unsteady diary
riko



 雑記

就職してすぐ、父が言った。
私の理屈っぽさ、プライドの高さを知っているから出た言葉か。

「世の中の仕事の多くは、頭なんて使わない」。

そんなことはない、と思いつつ。
“頭”をある程度アカデミックな(悪く言えば学者ちっくな)意味で捉えるならば、的外れではない気がする。
何より、たぶん、あのひと自身が痛感してきたことだから。
公務員だから年数とともに等級だけが上がり、大学時代の専門が生かせる仕事で彼の等級に合うポストは世渡りの上手い出世コースの人たちに占領されていて、さりとてクビになるわけもなく、けっきょく畑違いの同じ等級の空いているポストに座っている。

金曜の夕方、その日に出すべき大量の郵便物の重さを量って、使う切手の枚数を台帳につけて、機械的にひたすら切手を貼りながら、ふとそんなことを思い出した。
そうでなくても私は、機械的な仕事のスピードが遅くてしかたがないのだけれど。
郵便局でバイトをしていた方がよかったかしら。



その日は突然、夕方に高校時代の友人から電話があって、
奇跡的なまめさ(1ヶ月ぶり)に二人驚きながら、
金曜日の夜はどこも混んでいて、しばらくさまよったあげく、
地元のおじさまたち御用達のださださな居酒屋へ足を向けた。
弱ったところに入る酒はなかなか手強く、
私はどうやらとても壊れていたらしい。
何を話したかといえば、そもそも共通の話題なんて昔からあまりないのだけれど、何も気を遣うことはないので、黙々と大量の大皿料理をたいらげた。
いや、だって、あんなに1品の量が多いとは思わなかったのよ。
味はふつう。


土曜日は、夕方レンタル屋へ行って、EGO-WRAPPIN’のアルバムなどを借りた。
椎名林檎はまだ一週間借りられないので、我慢。
EGO…はこれまで通して聴いたことはなかったけれど、思ったとおりノスタルジックさが好きな路線だった。
アーティスト名って、その通りの意味なのかしらん。
ブックレットの写真がまた凝ってる。
「墓石 記念碑 門塀 ○○石材株式会社こっち(→)」とか看板が立ってるガードレールに腰掛けてたりして。
やる気なさそな脱力感がいい。



さっきまでヤングハローワークの特集を見ていて、
就職して1年で辞めたというひとが多いのに驚いた。
中には、短大卒でただいま試用期間中という女性もいた。
彼女は、大学卒業のときになぜ就職しなかったのかと問われて、
「このまま就職していいのか、その資格が自分にあるのかわからなかった」という主旨の答えかたをした。
甘いと言われるだろうけれども、その感覚はわかる気もした。
私だってわからないままだ。
薄給だの、この先長く働いても全くあがる見込みがないだの、残業が多いだの、様々思うところはあるけれど、本当は。
なぜ給与がもらえるのかすら、わかっていない。
だから不安なのだと思う。


私の側にだって、犠牲にしているものは確かにある。
それでも。
犠牲にしている私の時間が、給与に見合うだけの結果を上げているかと問われれば、やはり否と答えるしかないのだから。
将来への投資だと言えばそれまでだけれど、
その将来に対して自分を強く押し出して行けるほど、私は自分を信じていない。
私でなければできない仕事、どころか(ただの事務にそんなものがあるかどうかも疑わしいが)。
私だからうまくできない仕事も多いようで。
しかもそれは、慣れでどうにかなるものではないという直感があって、
もがいてはみるけれど、初めから負け戦の予感がする。


自分の市場価値を実際問題として考えざるをえなくなったのは、
たった5人の事務の中で、費用のかかる派遣の2人が切られることになったから。
あと少ししたら、私は、その2人のしていた仕事のほとんどを負うことになっている。
今の何倍がんばればやり通せるのだろうと考える。
なんとかなるものよ、と言われるけれども、
なんとかしなければ、なんともならないことは知っている。


