤兵よりも、アメリカへの「ファルージャ以降のイラク占領(戦争)不支持」の表明だと思います。

 ファルージャ掃討はイラク占領(戦争)の転換点として後に語られることになると思います。

 ファルージャ掃討はこれまでも疑わしかった「戦争の大義」を完全に打ち砕きました。戦争の大義はこれまでもころころ変わっていますがこのファルージャによる転換は「抑圧されたイラク住民を救うためのフセイン排除」から「アメリカに反対する者への掃討」への転換です。

 なぜ日本は対米追随を構造的に選ばねばならないのか?小泉さんの問答は常に哲学に寄らず、構造に寄っているのが特徴ですな。世界はかくあるべきという哲学をまったく語らず、日本はアメリカの核の下でしか生きられない構造下にあるのだから従うしか道がない、というのがテープレコーダーに入った小泉さんの御意見です。

 確かに現時点でのアメリカによる軍事的優位が確実だとしてもブッシュ政権はそんなにも磐石でしょうか?次の選挙で民主党が政権をとり、ブッシュの戦争が弾劾される事態が訪れた場合、現在のあまりにも明白な「ブッシュの戦争」支持は将来の日本に必ず禍根を残します。

 どう考えても、小泉さんの寄って立つ「ブッシュ政権という構造」は決して永久不変の構造ではないように私は思うのですが。

 より長期的な「哲学」のもとに、日本は道を選ぶべきではないかと思います。

 幸いなことに3名の人質の方々解放されそうな見通しです(今回の件はサラヤ・ムジャヒディンというグループの情報戦の一部だったのでしょうか)。彼らの解放ののち、「ファルージャ掃討への不賛同」を理由に自衛隊は撤兵すべきだと思います。

 そして現在の戦闘状態の終了後、自衛隊ではなく、ジャパン プラットフォーム(日本政府・NGO(複数)・財界による緊急支援のためのネットワーク団体、現在アフガニスタンで活動中)の派遣を行うべきではないかな〜と思います。

 ジャパン プラットフォーム、今、余力ないかな?>大西さん。

 


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涙の法則 - 2004年04月10日(土)

 このごろ1号さん交友関係が活発です。
 保育園の同級生で現在小学校でも同級生のMちゃんが遊びにきました。先週の土日は近所のAちゃんちに遊びに行って1号さんのいない休日なんてのを過ごしました。(あめでおさんは「こうやって子どもはすぐいなくなっちゃうんだ〜!」といきなり動揺してました)
 小学生になって友達が遊びに来たり、遊びに行ったりという行き来が生じています。まあ子どものニーズに応えて裏で親がかなり画策せねばなりませんが、そのうち自力で遊ぶようになると思います。どうぞ、どんと独立してください。ビバ独立。

 さて、子どもに関して親はどんな時に泣くか今日は考えてみたいと思います。保育園の卒園式ではマルコは大変よく泣いたんですが、自分自身泣きが入る瞬間というのをつらつら分析し、かつ今年卒園児の子どもがいたべらちYAYOIさんの卒園式や最後の登園日の模様などをそれぞれの日記や掲示板で拝読して考察した結果、下記の法則が判明しました。

 人は思い出が走馬灯し出すと泣く。

 あっさり卒園式を迎えたい人は思い出が走馬灯しないように踏ん張ればよろしいのではないでしょうか。そう思って振り返ってみると卒園式というのは思い出を語ったり、スライド見せたり親の走馬灯を走らせようとする企画が多いです。園として親の涙腺をねらっているのでございましょう。

 泣いてカタルシスしちゃいたい人は思い出をぐるぐる走馬灯させましょう。ソレはソレで爽快に泣けると思います。

 以上、卒園式と親の涙の関係に関する考察でした〜。


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シンジケート・ザ・ディープ - 2004年04月09日(金)

 1号さん入学に伴い、コレまで見えていなかった地元ネットワークが惷動し始めました。登校班、自治会、地区委員、子ども会、PTA、学童父母会。なんだかもうマルコには識別不可能、思考停止な複雑さでナニとナニが共通でドレは必須でドレがトンズラこいて良いのかちょっとわかりません。

 保育園時代も適当にやってたのですがあの時は基本的に皆忙しかったので、保育園保護者会だけ、しかも最低限の仕事量にしようというコンセサスがあったのです。しかし小学校になると地域の伝統行事をになう部分とクロスしながら様々なネットワークが眼前に立ち上がり、なんだかわかりません。

 1号さん保育園時代の親しいおともだちが同じ地区にいらっしゃり、そのお母さんはこの町出身でディープシンジケートに精通してらっしゃるので、地区委員さんへの挨拶とか子ども会への加入挨拶とか全て手を引いていってもらって何とかこなしているマルコです。

