unsteady diary
riko

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■ サボテン


うちには「サボテン」という分厚い本がある。
3年前に配布されて以来、はじめて開いた。
高校時代の95年4月〜98年3月まで、毎週一日も欠かさずに発行されていた学年通信をまとめたもので、私の3年分の生活がつまっている。


例えば、学力テストを断固拒否するというある生徒の出した張り紙の写真。
それを真剣に受け止め、「サボリ」とは一線を画するものとして捉えてくれる先生からの問題提起。
日の丸・君が代問題に関して、校長がむりやり押し切ろうとしたときも、一部の先生方が生徒の味方をして一緒に当日、日の丸掲揚を防いだんだった。


在学中に、千葉県の方針で、教師は10年以内に例外なく異動するということが決められ、4年以内に例外なく実施されるというので、先生たちが抵抗していたことがある。
こんな現場での混乱、生徒の抵抗、そんなこともすべてが、
オープンに毎週発行されていた。
教師だって「聖職」じゃない、いろいろあるんだってことが、
ストレートに伝わってくる通信だったと思う。


もちろん、すべてがそんな尊敬できる先生なわけはなくて、
横暴な人だっていっぱいいたけども。
生徒と一緒に、「先生である自分」を悩み続けた人たちがいる高校の生徒であったことを、今でも私は誇りに思う。


とにかく、話し合うことを大切にする風土があったんだと思う。
昔、制服を廃止して私服にしようという運動があったときも、
生徒と学校の話し合いで、実現されたのだと、入学してから聞いた。
そんな風土が残っているからか、甘やかすのと違う、生徒の意志尊重があった。
なのに、それを活かしきれなかった。
私も含めて、大多数の生徒にとって、自分で決められる喜びより、面倒臭さのほうが勝っていた。


生徒を信頼しているからこその放任主義は、今になって、つくづく貴重なものだったんだと思い知る。
誰だって怒鳴って暴力みたいなもので抑えるほうが簡単だ。
でもそうしないでいてくれた。
集会のとき、みんなが静まるまで、30分でもずっと待ってくれていた。
やがて生徒自身が気付くまで。


私が卒業したのち、10年以上ずっとあの高校を支えてきた、骨のある名物先生たちがみんな異動になってしまって、ずいぶん雰囲気が変わったと聞く。
確かめるのが少し怖い。
でも、私の頃でさえ崩壊していた生徒による自治。
しょうがないこと…なのかな。


2001年04月29日(日)

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■ とうとうこんな事態が


なぜか届いた。
某出版の面接票。

3割以上白紙の常識問題。
「有名人が成功した時」&「有名人が失敗した時」に「今のお気持ちは?とインタビューしたと仮定してその答えを作文に」という問題に、他の人がどうやら現代人を書いたらしいなかで、私が書いたのは、クレオパトラと紫式部。
自殺しそこねたクレオパトラが美容整形して生き延びるとか、紫式部がコギャルメイクだとか、そんなフザケタ内容だった。(苦笑)
だってだって、一般常識問題が終わった時点で、よほど帰ろうかと思ったんだもん。
じゃあ遊んじゃえ、っていう感じで、作文を書いたんだ。
さてはあまり絞り込まなかったのか。

…ところが。
ここで重大な問題が発覚。

ノンバンクの最終面接と同じ日だったのだ。
ちょっとだけ泣きそうになった。
出掛けにのぞいたポストの前で、思わず座り込んでしまった。

嬉しいけれど、なぜ22日の筆記が通ったのかよくわからないくらい可能性のない出版の面接なんて、選択すべきじゃないよ。>自分

行く気はうせてるとはいえ、店舗見学レポートを徹夜で書いたことを考えると、やっぱり現実的には最終面接に行くべきだろうとしみじみ思う。

同日、同じ新宿区。
もしかしたら…間に合うかなあ。
どちらも変更不可だもんな。


2001年04月28日(土)

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■ 10円サイズじゃないけれど


選考の一部である店舗見学レポートの〆切が迫ってるのに、
すっかり行く気がうせてしまったためか、遅々として進まない。
3店舗めぐって、けっきょく良かったのは1店舗だけ。
そもそも、2人とか3人とかで働く現場は合わないと身に沁みた。

でも誘惑も。
あ〜あ、一人暮らしできそうな、高い初任給。
総合職ならではの住宅手当。
仕事がうまくいくなら、独身でもやってゆけそうな未来。

でも、それより前に仕事でハゲつくりたくないし、
なにより人間やめたくないので、できれば行かないで済むように他を頑張らなくちゃ、と思う。
この企業ばかりは、祖父母や母の言うことをもう少し聞いておけばよかったと、
いまになって思ってしまう。
消費者金融なんて絶対やめてくれ、と止められてたのを強行突破して受けたんだった。

ハゲつくりたくないっていうのはね。
実はほんのちょびっと(←強調!)髪が乏しくなりかけているんである。
もともと、細っこくて柔らかくて痛みやすい髪質なので、
量はフツウでも、一つ結びにしてバレッタなんぞで留めようとすると、
ツルツル滑って留まらないくらいボリュームがないんです。
最近は、髪が痩せてきたんだろうなあ。
はあ、洒落にならない。(泣)
りょうかさんには、「リアップがあるさ」と慰められ、
母には「アデランスがあるわよ」と肩をたたかれ。
「いやだーーーーっ!!!」と叫ぶ私。
けっしてギャグではないのだっ。

なんでもストレスのせいにするなよ、と自分でもどうかと思うけど、
就活が始まって以来、顕著ってことは、間違いなくストレスだろうな。
あれほど丈夫だった肌も、荒れ放題だし。
以前はそんなにしてなかったマスカラも、今じゃマストアイテムになってしまったので、そのうち睫毛までハゲそうな気がしてくる。
この弱っちいネコっ毛が憎いわっ。
必要なのは、長さより強さ!

そろそろ髪を切りに行かなくちゃ。
でもって、分け目、変えよう。


2001年04月27日(金)

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■ 逃げる

昨日の日記、読み返して失笑。
自分を棚に上げて、しみじみ大人気ない。

ふと思った。
私は、数年先、あっちこっち転職しているか、フリーターになってるのかもしれないなあって。
就活のなかで、そこまではっきりと考えたことはなかったのだけど、
考えてみれば、人間関係がうまくいくことのほうが稀なんだよね。

それがあって一般職の女の園的な要素を毛嫌いしてたのかもしれない。
女子大に行きたくなかったのも、かなりそういうところがあるなあ。

中学は…語りたくないくらいやばかった。
高校は自由なところだったから、先生と揉めることはなくてほっとしたけど、2年のクラスで、リーダー格の女子に嫌われて、その子が噂を流したことから村八分にされて、お昼は教室ではなく部室で食べるか、5分でつめこんで、図書館に逃げ込んでいた。
数人味方がいたけれど、それでも苦手な人の悪意に満ちた言葉や視線に耐えられなくて、逃げ回ってばかりいた。
10クラスもある学年にさえ根も葉もない噂をまかれていたことを、3年で友達になった子から聞いて、愕然としたことを思い出す。
その子は、クラスメイトになった「私」をちゃんと自分の目で見て、好きになってくれて、いまでも友達している。
でも、皆とそうなれるとは限らないし、期待しちゃいけないんだとも思う。
この子と出会った3年のクラスが、ちゃんと楽しくってまわりの目なんか気にせずのびのびしてたのは、単に恵まれただけかもしれない。

いつもある程度理解して付き合ってくれる人は少数だった。
それはそれでいいと思ってきた。
だって“連れトイレ友達”が欲しいわけじゃない。
好きになったから、たとえば一緒にごはんを食べるけど、
ご飯を食べる人がほしい為に、好きになるんじゃないのだ。

でも。
お仕事ならそうはいかないよね?
苦手な人でも、逃げ出せるわけがない。
逃げ出すたびに仕事変えてたら、
ほんとに中途半端な人、そのものになってしまう。


面接で、どうしても相性の悪い人っていうのがいる。
昨日の秋葉原の店長さんは、そういうタイプの人だった。
これからだって、そういう人に会うたびに沈没してたり、
ひきつっていたら、どうしようもない。
これまで逃げてきた自分と同じ、負け犬になってしまう。

圧迫面接を笑顔で切り抜けられるだけの強さとしなやかさが欲しい。
(長野県知事じゃないけどさ。)
苦手な人相手でも、辛い質問でも、動じないだけの強さが。

2001年04月26日(木)

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■ 店舗見学して見えたこと


某女性誌メインの出版社メールエントリーの1次の作文が無事通過するも、次がやっとESの提出だそうだ。
内容によっては、出せない可能性もある。
たった一社の一桁(「若干名」)募集目当てに、先はどれほど長いことか。(涙)

今日は、特殊法人の説明会。
特殊法人といえど、10000名の資料請求があったらしい。
いったい何人採るんだろう。
正式に発表されていないあたりが、いやな感じだ。
なにより、事業内容の説明のなかで、しみじみ、経・商・法・経営以外はお呼びでないことが伝わってくる。
一般職でさえ、英語などの語学以外の文学部は厳しいっていうのに、
ましてやここは一括総合職採用だもの、当たり前だわね。

その後、PRONTOで食事。
じゃこと高菜とたけのこのパスタが自宅でつくれそうで、メモる。
和風さっぱり、いい感じ。

その後、眠い目をこすりつつ、ノンバンクの店舗を2つまわる。
水道橋店、秋葉原店。
どちらも女性支店長のお店だ。
規模はどちらも口座数の少ない小型店で、正社員2名+バイト1名。
とんでもなく狭くて薄暗い、ビルの一角。

それでも水道橋支店は、とてもいい応対をしてくれた。
1対1でも話しやすくて、こちらの質問に、それ以上の答えを工夫して返してくれる。だから会話のキャッチボールがしやすくて、私も明るくはきはきと質問することができた。
賢そうで、やり手で、でもそれがイヤミではない感じの、かっこいい女性。
選考とはまったく関係ないけれども、このくらいリラックスして個人面接をすることができれば、自分らしくやれたことになるだろうなあと思って、目安が出来た気がして、なんとなく元気が出てきた。
部下の男性社員(新卒)が傍にいて、そちらも明るくって働きやすそう。

ところが。
2店目、秋葉原。
…なんなんだろう。
相性ってことなんだろうか。
絶対上司になってほしくない。
なったら辞めてるかもしれない。
ほんとーに合わない!
アナタはきっと仕事ができて有能ですばらしい女性なんでしょうけど、
私はどうしても好きになれませんでした。
こちらが萎縮すればするほど、攻撃するくらい負けん気の強いアナタのようでなければ、「営業」が務まらないなら、私は無理だ。

私が、他の店舗でもしてきた、このお店で工夫しているレイアウトだとか、常に気をつけていることとか、そういう自分の裁量で創意工夫する部分を尋ねると。
マニュアルがあるのだから、大学とかで学ぶこととかなにも関係ない。
マニュアルどおりにやることが、ひたすら大切と繰り返して仰いました。
で、あげくに。
「『具体的に』ってことがずいぶん好きなんですねえ」
と皮肉たっぷりに言われてしまいました。
すいませんね、「具体的」が訊きたかったんだから、しょうがないでしょ。
でなければ、店舗を3つ以上まわるのは、なんのためですか?
それぞれの特性把握して、自分のビジョンを見つけるためじゃないんですか?
にんげん、機械じゃないんですから、マニュアルが大切なのはわかってますが、
それと同時になにかがあるんじゃないんですか?
やりがい=給料が高いことと言われてましたが、
それだけのために働いてるわけなんでしょうか?

