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なにげなく
リンク切れのチェックをしていたら 「t-Village」さんの サイトがなくなっていて驚きました。 以前から更新を止められていたのは 知っていたのですが サイトも閉鎖されて しまったんでしょうか。とても残念。 老舗のサイトさんで あそこのリンクコーナーは とても重宝していたし 憧れでもあったので リンク依頼のメールをいただいた時は 心の底から嬉しかった…。 週末、宝塚を観劇。 やっぱりタカラヅカ好きだなぁ と思いつつ、ご贔屓さん無しで タカラヅカを観るのは なんか物足りない…としみじみ思いました。 休憩時間、会服を着た女の子たちが 集まってアレコレお喋りしているのを見るにつけ いいな〜〜と思ってしまいます。 なんといふこと。少し前まで 会服を着るなんて 手紙を書くなんて 入り出待ちをするなんて そんなこと恥ずかしくて恥ずかしくて ―――――と思っていたわたしが それを懐かしい、羨ましいとすら 思うようになるだなんて。 あの疾風怒濤の数ヶ月が どれほど中身の濃いものだったかを 今更ながらにして思います。 本当に楽しかった。いい思い出です。 ああ、もう一度あれを味わえたら――――― でもあれは、魔法にかかったような 一種異常な心理状態で 特殊な状況下で短期間だったからこそ 体験出来たものだと思うので そう簡単には味わえないもんだと思います。 そう、まさにナルニア国に行って 帰ってきたかのような。 CSを観ていたら サエちゃんのDSの稽古場風景が映っていました。 7月にリニューアルして以来 タカラヅカニュースはかなり情報が早くなり 情報量も増えました。 ああ、思わずにはいられない これが「FlyAway」だったなら…!(やっぱり未練) いえ…別に成仏できてないワケじゃないけれど なにかきっかけがある毎に浮かんでくるんです。 「秋に専科がコンサートをする」 …もしなおちゃんがいたらコンサートやってただろうな、とか。 なおちゃんばかりじゃなく 「博多座で宙組「鳳凰伝」がある」 …もしゆうかちゃんがいたらきっとバラクだったな、とか。 星組「王家に捧ぐ歌」は あの大量退団がなかったらウバルトはねったんで サウフェはカヨちゃんだっただろうか…とか。 きっと90周年運動会の時もあれこれ 未練たらしく考えてしまうのだろう、わたしは。 そう思うにつけ 「今在団している人のファンの人は 本当になんて幸せなんだろう… もっとその幸せを自覚しなきゃだめだよ〜」 ―――――と思うんですが 隣の芝生は青く見えるというか 在団者のファンはファンで色々 大変なこともあるんですよね(^^;)。 だってわたしも、 なおちゃんファンであった間を振り返れば ファン熱が強いほど幸せとは決して言えなかった。 なおちゃんが専科に行ったときなんて とっても悔しくてずっと怒ってました。 (だからといってどっかで暴れたりはしてません(^^;)) 「組子ファンには、専科ファンの辛さは分かるまい」 と思っていたけど、でも花組のなおちゃんを 応援している間は間で、下級生スターとの 追いつ追われつという危機迫る(?)状況に 過敏になって、花組なんて花組なんてキライだぁ と密かに思っていた時もあった…(^^;)。 花組を離れてみてやっと 花組にいた時の良さが分かったかもしれません。 同時に専科に行って良かったとも思えますし。 1つの事柄にはいつも 良いように思えることと 悪いように思えることが同時にあり 時によって、感じ方が変わりますね。 そういえばなおちゃんは、退団前ある時 「宝塚は競争の世界でいつも誰かと比べられて競争していたけれど これからはそういうことはない。自分との闘いだと思っている」 みたいなことをおっしゃったそうな (ニュアンス的だからそのままの言葉じゃないけど)。 わたしが勝手に理想を 描いているだけかもしれないけれど なおちゃんは、嫌だな辛いな と思うことがあっても その事柄を別の視点から見たら 好きだな楽しいな、とも考えられる ということに気づいていて 発想を転換させられる人だったんじゃないかと思う…。 器用というのではなくほんとうにまっすぐな気持ちで。 |
