ビー玉日記
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2004年12月31日(金)  雪の大晦日

雪の大晦日というのは、私の記憶する限りでは初めて。
降りはじめた時は美容院で髪を切っていました。

希望の髪の長さをきかれて手で「このくらい」と表現したら、「潔いねー」と言われた。
最近たまたま切らなかっただけで、以前は毎年違う髪形をしてたんだけど。
ようするに飽きっぽいのだ。
そしてそれに加えて面倒くさがり。
不器用だからいつもワンパターンのアレンジしかできなくてつまらないんだよね。
だったら短い方が楽でいいや、って思って。
(でも顔が丸くみえるのでショートにはしなかった。ただのボブ)

今年は実家でせこせこ年賀状作って年明けを迎えました。
(おそっ)

2004年12月29日(水)  年末は「第九」

るなさんのご招待で「第九」を聴きにいきました。
やはり年の瀬は「第九」です。

この曲を聴くとどうしてもいろんなことを思い出してしまう。
ラジオから流れる「第九」を口ずさみながら腕まくりして大掃除した時もあった。
恩師のお葬式が「第九」の本番と重なって、心の中で手を合わせながらステージに上がったこともあった。
12月は、その年のことだけでなく、過去のいろんなことを思い出す月。
「第九」はそのきっかけをつくってくれる一曲。

今回、ステージ後ろのマニアックな席をリクエストしてとってもらい、演奏者の気分で指揮者と向かい合って鑑賞することができた。
(ありがとう、友よ)
でも自分が演奏者だったら、背後から見られているのは手の内を見られるみたいでイヤだろうな……。
(最近、過去の自分の演奏のビデオを見たら、ティンパニの後ろで足開いてるのが見えていて今更恥ずかしかったし)

「第九」の4楽章ってなんか感動してしまう。
ベートーベン、やるなあ、って感じ。(何者?)
自分が演奏者だった時は「こんな派手な(しかも長い)曲で出番これだけかよ」って内心不満だったけど、今となってはそれもまた若気の至りでよい思い出だ。
「第九」もさることながら、アンコールの「蛍の光」の演出がまた凝っていて、ステキでした。


余談:
このコンサート会場で、しばらく会っていなかった学生オケの後輩に再会した。
彼女は仕事で会場に来ていて、休憩時間にロビーで声をかけられて、お互いにビックリ。
今月はいろんな人との再会があって、印象深い月となりました。

2004年12月28日(火)  鬼ごっこ

命がけの鬼ごっこ。
そこまで言うのは大げさだけど、テレビの企画でやっていた、鬼ごっこで捕まらずに最後まで逃げ切ったら60万円というもの。
渋谷の町を黒服のハンターから逃げて走り回る。
心臓にものすごく悪そうだけど、やってみたい。
だけど、子どもの頃みたいには走れないだろうなあ。

2004年12月27日(月)  天災再び

アジアで発生した津波は、時間が経つにつれて実際の被害状況がわかってきた。
休みを取ったらどこに行くか、という話をしたばかりだったから、もし本当にこの年末に休みを取って出かけていたら、と思うと怖くなる。

あと少しで年が明けるのに、また天災が来てしまった。
本当に今年は天災だらけの1年だった。
運のいいことに私はそういった被害に遭うことはなかったけれど、いつ何が起こるかわからない。
ニュースで「うわ、すごいな」と地震や噴火や台風の被害状況を見て驚いて、「普段から用意して気をつけておかないといけないな」と思うところまでは悪くないけど、実際に行動を伴ったことがない。
しかもその後チャンネルを変えて芸人を見たら笑いと共に数分前のことも含めて全て忘れてしまう。
そこが問題だ。

最近慣れからついついやるべきことが抜けていたことを気をつけるよう指摘されて反省したところだが、それと同じで「自然を甘く見てはいけない」と地球からお叱りを受けているような気になる。

2004年12月26日(日)  男女の友情

男と女の間に友情は成り立たない、とか言う。
私は、同性との友情とは形は違っても、異性間での友情はありだと思う。
だって、恋愛関係にない男女の関係は、友情以外になんと表現すればいいの? ただの知人? それってあまりにも悲しくないか?