最後にわかったことですが、同じ21歳なんですね。
ちなみに、私は短大か高卒?と言われました。
それくらい、要領の得ない内容で、苛立たせてしまったようです。
高校卒業時から進歩のない私なので、これは当たり前かもしれませんが、
前の店舗のようにのびのび明るく会話ができなかった理由は、
私側の問題、だけなんでしょうか。
萎縮させるなんて、接客業として、どうなんでしょうか。
それとも、お客様なら、ああはしないわけ?

入社3年目ということだけど、高校卒業後、即入社だということで。
大変しっかりした女性で、隣の部下の男性(私よりも年上だから支店長より年上ということ)は、肩身狭そうにすら見えましたけど。
よほど訊いてみたかったわ。
働きやすい?って。
前のお店みたいに、のびのび働いているという感じではなかった気がした。
貸付目標をいかに達成するかが、実力主義の人事評価制度の評価基準。
だけど、人を怖がらせるくらいの負けん気が必ずしもいいとは私は思えない。

頭の中がぐるんぐるんしています。

少なくとも、店長とたった2人で働く可能性もある職場で、
店長との相性が悪いかもしれないとすれば、
地獄だと思いました。
ふつうにオフィスでやっていて、上司に注意されて凹むのと、訳が違うと。
閉鎖的なところで、他に頼る人も、相談する人もないなかで、と想像するだけで、辛い気持ちに。
もともと、乗り気じゃないのを、選考が進むたびに、確認してきてはいたのだけど。

仕事を甘くみてると言われてしまうかもしれない。
けれど、自分の性格に合わなければ、確実に辞めざるをえなくなるような気がする。

こんなに苦手な人が多くて、社会人になろうとしてるのに、失格なんだろうな。



2001年04月25日(水)

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■ 衝撃の事実

大反省。

4月3日にフレッツISDNに対応するために、プロバイダーを乗り換え、
メアドも変わった。
で、OUTLOOKで設定して、メアド変更のメールを
ネット以外の、大学やら友人関連に送った。

それ以来、OUTLOOKを開いても、ただの1通もメールが来ないんである。
どーせ友人少ないからなあと思いつつも、
あのりょうかさんからも、1通も来ないんで、
ちょびっとぐれていた。
どーせどーせ棄てられたんだ…と「こげぱん」のように。(笑)

ま、最近の悩みっぷりがうっとうしいから、落ち着くまで待ってるのかなあと思ってはいたので、別段変にも思わなかった私。

今日、りょうか嬢からの電話が携帯に入ってたのに気づいて、
メールで用件を聞いとくかと思い、ひさびさにポストペットのほう(旧アドレスで使っていた)を立ち上げる。
さて、メール受信が始まった。
どーせもうISDN回線だからできないでしょ、と思っていた。
実際、乗り換えた初期は、回線の都合なんだかわかんないけど、
エラーでしばらく受信できてなかったので、
私は使えなくなったものと思い込んでいた。
ところが15通受信。
びっくり!

…道理で、誰からのメールもOUTLOOKには来なかったわけね。

ご、ご、ご、ごめんなさーい。
ちょびっとだけ、友情を疑いました。
就職先が決まったという日記を読んだ時、そういうことのメールもきてないなあなんて、ちょっと淋しくなりました。
すまん、ほんとに。
すべては私の勘違いだった。
GWは1日くらいサボって泊まりに行くから、酒盛りして忘れようね。

注)↑は私信。


したがって、メ−ルくれてた人たちからのメッセージを、
私はすべて無視してた結果になっちゃった。
ああ、憂鬱な。
理由話して、信じてもらえるかなあ。
私のドジぶりを知ってる友人には、すぐさま信じてもらえそうだが、
笑われるな、これは。

メール関連のトラブルが多い私ですが、
これはトラブルっていうより、立派なひとりボケですね。(爆)

大学のメンバーからもメ-ルがいろいろ来てたので、
まとめて読みます。
ふう。

あ、確認。
WEBメールのほうは、プロバイダーメールとは違って、
いちおう受信できてると思います。
このあいだ、数通なくなっちゃったらしいんだけど。
たぶん、最近は大丈夫なはず。
ネット関係の方とのやりとりは、WEBメールを使っているので、
この件の影響はなくてすみました。

2001年04月24日(火)

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■ 職種のこと

決めた、というのにはあまりに遅いスタートなのだけど。
ここしばらくずっと悩んでいた職種の問題。
とりあえずは決めました。
自分が窒息しないことに重点を置いて、
「独身でずっと自活しなければならない」ということをとりあえず置いといて。
消去法。

妙な意地は忘れるよう努めます。
なにより、総合職で働いている自分を、企業研究したうえでも想像できないのが、いちばんの答えかもしれない。
基本的に、人をまとめたり競争やら勝負したりするより、縁の下のが合ってるのかもしれない。
…この自己分析が間違ってたら、どうしよう。(汗)
ともかく、総合職・一般職にこだわらず、給与にもできるだけあまりこだわらず、
合う仕事を探すというスタンスで、志望の強さを自分自身に尋ねていけたらと思います。

ただ、一般職の採用が以前に比べ、俄然少なくなっているのも現実。
女の子の内定率が男子よりきわめて低いのは、総合職としての採用が激少なのはいうまでもないけど、近年の不況で、金融を除く企業の一般職の採用中止が相次いでいるからだと思う。(涙)
一般職と同じ仕事は、派遣社員で安くまかなえるからね。





―追加―

なかなか連絡が来ないから、絶対筆記落ちだと思った某小売企業。
面接2回やったうえで筆記落ちか…と思ってたところへ、やっとメールが。
リクルートナビの「企業からの返信メール」を開く時、どきどきした。(笑)
個人面接でうまくゆかなくて落ち込んだところだったから、
次がいい練習になるようにがんばろうと思う。
おそらく最終面接だろうなあ。
そういえば、ここも女性でも総合職採用だったから、受けたんだった。
職種にさえこだわらなければ、そんなに行きたいところではないのだけど。
実際、社員の給与を減らしてるし、店舗どんどん閉鎖してるし。
再生の為に改革してるけど、危ないんだよ〜、マジで。(汗)

とはいえ、22日の筆記の失敗に続いての“泣きっ面に蜂”にならなくてよかった。

それにしても、ここまで順調に進んでいるのはサービス業ばかり。
ノンバンクも流通も教育も、つまりは接客業というサービス業なのだ。
ひっかかりつづけている、この点。
サービス業の適性=元気が良くて感じがよい、笑顔が出てる、相手の話を丁寧に聞いて対応する、などということになってくるのだけど。

ちょっと昔の私を知っている人には、「サービス業なんて絶対無理、ひとりで孤独に文章書いてるとかじゃなくちゃ」と言われる。
ネットで知り合った方にたいしても、人見知りしなかったためしがない。
これはよーく知られてることだと思う。…ぐすん。
なのに、どこをどうすると「サービス」の文字が出てくるのか、
自分でもよくわからないまま、気がつくと突き進んでいる気がする。

なんとかそういう部分を改善したくて、面接を笑顔で頑張っていることが功を奏しているといえば、喜ばしいことなんだろうけど…。
私はけっして器用ではないし、社交的でもない。
そういうところを解ってもらえる面接を、自分がしているのかどうか、あらためて不安になった。

2001年04月23日(月)

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■ 記念


「ビタミンF」の作者の名前、一生忘れないと思う。
なんで度忘れなんかするんよ?
しかも会場出たとたんに思い出すなっ!(涙)>自分
ああ勉強不足。マス読も読んでないような自分が悪い。
後悔先に立たず。

上野からすでに会場へご一緒するスーツ姿の黒い集団が。
はらら…こんなに受けるのね、とため息。
浅草線なんか、日曜の朝だもの、目的地へと向かう黒い人以外は、
ほとんど乗ってませんでした。
みんなでぞろぞろ歩くので、地図見る必要もなかった。
私服で受けに来る、いかにもマスコミ志望って感じの女の子も多かったな。
私はノーメイクにぼろぼろ気味の普段着スーツ。

会場だった明治学院大学は、とてもキレイでした。
以前、体の不自由な方の入学を許可したと知って以来、きっといい学校なんだろうなあと思ってましたが。
結婚式場にもなるのねー、ここ。
宗教色のある学校って、外部から見てるぶんには、キレイでいいな。
自分自身は、神様が裸足で逃げ出すようなゴミゴミしたところが好きだけど。
たとえば張り紙が廊下の壁いっぱいにあって、ビンボーそうな学生がそこらへんに寝転がってたり、あちこちでコーラスの練習してたり、演劇の立て看板が山ほどあったり、学生運動があったりする変な学校とか。
学校にいると、なんだかわくわくするんだもん。
高校がそんな感じで、ゴキブリとの共同生活だったから猥雑さには慣れてます。
ゴキブリじたいは慣れないけど。(笑)

好感度大の直球な筆記問題でした。
高校時代の学力がもはや全くない現在の自分が恨めしかっただけ。
他になにもしないで2週間くらい漬ければなんとかなったんだろうな。
その勇気もないくせに当日だけの記念受験をしたことがひたすら敗因。
試験官はいい意味で変わってて、垢抜けてない泥臭さをもったまま業界にいるという感じでした。誠実そう。
まず不可能だけど、ちょっとだけ来年も受けたいなーと思ったくらい。
でも、看板雑誌、一度もまともに読んだことはないのよね。(爆)

とっとと切り替えていこう。
一般職向けにSPIだ。
しみじみ学力の低下&一般常識のなさを思い知る。


2001年04月22日(日)

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■ お芝居

お芝居の感想が熱く語られてて、しみじみいいなあって思うこのごろ。
週末は風琴工房のシークレットな遠足ですもんね。
私はやっぱり就活の予定が入ってしまったので、
チケット取ってなくて正解だったけど。
同じお芝居には二度と会えないんだと思うと、潔く諦められない。(苦笑)

劇団昴の夏の公演「アルジャーノンに花束を」が観たいなあと思ってます。
思ってるだけ、だけど。
だって6月に前売り開始なんだもん。
7月から8月までやってるので、8月なら行けるかなあ。
7月はまだきっとスーツ着てるんだろうから。
お芝居やライブや、いろんなものと触れたいのに、
毎日忙しいってわけじゃないとはいえ、まるで予定が立たないという状況は、ちょっと辛いです。
せめて土日がセーフならねえ。
それどころじゃないのだから、禁欲生活すべきなんだろうけど。

昴は、以前観に行った方がよかったって仰られてたので、
一度行ってみたいとは思ってたんです。
ところで。
なんだってアルジャーノンか。
べつに主演の役者さんがかっこいいからとか、私が声フェチだからとか、そんな理由じゃありませんからね?
ほほほ。

