ドビュッシーで朝

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2015年04月19日(日) 出産体験

出産予定日を過ぎて1日、これが陣痛か?と思ってから約24時間後に出産した。
陣痛だと思っているうちは陣痛ではない、それは前駆陣痛で、
陣痛だと思ったら陣痛カウンタみたいなアプリは使えないし、
ツイッターでつぶやいている場合ではないとどこにでも書いてあるので、
心得てはいたのだが、ラジオを聞きながらつぶやいているうちに夜が明けてきた。
夜は早く布団に入っていて、寝て辛いのが過ぎ去ればと思っていた。
とはいえ、辛くならないといつまで経っても産まれないから、
どっちかっていうと辛くて眠れないほうを期待していたのかも。
ここまでで10時間経過。

明け方、10分間隔を切る痛さがあって、9時に夫が出社し、
家でも実家でも分娩台にあがるまでの待機ができないと思い、朝8時、まず病院へ連絡。
状況を説明すると、朝ごはんを食べてシャワーを浴びてゆっくりいらしてください、
とのこと。当然の余裕の対応、すぐ産まれないからねと言われているようだった。
まあもちろんそうだろうなとも思っていたので、素直に従った。
シャワーは浴びておいて正解!そのあと丸2日シャワーは浴びられなかったから。
そのあと、陣痛タクシーを呼んで病院へ。夫に荷物を運んでもらった。

用意しておけばよかったんだけどウイダーインゼリーとかあれば、
飲めそうと思ったので、夫にコンビニで買ってきてもらった。2こ。
あとで戻したけど合間に飲んだウイダーインゼリーは美味しかったので
これはたぶん必要だったんだと思う。

陣痛が10分間隔というのは途切れ途切れで測っていた陣痛カウントアプリでの測定。
アプリを開くまでに時間がかかるし、止めるの忘れるし、訂正もできない。
たいして役に立たないなと思った。
アイコンを見ると、あの時の痛みとイライラを思い出すからアイコンは早く消したい。

病院へ到着、診てもらう。
陣痛の間隔は10分を切っていて8分だったが、子宮口が2cmしか開いていない。
これは5日前と変わりないってこと。10cmまで開いて全開になるまでは分娩台に行けない。
一度家に帰るか、入院するか、と選べるとのことだったので、病院の分娩待機室に入院した。

ここから陣痛の1日が始まった。
入院した時点で、私は時間とともに陣痛は勝手に辛くなって、赤ちゃんが出てくると思っていた。
そのため、私は陣痛が痛くない体勢を探って受け流すようにしていた。ただそのときが来るのを待っていた。
でもたぶんそれが間違いだった。
苦しい→受け流す だけで2時間、また2時間とどんどん過ぎていった。
備え付けのテレビなんて一瞬も付けられない。
もうiPhoneがブブッてなると鬱陶しい。見れないし、返したくもない。苦しい。
昼過ぎ、母が来てくれたけど、何も話せない。
質問も痛みの波が来ているときにされると何も答えられないし、冷たくしてしまう。
フーフー言っていて喉ばかり渇く。水はおいしい。

水は500のペットボトル1本に、母が持ってきてくれた500×2、
それでも足らなかった。よく考えたら会社で1日2L飲むこともあるし、
1日想定なら2Lは絶対必要だった。小分けで。
大きいボトルから移し変える余裕はなし。

昼ごはんを食べたが戻し、
おやつは何だか見ることもできず、
夕ごはんはもらわなかった。

夕ごはんのころ、お医者さんが交代した。
お医者さんは朝、昼、夕と気づけば3人めだった。
お医者さんに、体勢を変えてみては?緊張してると出てこないよと言われて、
受け流す 寝る体勢→あぐらでベッドに座ってみた。
陣痛の波が来た時だけ後ろにおいたクッションの上に手をついて
腰を浮かせば楽だと気づいた。
私は胴が長くて腕が短いので、何かしらクッションがいつも必要、とこの時思い出した。

