6匹目の兎<日進月歩でゴー!!>*R-15*

2009年03月10日(火)   忘れえぬ、彼の女

実に1年ぶりの更新。
禁じ手ではありますが、本に載せようと思って書いてた1本をここにアップ。

アレ?デジャブ???
(去年の冬祭りの時のペーパーが遠くでひらひらしてるのが見える・・・)

短編集作るぜーと何本か話を書き、でも、結局のところ間に合わず。
それらの話を本にし損ねてから、メモ帳を開くたびに読み返し、あーやっぱり書き直そう、これもあれもなんか直したい、と何度も手直しをしまくっておりました。
で、次のイベントの時に本にしよーなんて姑息にも思ってたんですが。

その前に、「更新しないでサイトを放置しておくことに耐えられない病」が発病しましてねえ(笑)
今、更新するのにぴったりな話に仕上がったんじゃね?!的な話が1本できたので。
それをアップすることにしたのでした。

え?それもある意味、姑息??
ハハハハハ!だって、更新したかったんだもん!! ←3●才の言うことではない

なにはともあれ。
更新できたことに、満足(笑)


ピザの人とヒゲの人のお話。
わたしはどうやら、ピザの人を書くのが好きらしい。
某鬼話の番外でも、ピザの人を書かずにはおれんかったくらい、好きな模様(笑)









































「────じゃあ、あと頼む」
「ああ、任せといて」

ボーマは全く休みを取ろうとしないトグサに休むべきだと進言した。
一部義体化をしたとはいえ、ボーマにしてみれば、彼はまだまだ生身のままで。だから、肉体的にも精神的にも、休息が必要であろうと思ったのだ。
しかし、トグサは笑って断った。

新生公安9課の隊長職に就くにあたり、家で帰りを待つ愛妻に全ての事情を話したらしいトグサは、嘘をつく後ろめたさがなくなったせいなのか、仕事にどっぷりと浸かる様になった。
休日さえまともにとらずに、だ。

休め休まないと言葉の押し問答を続けても折れず、それでもなお、休息を固辞するトグサに。
少し困ったように眉間を寄せながら、それでも粘ろうとする、男の頑固さに。
ボーマは、消えてしまった、あの人の後姿を思い出した。
しなやかに強靭な意志をその瞳に宿した、あの人の後姿を。
本来なら、この男を止める役は自分の役ではないし、荷の重い役でもあった。
ボーマはそれを重々、承知の上だったけれど、今は非常事態で。
残された自分達の中の誰かが、それを負わなければいけない事を肌で理解していた。
イシカワも、サイトーも、パズでさえも、だ。

強情なトグサに呆れつつ、ボーマは最後の手段を使った。
こういう男をやり込めるには、理路整然と反論をさしはさむ事が出来ない完璧な事実を突き付けるしかない事を知っていたから。
だから、それに従って。
隊長になってからのトグサの実働時間とそれに反比例して少なすぎる休止時間を分かり易いグラフにして、かつ書類にまでして、休むべきだと主張してやった。
トグサはその書類を呆れたように眺め、小さく溜息をついてから、ボーマの言葉にやっと従ったのだった。

スーツの裾が名残惜しそうにひらりと揺れて、扉の奥に消えたのを見送り、安堵の息を吐く。
そして、ドアが静かに閉まるのを確認してから、ボーマは再び画面を流れる情報に目を向けた。
 ここは増設されたダイブルームだ。何機も並ぶダイブ装置が、9課が変わっていこうとしている事を象徴している。
その中の一機に腰を落ち着けて、もう一人、室内にいた男に笑って見せた。
以前から引き続き、穴倉の主に収まっている、イシカワだ。
「これからも、トグサを休ませるには、苦労しそうだね」
それにイシカワが髭面を歪めて、頷いた。
「全くだ。ったく、あいつはヒューマンエラー因子を取り除くことが大事だ、とか言うくせに自分はお構いナシなんだからよ」
短くなった煙草を灰皿に埋めて、
「困った隊長さんだ」
イシカワは小さく首を振った。
「性分、といえばそれまでだけどね」
ボーマは背もたれに体重を預け、遠くを見るような気分で、呟いた。
誰もが口にしようとして、しなかった言葉を口にのせる。
「少佐がいなくなって、もう二年にもなるんだな」
「───なんだ、ボーマ。いきなり」
一瞬、イシカワが息を飲んだのが、ボーマには判った。


草薙素子が公安9課から消えて、二年が経つ。
個別の十一人事件終焉後、彼女は消えた。
この事件で彼女が何を思い、何に絶望し、何に可能性を見出したのか。
合田一人、クゼヒデオとの出会いが、彼女の内にあるゴーストの何を変えたのか。
誰にもその答えは解らなかったし。
誰にもそれを彼女に問う事は許されなかった。
出来た事はと言えば、ただ、飛び立っていく彼女の背を沈黙をもって見送るだけで。