絶対りょうかさんを誘ったら、理由がばれるな。(笑)
ミーハーは人生を楽しくしてくれるんだから、これくらいいいよね。


2001年04月21日(土)

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■ 明日には明日の風が吹く

突発更新。>「脱皮」
時間ないくせに、こんなことばっかりしてる。
出版社の筆記、ESが無事通過して、せっかくのチャンスだというのに。
「一般常識」のテストって、これ常識なの?と思う問題ばかりなのよね。
マスコミ対策を全然してこなかった自分にとっては、相当きついテストになりそうな予感。
JUNE作家の作品と名前を結びつけるとかの文学史ならできそうなのに。(爆)

BBS、ほったらかしのまま、リンクだけ繋げようと思います。
別に理由なんてないし、私自身はなにも変わってない、ですけど。
一部の方はこちらを「お気に入り」にいれててくださってたようですし、
別に隠れ家にしとく必要性もないので。

ですが、基本的に、レスするとは限りません。
理由は、これまでと同じです。
メールも一部まだほったらかしですし、
BBSの書き込みも、返す言葉が見つからないときや凹むとき、もしくはいっぱい考えなくちゃならないと思うときは、簡単にはレスできないと思います。
これはね、某サイトのKENTOくんみたいに思いやりがあって、ちゃんと心のこもった言葉を返したいっていうポリシーからじゃないです。
もっと利己的で、返すことがその時点の私にとって負担になるときは無理だというだけです。
ただ、メールも書き込みも絶対に見ているし、受け取ってはいます。
良くも悪くも影響受けまくる言葉だから。
それを消化できて、言葉まで出てくるかどうかは、言葉と自分次第だけども。
じゃあなぜBBSをもう一度つなぐのか?
正直よくわかってません。
だからまたすぐ外すかもしれない。
書き込みにくいことは必至だからねー、放置プレイになりそうだったら、
やめます。


それと、ご連絡。
うちとリンクしているりょうかさんのサイト「phi」がもうすぐ閉鎖になります。
phiから足を運んでくださったお客様も多くいらっしゃいました。
ともかく、私にとっては忘れられないサイトになると思います。

冷静な言葉を選んでますが、ほんとは私がいっちゃん淋しいんだよ〜。
一人じゃなんだからって、サイトの作り方まで教えて人をこの世界に引きずり込んだくせに、とっとといちぬけしちゃってさー。(いじいじ)
お笑いモードの日記も、マジメで怖い日記も、読むの好きだったのに。
期間限定だってわかってたけど、それでも淋しいことに変わりはない。
閉鎖宣言……もう半年も経っちゃったってことなんだね。
11月からやってるうちのサイトもそういえばもうすぐ半年。
ぼけぼけしてたら7月22日が来て、私はあっというまに22歳。
あらら、ゾロ目だわ。
その頃ちょうどあるサイトに出会って、それがすべてのはじまりで。
もう1年がたとうとしてるんだ…。
数ヶ月先も想像できなかったその頃を思い出すと、理由もなく苦しくなる。


さて。
phiのリンクページからずっと飛んできてくださるお客様もいらっしゃるようなのですが、当然、5月8日からはリンクページからうちへ飛べなくなります。
「りょうかさんの友人」としての“riko”ではなくて、このunsteadyというサイトを見守っていてくださろうという奇特な方がいらっしゃいましたら、マイペースでやってゆくと思いますので、これからもよろしく。

ただし、コレは誓って勧誘でも強制でもありません。
興味がうせたら容赦なく立ち去ってください。
愛想が尽きたとしても、誰も悪くない。
それがたぶん「私」なんだから。



2001年04月20日(金)

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■ ピアノよもやま話


久しぶりに行ったブックオフで、『キス』(マツモトトモ 白泉社)の続きを買った。
デビュー時から独特のオーラが出ていて、注目してきた漫画家さん。
読みきりだった「キス」が気がついたらブレークし連載になり、いまも続いている。私自身は、LaLa本誌を読まなくなって自然と遠ざかったけれど。柔らかくてセンスのいいカラーを見るたびに、相変わらず夢みたいに綺麗な話を書いてるのかなあと思っていた。


これはピアノの話なの。
それも、サティとか、ジャズとか、わりとミーハーな。
なので、今日はピアノの昔話。

楽しんでピアノを弾けたらいいのにとずっと思ってた。
母が弾く為につくった防音室まであるのに、私自身はもうほとんどピアノに触ることは無い。
でもねえ、外でグランドピアノがディスプレイされてたりすると、
引き寄せられるんだなあ。
だって弾いてあげないとホントはもったいないのよ。

私は、ドビュッシーとかラベルとか、そういう甘ったるいのが好きだった。
けれど、それだけじゃテクニックは身につかない。
課題曲がなければ、自分の適性にあった曲が選べるけれど、
そうはいかないときもある。
たまに受けたコンクールでの批評は、
「音楽性はずば抜けているけど、テクニックや指の強さがなくて、音が割れてしまうのが残念でならない。」という感じ。
オクターブがやっと届く程度のちいさな手で、
それでも指を広げるための訓練をしていた私には、
その言葉がイヤだった。
音楽性なんて曖昧で煮ても焼いても喰えないもの、要るもんか、とさえ思った。
母が、自分にはないという私の“音楽性”をどんなに褒めようが、私はけっきょくは予選落ちの身だ。片や、母はそれなりのテクニックと器用さとがあるから、ちゃんといい成績で音大に進んだわけだ。
だから、そんな褒め言葉、信じられるわけが無かった。

中学1年の春。
NHK交響楽団のOBがやっている楽団と、子供たちの夢の共演というプロジェクトが立ち上がり、お誘いを受ける。腐ってもN響っていうことで、みんなで割り勘するとはいえ、ビンボーな公務員家庭にとっては、けっして安い金額じゃなかった。
それでも母は、やってみたら、と言った。
自分が、卒業演奏会やら読売新人演奏会やらいろいろ経験していても、オケとの共演だけは一度もやれなかったからだと思う。
ソロでオケを引っ張ってくれば、数百万はくだらない。
だからちょっと高くても、機会があるときにやってみたら、と。

当時、10年近く続けてきたピアノに煮詰まっていた私は、なにかが見えるといいと思い、やってみることに決めた。
だが、与えられた曲は、ほかの共演者とのバランスとオケ用に編曲できてる曲の少なさの兼ね合いで、なんとソナチネ…。
「夜想曲」だの「愛の夢」だの、ほかの共演者は曲らしい曲を弾くなかで、よりによって私のいちばん苦手なテクニックばっかりのコテコテの練習曲みたいなのを弾かなくちゃならないのか、と思った。
一人だけヘタなのだからしょうがない、とはじめは諦めモードだった。

ソナチネっていうのは、3楽章形式で、1,3楽章は、だいたいテクニックが必要になる明るい曲が多い。でも、2楽章だけは、きれいな曲がサンドイッチされてる。
といっても、ソナチネ用の2楽章だから、トロイメライみたいなフクザツさはなくて、音符面は小学生の低学年でも弾けそうな易しさだし、すごく短い曲だった。
それでも、一音一音に心を込めて思うように弾くしかないと思った。

はじめての合わせの日。
高輪の練習場へ行って、オケの音合わせに出くわす。
床がぎしぎしいう。
人の会話みたいに、いっぱいの音がする。
それも自然に空間に満ちている。
ピアノの音色は聞き飽きていたけど、これにはなんだかどきどきした。

いざ合わせに入る。
1楽章から。
私はいつもの伴奏のくせで、オケに自分の演奏のほうを合わせてしまって、指揮者に苦笑された。
きみは主役、自分の思うとおりに弾いていいんだよ、と。
じゃあ、と急にテンポを上げて自分のペースで軽快に弾くと、今度はオケがてんてこまい。
ピアノと同じメロディを弾くはずのバイオリンが、合わない合わない。(笑)
指揮者が慌ててオケに指導している。
でも最初のときよりずっと、皆が生き生きしてるのがわかる。
自分も自然と顔が綻ぶ。

2楽章。
のびのびとめっちゃスローペースで歌う。
自分の音が練習場に響く。
オケの音色が気持ちよくて、合わせる呼吸に酔う。
気がついたら会場はしーんと静まり返っていて、
それから思い出したように拍手が起こる。
オケの人たちは、弦で拍手の代わりをするの。
あちこちからその音がして、弾き終わったんだという感じがして、
嬉しかった。
お世辞じゃなくて、純粋に自分の弾き方を気に入ってくれたのが伝わってきて、
私も素直に受け止められた。

合わせを終えると、楽団の方から声をかけられる。
「いい演奏だったよ。おじさんたち、ちゃんとついてゆけるように練習しとくから、次もいい演奏をしよう!」と。
思わずにやりとすると、にやりと返される。
子供だからって手は抜かないよ〜って言い残して、彼らは去っていった。

そうして合わせの日を終えた。
ピアノを弾いていて、楽しいと思えたのは久しぶりだった。

本番では、バイオリンは一糸乱れず私のリズムにぴったり合わせてくれ、
(かなり練習してくれたみたい…(笑))
2楽章は以前にもまして力が入った演奏で、私が自分のしたいようにするのを援護してくれ、すべて弾き終えたときに、はじめて観客がいたことを意識した。
オケと、音をおもちゃに遊んでるみたいな気がしてたんだと思う。

来てくれた母のピアノ関係の友人さんから、
「ソナチネがあんなに聴き応えのあるものだとは思わなかった」と言って頂いた。
素直に、自分に与えられたのがソナチネでよかったと思えた。
ソナチネだから馬鹿にされるというのは、確かにあれど、
ソナチネだって感動させられるのだと気づいた。
難易度やテクニックで競うなんて、やっぱり馬鹿みたいだと思った。

それを境に、私はピアノをやめた。
その日があまりに楽しかったから、そう決心することが出来た。
手が小さくて、オクターブがやっとでは、もう職業としてのピアノの先がないということ。
それから、楽しんで弾くなら、競う場所にはもういたくないということ。

母は案外すんなりと納得してくれた。
たぶんもうずっと前から、ピアニストにするという夢は諦めてたんだろう。
どれだけお金と時間とをかけてきたことか、ということは言われたけれど、
この時やめさせてくれたことに、感謝している。
ピアノばかりやらされていた小学生のころ、一年でたった2ミリしか伸びなかったこともあったけど、やめてから数センチ背が伸びた。


音楽が嫌いなわけじゃない。
でも、自分の納得できる演奏ができないなら、中途半端はいやだった。
いまは、もう一度やってみたい気がしている。


2001年04月19日(木)

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■ にんげんドキュメント

数日前に配布されたESが、今日の必着。
時間もなくて、企業研究も足りなくて少々諦めかけていたけど、自分から可能性をつぶすのもいやだから、いつもののろのろペースでどうにかしあげて、出しに行った。
企業の最寄の中央郵便局を探して午前中に駆け込み速達で当日必着にするというずるい作戦を最近覚えて、これで2回目だ。
持ち込みができれば、郵便局の目の前なんだけどなあ。
消印を見ればすぐわかる。>なんて礼儀知らずの就活生。