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雪組「ロマンス・ド・パリ」「レ・コラージュ」
を観てきました。 お芝居もショーもなんだか印象が薄くて 観たばかりだというのに すでにあまり思い出せません(^^;)。 思い出すために あらすじを書いて振り返ってみます。 ----------------------------------------- パリの夜 高級クラブ・アラベスクでは アラビアの、とある国の 将軍ファデル(悠)を招いた 貸切ショーが華やかに繰り広げられていた。 その晩、そこにはパリ留学中の アラビアの姫・リディア(舞風)が お忍びで訪れることになっていた。 しかし、誇り高く毅然とした王女リディアは ファデル将軍の機嫌を とらなければならないことに納得がいかない。 早々と席を立とうとするリディアの前に このクラブの若き経営者である ヴァンサン(朝海)が現れて 「お嬢様、ご気分が悪いのでしたら 気分がスッキリするカクテルをお持ちしましょうか」 と尋ねる。それが二人の出逢いだった。 実はヴァンサンは 王女の故郷の国にある 石油会社「アラカト石油」の会長の息子だった。 しかし彼は庶子であったため 父親の強い希望を断り 家を出てクラブ経営者の道を選んでいたのだった。 ヴァンサンの父シルヴァン(天希)は 自分の会社が、正妻の娘パトリシア(白羽)の 婿ディディエ(壮)の介入により 私利私欲のために利用されていくことに 密かに不満を感じていた。 それを息子ヴァンサンに止めさせよう と考えていたのだが 高齢の彼は、それを口に出して伝えることなく この世を去ってしまう。 そんな中、王女リディアが 沈痛な面持ちでクラブに現れる。 彼女の国で、ファデル将軍による 軍事クーデターが起こったのだ。 両親である国王夫妻は監禁 自らも身の危険を感じた 王女は、善後策を練るため 自国の広報官ムシャヒド(貴城)と 待ち合わせをしていたのだった。 王女の国の外交官で 元軍人のラシッド(樹里)らが 王女の行方を探しているのを 逃れるため、王女はヴァンサンの別荘に 匿われることになった。 一方、急逝した ヴァンサンの父・シルヴァンの遺言状には 石油会社の経営権のほとんどを 息子ヴァンサンに渡すよう記されていた。 相続を堅く拒否したものを、遺言状にまで 記されているのを知ったヴァンサンは 「ディディエの横暴を止めて欲しい」 という亡き父の遺志を読み取る。 そしてまた彼は 王女と出逢い、王女の国の騒動に 図らずも関わってしまったことで ディディエの最近の横暴な経営ぶりが 影でファデル将軍と繋がって この軍事クーデターが起きるのを 見越した上で行われたものだと見抜いたのだった。 こうして、自由奔放に 人生を適当に生きていたはずのヴァンサンは 王女リディアとの出逢いを始まりに 一度は拒否したはずの会社の経営問題 果ては、関係なかったはずの他国の 軍事クーデターにまで関わることになった。 とまどいを隠せない彼だったが 匿った王女に 「わたしと貴方は同じ目的を持つ同志です。 どうかわたしを助けて下さい」 と言われ、なぜか幸せを感じるのだった。 ヴァンサンと王女は 王を守る近衛連隊と国民に向けて 王女自身による声明ビデオを流すことで 彼らを蜂起させ、ファデル将軍の軍との戦いに 勝つことができると考え、着々とその準備を進める。 しかしあと一歩というところで 王女を追うラシッドに阻まれてしまう。 実はラシッドは、元軍人とはいえ 国王夫妻の味方だった。 しかし、国王夫妻の命を救うためには 王権を放棄し、国権を将軍に委ねること しかない、という考えを持っていたのだった。 「国王の命さえ助かれば、 その後でまた国権を取り戻せばいい」 と諭すラシッドに 王女は、 「軍による恐怖政治が 始まった後では何もかも遅すぎる」 と訴え、ヴァンサンもまた 「この事件には、石油会社の利権が絡んでいるので 一度クーデターが成功したら 間違いなくもう覆せないだろう」 と付け加える。それでも無理矢理王女を 拉致しようとするラシッドに ムシャヒドが、良い折衷案を思いつく。 