読書の日記 --- READING DIARY
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 シャナラの剣(上・下)/テリー・ブルックス

『シャナラの剣(上)』/テリー・ブルックス (著), 清水 ふみ, 森野 そら
単行本: 383 p ; サイズ(cm): 22
出版社: 扶桑社 ; ISBN: 4594048153 ; 上 巻 (2004/11)
出版社からのコメント
全米1000万部突破、『指輪物語』を継ぐ最大最高のファンタジー、ついに登場!世界的ベストセラーでありながら、日本の読者には幻の名作だった、あの『シャナラの剣』!

静かな村に住む青年シェイのもとに、魔術に長けたドルイドが現われ、驚くべき事実を告げる――はるか昔に倒された《闇の王》が復活し、いままた世界に危機が迫っている。この強大な敵を滅ぼせるのは、古代のシャナラの剣だけだが、これはエルフ王家の血を引く者にしか使えない。そしてシェイこそ、残された唯一の末裔だというのだ。こうして、世界の命運をかけた、壮大な冒険の旅がはじまる─。

『シャナラの剣(下)』/テリー・ブルックス (著), 清水 ふみ, 森野 そら
単行本: 385 p ; サイズ(cm): 22
出版社: 扶桑社 ; ISBN: 4594048161 ; 下 巻 (2004/11)
カバーより
自分の運命に圧倒されながら、シェイは命がけの旅に出発した。彼を守るのは、義兄のフリックと、ふたりの親友で冒険心あふれるメニオンだ。行く手に待つさまざまな苦難を、知恵を勇気で乗り越え、ついにシャナラの剣をもとめて危険な旅をする仲間が集う─。人望の厚い王子バリノア、エルフの兄弟デューリンとデイル、ドワーフの古参兵ヘンデル、そしてドルイドのアラノン。だが、事態は予想もしない展開を見せる。闇の力に、世界は屈服してしまうのか!?善と悪の壮大な大戦争を背景に展開する、興奮と感動の一大ファンタジー!


2005年09月30日(金)
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 ザ・ダークホース/マーカス・セジウィック

『ザ・ダークホース』/マーカス・セジウィック (著), Marcus Sedgwick (原著), 唐沢 則幸 (翻訳)
単行本: 263 p ; サイズ(cm): 19 x 13
出版社: 理論社 ; ISBN: 4652077300 ; (2003/07)
内容(「MARC」データベースより)
若きリーダーひきいる部族に襲いかかる殺しの集団「漆黒の馬」とは何か? 部族の一員となった「オオカミの娘」の秘密とは? 古き北欧の部族抗争をリアルにドラマ化する。


2005年09月29日(木)
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 Witch Hill ─ 魔女が丘/マーカス・セジウィック

『Witch Hill―魔女が丘』/マーカス・セジウィック (著), Marcus Sedgwick (原著), 唐沢 則幸 (翻訳)
単行本: 253 p ; サイズ(cm): 19 x 13
出版社: 理論社 ; ISBN: 465207722X ; (2002/12)
内容(「MARC」データベースより)
火事で家を追われた少年は、クラウンヒルの村で炎と老婆の悪夢におびえる。村に埋もれた遺跡、突然死に隠された秘密。ヴァルプルギスの夜、すべての謎がひとつになり、伝説はよみがえる…。息づまるサスペンスホラー。


今日1冊読み終えたマーカス・セジウィック、どこかで聞き覚えがあると思って気になっていたのだが、去年1冊読んでいたのを思い出した。

「クリスマスの翌日から大晦日までの6日間を「Dead Days」と言うのだそうだ。というわけで、この期間に合わせて読もうと思って、ずっと楽しみにしていたのだが、いざ読んでみたら、全然面白くなかった」という 感想『The Book of Dead Days』 である。あ、この作家だったのか〜!と、がっくりきてしまった。「馬鹿にしてる!ああ、がっかりだ!つづきなんか絶対読まない!」とひどいものだ。これをすっかり忘れていたのだから、なおさらひどい。