午後にセミナーが入っていたので、そのまま時間をつぶそうと思ったら、
現金が数百円しかないことに気づく。
あるのは500円の図書券くらい。
一度も買い物では使ったことのないが、家庭教師の登録をしたときに、その会員登録を兼ねてJCBカードをつくったことがあったのだけど、コーヒーショップくらいじゃ、どこもカードで会計なんてできやしないのね。
おずおずと訊いてみたら、けんもほろろに断られた。

次のセミナーの場所に移動して、またもさまよっていると、PRONTOを見つける。
なんとコーヒーがセール中で120円!
ほっとしたとたんに、朝から何も食べてないことを思い出してお腹がすいた。
安いパンと苦いアイスコーヒーを買ってやっと落ち着く。

ふと、喫茶店は場所を買うのだなあと思う。
そこにいていいよ、という許可をもらって、ほっとくつろぐ。
コーヒーがそんなに美味しくなくても、
つかのまだけど自分の場所になる、その席とコーヒーとで、
なんとなく救われる気持ちになるときもある。
缶コーヒーと外の雑踏ではダメなのだ。
自分は、場所にしがみついていたい生き物なのかもしれない。

信販会社の総合職のセミナーだった。
今年は40人しか採らないうえに、女性はその1割以下になるので、たぶん3人くらい。今日のセミナーだけで、3分の1は女性だったのに、だ。
主な仕事は加盟店への飛び込み営業。
それでも、銀行の総合職よりは、気合でどうにかなりそうな仕事内容。
文学部&女子でも総合職で採ってくれるのかという点が、たいがいの企業でいちばん気になるところ。
実際は、そうとう厳しい状況だとは思う。

ちなみに、総合職かどうかの問題については、女性陣から複数意見を頂いた。
ありがとうございます。
自分の気持ちに正直になれるようにしたいと思う。
そうするとたぶん、総合職がやりたいわけじゃない自分を見つめることになるんだろうな。


帰宅して、いつのまにやら眠っていた。
目が覚めたら深夜の12時だった。
こういう眠り方をすると眠りがますます狂うので、眠いのを耐えていなければならなかったのに、いつのまにか睡眠欲に負けてしまった。
夕ご飯らしきものを食べてなかったことに気づく。
おかひじきのおひたしとオレンジをぼそぼそと食べる。
NHKの「にんげんドキュメント」を見る。
涙が出る。

ちょっとくらい弱ってても、気にしないで歩く。
そうして歩いていれば、虚勢だってことさえ忘れて、
私は強いと胸張っていられるくらいになれると信じて。
でも、自分でも見ないでいたほんのちいさな亀裂にも、しみこんでくるんだ。


鳩間島という人口が60人ちょっとしかいない沖縄の果ての島があるそうだ。
小中学校がひとつあって、10人ちょっとの生徒がいる。
だが島出身の生徒はひとりもいない。
不登校になったりして傷ついた子供たちをこの島は受け入れているのだという。

矍鑠とした、さぞや若いときはきりっとした美人だっただろうと思われる、
ハンサムなおばあさんが、ひとりの女の子の里親をしている。
彼女は、小学校のころからほとんど学校に行ったことがない。
団体生活に馴染めず、ここに来た。
目標もなくもなく、ただいまだけを満たす為だけに。

彼女は、おばあさんとの暮らしのなかで、ひとつの夢を見つける。
おばあさんの具合がよくなくて、石垣島での入院をせざるをえなくなったことがあってから、鳩間のお医者さんをしたいと思うようになる。
そして高校への進学を決意をする。

福岡出身の彼女は、戻って単位制の高校を受ける。
最初の入試で落ちて、2次募集を受けて落ちて…。
彼女の母親からの電話で、いま落ちて泣いているという話を聞いたおばあさんは、
かわいそうに、と一緒に泣く。
試験を終えて島に戻ってきた彼女を、おばあさんは受け入れる。
「落ちててもいいよ、弱って、また何度でも頑張れば…」
そう涙を浮かべながら淡々と言い聞かせる。

彼女は、同じ高校の通信課程に再チャレンジして、合格する。
単位制だから何年かかっても単位がとれれば、卒業できる。
ここでじっくり実力をつけてから、医学部を目指すつもりだという。


なんて純粋な向学心だろうと思う。
こういう人にこそ、高校も大学もその先も、どれだけでも学習できる環境があってほしいと思う。
心底、応援したいと思う。


だが、純粋に感動して涙が出たわけじゃなかった。
自分のことと重ね合わせてしまったからだ。


私はなにも考えずに高校に行った。
それが当たり前だったし、行こうと思っていた高校に進学した。
でも、なにかがやりたかったわけじゃない。
考えてみれば、公立高校だったから学費が安いとはいえ、
学習できる機会を、ずいぶん無駄にしたんだと思う。
ましてや大学は…。

「1998年3月高校卒業→4月大学入学→2002年3月卒業見込み」と履歴書に書くたびに思う。
このまま2002年4月に就職する以外に、ほかの選択肢もいろいろあるはずなのだ。
それでも。
皆が就職するから、私もそうしなければ不安で、なんとなく活動を始めた。
苦労しているのは、そういう覚悟のなさのせい。


南の島の少女の純粋な決意は、私には眩しくて、直視できないくらいだった。



2001年04月18日(水)

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■ 妥協点

どこかで妥協点を見つけて、選ばなければ、始まらない。
全てが挫折することなく叶うわけじゃなくて、
つまづいて、先に進めなくなったときは、
別の道を探して、そのなかでの最大幸福を考えなくちゃならない。

なにが私の望みなんだろう。
どうしたら笑顔で受け入れられる結果が選べるんだろう。


遅い夕ご飯を食べながら見たテレビで、女子アナ就職戦線のことをやっていた。
去年のテレビ朝日のアナウンサー試験の倍率は1000倍だったらしく、つまり残りの999人は落ちてるわけだ。

(ちなみに、3000人のなかの3人のうちの女子アナ二人だけがスタジオに呼ばれてたんだけど、男子一人だけ追いやられてる…。女子アナブームっていう言い方嫌い。男の子もアナウンサーの競争倍率は高いんだから、紹介してしまえばいいのでは?)

受かった人と落ちた人で、夢の大きさがそんなに違うわけじゃなくて、どの人も望みは同じだったはず。
今年のテレ朝の男子アナに同じ大学の知り合いのけっこう遊び人だった男の子が決まったけど、その子とほかの子の差なんてそんなにないと私は思う。
それでも、片方は夢が叶い、叶わないままの子は、地方局行脚の旅に出る。
最後まで決まらない人もいて、一般企業を受けるか、それとも諦めないで就職留年をわざわざしてまで来年も受けなおすか、選択を迫られる。
放送されていた女の子は、勉強もしていて、経験もあって、それでも20局受けて今のところ全滅だそうだ。
数撃っても、ダメな場合はダメなのだ。(涙)
その子は一生懸命だし、可愛くて、応援したくなる雰囲気なのだけど、それでも実力の世界、夢が叶う人間は一握りしかいない。
母親が彼女を夢を諦めるな、夢は大きいほうがいいと励ましていて、
その言葉に私は思わず俯いてしまった。

夢を諦めないで、チャレンジしてみろと、そういう励ましはとても正しくて力強い。確かに諦めた時点で、可能性はゼロになるのだから、諦めなかった者だけが夢をかなえる権利をもち続けられるわけである。
それでもやっぱり、全てが叶うわけじゃないし、時には割り切りと切り替えが必要になる。


友人たちから将来転職すればという意見を多くもらうけど、でもやっぱりそれはないだろうと自分で思う。
よほど苦しくて辞めないと自分がおかしくなるというならともかく、
食べて行かれる生活が保障されている現状であれば、
喰えない夢のためになんて、たぶん私はそこから出やしないだろう。
高い壁なんかなくても、縛り付ける手錠なんかなくても、
外はなにがあるかわからないから、
わかる世界で生きていくんだろう。


ある業界の内定が出て、そこでやめれば、私は1年後、一度も思い描いたことのない世界で生きてゆくことになる。
嘘みたいな本当になりかけている話。

皆はどうしてその会社が自分のベストだなんて思えるんだろう。
その意欲に、自分は退いてしまう。
なんでこんなに自分は無気力なんだろうと思う。
やる気がないのよ、という叱咤に、そうかもしれないと項垂れる。

そのくせ、お金が入ればなんでもいいじゃないかと
自分に言い聞かせるのだけど、どこかがずれてて、なにかが曇ったままで、
手放しで納得することができない。

たぶん私はなにも強くは望んでいなかったのかもしれない。
叶えたい夢もないまま、こうして就職活動をしている違和感が、これなのかもしれない。



2001年04月17日(火)

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■ なんとなくジェンダー?


自民党総裁選について、あーだこーだ言うほど興味があったわけじゃないんですが、ちょっと気になる記事がありまして。
「週刊新潮」によると、小泉さんがファーストレディがいないからってライバル陣営から批判されてる?んだそうな。

こういう批判が実際にあると仮定して。
ファーストレディがいないとダメってどういうことなんだろう。
個人でしょ、要は。
オトコたるもの、結婚しないと一人前じゃないという考え方が
いまだに深く根付いてるってことなんでしょうか。


一般職をはじめから志望している女の子たちとしゃべる機会が増えてきて、
一般職について、仕事について、どう考えているのかを尋ねると。
やっぱり、だれもが長く続ける気はないと言います。
職場は、結婚相手を見つける場所。
もしくは、結婚するまで自活するための一時的な場所。
女性自身がそう考えている部分もある以上、一般職というくくりに、男性がいないのは、当たり前なのかもしれません。

それでも。
サポート=女性という感覚が、いまだにひっかかっている自分。
この記事に過敏に反応してしまった自分。
ジェンダーに対する自分のひっかかりは、
それに乗ってゆかざるをえない現在の自分を、そのまま自虐的に攻撃するような部分もあって。
無関心ではいられません。


一般職でない道も、イバラの道だけど、ないわけじゃない。
人気のない業界を目指せば、ひとつくらいは見つかるかもしれない。
でも、それが果たして自分の望みなのか。
ジェンダーとしての「女」に甘んじる自分を否定したくて、ただ意地になっているだけのような気もするんです。

そもそも、自分が男性だったなら、一般職か総合職か、なんて適性がなくてもどうでも、はじめから悩む余地がないわけです。
これが女性って逆差別、と言われてる所以かな。
男子校はあっても、短大に男性の短大はないわけですしね。

つまりは、自分が女性であるから、こうして逃げ道をつくれてしまう。
だから逃げるのが卑怯な気がして意地を張っているのかなあ。
でも実際には、企業にとって、男性3人分くらい役に立ってはじめて、リスクの高い女性の総合職を採る気になるんです。
つまり、はじめから男並に、ではなくて、男以上に、が最低条件なわけ。
そうまでして総合職を目指す必要も、自分の意志も、なにもかもがよくわからなくなってきて、途方にくれててしまいそう。

こんなこと真剣に考えなくちゃいけないのは、
某ノンバンクの総合職が、次が最終面接になるから。
店舗見学をしてからなので、まだ先のことですし、そこで失敗すればなんの問題も生じないわけですが。
ここは珍しく、人事の方に最初からわりと気に入っていただけていて、
万が一ミスせずに通ったとしたら、おそらく内定は断れない雰囲気なんですね。
絶対コップの水をぶっかけられそう。(汗)←過去にあったらしい。

