6匹目の兎<日進月歩でゴー!!>*R-15*

2006年12月31日(日)   新玉を言祝ぐ宵に

今年最後の更新は、鬼で。
そんで、季節にリンクさせてみる試み。

コレ。
実はずっと、書きたかった話で。
前作った本の中にいれようとすら思っていた話でした。
でも。
話の流れから外れている事もあったし、季節でもないので。
見送った話でもありました。

やっと書けて、感慨無量です。

最初の形からは、だいぶん変わりましたが。
その間にいろいろ書いた鬼話が影響したのでしょう。
てことは。
これが一番、落ち着く形だったという事かと(笑)

嚆矢の後、に続く話で。
更に、先に繋がる話になっとります。

来年こそは、鬼を完結させたい心意気です!
懲りずにお付き合いして頂けたら、ウレシイです。


皆様が良き年を迎えられます様に。
微力ながら、祈ります(笑)

















































一年が終わり、新しい年が生まれる前夜。
大晦日の宵。

荒巻大輔は縁側に座し、二人の孫を見詰めていた。
年老いた身を蝕む様に、真冬の冷気が肌を刺すが、それは無いものとして受け流す。
大輔はまだ、それが出来なくなる程には老いていないつもりであった。


この世に生まれる事象事物、物モノの、一番初めの姿は白い姿であると「ものの本」には記されている。


それに則り、精進潔斎し、その色をもって。
古き年が往き、新しき年が孵る一宵。
己の最初の姿に還ることを、大輔はこの日の理としていた。
そして、それは己の孫達もそうである。
目の前には根源の色の衣を纏い立つ、成長した孫達の姿があり、知らず微笑が浮かんでいた。
「おい、家長。これから何が始まるんだ?」
隣からの声に意識を戻す。
「歳神への祈りを捧げるのだよ。年送り、年迎えとも言うな」
大輔は同じ様に縁側に座し、二人の孫達を眺める黒い衣を纏った男に答えを返した。
末の孫が従える様になった鬼喰いだ。
その周辺には、孫娘が従える獣達もおり、思い思いに主の様子を眺めているのが目に入る。
「ふーん?」
たいそうな異名で呼ばれる霊体は、解っているのかいないのか、気の抜けた返事をした。
それに苦笑し、大輔は視線を孫達に戻した。


一年を通して流れる気、それに宿る力を人は[歳神]と呼んだ。
歳神は一年を守る神でもある。
今の時代を生きる人々に馴染みやすい名を挙げるとするなら、十二支もそれにあたるだろう。
子、丑、寅、卯と、それぞれがそれぞれの方角を表し、色を持ち、森羅万象の流れを表す。
年を形作る、全ての気、それを総じて”歳神”と呼ぶ。
そして。
大晦日の夜、今年の歳神を労い感謝の祈りを捧げ送り、新たなる年の歳神を大いなる祝意の祈りを以て迎えるのだ。

その流れを忘れてしまっても。

人は除夜の鐘を聞く事で送り、そして、神社へ詣でたり破魔矢やお札を戴き、新年の初日の出を拝む事で迎えている。
そうして。
世の理は、人の知らぬ内に営まれ、流れていくのだ。



「兎草、準備はいいわね」
大輔の後継者である孫、素子の凛とした声が、冴えた闇夜に響き渡る。
真っ白い浄衣に赤い袴。
素子が扇を手に弟を返り見た。
それに、白い浄衣に濃紺の袴姿の兎草が白柄の刀を抜き払い答えた。
「いいよ、姉さん」

赤は全ての者を生かす色。これから訪れる新たなる年の幸いを言祝ぐ色。
青、濃紺は全ての者に満ちる沈静の色。去り往く年に降り積もった穢れを祓う色。
白と共に纏う色によって、二人の醸し出す雰囲気は面白い程に、異なっていた。
素子からは艶やかな香気、兎草からは清浄な水の流れを感じる。
大輔の傍らで、鬼喰いは静かにそれを見詰めていた。