全然面白くないどころか、例え大嫌いだと思っても、それを覚えている作品は、それなりに成功しているとも言えるが(好き嫌いなどは人それぞれだし)、全く記憶に残らないものというのは、それこそ箸にも棒にも引っかからないというやつなんだろう。

翻訳は唐沢則幸氏で、割と好きな翻訳家なのだが、それでも面白くないのは作家のせいだろう。子供向けの文体だから良くないのかと思って、違う文体で考えてみたけれど、やっぱり面白くない。

問題は、セジウィックが次々に全く違う作品を書くことで、1冊読んで懲りたにも関わらず、「今度のは面白いのかもしれない」などと期待してしまうことだ。シャロン・クリーチとか、アニタ・シュリーヴみたいなものかも。実際、今日読んだものは魔女ものだが、もう1冊借りたものは、狼に育てられたネズミという、まるで世界が違うものなのだから、もしかしたらと思ってしまうのは無理もない。

2005年09月28日(水)
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 ツバメ号とアマゾン号/アーサー・ランサム

『ツバメ号とアマゾン号 アーサー・ランサム全集 (1)』/アーサー・ランサム (著), 岩田 欣三 (翻訳), 神宮 輝夫 (翻訳)
単行本: 487 p ; サイズ(cm): 23
出版社: 岩波書店 ; ISBN: 400115031X ; (1967/06)
出版社/著者からの内容紹介
ジョンたち4人きょうだいは、夏休みに帆船ツバメ号で湖の無人島探険に出かけた。島での作戦会議中に、突然ぴゅっと飛んできた緑の羽の矢。海賊船アマゾン号の挑戦だ。

※画像は原書 『Swallows and Amazons』/Arthur Ransome (著)


アーサー・ランサムの『ツバメ号とアマゾン号』、お子様向けの訳なので、あまり期待はしておらず、しかも結構分厚い本だったので、今日の返却までに読み終えるかな?という感じだったのだが、意外にもあっという間に読めてしまった。

ここに登場する子どもたちの年頃に、この本を読んでいたなら、きっとすばらしく素敵だと思っただろう。親から離れて子どもだけで帆船を操縦するとか、キャンプをするとか、海賊ごっこをするとか・・・といっても、実は親の目の届く範囲でのことで、そうたいしたことはしてはいないのだが、それでもその年齢の子どもたちにとっては、大冒険だろう。大人でさえ、結構わくわくする。

また、ここに出てくる大人は、子どもたちの「ごっこ遊び」を馬鹿にしたり、けなしたりせず、本気でつきあってくれるというのもいい。それに、父親の言うことには絶対逆らわない、お兄さんやお姉さんには従うといった、今ではあまり見られない「家庭の躾」も、ほほえましい。私は、実際家族はこうあるべきではないかと思っている。こういうことがなくなってしまったから、子どもが荒れているのだと。

だからこの本は子供向けと思い込まず、今の大人も読んだほうがいい。すでに「古き良き」といった趣になっているが、古くても良いことは思い出すべきだ。いかにも子供向けの訳なので、ちょっと残念ではあるが、これは全12巻の 「アーサー・ランサム全集」 になっているので、全集で持っていても損はないものだろう。しかし出版元が岩波書店なので、書体が今の子どもには読みにくいかも。復刻版なのかもしれないが、せっかくの良書の全集なのだから、多くのの子どもたちに読んでもらえるよう、新しく作り変えてもいいのでは?と思う。

2005年09月27日(火)
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 ローワンと白い魔物 リンの谷のローワン(5)/エミリー・ロッダ

『ローワンと白い魔物 リンの谷のローワン(5)』/エミリー・ロッダ (著), Emily Rodda (原著), さくま ゆみこ (翻訳)
単行本: 350 p ; サイズ(cm): 21
出版社: あすなろ書房 ; ISBN: 4751521152 ; (2003/07)
内容(「MARC」データベースより)
リンの谷をおそった異常気象。谷は雪にうずもれ、食料は底をついた。そして不気味な霧とともに魔の山からやってきたものは…!? スリルあふれる冒険ファンタジー第5弾。