男女の友情が成り立たないと言われるのは、恋愛関係と結びつきやすいという意味だと思う。
私の場合は、私自身が相手を好きになるというよりは、相手が私を恋愛対象から外して見ていることがわかっているから気を許して付き合っているという気もする。
彼らとは女同士との関係ほどの深いつながりはなくても、安心して付き合える異性は貴重。
男の目から見てどうなのか、という意見をしてもらえるし、女だけの世界にいるとわからない話をしているのを聞くと目からウロコって感じだ。

恋の相手とはその恋が終わった時にその後も同じように付き合うことが難しいから、無条件に半永久的に同じ関係を続けられる存在ってありがたいと思う。

2004年12月25日(土)  恋と友情の優先事項

時々、女同士の友情と男女の友情と、恋と友情の優先事項について考える。

昨日たまたま話題になったんだけど、ある友人は、とにかく先に約束した方を優先する、と言う。
それって人間として大切ね。偉い。ホントに尊敬します。

私だったら、女友達との約束と好きな人からの誘いがかぶったら、悪いけどきっと恋に賭けてしまいます。ごめん。
私ってホント薄情だなぁ。
でも女ってそうだよね。たぶん、みんな。
そしてそれをお互いによくわかっている。

恋には一刻を争う瞬間がある。
特にお互いの気持ちを探り合っている時に一番重要なのはタイミング。
仕事や行事や何か他の用事なんかで何度もデートの約束が流れてしまう時は、それだけで「あ、この人とは縁がないのかも」と思ってしまう。
だから本当に好きな人と約束を取り付ける時は結構命がけだ。
「恋をしている女にはそういうこともある」って女友だちはちゃんと納得した上で笑って見送ることができる。
その代わりというわけでもないけど、例えば友だちが失恋してSOS出してる時なら、自分が疲れていても他の予定があってもなんとか都合つけて駆けつけようと思う。
そんなもんかなって思ってるんだけど、やっぱり薄情なんでしょうねぇ。

私の場合、異性の友達とはこういう関係ではない。
男女間の友情もまた、それはそれでいいものだけど。
それはまた改めて書いてみよう。

2004年12月24日(金)  クリスマスはみんなで。2004

最近、2004年なんだか2005年なんだかわからなくなってきた。
そんなまぬけな今年の私のクリスマス。

今年は「え? 何、実はみんなクリスマス一人なの?」という一言からはじまったイベント。
「クリスマスはみんなで。2004」でした。(今適当に命名)

思い出してみると、去年は一人でケーキ買って食べたような?
あ、それは誕生日だったか?
……いずれにせよ近頃年中行事をにぎやかに過ごすことから遠ざかっていた私なので、何はともあれ喜ばしい。

居酒屋のバイトの男の子に「はい。さびしんぼ会はこちらです」と案内されるのには閉口したけれども、食べて飲んでしゃべって楽しい一夜でした。
なんか久々にオールに近いことをしてしまいました。
(途中で頭のブレーカー落ちそうになったけど)

来年は、またみんな遠くに行ってしまうらしい。
日本にいようと海外にいようと、毎日会っても何年も顔を見なくても、距離間は変わらないから不思議なものです。
皆様、私はずっと基盤は日本なのでお帰りをお待ちしてます。
もちろん遊びに行かせていただきます。遠慮なく。

2004年12月20日(月)  最初で最後の瞬間

昨日はちょっとした同窓会のようなもので、年に数回は顔を合わせている同期の面々の他に、就職して遠くに行ってしまい何年も行方の知れなかった後輩やエキストラ出演の弦楽器の先輩方にも会っておしゃべりができて楽しかった。
自分だって人のことは言えたものじゃないが、みんな変わっていなくて、(さすがに現役の学生の中に混じって堂々と学生を語るだけの勇気はないものの)誰一人として「老けちゃったな」とか「あの頃はこうだったのに……」とか月日の移り変わりを感じさせる人はおらず、それがとてもおかしかった。