「王権を放棄したように見せかけて 国王夫妻の安全を確認した後 王女の声明ビデオを流して 国民を蜂起させればいい」 こうして、無事にクーデターは失敗し 王権は無事存続した。 王女たちの勝利が確実となったその日は アラカト石油の株主総会の日でもあった。 ヴァンサンはその日 ディディエの横暴を記したビラを株主に配り 会社の裏帳簿をディディエの前に突きつける。 折しも、ディディエの社長室では 王女の国のクーデター失敗の報が ニュースで流されており、 ディディエは完全なる敗北を知る。 ディディエの策略の失敗を決定づけた裏帳簿は 彼の妻でヴァンサンの姉パトリシアが渡した物だった。 地位も財産も失った上妻の裏切りも知り 打ちのめされるディディエだったが パトリシアは彼に歩み寄り 「あなたは野望と理想の区別がつかなくなったの。 でもわたしは貴方を愛している。 もう一度はじめからやりなおしましょう」 と抱きしめるのだった。 王女リディアの帰国が明日に迫った日 ヴァンサンとリディアはパリの街をそぞろ歩く。 1日だけのデートだった。 映画を観たり、サーカスに行ったり 「もうこんな風に会うことは二度とないのですね」 と淋しそうに言うリディアに、ヴァンサンは 「会えますよ。そしてまたみんなをだまして 逃げてしまえばいい」 と快活に微笑む。 日も暮れて別れも近づく中 思わず彼に抱きついてしまった リディアを抱きしめて、ヴァンサンは 「リディア、貴女の名前は一生忘れません」 とつぶやく。 翌日、美しいドレスを身にまとった王女は フランスの空港に立つ。 報道記者ごしにヴァンサンの姿を見いだした リディアは 「パリは、わたしの心に残る 恋人のような街です」 と言い残して去るのだった。 国へ帰ったリディアからヴァンサンの元に手紙が届いた。 「1日も早く貴方に会える日を心待ちにしています」 手紙にはリディアの限りない愛情が記されている。 「まさか、こんなことになるとは」 彼はどことなく自嘲気味に笑いながら 「でも―――――こんななりゆきも あっていいかもしれない」 とつぶやいて1人パリの街を去ってゆくのだった。 (おしまい) ----------------------------------------- うーん、話だけ書くと なかなかいい話なんだけれども …印象薄いんですよね。 正塚作品といえば 「ただなんとなく毎日を送る 或いは人生に行き詰まりを覚える 主人公(@モテる)が、 とある事件とある女性との偶然の出逢いを きっかけに、新しい自分を見いだす」 というのがテーマ。 話の筋が納得できないくらい 破綻してはいないけれど 設定のマンネリ化はいかんともしがたく 盛り上がりにも欠け 「駄作ではない」という程度の作品に なってしまっているような。 似たような作品でも、 せめて登場人物や 出演者が生き生きと輝く 舞台を観たいです。 まず、第一に 登場人物と同化してしまうような 胸迫り、心揺さぶられ、切なくなるような クライマックス・シーンがないのが 物足りない原因の1つです。 「Practical Joke」で マミちゃんが、ヒロインに 「うっとーしぃんだよ、お前!」 と怒鳴るシーンとか 「Cross road」でジュリちゃん演じる デュシャンが死ぬシーンとか 「バロンの末裔」の 雉撃ちの丘の告白シーンとか 「二人だけの戦場」で イチロさんが上官を撃ち殺して 半狂乱になるシーンとか 「銀の狼」で、ノンちゃんが 妻を殺そうとする所とか… 正塚作品の中では とても印象的で大好きだったんですが…。 主人公ヴァンサンを演じる コムちゃん(朝海)は 「Say it Again」 「追憶のバルセロナ」 に続く正塚作品。 今回のヴァンサン役は、 前のクールな2役と比べて 亡き父シルヴァンを慕う場面や 王女に優しく接する場面などに 人間らしさが感じられる人物だと思います。 しかし、感情の吐露が分かりにくいので 彼の心が確かに動かされ変化したことが イマイチ伝わってきません。 父親の遺志を継いでやるという強い決意 王女を愛しているという想い それがもっと感じられたら より物語が感動的になると思うんだけど。 クールで飄々としたところが 魅力のコムちゃんなので 確かにそううシーンはとても 心惹かれるんです。 