社員の半数が女性で、金貸しという業界のイメージの悪さを除けば、
不況でもものともしない業績の伸びだし、その業界トップだし、育児休暇制度も整ってるし、体育会系で礼儀に煩いのが気にかかるけど、悪くはない企業。
そして、なにより総合職なんだよなあ…。
人気の大手企業は、総合職に女性は1割もいないような状態ですから、
総合職で女性を採ってくれる企業は、それだけで神様に思えてくるわけです。
でも、それが私のやりたいことなのか、毎月のノルマを達成し続ける営業をやる自信があるのか、支店長を目指すほどハングリーにやりたいと思ってるのか、そんなところを考えると、かなりフクザツ。
選ぶ身分じゃなく、選ばれる身だと、わかっていても、選ぶ余地があるなら、やはり納得のいく選択をしたいわけで。

活発で感じの良い猫を、100匹ほど被って面接受けてきたんだと思うんです。
だからたぶん、仕事もそうしてやれると勘違いされてる…。
でも、14日の別の企業の個人面接は、もはやその猫が被れなくなっていて、あっぷあっぷしたわけで。
そう、忘れちゃいけないんでした。こういう自分が、本来の、毎日の自分だということを。だとすれば、面接の自分は、まったく詐欺してるわけですよね。

私は、結婚せずに生きてゆくためだけに、総合職でなければと焦っていたわけだけど、生活できるだけのお金を稼いで地味に暮らすということを考えるなら、一般職でもできるのかもしれないし、そのほうが性にあってるのかなあ。





話は変わりますが、しばらく前も書いたお見合い話について。
うちが特殊なわけじゃなく、周囲の同い年の友達のなかでも、
かなり見合い話が持ち上がっているようです。
近所の短大卒の同級生は、両親がいま見合いをさせようと説得にやっきになってるらしいし、大学が一緒の教授のお嬢さんは、10代のときからお見合いさせられそうになっているし、東急グループ会社の社長令嬢は、すでに500万のお振袖を何度も着ては、お見合いやっているらしい。
せ、世界が違うっ。(汗)
まあ、どこもここも、娘が若いうちに、少しでも高く売れるうちに、売り出しておこうってわけですか。
いまだに交換財なんですね、女性だけが。

男性が結婚しないと一人前でないように、女性は少しでも良い相手に選ばれて結婚をしないと社会のなかで人間でさえいられないような、そんな透明な圧力があるのかもしれません。
しかも、男性側に数ある女性のなかで選ばれなければいけないという焦燥。
選ぶんじゃないのがミソです。
ただ、私は、どうにか自分がいわゆる“女性”の仲間じゃないという事実に慣れ、自分を笑い飛ばして、選別される華やかな競争を遠巻きに見物してますが。
実際、恋愛ごとなんて気持ちにゆとりがなければ無理だと思うので。

中島梓さんの「コミュニケーション不全症候群」…読み返さなくちゃなー。
大切なことを忘れかけてる気がする。


2001年04月16日(月)

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■ テレビ

今日は日曜日だったのね。
昨日のへたりがまだ残ってて、帰宅したばかりのような気さえしている。
切り替えがヘタ。
死体のように眠って、目が覚めたら夕方で、プチ浦島太郎の気分。

「課外授業 ようこそ先輩」を見る。
ぼくらが創るビジネスプランということで、平中平蔵さんが今日の先生。
この方は、忙しすぎてゼミの学生にはえらく評判悪いらしいんだけど、
小学生にもわかりやすい言葉で授業していて、いいなあと思った。
大事なことだよ、平易な言葉で説明する努力って。

印象的だったのは、彼の伝えたがっていたこと。
「困っている人を助けることは、ビジネスで成功することと矛盾しない」
介護ビジネスがうまくいってなくて、介護の仕事に就こうとする志しをなくしかける人が多い現状を思うと、どうしても疑いたくなっちゃうんだけどね。

子供の発想ってすごい。
例えば、「シルバーバス」というアイデア。
シルバービジネス担当のグループが、老人がなにを求めているのか、聞き込み調査して考えたのが、老人向けの移動喫茶店。
確かに、あったらいいよねー。

頭の堅い大人(もちろんそうじゃない大人もいる)は、どうしても既存のもの、もしくはそれを改良したものくらいしか、浮かばない。
まねっこは得意だけど、いちから作り出すことはとても難しい。
私もそういうタイプだ。
発想力って、鍛え方次第でどうにかなるのかなあ?


それから「マーキュリーライジング」を見てしまう。
ブルース・ウィルスの演技は、やっぱりいいなー。
「永遠に美しく」の冴えないオトコをやってた役者と同一人物だとは思えない。
でも野沢那智さんの吹き替えが、ちょっと違う気がして、違和感があった。
野沢さんの個性が強いから、元の役者のしゃべり方を知ってる場合、頭のなかで喧嘩しちゃうんだろう。
FBIのエージェントという役どころだったから、海外ドラマの刑事ナッシュのイメージでキャスティングされたんだろうか。

キム・ディケンズが可愛い〜v
ボーイッシュで、ショートがよく似合う。
なにより、子供を見るときにふっと緩む目線が、優しくってきゅうん。

そして見所は、子役。ほんとーに天使みたいだった。
瞳がむちゃ綺麗なの、吸い込まれそう。
自閉症で、パズルが天才的で、国家機密の暗号を偶然解いた為に命を狙われ、両親も殺されるという設定だったのだけど、目線の彷徨わせ方とかが、
大人を喰いそうなほど迫真の演技。
すんごいわ、この子。




2001年04月15日(日)

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■ 小学館文庫

WEBエントリーシートを悩んだ挙句10時間以上かけてどうにか終わらせたその足で、二日続けて面接を受けた夜に今度は徹夜ででっかいESを仕上げ、ふらふらのまま翌朝都心の郵便局まで持参して、(要するに〆切ギリギリだったの…爆)帰宅したのち、また睡眠削って従来の履歴書を練り直し、うたた寝したあと。翌早朝、3時間かけて調布まで面接をしに行き、さすがにダウンしかけて、翌日14日の予定はキャンセルさせてもらおうと思い立ったところへ、この企業から確認の電話が入って断れなくなり、青い顔しながら、どうにか渋谷まで出かけた今日14日。
ふう。
なんて作業のトロい奴なんだろうな。>自分

今日のは、すでに3次まで進んでおきながら、いまさら実施された筆記に玉砕しただけじゃなく、面接もかつてない不出来さで、前を見る気がしなくなるほど凹んだ。
理由はひとつ。
不慣れ、かつ苦手な個人面接だったから。
1:1でのやりとりは、私がもっとも苦手とすること。
たいがい仲のいいどうしでも、よほどじゃなければ、二人きりでなんていられない。
今日も、強張って会話にならない、沈黙が痛い。
なぜ縮こまっているんだ、なぜ吃音が出るの、どうして元気に笑えないの…。
相手がわりに無口だったせいで、どちらも相手の言葉を待って、
ただひたすら気まずかった。
面接官との相性の問題もあるだろうけど、今後の個人面接すべてに、ちょっとしたトラウマになりそうで不安だけが残る。


ESにやっと慣れてきたところだが、これまで書けなくて諦めたESがけっこうある。
例えば「プラトニック・セックス」みたいに、反対のイメージの言葉を組み合わせて新語をつくりなさいとか、缶コーヒーBOSSのCMのパクリで、「マイってる人とその救済策を考えよ」という論文とか、イラスト欄とか。
とにかくクリエイティブ度を試してくるESは、私にはまったく向いてないことを痛いほど再認識した。
志望動機とか学生時代やったこととか、自己PRとか、そういうオーソドックスな文章を書くことが、いちばん性にあってるみたい。
でも興味を持たれる内容かどうかは、別問題ね。
マジメ路線で、たぶんつまんないんだろうと思う。
器用貧乏っていう性質がここまででしゃばってくるかと思うほど、
ちっちゃくありがちにまとめることだけが得意。
だけど光るものなんてあろうはずがない。

こうして考えると。
堅実に、こつこつとする仕事のほうが似合っているのだろうに、適性を無視して無駄な抵抗をしようとしている自分が透けて見えてくる。
これだもん、当然見抜かれるわけよね。

もう4月。
すでにかなり内定が出ている時期で、巷ではそろそろ終盤。(総合職は)
去年よりもさらに内定を出すのが早まっているという。
このまま早まり続けたら、5年後にはどうなってるんだろう?
3年のうちに採用行動がすべて終わってしまうこともありえそうだわ。
じゃあ、大学4年生ってどういう時期なんだろうな。
卒業単位を、小心者の私は、毎年順調に取り続けて、ほぼすでにとり終わったけど、大切なはずのゼミだって、4年生はもう誰も来ない。
行く暇も気持ち的な余裕もないからだ。
(まあ、内定が出た人は、遊ぶ為に来ないんだけど。(苦笑))
大学生が大学に行けなくしてしまう就職活動…本末転倒である気もしないではない。

幸い、授業がほとんど残ってないのでサボらないでよい私は、秋まででも、最後の2次募集ででも、とにかく活動させてもらえる期間内いっぱい頑張っていくしかない。
すでにだれてるけど、長期戦になりそうな予感。
たぶん、もうしばらく活動していれば、どこぞかの内定は出るけど、それらに行きたいかと問われれば「?」だから。
そんなところをなぜ受けたのか、と考えれば、私がひたすら馬鹿なんだけど、それでさえ最後まで残る自信なんて欠片もなかったのだから、なんというか…。
最近やっと自己PRなんかがまとまってきたようなスロースターターな自分を、いまさら悔いても仕方がないのだ。


こんな時は、本屋だ。(それよりほったらかしの筆記の勉強をせいっちゅーに)
今日のうさばらし=収穫をば。

西さんの「僕は鳥になりたい」(小学館文庫)を読む。
たちまち引き込まれてしまう。

イラストを知った頃からずっと感じてた。
モノクロという鮮やかな色がある。
このひとは、そういう絵を描く人だなあって。
トーンがあまり使われてなくて、ちっとも華やかでないページのなかの、黒目を塗りつぶしたような地味な人物たちの纏う存在感が、なんとも言えずイイ。
青々しい内容に、苦く湧き上がってくるものは、するりとてのひらを抜けていったみたいだった。
無くした脚が痛むみたいな、そんな感覚。

もう1冊、こちらは田村由美さんの「天使かもしれない」(小学館)。
なにげなく手にとったのだけど、掘り出し物。
「僕が○○になった理由」シリーズを思わせる、少女漫画でくくれない勢いのあるストーリーの持っていきかたが、破天荒で、たむさんらしい。
ありえそうに無いストーリーでも、このひとが描けば、それもありって思えてしまう。(笑)
ひたすら人物の魅力だよね。