ちょっぴりセンチメンタルな気分になった。
テレビの企画で昔のアイドルの再結成をするみたいに今あの頃のメンバーを集めて同じ曲をやったとしても、絶対に全員が揃うこともなければ同じ演奏をすることもできない。
結婚して遠くにいる人もいれば、育児で忙しい人も、私のようにクラシック音楽や楽器から離れてしまっている人もいる。
二度とあの瞬間を味わうことはできない。
本当にものすごく貴重な時間を過ごしたんだなあ、と今更ながらに思う。
日本語には一言でそのことを表現できるすごい言葉がある。
一期一会。
誰が考えたんだか、本当にすごい言葉だ。(辞書によると茶道用語らしい。)

瞬間を生きている。
この一瞬は二度と帰らない。
ものぐさな私は一生懸命とか努力とかっていうのがものすごく苦手だ。
だけど時にはそうせざるを得ない。
時間は、待ってはくれない。
そして、どんな瞬間も楽しむことが大切。
苦手な努力とか苦労も楽しいことに変えていかなきゃね。
嫌なことから目を背けたり逃げたりするんじゃなく。
人生楽なことばかりじゃないです。
……わかってるんだけど、できてないな、最近。

2004年12月19日(日)  オーケストラの時間

今日はとてつもなく忙しい日だった。
お昼からは踊りの関係で一曲お付き合いの本番があって、それが終わってから大学のオーケストラの演奏会を聴きに行った。

学生の頃お世話になった指揮者の先生がこの演奏会を最後に楽団の指揮者を引退した。

私が現役の学生だった頃には既に年齢としては老齢の域に達していたけれども、体力はあるし見た目も老け込んでる感じはなくて、週に三度も楽団の指導のためにフェアレディZで首都高を飛ばして(しかも黒い革ジャンを着て)はるばる東京横断して往復して来られていた。
顔見知りの後輩がいなくなってからは演奏会に足を運ぶこともなくなって、何年もご無沙汰していたので、さすがに年齢を考えたら(あと1、2年で80歳らしい)腰が曲がったり足がおぼつかなかったりするかな、と一瞬でも考えた私が間違っていた。
しっかり指揮台にご自分の両足で姿勢よく立って、元気に指揮棒を振り回しておいででした。

この楽団にいた頃、演奏中、曲の高揚と共に興奮し過ぎてこめかみの血管が浮き出していたのを、切れやしないかと本気で心配して見守ったこともあった。
演奏中倒れても舞台から落ちないように指揮台を囲う柵がそろそろいるんじゃないか、とか、影で失礼な冗談を言ったこともあった。
最後まで心配ご無用でした。

現役学生の挨拶とか先生の挨拶とか聞いているうちに、デビュー戦だった1年生の夏の演奏会のことを思い出した。
アンコールのメンデルスゾーン「結婚行進曲」のシンバルを叩いた私に、先生がしきりに合図を送り、笑いかけた。
先生は客席に背中を向けているから何したっていいけど、私は緊張しているし、客席側を向いているからどう反応していいのか困ってしまって、とにかく無心に叩き続けた。
演奏会の後、先生に「なんでさっき笑わなかったんだ。笑え笑えって合図したのに」と文句を言われた。
それ以来、先生から笑えサインが出たら笑い解禁でニコニコしてみた。
笑えサインは学園祭のようなイベントとか演奏会のアンコールで出ていたから、要するに「こういう時くらい好きに楽しめ」ということだったらしい。
演奏会のビデオでたまに私がニヤニヤ(?)して映っているのはそういうことなのだけど、見た人がそれをどうとるかが少し心配だ。