わたしが好きなのは 射的でヴァンサンに勝ち ぬいぐるみをもらって有頂天になるリディアに対し 「(負けたことは)人には言わないでください」 と冗談めかして言うヴァンサン 恋愛映画にウットリするリディアの横で 退屈そうにしているヴァンサン ピエロたちのパフォーマンスに 大はしゃぎのリディアに対し 「(ピエロに)つまらん。 (リディアに)行きましょう(^^)」 というヴァンサン。 ここのコムちゃんヴァンサンの態度は 非常に冷めているように見えて それはヴァンサンの外見的なクセであり コムちゃんという男役を よりカッコよく見せるための ポーズであるのですよね。 ここでもし、クールに徹し過ぎて ヒロインに対する優しさまでが 欠如していたら台無しになるのですが そんなことはなく二人の間に とても微笑ましい空気が流れているのは 感じが良かったです。 CSでコムちゃんが 「お芝居を観るうちに この人は、本当にこの登場人物のような キャラクターなのではないか と思えてしまうような役になっている」 みたいなことを言ってましたが あのデートのシーンのコム&りらコンビは まさしく「普段もああなんではないか」と 思わせる(正塚先生の狙い?) このコンビならでは魅力の形になっていると思います。 それにしてもコムちゃんの男役は 常に愛される人という設定しか あり得ないのでしょうか。 コムちゃんには愛する演技が ハマらないのかというと 決してそうではないと思うのです。 「月夜歌聲」のアンシアの ウェンフーへの想いには どれだけ泣かされたことか。 コムちゃんが愛する人を情熱的に演じるとき それはいつも女役なような気がします。 「アンナ・カレーニナ」が 設定的には愛する役だったけど コムちゃん&まひるちゃんの持ち味の関係で 冷たい硬質なイメージだったし。 スカーレット、アンシア、ブリーザ これらで表現されるパッションが 男役で表現されることはないのかな。 あんなに急いでトップにしたんだから コムちゃんが舞台で輝いていないと なんのために…という気持ちがわき起こって 気持ちが暗くなります(新専科ファンの個人的意見(^^;))。 無理にトップらしい役をさせることもないと思います。 コムちゃんにしか出来ない役をすればいい。 ルドルフ系の役で、なにか この世にないようなものを追いかけて ドラマテイックな悲劇に飲み込まれる 荻田作品なんていかがでしょうか。 |
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東京からとんぼ返りで帰ってきたら
風邪をもらってしまいました。 電車の中でうとうとすると必ず あとで喉が痛くなり頭痛がします。 よく寝たらすぐ治ってしまうけど。 しかし、3連続なおちゃんに会いに行く という、退団公演時となんら変わりのない ヘヴィなファン生活も、これで一区切り(^^;)。 ご贔屓様にお会いするのも 冬までないのだわと思うと少し淋しいです。 今回のトークショーで なんとわたしは質問が採用されてしまいました。 機会があれば今日はこれを聞きたい、と あらかじめ考えてきた質問だったので 採用されてとっても嬉しかったです。 でもわたしが本当に聞きたかった質問は 元々はもっと長く、かなり独りよがりなものでした…(^^;)。 わたしは今「王家に捧ぐ歌」にハマっております。 なおちゃんは「王家に捧ぐ歌」の中で この中でこの役をやってみたい と思うものはあったのでしょうか…。 ちなみに、わたしは登場人物の中では アムネリスが一番好きなのですけれども なおちゃんが演じるとしたら やはりアイーダなのでしょうか… 更にわたしの個人的好みの人々を揃って 登場させられるとすると なおちゃんアイーダ、 ゆうかちゃんアムネリス そしてワタルくんラダメスになるんですが なおちゃん的に、それはいかがでしょう? という疑問がオリジナルでした(^^;)。 ・なおちゃん ・ゆうかちゃん ・星組「王家に捧ぐ歌」 というわたしの今現在の興味をすべて含めた 絶対わたししか知りたくないような疑問です(^^;)。 しかし、これでは個人的すぎて訳が分からない (しかも長い)ので諦めシンプルに 映画や舞台を観るのがお好きだそうですが 退団前と後とでは観る視点は変わりましたか? また、最近観た中で「これを演じたい」という 役はありますか? という質問の形にしてみました。 