考えずにいられないのは、私より彼女たちの方がよほどコスト対効果において有益なのではないかということ。
理屈っぽくて、全体像がつかめないと動けなくて、飲み込みが悪くて、覚えが悪くて、空気が読めなくて、ネガティブで、人付き合いの下手な、新人よりよほど。
同情や謙遜ではない。
そんなのおこがましい。
ただ単に、残酷な事実。
誰もそうは言わないけれども。
仕事ができて、明るくて、綺麗で、名実ともに職場の華やぎ(その是非はともかく)で、
慕われていて、惜しまれていて。
だから私が一番、いなくならなくてはいけない気がしてしまう。
他に行くところなんてないから、いなくならないけれどね。

開き直ればいいんだろう。
これからきちんと育てばいい。
でも、そんな保証はどこにもないのに。


2002年06月22日(土)



 やさしいということ

配属されて1ヶ月。
少しずつ図式が見えてくる頃だ。

職場の先輩のひとりが、気にしないようにしていても気になってしまう。
もう1人の自分がそこにいるようで。
苛立つ。
かなしくなる。
どうしてそんな風にしかいられないんだろうと思う。

たいしたことじゃない。
いじめとか、セクハラとか、そんな深刻なものでもない。
その人は、確かに頼りにされているし、慕われてもいるのだから。
本人がその状況を嫌がっていないのなら、まわりがとやかく言うことでもない。
だからこれは、完全な八つ当たり。
自分が数年後そんなふうになっていそうだから、
あるいは自分がもっと閉じていたらそうなっていただろうから、
なんとなく嫌なのだと思う。


彼女は、知識は誰よりもあるのに、
社歴も長いのに(といってもせいぜい片手でおさまる年数だけれども)
リーダーにはならない。
ならなければいけないのに、なれないことを周りも知っている。
どんなに周りが彼女を変えようとしても、
彼女は自分を変えられないまま。


誰かに指示するくらいなら、その仕事を自分でやってしまう。
何も言わない。
求めない。
ただ黙々と、夜遅くまで残業するだけ。
新人の私が鬱陶しく質問しても、優しく答えてくれる。
あまりにも穏やかで、空恐ろしくなるほど。
慣れてくると、何一つ愚痴を言わない、抵抗しない彼女の表情から、
「はい、はい」と頷く優しい口調から、
ほんの少し、嫌がっているときの表情が読み取れるようになる。
それでも笑顔は消えない。
どんなに責められても、
仕事が大変だったら私たちにも分けて、と乞うても、
彼女はただ笑顔で、はいと頷く。


彼女は自分からはほとんどしゃべらない。
穏やかで、いつも微笑んでいる。
明らかに代理店が悪いときでも、自分が悪いといつも謝っている。
だから評判はいい。
でも同僚の事務社員たちは、もどかしがる。
食が細くて、特に仕事の合間である昼間は、ほとんど咽喉を通らないようで。
私のようにストレスが大食いに転じるのも問題だけれども、
食べるのにも疲れるほど、なにも欲を表現しないで溜め込んでいる彼女に、
私も、もどかしくなる。


営業の中で、とりわけ仕事のできる人がいる。
いかにも営業向きの、ノリのいい、口のうまい、良くも悪くもムードメーカーな男性だ。
彼は、社歴が長く複雑な仕事も多く抱えている彼女に、ただの大量コピーを頼んだりする。
自分でやればいいだろう、ごく普通の調べ物など
なんでも、面倒な仕事は彼女へ。
確かに営業事務は、サポートだが、メイドではない。
ちなみに彼は、私たち事務の人間を「女の子」と呼ぶ。
支社長だって、根本はそんなものだ。
どんなに優しかろうと、善意に満ちていようと、男なのだな、と思う。
女は弱きもの、そんなところか。
そう思われないための唯一の方法は、同じように総合職でバリバリ働くより他ないのだろうと思う。