西さんがストーリーと言葉と絵で魅せる、詩人っぽい方向性だとしたら、田村さんは、キャラと全体の走ってる勢いで読ませちゃう感じかなあ。
前者は、短編の完成度は高いけど、たとえば同じ主人公の続きが読みたいなあとは思わない。
それよりも、雰囲気をじっくり味わって、読み返したいと思うわけ。
それに対して、後者は、多少のストーリーの無理なんか目を瞑っても、感情が動かされて、できるならそのキャラのもっといろんな部分を見てみたいって思わされる。元気をもらえる。キャラが強くて、感情移入しやすいような気がする。


ああ、なにも気にせず、貸し本屋に行きたいよう。
で、昔読んでた幾つものシリーズの、すでにかなり出てるだろう新刊を、思い切り読みつづけるのさ。
面白そうだと思ったものを、迷わず読み漁る。
ああ幸せだろうな。
このせこい野望はいつ叶うだろう。

2001年04月14日(土)

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■ 本屋


社屋に入った瞬間、挨拶される。
エレベーターに乗る時も、社員の方がわざわざ待っていてくれる。
接客の徹底は、おそろしいほど。
これっていいのか悪いのか。
少なくともこの不景気に気をはいてる業界だけあって活気があることは確か。
だが、問題は、そこで自分が生き生きとしていられるかどうかだ。


プロジェクトXの最新刊�イ�並んでて、ついふらふらと手にとってしまった。
やっぱり番組を見てない回だと、短く編集されてる文章からだけでは、
さすがに泣けはしないけど。
面白そう。図書館だとたぶん借りる人順番待ちだわね。
他にも、教育テレビの「にんげんゆうゆう」とかは本にならないのかなあ。
短いなりに、まとまってるドキュメントだと思うんだよね。
それにしても、良書ばかりのNHK出版。
うちの大学のヘボ教授がNHKプックス書いてて、苦笑いしたこともあったけど
(本読んでもかけらも解る言葉が無かった…アレが社会学だと思われたら困るってのに)
世の中にはこういうマジメな本の編集をされてる方もいらっしゃるのよね。


波津彬子さんの「お目にかかれて」(小学館文庫)を見かけてゲット。
りょうかさんに借りた「パーフェクト・ジェントルマン」が好みだったからなんだけど、比べるとちょっと落ちるかなあ。
あっちのほうが人物の魅力があった気がする。
それにしても波津さんが連載してた(今は知らないけど)「プチフラワー」ってすごい雑誌だ。
玄人好みっていうんだろうか。
だいたい高校生あたりが主人公で、彼氏とのエッチ話がメインになってくるような少女漫画が多いなかで、一線を画してる存在。
萩尾望都さんもここで続けてたよね、たしか。

波津さんは、あたたかな挿絵から抱いていたイメージのままの漫画を描く。
(このひとのカラー、綺麗なんだよねえ)
ノスタルジックで、ぬくもりと、それが冷えたときの淋しさとが同居してるような独特の世界をつくってる。
話の筋とか仕掛けとか、そういう骨組みが見えないような感じ。
マジックを、仕掛けを探して見ると楽しくないでしょ?
それと同じで、ただ浸るものなんだと思う。
同じ作者の雨柳堂シリーズもそのうち読みたいなー。


2001年04月12日(木)

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■ 利益追求が企業の存在意義

とりあえず行くだけ行こうと向かった最終面接。
ところが、めちゃ長い作文を書かされた。
1400字だよ?
これを面接を待ちながら1時間で書くって、けっこう時間ないもんだわ。

いつも思うんだけど、周りの子はすぐさま書き始めるのよね。
私はまず考えないと書き出せない。
プロット考えて、だいたいの文字数をふって、だいたいの目安がついてから書き出す。だからいつも時間が足りない。
でも、ひやひやの綱渡りでも、最初から書き出す勇気はないんだなー。
今日のテーマは、自分が部下5人をもつ上司になったら…というもの。
しょーがないからありきたりに、心がけたい4か条を書いた。
つまんない、われながら芸が無い。
文章書けない人間は、文章書かずにすむ仕事を探さねば、と思うほど。

で、どうにか目処がついたとほっとしてたら、面接に呼ばれた。
思いっきり失敗した。
以上。

エントリーシートでやらかした、いつかの失敗と同じだわ。
利益をひたすらあげること、お金についての考え方、抵抗。
そこをつかれた。
お金の取り立てとかさ、そういうぎすぎす感に、私はどうも抵抗があるのよね。
誘導尋問にひっかかり、会社っていうのはね…と説教されてしまった。
ボランティアとか家庭教師とかのネタは、基本的にアルバイトでばりばり働きましたというのよりも弱い。
おきれいで、理想主義的で、だから実際に仕事の汚さとかも納得できるのかを
疑われるわけだ。


それにしても、この企業オーバーワーク過ぎ。
19:00〜の面接と言う時点で驚いたけど、
21:00になっても、社員みんな帰らない。
ちなみに、そのまま新宿でごはん食べて帰ったら、帰宅は12:00だった。
それが毎日ってことよね?
社会人って…。

本社の総務部だから、9:00〜働いてることは確かなのだ。
それなのに、毎日たぶんこの生活。
実際目の当たりにするとインパクト大。
月の残業時間は半端でないらしい。
体壊したり心壊したりして辞めてく人が多いわけだね。

働くって、大変なんだ。
当たり前のことを改めて思う。


2001年04月11日(水)

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■ 海外ドラマ

海外ドラマといえば「大西部の女医ドクター・クイン」。
そう胸張って答えるくらい、私はこの作品が好き。

1993年、私が13歳のころ、放送が始まったみたい。
ちょうどフルハウスと同じ頃。
こちらはリアルタイムで見てたけど、ドクター・クインを知ったのは、
高校に入ってからだった。
2000年9月に最終章の日本での放送が終わったのだけど、
深夜の放送がメインだったため、うっかり録画を忘れた回も多く、再放送を切に願ってるところ。
アリーマイラブとかビバリーヒルズ青春白書くらい有名だとレンタルされるようだけど、この作品は日本ではマイナーなのか、ビデオになっていないみたいなのよね。
しかも、2001年に特別編が映画になってるらしいけど、これも海外オンリーらしい。

最近、日本のファンサイトを見つけたので、そこから、海外のドクター・クインファンのウェブリングに飛んでみた。
すごいよー、80以上のサイトが登録されてるんだもん。
ホント、向こうでは人気があるみたい。
英語は苦手だけど、ファンサイトってのは、国が違っても熱いので
その熱に引き込まれて、つい読んでしまった。
この回のこの部分がおかしい、とかみんな細かいったら。(笑)
懐かしいエピソードや写真を見てるうちに、
毎週どきどきしながら見ていた気持ちが蘇って、もう一度見たい気持ちが強くなってきて、少し淋しくなった。
どんなに好きなお話だって、いつかは終わるのだからしかたがないのだけど。
好きなお話が終わってしまう寂しさに、いつまでたっても慣れることができない。

けっして明るいドラマではなく、最初から考えるとどれだけ人間が死んだだろうと思うくらい、重かった。
たとえば、シャイアンの虐殺だって、どんなに止めたいと思ってどれほど抵抗しても間に合わない。叶わない。
そもそも史実だから。
いろんな命が、握り締めようとしても、てのひらの隙間からこぼれ落ちてゆく。
後悔も、痛さも、命も、不条理も、いっぱいつまってるんだ。
そういう救いの無い現実感のなかで、最大幸福のためにいつも自分に嘘をつかず、諦めないで動こうとする様々な人間模様が、このドラマの最大の魅力じゃないかなあ。

主人公のふたりがまだ結婚する前に、人間関係がいろいろある最初の頃を見たーい。NHKさん、フルハウスもいいけどドクター・クインも再放送をお願い!














―追加―

食べ物のことや、好きなドラマのことを書いてはしゃいでる自分と、
一方で暗いままの自分と、ちょっと分裂中…。

やる気も焦りも、なにもかも、すとーんと落ちている。
食欲もあるし、ネット見る気もするから、別にウツって訳じゃない。
ただ、どーでもよくなりつつあるような気分に近いかな。
いま差し出されたら、どんなんでも、ああそれでいいよって言うと思うよ。(苦笑)

蛍光灯ばかりを見上げている気がする。
昼夜の区別がつかなくなりそう。っていうか、すでになってるかも。
引きこもりの辛さが、ほんの少ーしだけわかってしまう。

やっとフレッツになったんだから夜ちゃんと寝れるはずなのに、
何ヶ月も続けざるをえなかった昼夜逆転生活で、いったん狂ったリズムを取り戻すのは、そう易しい事ではないみたい。

気持ち的に、明日が来るのがいやなのよね、きっと。
眠ったら明日が来る。
だらだら無駄に過ごした一日が終わってしまう。
明日という日が大切だったり気の重い日であるほど、無意識のうちに、眠るのを怖がっているのかもしれない。
ああ、プレッシャーに弱い人間のたわごと。

長いテスト期間が終わった時の、寝不足から解放されたあの熟睡を
いっつも再現できたらなあ。

幸せだよね。
先のこと考えず、ああ終わったという充足感だけを抱いて眠るの。
眠る為だけに眠る。
眠りたいから眠る。
起きた時の憂鬱なんて考えないで、ぐっすりと。

睡眠って、時間だけじゃなく質が大切なのよね。
寝汗びっしょりかくようないやな夢は御免だ。

2001年04月10日(火)

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■ 「幻のシュークリーム」…だそうな

以前日記に書いた行列の出来るシュークリームの詳細情報です。

神田精養軒の「クレーム・パフ」という名前のシュークリーム。
ネットで検索してみたら、デパ地下にも売ってるみたい。
私は上野駅構内の単独の売り場で買ってますが、
たいがい行列が出来ています。
匂いに導かれてふらふらと並んでしまった過去が…。(笑)

量り売りという変わった売り方で、1個平均150円くらい。
ケーキ買うより安いけど、しっかり満足v
えへへ…とにかく美味しいんだよ♪(私にとってはね)
テレビでも紹介されたようですが、だから美味しいと感じるというわけじゃなく、実際食べて味を確かめたうえでのリピーターが多いのが、たぶん行列の秘密。

皮はサクサクしてて香ばしくて、なかはプリンみたいなカスタードがたっぷりと。
でもね、買ったらすぐに食べてね。
皮がカスタードでしなしなしてくると、美味しさ半減なのです。
その場でパクつけるのが一番なんだけど、
いつもは家まで1時間以上、じっと我慢の子なのでした。

ああ、また食べたくなってきた。
夜中に書くべきもんじゃありませーん。



―「セブン」―

見るのは2度目だけど、やっぱり心臓に悪い映画だった。
脚本がよくできてるとつくづく思う。
7つの大罪じたいは、ありがちな設定だと思うのだけど、
犯人が自分自身を「妬み」の罪にあて、そしてそれを裁くために最後にデヴィッドが「復讐」の罪を被って生きるように仕向けたあたりが、
なんとも言えないわ。
こう持ってくるか〜、とへたるだけ。
伏線だらけで、2度目でも新鮮だった。

テレビで見ると吹き替えの出来不出来で、全然のめりこめないこともあるけど、
その点、今回のキャスティングは上出来。
最後のデヴィッドの葛藤シーンはやっぱり苦しくなる。