大晦日が終焉に近づきつつある。
その時、人々の煩悩を洗い流す、除夜の鐘が響き渡った。
兎草はそれを合図に、抜き放った刀を、天から地へと一閃させた。
闇夜に木魂する鐘の音に、呼応するように、刀身が煌く。
円を描き、真一文字に空を切る。
剣舞の型を一つ一つ、丁寧になぞり、穢れを祓う。
それに衣擦れの音、刃の走る音、そして、兎草の吐く白い息が重なった。

「家長、お前さんは・・・俺が兎草の傍に居ることをどう思う?」
眼前で繰り広げられる、神へ捧げる舞いを観ながら、馬濤がぽつりと口を開いた。
「契約にどう・・・」
それに大輔は片眉を吊り上げる。
馬濤が何を言わんとしているのか、察しがついたからだ。
「以前にも言ったと思うが、それにわしは関知せんよ」
「・・・・・」
「お主と兎草の契約だからな」
大輔はそう言って、暫し、黙考した。


往く神の眩い光。
刀を縦横に振るい、穢れを祓う、兎草の舞い。
白刃は滑らかに、止まることなく、型をなぞっていく。
冴えた空気そのままに、兎草の纏う気が研ぎ澄まされ、白い光を放つ。


その光景に、馬濤の口から、言葉にならぬ溜息が零れた。
微かな音。
大輔は視線をそのままに、口を開いた。
鬼喰いの心を垣間見た、それ故に。
「黒は」
その威厳溢れる声に、馬濤の意識が張り詰めるのを大輔は感じた。
しかし、そのまま言葉を継ぐ。
「元来、穢れを表すとされるが、わしはそうではないと考える」
「──────」
「あくまで、黒とは白と対なのだ。それなくして、互いが存在できぬ理の上にある」
大輔は再び黙し、それから、黒布が覆う馬濤の目を見遣った。
これが先程の問いに対する答えだとでも言うように、ゆっくりと言い聞かせるように口を開く。
「穢れ、という言葉は人間が与えた意味でしかないのだ」
「──────」
「心の内の囁きが、お主に何を告げているのか。わしには計り知れぬ事だがな」
鬼喰いがじっと耳を傾けている。
「──わしは、違うと考えておるよ」
これが、大輔の心、内なる囁きが与えた答えであった。
「・・・俺は穢れじゃない、か?」
望んだ答えであるはずなのに、少し困惑したような鬼喰いの言葉に、大輔は口の端を引き上げた。
その問いこそが、穢れではない証だと、この男は気付いていないようだ。
「穢れであれば、あれは傍には置かぬだろうよ。初めて逢ったその時からな」
惑い、縋り、求め。
強さと弱さの移ろう心。
だからこそ。
こういう男だからこそ。
小さな孫が今の形を選択したのだ、という事にも、気付いていないのだろう。
大輔は兎草の張り詰めた背を眺め、そして、次いで鬼喰いの隠された目を見た。
「新玉の年を、馬濤、”お前”も迎えるのだ。その傷もやがて己を解き放つであろう」
「──────」
「人はそうやって生きる。死して後も然り。繰り返し、積み重ね、交わり、生きていくのだよ」

除夜の鐘が鳴り終わる、その瞬間。
兎草は、最後の穢れを断ち切り、くるりと刀身を回転させると鞘に戻した。
キィンという鍔鳴りが、静寂の中に消えると、今度は素子が扇をふぁさりと広げ舞い始めた。





新玉の年、来たり。
言祝ぎの舞いを踊り捧げよ。
幸いかな。
幸いかな。
穢れなき年、孵る。
穢れなき、年、孵る。






新玉の年を迎える、全ての者モノに幸いあれ。



2006年12月24日(日)   鬼の守人 ─嚆矢─  <十伍>

二本、更新したいので、空いてる日付を有効活用。

まずは鬼の続編をアップ。
もう一本は、出来次第で。
今は、まだ、何をアゲるか判ってません(笑)


心を結ぶ、と書いて、けっしんと表してみる。
今回の鬼話のテーマかもしれないですね。
心を決めることで、前に進む事が出来る、という・・・。

そこが誰にとっても難しいわけですが(笑)
心が決まっちゃえば、案外、早いよね。
一瞬、一秒でも、人は変わっていける。
というのを自分なりに鬼に投影させて書いてみました、ヨ。
アハハハハ(゜∀゜) ←照れ隠しの模様










