しかし、残念なことに時間が押しており 司会の方は、この質問の前半部分「視点が変わったか」 という部分のみしか読んで下さらず、 わたしが最も知りたかった女優になった今 演じてみたい具体的な役 (「王家」にはこの際こだわらず(^^;)) については分からずじまいでした。 もう何年も前になるけれど 過去にも一度だけなおちゃんに 質問できたことがあったのですが その時はファンになったばかりで あまりに緊張し(緊張病なのは今も変わらない) 頭が真っ白になってしまったため 「わたしは今とても緊張していますが なおちゃんも緊張されることはあるのでしょうか」 というそのまんまな質問をしてしまいました…。 (緊張していたため)もうあまりよく覚えていないのですが その時は確か「わたしも緊張しますよ、たとえば…」 というお話を、してくださったように思います。 あの頃も、その後も、そして今も ファンに対する親しみ深さは全然変わらない ほんとうに明るくて飾らなくて品のあるお人だと思います。 |
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夏になったという実感をたいして味わわないまま
八月も後半に突入します。 口の中が傷だらけで大変気持ちが悪い…。 なにか気を紛らわすものがないかしらと 思うのだけど、全神経を集中させずには いられないような興味ある出来事がないなあ…。 まず週末の出来事を書きます。 先週末は梅コマで上演している 「キスミ」にかけて 再び宝塚を観に行ってきました。 午後は宙組バウ「八犬伝」。 午前は星組「王家」これは2回目でしたが また涙してしまいました。 出演者の隅々までがこの作品を気に入っていて それぞれ演技を工夫しているのが分かるのは 観ていて本当に気持ちが良いし感動も一入です。 気づいたのですが、 エジプト人に惨殺されたり テロで自決するエチオピア人は みんな目を開けたまま死んでいるんですよ。 みんな客席を凝視したまま死んでいるんです。 特にケロちゃんは迫真の演技で 本当に気味が悪いです。さすがですね。 エジプト軍によるエチオピア人惨殺のシーンは 銀橋で歌うラダメスの向こうの本舞台で スローモーションによって行われるのですが 片足を持って引きずったり、顔面を刺したり 5、6人で一生に何度も突き刺したり かなり惨い殺し方を、 見通しのいい階段状の舞台から スローで見せているため 惨さがより強調されています。 戦争って惨いですね。 どんな悪人とはいえ 同じ人間を殺すという 最大の悪事を意図的に犯すなんて そう簡単には出来ないと思うのです。 人間は弱いから、悪の誘惑に負けますが 大罪を犯せるほど強くもないから。 じゃあどういう時に それは行われるのかというと 罪の意識がないからこそ そんなことが出来るのですよね。 戦争とは 暴力や人を殺すことによって 欲しい物を奪い合う事だけど なぜかそれは正統なものと認識されているから 戦争だから仕方ない、 家族や国を守るためだから と自分を納得させてしまえる。 宗教もまた、本来はそういうものではないのに 人殺しする人に勇気を与える力になってしまいます。 戦争の中で 宗教戦争が一番悲惨で 残酷で、尾を引くものだ という話を聞いたことがあります。 十字軍とか、ジハードとか、ジャンヌ・ダルクとか…。 旧約聖書に書かれている話にも やっぱり神の名によって戦争が行われています。 隣人を愛しなさいという教えや 平和を祈る、という気持ちが 人殺しに結びつくなんて とても不思議です。 人間の誰しもが陥るかもしれない 落とし穴なんでしょうね。 人間の心は不思議です。 人間らしさってなんなんだろうと思います。 余談だけど 大学の頃、文化人類学で 「好戦映画としての『スター・ウォーズ』」 というとても面白い講義があって 今でもそれはよく覚えています。 その先生によると 戦争の是非についての議論は別として 戦争には7つの魅力があるのだそうです。 1つは、所属の欲求が満たされる。 2つめは、自己実現ができる(自分がいかに重要かを証明できる) 3つめは、他者との一体感がもてる。 4つめは、歴史に参加できる。 5つめは、死の恐怖と危険による体験を純粋化できる。 6つめは、圧倒的な巨大さ力強さの体験。 7つめは、ゲーム的楽しさ。 この7つの要素をすべて実現したのが 「スターウォーズ」のルーク・スカイウォーカーだそうです。 敵をファシズム的に、味方を民主的に描き 戦いのシーンでは決して血を見せない という理想化された戦争がそこに実現されているのだとか。 なるほど〜、と思いました。 |