読破と書くほどのものでもないが、エミリー・ロッダの<ローワン・シリーズ>を全部読み終えた。アーサー・ランサムの『ツバメ号とアマゾン号』の返却も迫っているので、そちらを先に読まないといけないと思いつつ、どうしても面白いほうに行ってしまう。ランサムも面白いんだと思うが、同じ時期に二つ並んでいたら、そりゃもう<ローワン>です。

<ローワン>はたしかに子供向けであり、小難しい本が好きな人は、きっと馬鹿にしているだろうが、エミリー・ロッダはとても上手い作家だと思う。あまり無駄なことは書いていないし、ストーリー展開もスピーディで良い。

<ローワン>のシリーズは一話完結だが、やはり繋がりはあるので、できれば最初から読んだほうがいい。どの話にも謎解きが出てくるので、どういう意味なんだろう?と考えをめぐらせ、あれこれ想像するのも楽しい。その謎を、ローワンがどうやって解決していくのか。それがわくわくするのだ。寓意がないとは言えないが、押し付けがましくないところがいい。

ファンタジーの良いところは、何も不思議な世界とか出来事とか、そういう作り話の部分ばかりではない。主人公たち(あるいはヒーローたち)が、困難を乗り越えていくために戦わなければならないのは、竜や怪物ばかりではないのだ。ほとんどは、人間(または人間に似たもの)相手の事柄なのだ。そしてその中から、勇気や優しさや、善悪の観念を学んでいく。

実際の人間社会には存在しないかもしれない理想の観念が、ファンタジーの中にはある。ファンタジーはただの作り話と思っている人も多いだろうが、逆の意味で確かにそうだ。実際の世の中のほうが、きれいな仮面をかぶった邪悪な怪物が多いのだから。

<ローワン>は、けして強いヒーローではない。しかし、難問を解決して村人たち、ひいては世界を救っていく人物が、どこにでもいそうな弱虫の男の子だというのが、非常に親しみがあっていいのだろうと思う。

ちなみにエミリー・ロッダは、ジェニファー・ロウという名前で、大人向けのミステリも書いている。⇒『不吉な休暇』/ジェニファー・ロウ (著), 喜多 元子 (翻訳)

2005年09月26日(月)
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 ローワンとゼバックの黒い影 リンの谷のローワン(4)/エミリー・ロッダ

『ローワンとゼバックの黒い影 リンの谷のローワン(4)』/エミリー・ロッダ, さくま ゆみこ, 佐竹 美保
単行本: 262 p ; サイズ(cm): 21
出版社: あすなろ書房 ; ISBN: 4751521144 ; (2002/12)
内容(「MARC」データベースより)
怪鳥にさらわれた妹アナドを助けるために、ローワンは宿敵ゼバックの地へ。予測のつかない道のりの果てには、思いもかけない物語が…。300年ものあいだ封印されていたリンの歴史の謎が、いま明かされる! シリーズ第4弾。


2005年09月25日(日)
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 ローワンと伝説の水晶 リンの谷のローワン(3)/エミリー・ロッダ

『ローワンと伝説の水晶 リンの谷のローワン(3)』/エミリー・ロッダ (著), Emily Rodda (原著), さくま ゆみこ (翻訳), 佐竹 美保
単行本: 247 p ; サイズ(cm): 21 x 15
出版社: あすなろ書房 ; ISBN: 4751521136 ; (2002/01)
内容(「MARC」データベースより)
水晶の守り手を選ぶため、ローワンたちは海の民マリスの村へ。だが待ちうけていたのは…。意外な結末に向けて物語は一気に進んでいくスリリングなミステリー・ファンタジー。