十伍、結心



「落ち着け。気を鎮め、呪の道筋を辿ればいいんだ」
兎草は大きく息を吐くと、自分に言い聞かせる様に言った。
すっくと立ち上がり、腕を広げたり伸びをしたりして、固まりそうになる筋肉を解す。

大輔は、兎草に一つ上に進め、と言っているのだろう。
力を使うことを覚えるのだ、と。

そして、それが出来ると思うからこそ、大輔は今この場に兎草を送り出したのに違いない。
回りくどい言葉は、孫への愛の鞭なのかもしれなかった。
いや、デキの悪い、末の弟子への叱咤だろうか。
≪あ、そうそう。兎草君。それからね〜”方陣によって捕らえ、後は素子に任せよ”って家長は言ってたよ≫
断駒は、美希の腕の中で、もう一言付け足した。
それに、兎草は苦笑して、頷いた。
美希はといえば、これから起こる事を、静観すると決めたのか、大人しくしている。
幼い見鬼は、断駒に任せておけば、間違いはない。
兎草は、自分の成すべき事に集中しようとしていた。
そんな兎草に馬濤がニヤリと笑い、茶の髪を乱暴に掻き混ぜた。
「お前が結界張ってる間、俺が守ってんだから、安心しろ」
それから、くしゃくしゃにした髪の毛を今度は優しく、撫で付ける。
「大丈夫さ。お前は、やれば出来る子だからな〜」
そんな風にふざけて言う馬濤に、兎草は怒るよりも先に、笑ってしまった。

なんて、憎たらしい優しさだろう。
でも。
それで不思議と、やれる気になるから、面白い。

自分を支えようと放たれた言葉は、真実、自分を支えてくれる。
古より言葉に秘められたる神、気、言霊。
言葉に力が宿る、というのは、こういう事なのだ。
身を持って実感したその感覚に、兎草は温かな気持ちになった。

大丈夫。
出来る。

兎草は、幼い頃に頭の中に刻み込んだ、結界の術式を一心に頭に描き出した。

方陣。
それは、守りであり攻撃でもある結界だ。
張った結界の外に力や気を逃さず、内に閉じ込め、何モノからも隔絶する鋭角の力。
反対に、内にあるものを守るには、円陣を用いる。
柔らかく包み込む、なだらかな、力。
大輔の言うように、今、張らなければならないのは、方陣だった。
あの、獲物をいたぶる様に上空を漂う妖しには、それが似合いだろう。
兎草は、方陣を張る手順を頭に思い描き、シュミレートした。
ぶつぶつと口に出して、呟く。
それはまるで、部屋の中でうろつきながら単語帳を捲り、覚えた英単語を暗唱する兎草の姿そのままで。
馬濤は、思わず笑ってしまった。

集中していた兎草は、それに気づきもしなかったが。



2006年12月20日(水)   鬼の守人 ─嚆矢─  <十四>

気が付けば、十四。
大幅に、増えたワァ(;´∀`)

今、書き上がってる分とこれから書く分。
このままいくと、二十を超えるかもしれない罠。
嗚呼。























































十四、開花



「お前、結界、張れるか?」
そんな、思考する兎草の耳を馬濤の低音が掠めていく。
「え?」
咄嗟のことに、何を言われたのか分からず、兎草は聞き返した。
それに、馬濤は困ったように首を傾げ、もう一度ゆっくりと先程の言葉を口にした。
「結界、張れるかって訊いたんだよ。どうだ、兎草?」
見下ろしてくる馬濤を見上げ、兎草は眉を寄せた。
自分の無力を突き付けられた気持ちになって、表情が険しくなってしまう。
そんな術は使ったことも無い。
自分には、使える術など、何一つ無いのだ。
兎草が何も出来ないことは、守護に憑いた馬濤だって知っているだろうに。
「──俺は、結界なんて張れないよ。どうやって、力を使えばいいのか、解んないんだから」
なげやりにそう言い、今度は情けない気持ちになってくる。
けれど、それが真実であり、事実なのだ。
結界なんて張れない。
見栄を張って、嘘はつけない。
兎草はぎゅっと口を引き結ぶと、俯いた。
しかし、それを聞いても尚、馬濤は言葉を続ける。
「ヤり方は、識ってんだろ?素子が言ってたもんよ、方術式はもっとチビの時から頭に入ってるって」
兎草は、それに顔を上げた。
確かに自分の意思で術を使えはしなかったが、何も知らないでいることが嫌で、大輔達から聴いたり書物を読んだりして、色々なことを覚えていた。
識っていた。