ふと思った。
勝ち負けなんて、きっとどうでもよくなったんだよね。
勝ち負けで止められる感情じゃなかった。
だから負けでもなんでもない。
ただ、妻と胎児を殺された、その喪失があるだけだと思う。
彼はその後どうやって生きたんだろう。


2001年04月09日(月)

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■ 21歳の事情

おじじの家へ出かけてまいります。
祖父母と会うと、自然と将来の話になるので、しみじみ憂鬱です。
ずっと子供でいたかった自分って、ここらへんからも来てるかもしれない。
女の子ならこの大学。(将来少しでも印象がよいように)
女の子ならこのくらいできて当たり前。
「女の子なんだから…」という響きを、今回は何度聞くことになるんでしょうね。

結局、私がなにをしても、100%は認めてくれないんだよね。
祖父は冷静だから私の実力と結果の関係をわりと客観的に見て、けっこう評価してくれるけど、女性陣はダメさー。
(ちなみに父はそもそも常識に欠けてるので初めから枠外)
もっと上を目指せたのに、と来るわけだ。

だけど上ばかり見てたら疲れるよ…。




―追加―

ふと思い出したけど、読んでくれている人が、思ってた以上にいらっしゃるみたいです。
義理で読んでくださるような知り合いはいないと思うので、
(そんなの嬉しくないし、かえって傷つくからね)
その点は心配してませんが。

なんにせよ、BBS外してる今でなければ、ここまで柄が悪く、不貞腐れたことは書けなかっただろうなあと思います。
ちょっと卑怯な日記の公開の仕方ですね

あっ、メアドはトップのrikoの名前のところへリンクしてあります。
不親切な書き方しててごめんね。
指摘されるまで分かりにくいことに気づかなかった。
コンテンツをなんとなく減らしたかっただけなんです。
メールがあれば、こちらへどうぞ。



―帰宅後―

思ったよりは穏やかに運んで、とりあえずほっとした。
今日は祖父が話をジャマするなと言って祖母をやんわり止めたのと、
なによりうちの母が一緒ではなかったので、
泣いて喧嘩するほどの暴走をせずにすんだ。
夕ご飯も美味しかった。
帆立の煮物の作り方や、切干大根の応用なんかを教えてもらった。
私はなんでも美味しそうに食べるので、
基本的になんでも食べさせたがる。
いとこさんたちは、基本的にほとんどしゃべらず、じじばばサービスがあまりよくないから、かまっても楽しくないんだろうな。

だからたぶんしゃべらなければいいのだろうけど、
やっぱり家族だったり親族だったりすれば、そういうふうにはできない。
ご飯を食べるなら、ちゃんと美味しいと言って食べようと思うし、
できるだけ会話もしようと思うわけ。
祖父が仕事の昔話をしようとすれば、身を乗り出して聞くわけ。
お互いが気持ちよくあるために、そうしたいと思うのだけど、
コミュニケーションが多くなるぶん、干渉も激しくなるわけよね。
うーん。


振袖を着たときの写真ができあがったというので、見せてもらった。
写真屋さんとは別に、スナップで撮ったやつ。
持って帰ろうとしたら、祖母が今度家に来る友人さんに見せるからダメだって。
見せてどうするの?と聞くと、
どこでどんな縁があるかわからないから…と言う。
どういう“縁”なんでしょーね?
まーったく、ホントに考えてるみたいなのよね、お見合い。

卒業式のあとに、うちの大学には「園遊会」といわれるケッタイな行事がある。
これは任意参加で、一部の上流階級の社交界みたいなものなので、私は全く出る気もないんだけど、祖母が話を聞きかじってきて、出ておいたらと言ってきた。
「なんで?」と聞けば、これまたどこで縁があるかわからないから、だそうだ。
女の子ばかりとつるんでたって社会勉強にはならないわよ、と。
…左様ですか。

ここまで世話を焼く気でいる祖母がちゃんと生きているうちに、私が嫁に行って安心させなきゃいけないんだろうなあ。
(だからってそうするかどうかは別だけどね。)
看護婦さんになろうとしてる従妹は美人なので、すぐお医者さんと結婚してくれるだろうと踏んでるらしいけど。
ほっとくと21年間、恋愛ひとつ拾ってこられない私だけは、やっぱり世話されちゃうんだろうか。
ふえー。

学歴だけでお見合いして失敗した例(=母)が身近にいるからなあ…と
一応クギを刺しておいた。
ささやかな抵抗。
案の定、ぐうの音も出なかった。(苦笑)


それにしても、21歳ってそんな年なのか?
どうにか就職してみたところで、今度はそれに悩まされるわけ〜?


自分が意識したくなくても、そういう年齢なのかもしれないと、思い知らされることが日常で増えてゆく。
たとえば、このあいだ、父がほろ酔い気分のときにある部下の話をした。
21歳の大学生の娘がいると知ってて、紹介してくださいよと煩いらしい。
ずいぶんノンベエらしいのだけど、父の大学の後輩と聞いて、母の目がきらん♪と輝いた。
ここに祖父母がいなくてよかったよなあとしみじみ思った私だった。
母の二の舞にだけはなりたくないもん。
で、警戒していたら、母はすぐにトーンダウン。
「写真見せたら即お断りされるわね」というのがその理由。
それは私自身、間違いなくそうだと思ったけどさ。
(だって理想をつくられてる気がするから。)
そういう次元の問題なんだろうか。

確認事項。
…そこに私の人権は無いのね?


2001年04月08日(日)

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■ その1名誉欲  その2「スピード」

うっかり母に大学の就職組の友人の話をしていて、
彼女は出版だけじゃなく、大手広告も受けてるんだよ、ともらしてしまったら。
母がため息混じりに。

「なんでアンタだけ…。」

これじゃ大学受験のときと同じじゃないか。
やれ、親戚のだれだれさんが、すでにあそこ受かっただの、
なのにおまえはどうするんだ、だの。
推薦入試を受けなかった私は、それより前に発表された推薦の合格の話を
いっぱい聞かされて、弱りこんでたのに。

私だって、そりゃ自分が情けないとは思うよ。
でも、しょうがないじゃない。
ゼミの研究分野によっても、当然志望は違ってくるんだし。
なにより私は、仕事における自分の価値に、モーレツに自信がないんだよ。

で、また喧嘩だ。


近いうちに家に来るように、と祖父に呼び出されている。
最初は見守ってくれてたはずが、
どうにも我慢ができなくなってきたみたい。
祖父が金融に携わっていたので、いろいろ教わりに来いと言われているのだけど、
おそらくは、祖母あたりが出てきて、お説教になるんだろう。
そして言われる決り文句。
「英語に伝統のある某女子大のほうへ行っておけば、いまごろ就職できてたのに」
私が私である限り、どっちみち就職なんて厳しいに決まってるとは思うけど。
私が、英語嫌いだし女子大だけは勘弁して、と祖父母絶賛のそこを蹴って共学へ行った事を、未だに根に持ってるからなあ。
私が失敗すれば必ず、親や祖父母の言葉に逆らったから、
それ見たことか、となるわけだ。

がんじがらめ。
私は向けられる言葉を無視できない。
私のなかにも根付いている偏見とか、名誉欲とか。
意識しないつもりでいても、こうしてことあるごとに言われるとミジメになるのは、私自身が気にしてるからだ。
けっきょく、本質は同じなんだ。
嫌ってる部分が、そのまま私のなかにもある。




―その2―

以下は、映画「スピード」を見たことのない人にはまったく意味不明な内容となっています。しかもその1とは別人格のようにミーハーです。気をつけてね。


「スピード」の紹介をミル姉さん(c.笑う犬の冒険)がやってる〜。
こういう遊び心って好きー。
映画評論家だけが映画を語る資格があるわけじゃないと思うの。
だから、純粋に映画が好きな人が紹介をしたら、映画がより身近に感じられるんじゃないかな。

キアヌ…某所で某おねえさまが好きって言ってらしたなあと思いながら
じっと観察。
うん、確かにエキゾチックでかわいい!
この人は、短髪のほうが幼さと色っぽさが同居してて好き。
「ディアボロス」より「スピード」のほうがいいなあ。
どこ見てるんだと言われそうな邪なコメントだわね。(笑)
サンドラ・ブロックの役どころが男前でツボでした。
さりげなく助かってて欲しいなと思ったのは、ハリーという名の同僚さん。
脇役好みの私は、ブレーンとして出てくるクセのある脇役で、ちょっとモノグサそうな、でもけっきょく面倒見のよいタイプが好きなのだ。
正義のために熱くなる主人公を、微妙にエゴイスティックなこと言いながら止めてみるけど、けっきょく折れて、手を貸しちゃうような役どころ。
ひねくれた性格の人が好きなのか?(笑)>自分

ただ気になったのは、バスを死守したところまではミラクルで通るかもしれないけど、その後地下鉄で脱線までさせても、主人公ふたりが生きてるのはどうよ?

ええと、地下鉄のなかで、犯人は死んだのだけど、
サンドラ・ブロック演じるアニーが手錠で柱に固定されちゃってるのね。
で、電車のブレーキは壊れてて、線路は途中が工事中で、脱出するしかないのに、アニーは脱出もできないわけ。
で、キアヌ演じるジャックは、アニーを見捨てられず、一緒にイチかバチかの賭けに出る。つまり、途中脱線させて、それで助かろうとするわけなんだけど。

その場にナイフでもあったら、もしかしたら手首を切る選択もあったかもしれないと私は思う。
彼を死なせず、しかも一緒に生きたかったら、たぶん。
「タイタニック」の1シーン、ジャックの手錠を切るために、ローズが斧を思いっきり振り下ろしたときの表情が思い出された。
身体を傷つけてでも助かるのと、傷物になるのを怖れて死ぬのと、
どっちの選択を選ぶべきなんだろうな。
正解はないし、映画のなかでは無傷で助かってるから、この「if」自体が意味の無いものだけど。

それと、地下鉄の工事中だったので、工事要員を轢きそうになってるし。
ちょっとご都合主義な匂いが。
そりゃ主人公カップルに死なれたらかっこつかないのは分かるけど、
営団の脱線事故の悲惨さや、工事中の職員の死亡事故なんかが頭をよぎって。
もし関係者が見ていたとしたら、フクザツだろうなと思わずにはいられなかった。

しばらく前のこと、某テレビ局で「ゴジラ」の放送が決定されてたんだけど、あの原子力潜水艦の衝突事故の影響で中止されたの。
それを思い出した。
映画では、命は台本の思うままだから、大切な人物は助けて、話を進めるためなら容赦なく人を殺すけど、
現実は、ぎりぎりに間に合ったり、10分の1の確率で助かったりはしない。
カーチェイスだって、考えてみたらまわりの車が犠牲になるよね。
アレだって、交通事故経験者なら、すごく心臓に悪いだろうな。
あ、でも映画として見るだけなら、
「ザ・チェイス」(チャーリー・シーンが好きなのさ)とか好きだけど。
…私だって思いっきり矛盾してるか。

娯楽映画を見てるはずなのに、ついついこんなことを考えてしまった。

2001年04月07日(土)

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■ 惚れっぽいのか…

なにげないフォローの言葉なんかに、
相手への“好き”が増す瞬間ってあるじゃない?
思わず抱きついたって昨日書いたんだけど。
そういえば私、性別問わず、惚れっぽいかもしれない。(笑)
急に気づくなっ。>自分

優しい言葉に弱い。
本気で叱ってくれる言葉に弱い。
認められることに弱い。
元気の出る言葉をくれる人が好き。
自分が尊敬してる友達には、自分を好きになってくれたらと願う。

これって、自分勝手だからなのかなあ。
なぜって、相手を好きになるっていうのは、
相手が自分を好きだから、じゃないはずだよね。
相手の好意があって成り立つ相手への愛情なんて、
自己愛そのもののような気がしちゃうんだもの。

うーん。

でも確かなことは。
自分を嫌ってたり、蔑んでいる人は、なんとなく解る。
すんごく肌がザラザラして。
拒まれてる空気があって。
とたんに凍りつく。
頬の筋肉、声が。
小さくなる声、俯く顔。
だからよけいに嫌われる。
仲良くなれたらいいのに、と思っていてもダメ…なんだ。

どんなときでも、どんな相手にでも、
なんで同じ自分ではいられないんだろう。
意識せずに接することができればいいのに。

ああ、でも。
意識せずに接するあまりに、誰でも同じキャベツやかぼちゃに見えるくらいなら、
やっぱりこのままのほうがマシかもしれない。
とりあえず、相手が見える。
好きだとか嫌いだとか。
いっぱい感情が揺れるけど、
相手をぶちのめしたいと思うときがあっても、
同じくらい抱きしめたいと思うときもあるなら、
なにも思わないより、いいよね。
うん、たぶんそうだと思う。

2001年04月06日(金)

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■ どんなものでも、もらっとく?