演奏を聴いて、OBオケの勧誘を受けたりもして、やっぱりオーケストラやりたいよなぁ、という気になってしまうのだけど、うーん、現実的に(技術的にも)難しい。

2004年12月12日(日)  映画鑑賞

履歴書などで「趣味」の欄があると、読書とか映画鑑賞とか書くくせに、このところ映画をまったくといっていいほど見てなかった。

友人2人と「笑の大学」を見に行った。
三谷幸喜作品はテレビドラマしか見たことがなかったので、映画は初めて。
感想を一言で言うと、おもしろかった。
え、それだけ? って感想かもしれないけど、私としてはこれは最大の賛辞。
笑いました。ホントに。
映画館で日本人が笑ってる声を聞いたのははじめてかもしれない。
以前、コメディ(たぶん「メリーに首ったけ」だったと思う)を映画館で見た時、笑い声を上げていたのは私みたいに笑いをこらえられないごく少数の日本人と外国人だけで、「あれ!? 笑うの変?」みたいな気がしたんだけど、今回はみんな笑ってた。
それで最後はちょっと切ない。
役所広司も稲垣吾郎も、よかった。

「新撰組!」も結局はまっちゃってる三谷ビイキの今日この頃。
三谷作品はキャスティングもすごくよく考えられていて好きだ。

2004年12月10日(金)  ボーナスの話

本日はボーナスの支給日です。

この日記をはじめたのは2000年10月。
ちょうど前の会社を退職して派遣社員デビューする直前からで、派遣社員を仮卒業して契約社員となったのが今年の4月なので、ボーナスという言葉自体登場するのはお初ではないかと思う。

少なくとも、自分がもらったボーナスの話をするのは恐らく初めてだろう。
(6月にも一応もらったが、まだ仕事の評価としてではなく文字通りの“一時金”だった)
社会人として働きはじめてあと数年で10年というところなのに、「正しいボーナス」をいただいたことすら初めてなので、一応記念すべきボーナスと言ってよいでしょう。
(それほど感慨深いものではないけど)

他と同様、うちの会社も業績は芳しくないようで、ボーナスの明細を渡すにあたって各人に以前より下がったことの説明を行うことが上司に義務付けられていた。
それなりに周りでは愚痴も聞いたけれども。
でもね。以前よりったって、
「もらったことがありませんから! 残念!!」
ってなもんですよ。
もらえるだけでありがたいと思わなきゃいけないです。
謙虚すぎるんですかね。
ボーナス払いと無縁の人生を送ってきたものですから。

そもそも、一番最初の会社は自転車操業の小企業で、残業代も1時間1000円とバイト並。
当時の給料の内訳も、三分の一が基本給、三分の一が能力給、三分の一が残業代で、月によっては残業代が5割。
(基本給と能力給の比率に秘策あり)
3年半働いて、ボーナスは3回くらいいただいたかな。
そこでは、「今回はボーナスが出ます」と発表されたらもらえるのであって、6月と12月になったらボーナスが定期的に出るという世界ではなかった。
1年目の冬と、2年目の夏と、3年目の冬? たぶん。
1年目は、ボーナスとは月給ではなく基本給の1ヵ月分である、という現実を知った同期の男の子が退職。
その後は経営どん底。
2年目の夏は、たしか一律20000円で、勤務態度により減額。
3年目の冬は、「会社として借金してまでボーナスを出そうということになったからこれで我慢してくれ」と恩着せがましい言葉と共にいただいたなけなしのボーナス。
そんなところにいたので、私の感覚では「もらえればついてると思え」というところ。
一番印象に残っているのは、ボーナスの明細(明細くらいは他と同様、切り取り線を破って開ける袋状の物だった)の中に小銭が入ってきたこと。
お札は銀行振り込み、端数の小銭は現金支給(おそらく何らかの手違いか振込み手数料をけちったのだろう)というもので、じゃりじゃり音の鳴る重たい明細をもらったのは、後にも先にもあの時だけである。