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ミズくんバウ主演3作目
「里見八犬伝」を観に行きました。 同じ日に大劇場で「王家」を観たせいか 演出もセットもヒロインも お子様向けで物足りないような気がしました。 特に村のセットは学芸会みたいで なんだか嘘っぽいし 一昔前の舞台装置みたいです。 せっかくいいお話なのに…。 滝沢馬琴の原作は違うと思うけれど このお話って、古典版レンジャーもの という気がします。変身はしないけど…。 しかし、 ヒロインのキャラクターは あれで良かったのかも と今は思います。 むかし、テレビでこの舞台の原作らしい 深作欣士監督、薬師丸ひろ子主演の映画を 見た覚えがあるのですが あすみちゃんの静姫は まさにあの映画みたいな雰囲気 だったと思います。 印象に残ったもの ・ヒロイン静姫・あすみちゃん(草凪) そのひとつ前の公演「ピエール」「満天星」 では舞台のどこにいるのかも 見つけられないくらいの 名もない下級生が突然バウのヒロインに(^^)。 最近宙組は娘役さんの抜擢が多い気がしますが 宝塚でこれほどまでの抜擢って最近はないですよね。 でも、全く物怖じせずやっているのにびっくりしました。 現代っ子っぽいし、新鮮だし、 見た目が子供みたいなのが 静姫役にぴったりだったと思います。 歌も上手だったと思います。 でも着ている服やかつらを もうちょっとヒロインらしくしても いいんじゃないかと思います。 ご本人のせいではなく演出だとは思いますし 場面によっては、設定上難しいかもしれませんが ヒロインにはもう少しあか抜けていて欲しい…。 ・妖之介・さくP(月丘) さくPは、悪の組織(?) 蟇田(ひきた)一族の一味で 人間ではない半妖怪のような存在。 ボスの蟇田素藤(もとふじ)を倒すと予言された 伝説の八犬士の行方を追っています。 彼の見つけた八犬士は犬坂毛野(けの)=和音美桜ちゃん。 孤独な女暗殺者として生きる彼女に 自分と同じ臭いを感じ取ったのでしょうか。 彼は、敵であるはずの彼女を口説き 自分のものにしようとしますが…。 さくPの演技をじっくり観たのは これが初めてなのですが 今回とても美味しい役で 毛野とのシーンはたぶん 全場面中、最も濃い場面だと思います。 毛野に迫るさくPの演技を観ていて わたしは下級生の頃のなおちゃんって こんな感じだったんじゃと思わせる 可愛らしさと未完成の濃さを感じました。 ・八犬士犬塚信之・エリコちゃん(七帆) &浜路・杏ちゃん(咲花) 今回新人公演でなおちゃんの役をやったエリコちゃんと ラストDSに出演したパンダ♪バンダ♪の杏ちゃんが 恋人同士の切ないシーンを見せてくれました。 エリコちゃんは、冲田総司みたいな爽やかな美青年だし 杏ちゃんは演技がとてもうまいし 場の雰囲気を出すのが上手でした。 2人が逢う場面はとても短く 描かれてない所は想像してね という感じなんですが それでも2人が死んでしまうラストは 観劇中唯一泣けたシーンでした。 ・八犬士犬飼現八・リキちゃん(速水) リキちゃんの演じる役は もともと蟇田一族率いるショッカー… もとい、兵士の首領なのですが 捕らえた静姫を殺そうとしたその瞬間 雷に撃たれ、意識を取り戻すと 自分の手に、持った覚えのない 宝玉があるのに気づき愕然とします。 それこそは、自分が命を狙っていた 八犬士が必ず持っているとされる 不思議な珠で、つまり 自分こそが八犬士だったのです。 その珠に気づいたときの リキちゃんのなんとも言えない 不思議そうな、哀しそうな 困惑したような 表情がとてもうまいです。 自分の運命に戸惑いながらも 進むべく道を決めてゆく現八の人生を 短い場面でしっかり印象づけていて さすがだなと思いました。 