2005年09月23日(金)
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 ローワンと黄金の谷の謎 リンの谷のローワン(2)/エミリー・ロッダ

『ローワンと黄金の谷の謎 リンの谷のローワン(2)』/エミリー・ロッダ (著), Emily Rodda (原著), さくま ゆみこ (翻訳), 佐竹 美保
単行本: 227 p ; サイズ(cm): 21 x 15
出版社: あすなろ書房 ; ISBN: 4751521128 ; (2001/07)
内容(「BOOK」データベースより)
伝説の"黄金の谷"は、本当に存在したのか?リンの村を襲う敵の正体をあばくため、そして、二つの民の友情を守るため、ローワンは、地獄へと足を踏みいれる!「ローワン」シリーズ、待望の第2巻。


2005年09月22日(木)
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 白い果実/ジェフリー・フォード

『白い果実』/ジェフリー・フォード (著), Jeffrey Ford (原著), 山尾 悠子 (翻訳), 谷垣 暁美 (翻訳), 金原 瑞人 (翻訳)
単行本: 349 p ; サイズ(cm): 19 x 13
出版社: 国書刊行会 ; ISBN: 4336046379 ; (2004/08)


ジェフリー・フォードの『白い果実』は、冒頭が気にいればじっくり読もうと思ったが、私の好みではなかったので、ざっと一気読み。その前が、ひらがなばかりのお子様向けだったので、意識的に漢字を多用している本書は、妙に読みづらかった。山尾悠子氏がリライトしているとはいえ、かすかに見え隠れする金原瑞人氏のアレルギーもあるかもしれない。あとがきを読んだ途端に興味を失った。

2005年09月21日(水)
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 グリーン・ノウの子どもたち/L.M.ボストン

『グリーン・ノウの子どもたち 児童図書館・文学の部屋 グリーン・ノウ物語(1)』/L.M.ボストン (著), 亀井 俊介 (翻訳)
単行本: 254 p ; サイズ(cm): 21
出版社: 評論社 ; ISBN: 4566010007 ; (1972/01)

※画像は原書 『The Children of Green Knowe (Green Knowe 1) 』/L. M. Boston

訳者あとがきより
『グリーン・ノウの子どもたち』は、7歳の少年トーリーが、たった一人で汽車に乗り、イギリスの田舎にあるグリーン・ノウという屋敷を訪ねるところから始まります。少年の両親は遠いビルマに住んでおり、おまけにお母さんは二度目のお母さんで、どうしてもなじめず、少年は、学校の校長先生の家で、さみしい毎日を過ごしていました。ところが、今度の冬休みを、死んだ本当のお母さんのおばあさん、つまり大おばあさんのもとで、過ごすことになったのです。孤独な少年の不安と期待は、この新しい場所で、どのような運命にあい、どのような喜びをつかみ、またどのような悲しみを味わうことになったでしょうか。それを物語ったのが、この小説です。

まず少年の心を打ったのは、グリーン・ノウの家の、暖かく、落ち着いた雰囲気です。古いお城のように、がんじょうな石ででき、しかも大きな暖炉や、明るい窓があり、不思議な飾りもたくさん置かれていて、少年はどこか夢の世界に入り込んだような気がします。

それから大おばあさんのオールドノウ夫人。顔はしわくちゃで、全身が縮んで、トーリーより小さくなってしまったこのおばあさんは、「こわいくらい年をとっている」はずなのに、優しく、元気で、いたずらっぽく、たちまち、トーリーの「遊び友達の男の子」のようになってしまいます。本当は、この大おばあさんもまた、子どものときに両親と別れてしまい、寂しく育ったのです。ですからこぞ、トーリーの気持ちを、黙ったままでも、すぐにわかってくれるのです。