一度私に突如大量コピーを頼んできて、私はもちろん断らなかったけれども、そのことを知ったある先輩がそれにやんわり抗議したら、「ごめんね」と言いながら、100円玉を渡そうとした。
声がつんけんしないように気をつけながら
「仕事ですから当然のことです」と笑顔で断った。
ちなみに、そのコピーは件の先輩に振ろうとしたもので、
それを新人の私が見かねて受けたのだった。
派遣であっても、気の強い女性たちには、彼はけっして頼もうとはしない。
自分でも、理不尽な頼みだとわかっているから。
人を選んでいる。
それがわかるから、むっとくる。
私はいい、実際やれる仕事なんて限られているから、
コピー取りでもなんでもかまわない。
だけれども、彼女は、彼女には、暇なんてなくて、
指名で電話がばんばんかかってきて、その合間にも彼女しかできない難しい仕事が山積みで、そんなこと見ていれば解るはずで。
それなのに、彼女が拒めないことにつけこんで、なんでも頼めると思っているのが腹だたしくて、思わず強引に割り込んでしまったのだった。


社交で、誰かが代表して食事会に出なくてはならないことがあった。
本当なら彼女が出なくてはならないはずなのだが、代わりに派遣のひとが参加せざるをえなかった。
人前がダメ。
人の上に立つのがダメ。
社交がダメ。
交渉ごとがダメ。
どこまで私にだぶるんだろうと思いながら、
何年経とうが、仕事にどれだけ慣れようが、
ダメなものはダメなのかもしれないと絶望的な気分になる。
社会人になれば慣れる、変われると思っていた部分が、
変わらないまま生きつづけているひとがいて。
反面教師で、単に自分がそうならなければいいだけなのに、
ずるずると、自分も変われないままで行きそうな気がしてくる。


ふと、私の周りのひとたちも、苛苛しつづけていたな、と思い返す。
もっと自分の場所を主張しろ、自信を持て、と言っていた。
こんな気分だったのかなと思う。
ぶつかっていけなくて、進めなくなってしまった人ごみで、しかたがないなあ、と手を引いてくれたようなひとはもういない。


ある程度言いたいことを言う性格を取り戻しつつあったけれども、
それでもやっぱり、言えない部分は多くて、溜め込んでいる。
「うちの女の子」と言われながら、ピキピキしている自分は見せられない。
今年の女子のなかで一番誰がかわいい?とか、平気で言うような男性に、それでも嫌われたくはないとごますりしている自分に、嫌気が差す。
上手くやっていくために、仕方のないことだと思いながら、
そのうち、嫌悪感を隠せなくなりそうな自分を想像してしまう。


営業の彼はちっとも悪い人ではなくて、むしろとてもよい人で、
件の彼女だって、自分がその状態でよいのなら、私が何も苛立つ必要はなくて。
そんなにも優しいから、こんな私にだって優しく指導してくれるわけで、
だから私は私で、私なりの気の強さで、居心地が悪くない程度にやっていけばいいはずなのだ。
自分の勝手な理想を押し付けるほうがどうかしているのに。
それでもなんだか、むずむずする。


いらいらしながら、何度も彼女を変えようとしてきた人がもうすぐ辞める。
言いたいことは言わなくちゃダメだと、その人は教えてくれた。
彼女のようになってはだめだと、はっきりと口に出してまで。
仕事ができる、信頼されている、慕われている、それでもダメだ、と。


確かに私は営業の補助に過ぎなくて、単なる事務屋で、新米のコールセンターのバイトのようで、とても無力だ。
だから今は、どんな仕事だってするけれど。
魂まで売ってたまるものか、と思う。
内側にじわじわと他人の毒まで蓄積してゆくような、そんな風にはなりたくない。





日記だけは自分のために一週間に一度は書いておこうと思っているのだけれど、そのほかのあらゆる連絡手段(掲示板含む)が滞っています。
体調のよいときに、忘れた頃に、ひょっこりあらわれたら、
変わらず接してくださるとうれしいです。


2002年06月02日(日)
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