その他一応2番手格だけど二枚目にこだわらず 怖いお化粧を工夫して迫力のあったともちゃん(悠未)、 もう1人の2番手格だったマリエさんの確実な存在感、 「ピエール」新公でゆうかちゃんの役をやった しみこちゃん(和)の端正な佇まい、 和音美桜ちゃんの歌声 ―――――などなど印象的でした。 まわりの人々が色々場面をもらっているのが とても新鮮で、ついそちらが 印象に残ってしまいましたが もちろん主演のミズくんも素敵でした。 初々しいヒロインに対する包容力があったし ロベールで修行したのか(?) アドリブ的な演技も自然でした。 そうそう、カーテンコールで開口一番 「今日の反省を生かして、明日も頑張りますっ!」 と、おっしゃり、客席から笑いがおきていました。 ご本人としては、今日より明日、明日より更に と日々精進のつもりで、 おっしゃったんだと思いますが 聞きようによっては、 今日の舞台はマズかったんかいな ってつっこみ入れたくなりますよね(^^;)。 フィナーレで、主役2人が 着物のままで吊されて降りてきたのには びっくりでした。CSで見てはいましたが…。 主題歌「♪眠〜りから〜目覚〜めて〜」 という歌が耳に残りました。 |
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星組公演「王家に捧ぐ歌」を観てきました。
CSの宣伝時点から 「これは…これは絶対わたしの好みの作品だ…」 と思っていたけれど、その確信どおり 最初から最後までわたしのツボを突きまくり ハンカチ片手に号泣に次ぐ号泣…。 鼻で息ができないくらい泣いた公演って 「心中・恋の大和路」以来。 そしてこんなにツボを突いた作品は 「血と砂」以来。 そして、わたしの15年間の これまでの宝塚ファン人生の中で ここまで感動した 本公演のオリジナル作品は ファンになったきっかけの 「ベルばら」以来です。 といって今更「ベルばら」を 再々再演されても たぶん感動できないだろうけれど それに代わるような一本立て大作を 作れる演出家が、とうとう 宝塚に出てきたことは ほんとうに嬉しいことだと思います。 木村先生…「鳳凰伝」以来ヒット続きです。 思えばこの間の「不滅の棘」もCSでチラッと観て 「これは…わたしの好みの作品かも」 と思ったものでした。 「鳳凰伝」「不滅の棘」「王家に捧ぐ歌」 この3作品に共通するものは どれも、原作は女性が主人公で 「命の大切さ」を問いかけたもの であることでしょうか。 わたしがどうして これほどまでに「王家」に感動したのか わたしの感じた魅力を考えてみます。 ・演出・歌がドラマティックである ・雰囲気がロマンティックである ・ストーリーが明快かつ深読みも出来る ・装置・衣装が豪華で装飾的である ・テーマと人物像に陶酔・共感できる ・主要キャストがハマり役である これで、もしもわたしの ご贔屓さんが出ていたならば 恐らく怖いくらいに 通い詰めてしまったことだと思います(^^;)。 これでお披露目するワタルくんファンの人は なんて幸せなんだろうと思います。本当に羨ましい。 ワタルくんのファンが東宝千秋楽終了と同時に 破産申立したと聞いてもきっとわたしは驚かない…。 そしてこの公演に出ている出演者も幸せだ〜(^^)。 わたしも、改めて、ご贔屓さんが出てなくても 宝塚が大好きなんだと思いました(^^)。 CSのトークで檀ちゃんが 「このお芝居は、 主人公のラダメス、 彼に恋するアムネリス、アイーダ どの視点からでも見られるし、また 舞台となったエジプトと 敵対するエチオピアという それぞれの国の視点からでも 見られるのが面白いと思う」 みたいなことを話していたけれど 本当にそうだと思います。 いろんな視点で好きなように共感出来るんです。 ちなみにわたしが一番共感したのは 檀ちゃん演じるアムネリスでした。 アムネリスのラダメスへの愛は ついに通じることはなく アムネリスの魂は、アイーダほど ラダメスに近くはなかったけれど アムネリスの愛は、 アイーダに負けないくらい 純粋で強かったと思うのです。 その愛し方が、基本的にどこまでも 女であるところが本当に共感できるのです。 