自然の理。満ちる気、その流れを掴む方法。
それを利用する為の知識と、言の葉。
術者の力を導き出す、謂わば、呪文のような数々の術式。

確かにそれを知識としては識っているが、実践できたことはないのだ。
「確かに、識っては、いるけど・・・出来ないよ」
兎草は詰まる咽喉をなんとか開いてそう言う。
けれど、その言葉を優しく否定する、馬濤の重い声が降ってきた。
「それは、出来ないんじゃねえ。ヤラねえだけだ」
馬濤の言葉に、内側が、疼く。
何か、図星を刺された気がして、兎草は黙った。
反論する事も出来ない。
馬濤は、そんな兎草を見下ろして、笑った。

「お前が、望めば、出来るはずなんだぜ?兎草」

何故だろう。
いつだって、この男の言葉は、兎草の奥に届く。
胸の中に響いた馬濤の言葉に呼応するように、自分の内なる声がした。

そうなのだろうか。
いや、そうなのかもしれない。
力が無い、そういう訳ではないのだから。
自分にも、力は在る。
出来ない、やれないと、己を縛っているだけで。
もし、出来るのだと、自分が真実そう思えば。

じゃあ、自分は力を使うことが出来る?
兎草の茶の目が、微かに、揺れた。
その揺らぎに気付いた馬濤は、柔らかな笑みを口の端に浮かべた。
「お前は、持っている力を使う心を識らないだけなのさ。解るか?それは術式の事とか、そういう事じゃねえ」
それから、少し考えるように俯いて、
「・・・そうだな、いわば覚悟みてえなもんだろ」
と言葉を紡いだ。
胸を揺らす言葉をただ、兎草は黙って聴いている。
「お前は、あの力みてぇに優しすぎる。無意識に、誰も彼も傷つけたくないと、思ってるのさ。それが悪いモノだとしても、単純に切り捨てていいと思えない。それがお前の心で、力の源でもある。だからこそ、お前の力は閉じたままなんだ」
「閉じたまま?」
小さな反問に、馬濤は頷いた。
「そうだ。いいか、兎草。力は、何かを傷つけ壊すだろう。でも、それを使う者の心で、必ず、新しい何かを創り出すものでもあるんだ。お前の揮う力は、そういう力なんだ」
そうして紡がれる言葉が、兎草の内の隅々に、響き渡る。

「お前は、やれるんだよ、兎草」

優しい、声。
兎草は、唇を噛み締めた。
自分には、こうして、隣に居てくれる存在がある。
教え、諭す様に、言葉を尽くしてくれる人が。
自分でも気付かない、気持ちを汲み取ってくれる人が。
「人間は守るために戦い、それ故に傷ついても、絶えず生き、歩みは止めない。そして、傷をつけたり、つけられたり。誰かに癒されたりしながら。全部を抱え込んだまま、生きていくんだ」
馬濤は、そう言いながら、兎草の頭を撫でた。
「いいか、兎草。間違うな。力は、闘う事は、悪い事じゃない。それを揮う心が重要なんだ。お前がどんな心で力を揮うか、それが・・・」
「──大切」
馬濤の言葉を遮り、兎草がその先を続けた。
大切、と口にのせると、不思議と心が落ち着いた。
真っ直ぐに、馬濤の顔を覆う黒布、その奥を見詰める。
「自分の心が、大切なんだ」
心の定まった、視線の強さを感じたのだろう。
露わになっている馬濤の口許が笑んだ。
「そうだ。心の在り様が、力の質を決める。解るな?」
兎草は頷いた。
それは、大輔の教えでもあり、馬濤の得た心でもあり。
そして。