そして、立ち止まる事を許されない立場にいた荒巻が決断を下し、新たな公安9課を築く為に、組織の拡大を選択した。
彼女が望んだ、攻勢の組織で在り続ける為の、決断でもあった。
新人の大量投入もその一環で、それらを纏める隊長として、荒巻はトグサを選んだ。
義眼の男が、固辞した故に。

それからというもの。
皆、必要以上に彼女の事を口にしなくなっていた。いや、むしろ、口にしていない。
彼女の喪失から、目を背けて、残された男達は口を噤むことにしたのだ。
その結果。公安9課の古株達は、アンバランスなまま走り続ける事を余儀なくされ、心の片隅に戸惑いを抱えたまま今に至っている。
それぞれの立ち位置は、彼女が消えたことによって、微妙にだが変化した。
その揺らぎが、何を生み、何を選択するのか。
ゴーストの囁きに、耳を傾けなければいけないのかもしれない。
彼女を想うのならば。

「不思議なんだよ、イシカワ。少佐が消えて二年だ。少佐は痕跡さえ俺達に掴ませない。ゴーストの一片すら、だ」
この世から、消えてしまったのではないかと、思うほど。
彼女は見事に姿を消した。
最高の義体使いである彼女は、最高の電脳使いでもあったからだ。
残された誰もが、彼女に敵わない。
だから、皆それぞれに、困惑し、混乱し、思考を繰り返し。
最後に、沈黙を選んだ。
そして、自分の立ち位置を変えた。
きっと誰もが、彼女の喪失に、耐えかねて。

でも、そんな中でも、ボーマは思っていたのだ。
ずっと、思っていた。
それを初めて口にする。
「俺はね、イシカワ。少佐がこのまま帰ってこない可能性を考えた事がないんだ」
「───────」
その言葉に、イシカワがぽかんと口を開けたのに気付いて、ボーマは笑みを浮かべた。
常、冷静で、少佐にすら意見する事の出来た男が、子供のような顔をしているのが妙におかしかった。
「なんでだろうねえ?多分、こうやってネットに繋がってる時間が多いからだと思うんだけど。少佐が近くにいる気がするんだ」
彼女の姿を探してあらゆる事をして、それでも、見つけられなかったというのに。
ボーマは、何故か、そう思っていた。
「イシカワ、あんたも、そうなんじゃないか?」
イシカワは、依然、固まったまま静かに言葉を聴いている。
「でも、あんたは少佐との付き合いが一番長いし。バトーもトグサも、少佐には強い思い入れがある。だから、本当は解っているのに、心配でたまらないんだ」
消えた彼女の後姿を思い出しながら、ボーマは話し続けた。
「それから、少佐の為に、何か出来たんじゃないか、と思ってる。そして、何も出来なかった自分の無力さを責め続けてる」
幾つもあるモニターに絶えず情報は流れ、そして、その流れのように、時も絶えず流動を続ける。
「ただ、彼女が心配なだけなのに、難しく考えすぎだと、俺なんかは思うんだけど」
あの日から、彼女の喪失から、二年。
短いとさえ思うことの出来ない、深く、長い時間。
「だって。今を捨てて消えてしまったりするほど、少佐は弱い人間じゃないって、知っているじゃないか?」
知っていても、不安になるのは、仕様がないことだけれど。
ボーマは、複雑な表情を浮かべるイシカワの髭面を笑いながら眺めた。
「まあ、あんたたちのバックアップが俺の役目だって、分かってるからいいんだけど」
バツが悪そうに頭を掻き、イシカワは新しい煙草を箱から引き出して火を点けた。それを咥えて一吸いし、紫煙を吐き出す。
「そりゃ。すまねえな」
「俺の分まで進んで心配してくれてるあんたたちの役に立つのは、当然だろ?それにさ」
「それに?」
「同じ箱のピザを食った仲だしね」
ふざけたようにそう言って、ニッと笑ったボーマに、イシカワの髭に囲まれた口が笑みを浮かべた。
暫しの沈黙の後に、
「─────どこで、何をやっていやがるんだか」
イシカワはただそう言い、少佐が、とは口に出さなかった。
ボーマも、あえて誰が、とは訊こうとしなかった。
ただ、
「ここは、作りかけのホームだ。必ず、帰ってくるよ」
それだけを口にした。





そして、それぞれが、それぞれの想いを抱えて。
追い続ける。
鮮やかにゴーストに刻まれた、忘れえぬ彼女を。


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武藤なむ