この、心なごむ家と、心親しむおばあさんとを得て、少年は、自分がグリーン・ノウの子どもであることを感じ、生きていることの楽しさを味わいはじめます。しかし、物語は、じつはここからが本筋なのです。グリーン・ノウの子どもになったトーリーは、この家に300年も前に生きていた子どもたちと、しだいに友だちになっていくのです。そんなばかなことはあるものか─と、この本を読んでいない人は思うかもしれません。しかし、美しく純な心は、時間の隔たりを越えても、互いに親しもうとし、ついには一つになってしまうものだということを、この本は生き生きと、またごく自然に、語ってくれるのです。


『グリーン・ノウの子どもたち』は、1954年に出版されました。作者のルーシー・M・ボストン夫人は1892年の生まれですから、このとき、もう62歳のおばあさんだったはずです。しかし、子どもの喜びと悲しみがこんなによく描けるからには、よほど若々しく元気な心の持ち主にちがいありません。物語の舞台になるグリーン・ノウの屋敷は、ロンドンの北のほうのハンティングドンシャーというところにある、マナーハウスという名の家をモデルとしています。それは1120年に建てられた、イギリスで一番古い住居の一つで、ボストン夫人は、実際にここに長年住み、家を守ってきました。私たちは、作者のボストン夫人に、グリーン・ノウの女主人、オールドノウ夫人のような人を想像してもよいでしょう。


読み終えた『グリーン・ノウの子どもたち』は、やっぱりお子様向け。<ローワン>もお子様向けだが、これはさらに年齢が下がるという感じ。小学生の頃に読んでいたら、きっとこの世界がうらやましくなっただろうなと思う。でも、そうすると「マナー・ハウス」とかのことは知らなかったわけだし・・・。ともあれ、いかにもイギリス的なお話だった。しかし、ここってホーンテッド・マンションか?と思うような話でもある。これにも続編があるが、たぶん読まないだろう。

2005年09月20日(火)
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 大地の王の再来(下)ルーンロード機織妊ぅ凜ッド・ファーランド

『大地の王の再来(下)ルーンロード機/デイヴィッド・ファーランド (著), 笠井 道子 (翻訳)
単行本: 395 p ; サイズ(cm): 22
出版社: 角川書店 ; ISBN: 4829175826 ; 1〔下〕 巻 (2005/03/29)
出版社 / 著者からの内容紹介
〈大地の王〉に選ばれた王子が世界を救う……!!
伝説の〈大地の王〉となったグボーン王子は、大王アーテンの魔の手よりからくも脱出した。しかし大王の軍勢は、父オーデン王の持つロングモット要塞に迫っていた……! ハリウッドにて映画化も進行中。

カバーより
人類共通の敵である<地底の怪物>(リーヴァー)が地上の各地でその姿をあらわしはじめた。大王アーテンは<地底の怪物>と戦うため、すべての人類を自らの傘下におさめ、<統合者>となる野望に燃えていたのだ。一方、4万本の<変成棒>(フォーシブル)を手にいえたオーデン王は大王アーテンと台頭に戦うために自らの生命を縮める<蛇の環>(サーペント・リング)を造る決断をする─。

迎撃の準備を進めるロングモット要塞に大王軍が迫る!!果たしてこの戦いの結末は!?グボーンは父王と大王アーテンの一騎打ちに駆けつけることができるのか!?来る暗黒の時代に人類の種を守るため、今、新たな<大地の王>が誕生する!!

超人となった戦士たちが繰り広げる白熱のバトル。さらに主人公とほんの少しふれあっただけの人物にいたるまで一人ひとりにちりばめられたエピソードが、まるでタペストリーのように織りあがって装だなストーリーを描き出す・・・。戦いの果てにグボーンが選ぶのは─!?