兎草が求めていた、力でもあった。



2006年12月19日(火)   鬼の守人 ─嚆矢─  <十参>

こないだは、微妙にスン止めだったかーと反省しつつ(笑)
続編をアップ。

スン止めしない方向で頑張ってみましたが。
終幕を迎えるまでは、強制焦らしプレイ発動っぽい気配でござますよ☆
すみませんネェ・・・・((orz
























































十参、流水



断駒は兎草の周りを犬の格好のまま飛びながら、言葉を紡いでいく。
大輔は断駒に伝言を託し、兎草へと預けたようだ。
何故、そんな回りくどい事をしたのか気になりはしたが、兎草はとにかく大輔の言葉を聴くことにした。
≪”──決して、鬼喰いが力を使ってはならない”≫
そして、告げられた思いがけない言葉に、
「何でだよッ?兎草が危ねえんだぜ?!俺は、問答無用でヤツを喰うぞ!!」
語気も荒々しく、馬濤が怒鳴り散らした。
それが、馬濤の契約なのだ。

兎草と交わした、唯一、絶対の誓い言。

それを違える事は出来ないし、するつもりも馬濤にはさらさらない。
何であろうと、兎草に手を出す奴は、屠るだけだ。
だから、激した。
いかに大輔といえど、既に結ばれた契約に口を挟むことは出来ないはずで。
それなのに。
断駒が紡ぐ言葉は、あくまでも、馬濤は力を使うなという言葉だけだった。
≪”力を使ってはならない”≫
繰り返されるその言葉に、馬濤は口を引き結んだ。
≪”分岐の流れ、来たり”≫
断駒は、ゆらと揺れながら、言葉を紡ぐ。
その言の葉は、大輔の言葉の様でありながら、別の響きを持つものであった。
兎草は、ただ、それに耳を澄ませるしかない。
≪”取捨選択、掴む手を、その流れを妨げてはならない”≫
≪”流水流れ落つる先、其れ即ち、此の世の理の内”≫
≪”辿り着く先、其処に在るは、己の姿”≫
≪”選び取りし、姿の内、何があるかを見よ”≫
「───────」
大輔の託した言葉に、馬濤の歪んでいた口許は戻り、変わりに笑みが浮かんだ。
馬濤には、その意図が、正確に読めたらしい。
しかし、兎草はといえば、途方にくれていた。
≪”今のお前が成すべき事を知れ”──だって≫
断駒は伝え終わると、難しい話に厭きて退屈そうにしている美希のところに飛んで行ってしまった。
大事な役目を済ませば、あとは自由。
お気に入りを見つけた断駒らしい行動だった。
肩にかかる髪を指でいじっていた美希は、お気に入りの断駒が来たことに満足したのか、両腕でしっかり抱き締めて笑んだ。
「たちこまちゃん」
≪美希ちゃんは、僕が守ってあげるからね♪≫
断駒も、楽しそうな声を上げている。
真の役目は、言伝なのか。
この幼い少女を護ることだったのか。
どちらなのやら。
読み切れない断駒を横目に見ながら、兎草だけが大輔の意図が解らず、首を傾げていた。
自分を守る馬濤に、力を使わせず、何をさせるつもりなのか。
そして、自分がここにいることが、その流れの内だというならば。
何かを成す、出来る事が、有るという事だろうか。