確かにヒロインはアイーダだし 演じるトウコちゃんがとても上手で 歌声も素晴らしいのですが わたしはトウコちゃんのアイーダは ラダメス(ワタルくん)の魂の共鳴者であり 心で結ばれた同志のように感じました。 トウコちゃんがあまり女らしくないから 恋人ではなく友人のように見える と言っているのではなく それはそれで男役同士で演じるならではの 愛の形として、とても素敵なものだと思います。 ----------------------------- エジプトに滅ぼされた 貧しい国エチオピア王の娘として 敵国の奴隷となった王女アイーダ。 彼女の祖国を救いたいという思いと 敵国の将軍との愛は矛盾しています。 しかし彼女は、 「戦いは新たな戦いを生むだけ」 という何ものにも勝る強い信念を持ち エジプトに復讐を誓う兄たちを諭し 自分と同じように、広く世界を見渡して 平和を願うエジプトの 将軍ラダメスと、魂を通わせてゆきます。 ここまでのアイーダは とても崇高な精神の持ち主なのですが 物語が進むにつれ アイーダもまた弱い1人の人間に過ぎない ということが描かれます。 彼女はラダメスとの愛の成就と 肉親であるエチオピア王の願いの 両方を叶えるためにラダメスから聞いた エジプトの機密情報を父に漏らしてしまうのでした。 「これでわたしを解放して。 わたしは、ただの女になるのだから」 と宣言して。 けれども、激怒したエジプトの逆襲により 祖国エチオピアは滅亡してしまうのでした。 一方、世界一強大な帝国 エジプトのファラオの一人娘として 何不自由なく暮らす誇り高い王女アムネリス。 彼女にもまた、国を継ぐ王女としての生き方と 女性としての純粋な生き方の両方が存在しています。 この2つの意思と望みを同時に満たすのが 将軍ラダメスの存在でした。 ラダメスへの愛は、当然のように 叶えられるはずだったのですが 彼が思いがけなくその愛を拒み 更に、彼がアイーダのために (図らずも)国を裏切る形になったことで 彼女は国を継ぐ王女としての生き方の方を 選ばざるを得なくなります。 彼女は宣言します。 「たった今から、わたしがファラオとなり この国を治めます」 そしてエジプトは、エチオピアを殲滅させ アムネリスは最愛の人を自らの手で 処刑しなければならなくなるのでした。 こうして、多くの血が流された エジプトとエチオピアは エジプトの将軍とエチオピアの王女の死 という最悪の局面を迎えてようやく 「戦いは新たな戦いを生むだけ」 という言葉の意味を知るのでした。 何をされても、また、何のためにでも 祖国や肉親や恋人への愛のためであっても 絶対に戦わないということが どんなに困難であるかを。 そして戦いが続けば 祖国や両親や恋人を愛することすら 出来なくなってしまうという事実を。 ラダメスの処刑の直前 アムネリスは、ラダメスを訪れて言います。 「わたしにあなたを殺させないで! "アイーダにだまされた"と言って。 そうしたらわたしは、 あなたをここから逃すつもりです」 それが、ファラオとなったアムネリスの 女性としての最後の愛の示し方だったのですが ラダメスの生き方や信念からは それは到底受け入れられるものでは ありませんでした。 ラダメスからアムネリスに与えられたのは 「エジプトは、世界が滅ぶ日まで 戦い続けるのでしょうか…?」 という最後の問いかけだけでした。 こうしてラダメスは アイーダへの愛を貫き 平和への希望を祈りながらこの世を去ります。 物語は最後に、 ラダメスの問いかけに答えるような アムネリスの宣言で締め括られます。 「聞きなさい。わたしが生きている限り エジプトは二度と、戦いに挑んではなりません。 この宣言の虚しさは充分に承知しています。 けれども、我々は決して 平和への希望を失ってはならないのです」 この時初めて、アムネリスは ラダメスの魂に共鳴する ことが出来たのではないでしょうか。 女として、アイーダのようにラダメスに 愛されることは出来なかったけれども ラダメスの魂を真に理解したことは ラダメスを愛した者として やはり幸せなことだったと思います。 |
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