そんな私なので、うちに帰るまで開けずに明細を持ち帰り、一人で中身を確認してみた。(人前でうっかり驚いては恥ずかしい)
やっぱり驚き、納得した。
そうか。世の中の人がボーナスで一喜一憂するのにはこのような訳があったのだな。
なるほど「ボーナス払い」が存在するわけだ。

2004年12月09日(木)  Logical Thinking

論理的に物事を考えて、誰かにそれを伝えるのって難しい。
私はどうしても感覚で全体をつかんでしまうので、もやっと理解していることが多い。
「きっとこうだろう」「こんな感じだな」というふうにモノをとらえているので、たとえその理解が結果的に正しいとしても、言葉にすると、根拠とか論理性というものにまったく欠けた話になってしまう。

そこで上司にいつも、「それはなぜ?」とか「こうしてはいけないの?」とかがんがん責めたてられる。
なぜそうなのか、どうして他の方法ではいけないのか、ということを問い詰められると、「なんでだっけ?」ということになる。
その場ではさすがに気分悪いんだけど、後で考えると当たり前の突っ込みなので反省しきりである。

しかも理詰めで話をされると、「ああ、まったくその通りだな」と納得して「じゃあそうしましょう」と意見を変えてしまうので、逆に「さっきまで主張してた意見はいいのか。またすぐあきらめる」と上司は驚き呆れる。
自分では言われてみると確かにそこまで頑張ってその方法でなくてはいけないということはないなと納得しての変更であって柔軟なつもりなんだけど、上司としてはそこで論破してほしいというのが本音らしい。
私たち、わかりあえそうにありません。(笑)


今は論理性を学ぶべき時期なんだろうなとおぼろげに理解する。
おそらく後々のために。
いつかここで修行(?)したことが必ず役に立つはずだから、ありがたく叱られておこうじゃないか。

それもまったく根拠ないけど。

2004年12月08日(水)  ねずみにひかれる

うちにやってきた親が帰りに「ねずみにひかれないように」と言い残す。
一人で泊まった旅館で「ねずみにひかれちゃったかと思ったわよ」と宿の人に言われた。
残業してると、先に上がる人が、「あまり遅くなるとねずみにひかれるよ」と言って帰る。

警告というか、私の身を案じての言葉らしいんだけど。

「ねずみにひかれる」
こりゃ一体なんだ。


鼠に引かれる(句)
ひとりだけでいて・さびしい(無用心だ)。
(三省堂国語辞典 第四版)


うーむ。そうですか。
一人でいるとさびしくなって、通りがかったねずみになんとなくふらーっとついていっちゃうこともあるって話ですか。(意味不明)
要するに、変なヤツに目をつけられるなよ、ってことだとは思うけど、

確かに、帰り道にねずみがあらわれたら(実際、近所の中華料理屋から出てくるところに遭遇したことがあるが)、「どこ行くのかしら」となんとなくついていってみるかもしれない。
気をつけよう。


↓Webでも調べてみた。なるほどね。
鼠に引かれる(ねずみにひかれる)
まるで鼠が引っ張ってどこかへ持っていってしまったように、忽然と姿を消したもののこと。

from 相原コージ先生に捧ぐ

2004年12月02日(木)  たまには真面目に著作権について考える

盗作とか盗用の話題。
難しい問題だな、と思う。

大学で、論文やレポートを書く際に何かの引用をする場合には、どこからどこまでが引用なのかがわかるように表現し、その出典を明確にするように、と複数の先生から説明を受けた。
特定の一人の言葉ではなかったということは、要するにそれは論文を書く時の最低条件であり、そこをおろそかにすると問題になりやすいということだったのだろう。

確かに、誰かがよそで言っている言葉が自分の言葉の受け売りで、しかもそれがその人のものとしてウケちゃったら気分悪い。
言葉とか音楽とか、表現の世界は、物質的なものと違って「ここにある」とか「この人のもの」とか所属を証明することが難しい。
いくら著作権とか知的財産所有権と言っても、言葉にはタグをつけたりできないからね……。