この、力が使えない自分にも。

兎草は、徐々に弾んでいく鼓動を抑えながら、考えた。
緊張が、高揚感に変わっていくのは何故なのか。
内なる囁きが、聴こえたような気がしていた。



2006年12月17日(日)   鬼の守人 ─嚆矢─  <十弐>

久々の更新なので。
昨日のスペースも利用して、二本、アゲてみる心意気。

心に溜まった不純物(主な成分=怒)は。
萌えとして昇華。
うむ、正しい心の動きだ。

いいぞ、自分!建設的!!(`∀´)ノ


















































十弐、言伝



どれだけの時間が経ったのか。
静寂の時を打ち砕く音が、兎草達を覆った。
ガツリ、ガツリと、コンクリートが身を削られ悲鳴を上げる。
「お、どうやら奴も、この中に俺達がいるって事に、考えが至ったみたいだぞ」
ここを壊そうとし始めた妖しの鳥の殺気に、馬濤の口許が嬉しげに歪んだ。
それに兎草は心底、困ったと思った。
立て篭もりも、こうなると危険で、次の手を打たねばならない。
「さて、どうしたものかな。俺じゃ、役に立たないしなぁ」
独り言の様に呟いた兎草の言葉を、馬濤が拾い上げる。
「だから、さっきも言ったろうが?闘うのは俺の役目だっつーの。お前が役に立つ、立たない以前のハナシだろ」
「・・・なんか、むしょうに腹が立つんだけど」
自分で思っていても、他人に、というより馬濤に改めて言われると、余計に腹が立つのは、何故なのか。
兎草は、むっつりと頬を膨らませた。
「兎草、お前はチビとここにいろ。俺が片付けてくるからよ、さくっと」
「え、ちょっと待てよ、馬濤」
何故かは解らないが、兎草はとっさに馬濤を引き止めてしまっていた。
「なんで待つ必要があるんだ」
馬濤が口をへの字にして見下ろしてくる。
そう。
確かに、鬼喰いに闘ってもらうしか、手はないだろうに。
兎草は、自分で吐き出した言葉に首を傾げながら、思案にくれた。

そんな中でまた、一際大きな音がして、黒い鳥がコンクリートを削っていく。
緊迫の空気、そして混乱する兎草の思考を。

≪呼ばれて飛び出て、ジャジャジャジャァ〜ン♪≫

やけに陽気な声が断ち切った。
楽しげに弾む子供の声は、嫌になるくらい聞き覚えがあるもので。
兎草は、呼んでない!と即座に突っ込みを入れたい衝動にかられたが、声のする場所を振り仰ぎ、その姿がいつもの蒼い光ではない事に度肝を抜かれて。
「たっ、断駒ッ・・・って、お前、何、その格好??」
突っ込むタイミングを逸してしまった。

目の前に浮くのは、丸いまるい、犬。

そう、それは出掛ける時に大輔から渡された、あの根付の犬の姿だった。
兎草は唖然とその姿を見た。

断駒は形を持たない、力の結晶、光だ。

常に兎草の目には蒼い光として、映っている。
けれど、稀に。
蜘蛛の形や、鳥の形になり大輔の用事を済ませていることがあった。
どうやら、今回は憑いた物の形をそのまま拝借したらしい。
「お、お前なぁ・・・」
この非常時に、なんでこんな、オマケがついてくるのか。
緊張に強張った兎草の身体から、力が抜けた。
でも。
もし、大輔がこれを知っていて、なお持たせたのだとしたら。
もしくは。
これを持たせる事こそが、目的だったとしたなら。
それは、何を意味するんだろう。
苦々しい表情をしながらも、兎草はそこに思い至った。

馬濤は、さして驚いた様子も無く、それを静かに眺めている。

そんな二人を尻目に、唯一、喜びの声をあげたのは美希だ。
「うわぁ!かわいいッわんちゃん!!」
そりゃあ、可愛い子犬がいたら、喜ぶのが当然だろう。
たとえ、それが、ふわふわと浮いていようとも。
異様に丸っこくとも。
「おいで!わんちゃん、こっちにおいで」
下りておいでと、美希が腕を広げて呼ぶのに、
≪僕、わんちゃんじゃないよ〜?断駒っていうんだよー??≫
犬の姿の断駒が、困惑した声色になった。
「たちこまちゃんっていうのね!あのね、わたしはみきよ」
美希はそう言って、子供らしい笑顔を浮かべた。
それに興味をそそられたのか断駒は抵抗する事もなく、自分を呼ぶ小さな少女のもとへ向かった。