 そのお友達、仮にAちゃんのおかあさんはマルコよりも格段に若く、(関係ないけど美貌です)WMとしてがんがん資格職で働き、でも地域伝統への造詣が深い感じが非常にかっこいいです。
 こういうとき「無縁・公界・楽」(@網野善彦)な地域(都市部ですな)に育った者は本当に成熟していないのを感じます。挨拶の仕方ひとつとってもAちゃんのおかあさんの卒のなさと比べてマルコの「えーっとよろしくおねがいします」ってかんじはなんだか場を得ていないというか、学生チックというか。まあ土地の文化を会得していないので仕方ないって言えば仕方ないんですが、所在無いのです。

 まあ、いいけどさ。ニューカマーにはニューカマーの生きる道ってのがあるのです。シンジケートではかわいくにこにこしてようと年度始めにあたり決意するマルコでした。


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最前線は進化する - 2004年04月08日(木)

 本日めでたく1号さんの入学式が執り行われ、1号さんはH小の一年生におなりあそばされました。式自体はさっくりしたもので、東京方面で起こっている教職員への君が代斉唱強制事件なども起こらず、卒園式のように号泣する子どもも出ず、親もさして泣かず、あっさりと終了。

 ところで新一年生を迎える校長訓話、担任ガイダンスともにお上手です。校長先生は壇上から新一年生に不思議な袋を取り出して見せ「今日はお話玉手箱を持ってきました。開けてみましょう。中に何が出るのかな〜。」と語り、“厳粛な”式で退屈しがちな一年生の興味をぐぐっとひきつけ中から色鮮やかな赤・黄色・緑と3色の紙を取り出します。そして赤いお話として「友達を作ろう、友達を大切にしよう」黄色のお話として「挨拶をしっかりしよう」最後に緑のお話として「車に気をつけよう」と語ります。語ってる内容自体は30年前とさして変わりませんがちょっとした工夫によって効果絶大です。帰宅した1号さんに「校長先生のお話玉手箱の赤って何だっけ?」ときくと「赤が友達で黄色が挨拶で、緑がえ〜っと車だっけ」とさっくり答えました。

 そして担任の女性教諭は凄腕女教師って風情の方でしたが、まじでマルコの専門学校の講義よりも面白かったし、気がそれている子供をメインストリームに引き戻してくる手腕もなかなかのものでした。大事な確認事項はすべてクイズ形式。そして最後の明日の持ち物確認の前に「きょうはみんなの入学おめでとうって言いに、春の妖精さんも来てくれました。」といってきれいな缶を取り出して、桜の花びらを盛大にまきました。子どもたちは一気に興奮し、それを確認し先生は「最後の花びらが落ちるまでみんなで拍手してみよう」というと子どもたちは一せいに拍手。話が長くなってだれた雰囲気を立てなおすための仕掛けなのでしょうが見事に先生の意図どおりに運んでいました。

 学校現場は常に進化を続けているのだとおもいました。学級崩壊が起こればソレが起こらないように数歩先を読んだ工夫をする。週刊誌や評論家が悠長にああじゃこうじゃ言ってる間に日々現場でナマモノの生徒と向かい合ってる先生たちは現場の問題を克服すべく手をうち続けていることに今更ながら気付きます。

 30年前の私たちの学校と似た空間だけどそこは明らかに30年分、進化した空間なのだなあ。小学生ライフ、どっぷり見学させていただきましょう。



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自業自得 - 2004年04月06日(火)



やるべきことが怒涛のように押し寄せてくるのが新年度の特徴である。そんでもって旧年度中にやっておくべきことが終わってないのも、(もしかしたら私の独自のライフスタイルなのかもしれないが、)とにかくこの時期の特徴である。

そんなわけでなんだか精神的に忙しい気分。こういうなんだかいろいろ山積みになってて訳がわからないとき、どのように仕事をこなしていくかでその人の技量と言うのがわかってしまうのかもしれない。とにかく目の前のことを片付けていく人もいるだろうし、全体像を考えて優先順位の高いものからやっつける人もいるだろう。(昔私はこれがいいだろうと思ってたら優先順位の低いものが3年くらい放って置かれたことがあった。それは全体像の把握ができてないってことか?)好きなことからやっていって周辺部分は片付いたけど核心部分がそのまま残っちゃう人ってのもいるかもしれない(現在の私はこれか?)。

片付いたのは1号さんの入学準備の縫い物や名前付けばかりで、自分の用事はなんだか一向に進まない。

いろいろと懸案になってた事どものうち、考えに考えて昨日は1号さんとおKさんを連れて大阪海遊館に行った。卒園から入学まで保育園と学童をはしごで一日も春休みのない1号さんに入学前に一日好きなところにつれていってあげる約束をしてたのだ。