上下巻の常で、話が乗ってくる下巻は一気に進む。それにしても笑える内容だった。大王アーテンはまるで怪物になってるし、美男子が怪物になっていくのは、やはり滑稽としか思えない。だからアクション映画に美男子は似合わないのだ。窮地に陥ったときに、変な顔になるのが滑稽で気がそがれる。

だいたい、<魅力>や<筋力>などと共に、<品格>の「賦与」も大量にされているわけだから、理屈で考えれば、人間を超えた欲望も何もない神のような存在になってもいいはずだが、理屈は作者の都合のいいように作り変えられている。

笑えるくらいだから、面白いと言えば面白いのだが、バカバカしくて笑えるといった類だ。人智を超えた力を持つアーテン大王が、最終的に敵の砦を滅ぼしたのは、なんと何千人もの賦与を受けた<声>によるものだった、つまり叫び声で砦が崩れたということ。だったら、余計な戦いなどいらないだろうに。まったくバカバカしい。

結末もはっきりしたものではなく、これからまだまだ続きますよと、明らかに続編を意識するもので、ここまで読んできてこんな結末?という判然としない思いが残るだけ。

続編を読むかどうかは微妙(日本ではまだ出ていないが)。ぐだぐだ書いてある退屈な説明は、この本の上巻でだいたい終わっていると思うので、あとはテンポ良く進むのだろうという期待はある。しかし「大地の王の再来」というタイトルだが、「再来」したところで終わっているので、実際に大地の王(グボーン)が活躍するのはこれからなのだ。グボーンは、大王アーテンとまだ戦ってもいない。


2005年09月19日(月)
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 大地の王の再来(上)ルーンロード機織妊ぅ凜ッド・ファーランド

『大地の王の再来(上)ルーンロード機/デイヴィッド・ファーランド (著), 笠井 道子 (翻訳)
単行本: 427 p ; サイズ(cm): 22
出版社: 角川書店 ; ISBN: 4829175818 ; 1〔上〕 巻 (2005/03/29)
出版社 / 著者からの内容紹介
驚愕のスケールで描く英雄ファンタジー戦記、ついに開幕!全米で600万部の人気ファンタジー小説をついに日本語化。全世界の征服を目指す無敵の超人、世紀末覇王に、若き〈大地の王〉が立ち向かう! しかしその戦いの背後で人類の真の敵が目覚めようとしていた……。

カバーより
<魅力>が失われていく!!
<変成棒>(フォーシブル)から言葉にならない痛みが走った。目を開くと、両手の皮膚が地獄の業火に焼かれたみたいに乾き、ひびわれるのが見えた。手首の欠陥が木の根のように浮き上がり、爪は白墨のようにもろくなった。「これはうそよ。わたしがこんなに醜いはずがない」。<変成棒>は<筋力>や<持久力>といった能力を人から人へ賦与することができる。5人から<筋力>を賦与された者は、巨岩をも持ち上げ、10人の<持久力>をもつものはどんな傷にも耐えられた。さらに国を守るという誓約を認められ、そのために必要な賦与を受けたものは、ルーン卿(ロード)と呼ばれた─。

南方の諸国を次々と制圧し、民衆から数万の賦与を吸い上げた、希代の超人・大王アーテンが、ついに北方の国々にその牙を向けた!数十の賦与を受けた<無敵戦士>や、炎をあやつる炎紡ぎ(フレイムウィーバー)、氷原巨人(フロウス・ジャイアント)などの異種族を率いた大王軍に、北の国々は対抗することができるのか!?


冒頭数行で、もうこれはダメと思った。エミリー・ロッダの<ローワン>シリーズよりも対象年齢が高いのはわかるが、それにしても、ぐだぐだと余計な文章が続く。ファンタジー、特に異世界ものは冒頭で入り込めないと、だいたいダメだ。どうでもいいような説明書きで始まるような話は、そこで読みたくなくなる。それでも、まだこれから面白くなるかも・・・とわずかな期待を抱いて読み続けてはいるのだが、だるいなあ、これ。不必要にルビも多いし。

衣服とか生活様式が、ほとんど中世ヨーロッパの感じなのに、いきなり「賦予」とかが出てくる。これはゲームの世界の言葉らしい。他人の能力をもらって強くなるということだ。筋力や持久力、視力、聴力、魅力、叡智などなど、とにかく人の能力を取り込むわけだが、それを差し出した方は、その分その部分が弱まる。筋力なら歩けなくなり、寝たきりになる場合もあるし、視力なら目が見えなくなるといった具合だ。そして「賦与」を受けられるのは、当然ながら力のあるものか、お金持ちに限られる。