兎草は、成す術なく、それを見る。
表情は、険しい。
大輔の眷属であるこの光(正確には、達、は)時々。
兎草の持ち物にこっそり取り憑いては、外の世界に飛び出し、あれこれ拾って来るという悪癖を持ってしまっていた。
その度に、兎草が被害をこうむる訳なのだが、それが今思い起こされて。
なんとなく、気分が悪い。
しかし、多分、そんな事ではないと内なる声がしている。
あれこれと、気になる事ばかり、それは確かな事で。
この光が答えを知っているのだ。
兎草は、盛大に溜息を吐いて気分を変え、浮遊する断駒を見上げた。
ちゃんと話を訊き出さなくてはなるまい。
「断駒。お前、なんで根付に憑いてきたんだ?」
そう、この根付は、大輔が持たせた物。
何故、なのか。
そこから、問い質さなくては。
兎草は腕組みしながら、断駒に問うた。
すると、
≪今日は別に、悪戯で憑いてきたんジャないよ〜!≫
美希の傍をふわふわと漂いながら、断駒は元気よく、答える。
≪僕だけの特別任務なの〜〜♪≫
「何だよ、それ・・・?」
その言葉に、兎草は辺りを見回した。
確かに、良く視ても、紅い光の淵駒が居る気配がない。
単体の光が在るばかりだ。
≪家長に命じられたからに決まってるでしょ≫
あっさりとそう言って、断駒が宙にゆらめく。
どうやら、それは本当のことのようだ。
自分達の主である大輔の名を出す時、断駒たちは決してふざけたりはしない。
という事は、やはり。
これはきちんとした意味があって、持たされた物なのだ。
兎草は続けて、そこに宿る理由を問おうとして。
「──ところで。何で、その格好のままなんだよ?」
未だに元の姿にならず、犬のままでいる断駒に、その事を訊いた。
すると、
≪面白いから?≫
という言葉が返ってきて、また、脱力してしまう。
訊かなきゃよかった──兎草は、小さく首を振った。
そんな兎草に、断駒がきゃあきゃあと舞い踊る。
≪兎草クンたら、ほんとに鈍いんだよね。僕、ずっとあの中にはいってたのにさ。全然、気付かないんだもの〜〜♪≫
その通りで。
全く、露ほども、気付いてなかった兎草は憮然とした表情になった。
≪馬濤さんはちゃんと気付いてたのにね〜?≫
断駒のその言葉に、
「嘘つけ!」
怒鳴りながら目の前の馬濤を見ると、ニヤーと嫌な笑いをされ肩を竦められてしまった。
知ってましたよ、とそんな風に言われ、兎草はとうとうむっつりと口を引き結んだ。
これ以上、馬鹿にされるのはゴメンだとばかりに。
そんな兎草に笑いながら、馬濤が先を促す。
「まぁまぁ、兎草が鈍いのは今に始まったコトじゃねえだろ。家長が何だって?断駒」
≪はいは〜い。じゃあ、家長の言葉を伝えるよ?ええとね・・・≫


蒼い光を放つ犬が、兎草の知りたい事を語りだした。



2006年12月16日(土)   鬼の守人 ─嚆矢─  <十壱>

久々の更新は、やはり、鬼で。

日常で、嫌な事があっても。
こうして、楽しく、書くことが出来る。
それで、満足。
書いてる内に、現状の何かが、投影されて。
少し、話の形が変わった模様。

現時点で、書けてる話、予定数より増。
ワァ、案の定(゜∀゜)











































十壱、繋糸



十階分の階段を少女を抱きかかえて屋上まで上がった兎草は、救いの扉の前に立った。
美希をその扉の前に下ろすと、ぜぃぜぃと荒い息を繰り返しながら、それでも馬濤に鍵を壊すように頼む。
事情を話せば修理代金は請求されないだろうから、勢いよく壊してもらう事にした。
今は、ここに入ることが最優先事項なのだ。

施錠されていた鍵は、馬濤の大きな手が一撫でした途端、歪な音を立てて壊れた。
それに頷いて、兎草はすぐさま、美希を連れて中に入った。
心理的に自分たちを守れる様に、そして物理的な妖しへの壁が欲しかったのだ。