ブラックリストで、かつ大学の友人がスクールに通って得た内部情報でも就職はしちゃダメと言われた企業から、いよいよ最終面接の知らせが届いた。
最初の選考が2月上旬だったから、ここまで2ヶ月もかかっている。

それでも、前の集団面接では、和やかではなく、その場でスピーディにいろいろ考えさせられる設問で、アレで通るのかどうか自信がなかったから、結果自体はそれなりに嬉しくはあった。

おそらく最終面接ではあまり落とさず、意思確認といった感じみたい。勤務希望地や、自宅からの交通費など、かなりつっこんで現実的な話をするようだから。
実はここの最終面接で、はじめて個人面接というものを受ける。
いい練習になりそうだと思うのだけど、ここは内定をもらってしまったら、容易に断れないのだ。
内定の誓約書というのはフツウあまり力をもたないんだけど、ここは別。
それはもう、怖いくらい迫られるらしい。
私はひとことも第一志望とは言ってないので、
別に嘘をついたわけじゃないんだけど。

経営不振の某流通小売も、とんでもない面接官のおかげで、面接というより社員からお話を聞く会になったけど、なーぜーか不戦勝で通った。
あれでは全員通すしか他に選考しようがなかったんじゃないかと思うほど、面接が成り立ってなかっただけに、こちらは全く嬉しくない。
行けば3回目の面接になる。
だが、面接官(つまりは人事以外のフツウの社員)の酷さが立て続けに見えて、
ここはやっぱり再生なんかできっこないんじゃないかと、素人目にも思えてきたので、出来るなら避けて通りたいと思い始めている。


内定を早く取りたい、という気持ちはあるが、
内定=就職してもいい企業のはずなのだ。
1年以内にほとんどが耐え切れず辞めてゆくところ、とか。
就職する頃にはつぶれているかも、とか。(洒落にならない)
そんなのはたぶん、内定の安心感になんて繋がらない。
変な拘束を受けるだけ、アホらしいような気もしてきた。


以前、大学の就職説明会で、担当者が笑いながら言っていた。
このご時世でも、選ばなければ必ず就職できますよ、と。
確かにうちの経済や法は就職受けがいいので(文学部の学生には言ってないんだろうな)と不貞腐れてた私だが。
誰もが辞める企業なら、就職だけはできるわね。

―納得。



「最近あった怖い話」というタイトルで、某社の最初の作文を送信した。
書いていて楽しかった。
どんなに拙くても、文章を書くことが好きな自分を改めて認識。
でも、肝心のアイディアが乏しいんだなー。
だから面白い文章が書けない。

好きなだけじゃダメなんだ。
才能と努力と、時には運(相性)もなければ。



―追加日記―

「3年B組金八先生」のスペシャルを母が好きなので、一緒に見た。
お前が死んだら俺泣くぞ、という言葉が、いじめを受けて死にたいという言葉をこぼした女の子を励ます。

“お前が死んだら俺泣くぞ”か。

一昨日も、大学の友人が言った。
ゼミの子に言えないなら、掲示板でも、(仲間内の連絡用掲示板があるの)
電話でもメールでも、いつでもいいから愚痴吐いておいで、と。
少しだけマイッてて、弱音を掲示板に吐いてしまったときのことを、
覚えていてくれたらしい。
ふにーってなって、思わず抱きついてしまった。(苦笑)
ありがとうって、いっぱい言った。

聞いてもらったって、戦うのは自分だし、利益も不利益もすべて自分が被るもの。
でも、相手がちゃんと打ち明けられる人なら、ひとりより何倍もいい。

このままゼミ関係の人に会わずにすめばいいのにな。
自分から予防線張って、どうにか軽蔑されないようにするのは、疲れてしまうから。
自分のための就活なんだけど、ある意味、勝ち負けみたいなところもあって、
誰かと自分を比べてほっとしたり、悔しがったりしている状態。
談笑の水面下では、優越感と劣等感がせめぎあってるわけで。
まあ、それでも笑顔で張ってみせましょう、予防線。

就活中に、私は何度仮面をつけることになるんだろう。

2001年04月05日(木)

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■■
■ 大学登校日

大学の仲間と久しぶりに会った。
いつもいるメンバー7人がすべて揃ったのは久しぶり。
就活をしてるのは、私ともうひとりだけ(こちらは出版・広告限定)なので、
就活以外のいろんな話も、久しぶり。

構成のうちわけ。

美大を目指して予備校に通い始めた人。←漫画家志望
4年秋からの1年留学が決まっている人。←ラジオのアナウンサー志望
とりあえず行政書士の資格をとろうと決めて、就活してない人。(唯一法学部)
院に行く人。
教師以外なる気はない人。
大手出版・大手広告志望の同じ社会学専攻の人。

個性的な人が、そろいもそろったもんだわ。

文学部だからというわけじゃないと思うけど、
類は友を呼ぶのか、夢を現実にする気まんまんの変り種が多い。
ふだんもとても刺激的だけど、こんなときはコンプレックスをぶずぶずやられて、少し痛いくらいだ。

「内定は幾つ出たの?」
「出そうになーい」
「どこへ行きたいの?」
「志望順位もつけられないんだ」
こんなやりとりに、呆れられるばかり。

私の特に懐いてる友人が
「○○ちゃん、遠回りしても、やりたいことならやれるんだよ?」と言った。
だけど、“遠回り”は、いまの私には永久追放みたいな気がしてしまう。


P.S 
片想い相手から、「シッシッ」と玄関先で追い払われた。
向いていないことにいつまでも拘るな、という親切な判断だとも思う。
悔しいと言うより、そこからなにを学べばいいのか分からなくて、
少し混乱している。
原因が思い当たるならいいが、私らしくベストを尽くしたものに関しては、
「私」が「私」である限りダメなんだ、ということしか解らない。
それがもっとも凹むこと。



2001年04月03日(火)

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■ 花より…

昨日の上野駅は、お花見の客でごった返していた。
寝不足と空腹でふらふらしていた私は、桜には目もくれず
シュークリーム売り場に直行。
お土産の定番となった、美味しいシュークリームがあるのだ。
シュー皮が香ばしくて、中身は濃厚なカスタードプリンみたい。
はまる味。
いつも行列ができているんだが、今日は特に長かったなー。
とにかく私は、“花より睡眠、花よりシュークリーム”ってこと。(笑)

とはいっても、花にもいろいろあるわけで。
帰り道、バス停まで歩いていると、ユキヤナギに遭遇。
あのちいさな花の房を、手を筒のようにしてむしりとって遊んでいたっけ。
ふわふわと、白いやまがてのひらにできて、それを散らすの。
白い花びらもどきが、さらさら降るのを見るのが好きだった。

他にも、ホトケノザ、オオイヌノフグリ、ぺんぺん草。
草の匂いにさえ気づかなかったんだ、私ってば。
土のあたりは、もう春。

2001年04月02日(月)

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■ 留守電くん、わがやへようこそ

電機メーカーの文系対象のセミナーに行ったんだけど、
そこの会場の4分の3ほどが、なんとソリューション要員としての応募で、
あらためて皆、SEやSIという道に注目してるんだなあと思った。
ちなみに私は、営業とか人事などの、いわゆるなんでもありの事務要員のほうで応募していた。

パソコンスキルとしては、理系の専門の人間もいる一方で、私と同様にWord、Excelくらいしか使わない人もSE希望だというので、思わず尊敬の眼差しで見てしまった。
「なせばなる、なにごとも」の精神で新しいことにアタックするのね。
私は以前、COBOL言語で挫折したことがあるので、プログラミング関係をやりたいとは露ほどにも思えなくて、なんとなく宇宙人に見えてしまった。
いまだに、これだけPCを使っていても、アプリケーションを使ってるだけで、このブラックボックスのなかみを知って動かしてるわけじゃないんだから。
システムをいじるという感覚が、未知との遭遇だわ。

こう考えてゆくと、自分の想像のつく範囲のことしか、やろうとは思えないんだなあ。
いくらIT業界は将来性ありと言っても、目を瞑って飛び込む勇気がない感じ。


やーっと留守電FAXつきの電話に買い換えた。
長かったなー。
昨日今日と、ずっと口論しっぱなしで、やっと承諾を得た。
あとで揚げ足を取られないように、すべてをうまく運ばなければならなかった。
そんな駆け引きを考えてることじたいが、疲れるなあと思いながら。


電話機を四苦八苦して取り付け終わったところへ、中学時代の友人からまた電話があって。
私以上にへこんでいるので、2時間ほど話をした。
自信のあった面接が、落ちたかもしれないという。
これまで一度も面接を通っていないので、不安だという。
私は彼女のいいところをいっぱい知ってるから、それを話した。
純粋に仕事をしたいと思っているその熱意が、伝わらないはずはないよ、と。

だが、そう思う一方で、就職の面接は、長い間付き合って分かるようなその人の良さが見抜かれるとは限らないのだ。
要領のよい、でもまわりの人からは嫌われているようないい加減な人が、
とんでもなくいい会社に就職することも、実際多くて。
一方で、マジメで、どれだけ誠実に仕事をこなすかよく知っている人でも、
そのとおりに認められるとは限らない。
自分という商品をプレゼンテーションする能力の差だと言えばそれまでなのだけど、なんとなく切ない気もした。

知り合ってメールをしている男の子も、彼女とよく似たタイプで、
私にはない誠実さとか、まめさをもってるのがわかるからこそ、
それが認められるといいなあと、思ってしまう。
人のこと気にしてる場合じゃないんだけど、でもそう願う。

2001年04月01日(日)
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