 そして、今日は久しぶりに私の仕事関係のことができるのでけいはんな方面の図書館に行くことにした。開館10時の5分前についてしまったので、少し時間をつぶそうとけいはんな記念公園を散歩した。そういえばちゃんと花見をしなければ、これも懸案事項だった、と思って思わず花見。5分どころか30分ほど堪能。

こうやっていろいろと周辺部分の懸案(主に遊び関係)は着実に片付けられていくのに仕事関係はずっぽり残ったままなのだ。

ほんとに春は悩ましい。






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斑鳩三塔花めぐり - 2004年04月03日(土)

 春でございます。
 花見でございます。

 本日は桜咲く斑鳩の里の誇る世界遺産法輪寺、法起寺、法隆寺の所謂斑鳩三塔におにぎり持って家族で自転車でGOでございました。我が家は法輪寺と法隆寺の年間フリーパスを持ってますのでまずは法輪寺境内にておにぎり食べようと思ったら、1号さんとおKさんの涙のリクエストで法輪寺手前の何の変哲もない児童公園でおにぎり食べて遊ぶことになってしまいそこで1時間程まず食べ、そして遊びそれからやっと法輪寺へGO。



 法輪寺、こんな感じ。桜の花の時期のみ、境内に無料で入れます。




 写生している方もいます。




 門前にはカメラ小僧ならぬカメラ中年たちのカメラの砲列。まあそれだけ美しい景色ということで。




 
 そんで日本最古の三重の塔を持つ法起寺に参りました。ここは友の会制度が無いので300円拝観料払いました。桜はないけど美しい寺です。ここは秋のコスモスもねいいんざんすよ。ここであめでおさん娘どものストーカーのようにカメラのシャッターきりまくってたら、職場の同僚の方が「、、、せ、せんせい」とちょっと声かけにくそうに声かけて来ました。お気持ちお察しします。




 そんでこれが真打ち、法隆寺境内。




 凄いような桜吹雪でございました。




 もうすぐ奈良県立博物館で法隆寺展やるんで天蓋をはずす工事が金堂にて行われていました。金堂はいつも物凄い暗くて釈迦如来様が見えないんですが今日はこの工事のおかげで照明までついちゃって、はじめてお顔をしかと拝ませていただきました。眼福眼福。


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はじまりますわ - 2004年04月02日(金)

 新学期に向けて非常勤講師先の専門学校にて講師会。華やかに盛んなほかの学科に比べてマルコの属する学科はかなりジリ貧。生徒数も他の学科は1000人単位なんですがうちの学科はいきなり2桁小さいです。万年リストラ対象学科なんですが今年は専任の先生2名のうち、1名が斬られました。

 講師も微妙にチェンジしています。まあいろいろと気合を注入するお話をいただき、全体会と学科会あわせて2時間ほどで解散しました。

 マルコはそのまま子宇部へ移動。

 車内でこの1ヶ月作り続ける予定の弁当なんて食し、1時に大学に到着。ここでは3時から大学内起業にかかわる打ち合わせに出ることに。新しく某国際機関からコンバートされた先生のつっぱしりっぷりと従来からいらっしゃる先生方の慎重ぶりの対比が面白くこれはなかなか楽しい異文化接触例だな〜。と観察。

 今までだったら、異分子はDr.コンバートだったけどこの4月からはProf.従来もおっとりは構えていられない独立行政法人化の春なのでした。

 でもまあ問答無用で斬られないだけいいじゃん>独立行政法人。


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でびゅ〜 - 2004年04月01日(木)

 1号さん、本日から学童へと御出陣。

 学童は我が家から徒歩3分の小学校構内にあり、来ている子供は1号さんの出身保育園の子どもたちで95%構成されているというまあ、なかなかよろしい空間です。

 しかし本日よりマルコ弁当つくりの1ヶ月が始まりました。学校の給食が開始される連休明け(5月だよ!)まで1号さんは毎日お弁当持参で学童、新学期は学校→学童に通われます。自慢じゃないですがお料理のお得意でないマルコは数年前から恐れていたこの春なのでした。

 あめでおさんの提案で「消費者と生産者の分離はよい商品を生み出さない」ということで本日よりあめでおさんとマルコも1号と同一のお弁当を持ってでかけることになりました。てめえも食べるものとなればおろそかな製品は生み出されません。あめでおさんも「弁当作りは当番制にいたしましょう」とおっしゃるのでマルコ1人で弁当作りをしなくてもいいみたいです。

 それを聴いた1号さん。「当番ってことはわたしもおKも当番するの?」
 いや〜どうでしょう。1号さんはともかくおKさんのおつくりになった弁当食べたくないですよね〜。

 本日は初日ですのでマルコは3時には帰宅し。1号さん自力での御帰宅を待ちます。まあ近いですし、マンションのオートロックも特に練習させませんでしたが難なくクリアしてめでたく御帰宅になりました。

 1号さん、小学生ライフ。幕開けでございます。


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