見えないモノは、視覚的、物理的にも存在しない。
が。
それが視える者達にとっては、そこに確実に、存在しているのモノになる。

兎草には馬濤は視えるし、触れる。
無いモノではない。
まるで、熱さえも伝えるくらいの存在感を示すモノとして感じている。
それと同じ事が、あの妖しにもいえるのだ。
だから、存在するモノから身を隠すには、ここに隠れる事は有効だった。
いずれ、見つかり、攻撃を受ける事になっても。



真四角の空間。三つの道。
建物の内部へ続く階段、屋上への扉、そして先程入ってきた、非常階段からの扉。
選ぶのは一つの道だけだが、今は。
少し広くなった踊り場でもある部分に立って、兎草は何度か深呼吸を繰り返した。
「み、美希ちゃん。大丈夫かい?」
幾分、落ち着いた声が出せるようになったところで、兎草は傍らにしゃがみこんだ少女に視線を落とした。
自分も美希と同じ様にしゃがみこみ、壁に背を預ける。
「大丈夫か?なのは、お前のほうじゃねえのか、兎草」
二人の前に立ち、ニヤリと笑う鬼喰いに、兎草はうるさいと鼻を鳴らした。
それに、にっこりと笑った美希が、
「だいじょうぶ。おにいちゃんがまもってくれたもの」
兎草を真似るように壁に背を預けてから、大きく息を吐いた。
そして、おもむろに話し始める。
「あのとりと、わたしたちのあいだにね、いとがつながっちゃったの。だから、にげられないのよ」
「糸?」
兎草は傍らの幼い見鬼に、聞き返した。
兎草も視える者だったが、美希には、もっと別の視えるモノがあるようだった。
「うん。ほそい、ほそい、いと。それがあるから、にげられないの。すぐにきれちゃうのとか、すっごくつよいのとか、ほんとにいろいろあるんだけど・・・あのとりとのは、きれないみたい」
そう続けて、困った様に顔を顰めて美希は兎草を見上げた。
「糸か。美希ちゃんは俺が視えないものも視えてるんだね」
美希はそれに、少し大人びた笑みを浮かべ、言葉を継いだ。
「それでね。ほかのひとやものとつながることって、どういうことって、ママにきいてみたの。わたしとほかのひととか、ものとのあいだにね、いとがあるのって。そしたら、そういうのって”かんけい”っていうんですって」
「俺と、美希ちゃんの間にも?」
「そうよ。そのくろいばとーとも」
小さい指が、馬濤を指した。

他人との接触。
交流。
そこから築かれる、関係性。

それが糸という形をかりて繋がっているのが、美希には視えるようだ。
切れやすく脆い、けれど、強く繋がることも出来る、人と人の結びつき。
そして、本来は有り得ない、形無き者や妖しの者達との結びつきも。
美希のその視界では形あるモノとして、映っているらしい。
「それからね、ママはうんめいのいとかもしれないね、っていってもいたんだけど」
「運命の糸・・・」
「ぜんぶとつながってるのよって。あのとりとだってつながってるのよ、っていったら、だまっちゃった」
「そりゃあ、黙るだろうよ。チビ」
馬濤もしゃがみこんで、目線を合わせた美希に、なんとも複雑そうな顔を向けた。
あんな恐ろしいことをするモノと、自分の愛する娘が、運命の糸で繋がっているなんて。
親なら考えたくも無いだろう。
すると、
「チビじゃないってば、もう!」
今までに何度か繰り返された会話がまた、兎草の前で始まった。

運命の糸。

それは、相手との特別な結びつきを表す言葉だ。
好意を抱く相手と、その運命の糸が繋がっている事を思って、一喜一憂する人もいる。
多分、美希の母親は、娘の言葉にそのイメージを抱いていたのだろうが。
どうやら、あらゆる運命の糸があるようだ。
それこそ、無数に。
「そっか。でもさ、美希ちゃんのママが言ったような、そういう特別な運命の糸もあるのかもしれないよ」
兎草は、そう言って美希の頭を撫でた。
「あの鳥とは、絶対に違うけどね」
美希はそれに、きょとんとしてから、にっこりと笑った。


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武藤なむ