誰かの言葉が脳裏に残っていてそれが自分が思いついた言葉のように錯覚してしまったり、本当に自分が誰かと同じことを思いつくということはよくあることだろう。
無意識にしたこと、知らずにしたことに、「盗作」とか「盗用」と言われてしまうのはショックだろうと思う。
「盗」っていう漢字の意味やイメージを考えるとね。
でも、誰かのアイディアを拝借して公開することは盗むことに他ならず、この言葉はかなり的確で、正しい。


私も時々ネタ帖のようなものに自分のアイディアとか妄想を書き付けておくことがあるが、時に偶然にもそこに書いたものがそっくり同じ内容でドラマになったり、本になったりすることがある。
私は実際にそれを作品の形でどこかに公表したわけでもないから、「なーんだ。誰でも同じこと考えるもんだな」と笑って終わる。
だけど、例えばプロの作家が本を出版した後、それを原作とせずに同じ内容のドラマが作られたら、たとえドラマ制作者側が本の存在を知らなかったとしても、誰かが気付いた時点で「まねをした」「してない」の争いになるだろう。
プロの作家なんかの場合は、プロットを誰かに話して、それを聞いた人が無断で自分の作品として公開してしまったら、それですら裁判になることもあるかもしれない。


文章を公開するにあたって、私もWebや本から他人の言葉の引用を行う際は必ずそれを明示するように心がけている。
それでも最近そのことを取り立てて考える機会もなかったので、改めて自分も気をつけなければいけないと思った。

2004年12月01日(水)  Roman Holiday

タイトルは何の関係もない話。

「天使と悪魔」(上下巻。ダン・ブラウン 角川書店)、読了。
少し前に話題になった映画「ダヴィンチ・コード」はこのシリーズの第2作で、「先にこっちを読んだ方がいいよ」と会社の本好き仲間の方に随分前にお借りしたもの。
分厚い本2冊を読み始めるのになかなか勇気が必要で、借りてから長い時間を経て、他の短編も読み終わって読むものがなくなってから、ようやく表紙を開いたわけだけど。

これが!
帯に「怒涛の徹夜本!」「ページを繰る手が止まらない! 一気に驚天動地のラストへ!」とあるのを、「またまた大げさな。何言っちゃってんの」と思ってたら、それは実に正しいコピーだった。
私も最近は若気の至りになりそうな徹夜はしないように心がけている(?)ので、さすがにそこまではしなかったけど、電車の中では、立っていても、わずかな乗車時間でも、ページをめくり続けました。
こういうのは久々の現象だったと思う。

さて、何がそんなにおもしろかったのかというと、実在するローマの建造物に秘密が隠されていて、その秘密を解き明かしていく、というところ。
これがまた大掛かりなんだ。
何しろ問題のある場所がバチカン市国の中だから。
おそらくこじつけと言えばこじつけなんだろうけど、想像すると自分で確かめずにはいられない気分になる。
でも、サンタンジェロ城の秘密は私も最初から見破ってたよ(ちょっと誇らしげ)。

こんな話は、生まれついての環境はもちろん、血と肉にキリスト教が染みこんでいる人が書く話だと思う。
熱烈な信者であるよりも、いいことも悪いことも含めて、キリスト教とその歴史と慣習をまるごと理解して、しかもそれをあるべき姿として受け入れている、ということが必要だ。
これを読むと私なんかは逆に、自分が日本人であること、たとえキリスト教に改宗したとしても真の信者にはなれないだろうこと、を実感として感じる。
アメリカやヨーロッパの人と考え方やものの見方が根本的に違う理由がわかる気がする。
別にそれがいいとか悪いとかじゃなく。

ああー。
ローマ行きたいなあ。本当に本の通りなのか、見てみたい。
歴史のある古い街っていいね。
私も東京で何か隠された秘密を探してみようかな。


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