昼前に陣痛の時使うゆらゆらする椅子みたいなのを借りて座ってた時があったんだけど、辛くてすぐにやめた。
あの辛さを続ければ近道だったのかなとあとで思った。
昼前は辛くている必要を感じなかった。

夕方、母に部屋を出てもらったのもよかった。どうしようもない顔やポーズを取りやすくなった。
母は陣痛にとき1人だった体験があってそれが嫌だったから娘のときはついていようと思ってくれていたみたいだ。
私は心配されるより、労わられるより、こうしろああしろと言われてちゃきちゃきすすめたかった。そこが違った気がした。
朝、昼と助産師さんにいろいろと教えてもらっていても、
痛みを感じ続けて時間を経て気持ちも変わっていかないと、
理解できないものだったなあ。


ベッドにあぐらの体勢になった夕方、
基本的には楽なポーズだが、痛みの波が来た時に思わずウエッと声が出てしまう状態。
ウエッと言いながらも、
おりてこーいあかちゃーん、産道を!
というイメージを持って痛みを感じた。痛みを産道か子宮口かどこかそこらへんに集中させるイメージ。
イメージは大事だなと気づいた。

背筋を伸ばすときに空から糸で引っ張られている感じで、という表現があったと思うが、
痛みを感じているときにぐーっと上を見て、痛みを下に集中させる感じ。
入院して12時間、陣痛を力にして赤ちゃんを産道にすすめるコツを掴んだようだった。

そのとき陣痛がすごい楽になっていて、楽になりましたーとスタスタ診察台に歩いていき、診てもらった。20時。全開だ。
なんと!今思えば、コツを掴むのに朝から晩までかかった。

楽になったと言ったものだから、陣痛が長すぎて微弱陣痛になってしまったんじゃないか、とお医者さんが言っていた。違ってよかった。

その後分娩台へ。
点滴とかを付けてもらい、今度はイキムの説明を受ける。
陣痛の波がきたら、イキムのであるが、説明を聞いてもいまいち分からない。もう痛くて痛くて。
出産直前の新たな技術、イキム、これは1時間くらいかかったが、ここまでの理解にかかった時間からすると、だいぶ短い。
説明が分かりやすかったのだ。赤ちゃんが出ようとしている時に、出る手伝いをすること、なのだ。
その時のお医者さんの説明がわかりやすかったのもあると思うが、そういう単純なことじゃなくて、
たぶん朝も昼も誰かの説明は的確ではあったんだろう。だけど、
朝、昼、を超えて、やっと理解できる状態に私がなったんだと思う。1日かける必要があったのだ。
出産の一連の流れが全体的にそうだと今頃わかった、と思ったら、
イキみ過ぎていた。

出ろー!出ろー!出ろー!文字にできない呻り声をあげて喉がカラカラ!
声を出すと喉が枯れるから声を出さないーって言われても出てる。
体が言うことを聞かないってやつだ!言われて分かっても、できない!

気がついたら、もういいよ、もういいよ、ストップと何回も言われていた。
え?!もういいの?!解放?!と思って止まったところ、
チョキンチョキンと切る音、本当だ、切るのは全然痛く感じない。
そう思ったら次の瞬間には右のほうに赤ちゃんが見えた。
間もなく赤ちゃんは泣き声をあげ、生まれたんだーと実感した。
出産の予想で、気持ち悪くて吐く、は当たったが、
赤ちゃんの泣き声を聞いたら感動して泣く、は当たらなかった。
感動というより、終わったーーというのと、
赤ちゃんに問題ないと分かって感じた安心感がそこにはあった。
あと、口の中でじゃりっと音がしてたぶん歯が削れたんだなと思った。


2015年04月10日(金) 新老人の思想

諦めるとは 明らかに究める
どうしようのない現実を、正面から目をそらさずに見よう、という立場だ。

五木寛之

それはあきらめないってことでいいですか


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