話の登場人物は、だいたいが王家に関わりがあるような高貴な人たちばかりだから、ほとんどが自分以外の力を持っていて、誰それは<筋力>を5人分持っているとかという話になる。敵にやられれば、また貧しい者などから「賦予」させるのだ。中には100人分もの「賦与」を受けている者もいる。

この話の問題点は、ここなのだ。普通、人間は一度しか死なない。一度死ねば終わりだ。だから、自分の命も相手の命も大事にしようという気持ちも生まれるわけだが、この話では、力やお金があれば、また生き返ることができる。すでに死んでしまったものは生き返らないが、瀕死の状態なら、「賦与」によって助かることになっている。

これがいかにもゲーム的な感覚で、好きになれない。ゲームでエネルギーを摂取して強くなるのと、基本的には同じだ。この設定が、話に入り込めない大きな要因だと思う。

<魅力>もわけがわからない。3人分の<魅力>を持っていれば、それだけ美しく魅力的になるわけだが、生まれつきはどうだったのか?もちろん、この疑問は登場人物たちも当然持っているわけで、「あの美貌は何人分だな」などと値踏みをして、引き算しながら相手に近づく。

また「賦与」させた相手が死ぬと、その力は消え去り、新しい「賦与」を受けるわけだが、外見的なものも内面的なものもあるから、そういうことが頻繁に行われると、その人物の実体は、何が何だかまるでわからないということになるだろう。

あるいは、力の補給ができなければ、元の自分に戻るわけだから、その人間の社会的評価も価値も下がってしまうというわけだ。もともと自分の力ではないのだから、自業自得とも言えるが。

というわけで、この「賦与」を、当然悪事に使うものもいるわけで、そこで善と悪との戦いということになるのだが、どっちもどっちだよねという感じで、どうでもよくなっている。こうなると、もうファンタジーの域を外れ、完璧にゲーム世代の話だなという感じ。

しかし、無理やり読み進むうちに、この奇天烈さがどこまで行くのか確かめたくなった。主人公の王子グボーン(またどうしてこんな名前なんだろう?)の敵となる、というか全世界の敵、大王アーテンの描写なんて、そのつもりで読むと結構笑える。

やはり昨日も書いたが、「賦与」という、さまざまな能力を他人からもらう技で、大王アーテンは何千人分もの体力、筋力、持久力、声、そして魅力の数々を身につけている。そのため、その姿を見ただけで、あるいは、声を聞いただけで、敵にも関わらずとりこになってしまうといった具合。もはや戦う必要はないというわけだ。ここまでくると、もう馬鹿らしくて笑える。

それほどまでに強力な力を持つ大王に、グボーン王子(どうもカッコ悪い!)は、どうやって立ち向かうのか?魅力も倍増していれば、逆に好色さも倍増しているというアーテン大王に捕らえられた、王女の運命やいかに・・・で、どうなるのよ?と思っていると、いきなり違う場面になってしまって、続きは乞ご期待!というわけだ。

はっきり言って、読み進めるのもバカバカしいのだが、こうなったら、どこまでバカバカしいのか、見極めてやろうという気になる。読了したときに、満足感どころか、あーあ、こんなもの読んじゃったよ!という気持ちになることは必至だとは思うが。

そのアーテン大王、とにかく数百人分の<魅力>を持っているということで、絶世のハンサムらしい。イラストで見ると、アーテンでもグボーン(書くたびに気持ちが沈む)でも、似たようなアゴの尖った細面の顔で、この人に話しかけられても、私は全然平気だなと思うのだが、こういう細面のイラストって、好きな人は好きだよねって感じ。男でも女でも同じようなか細いスタイルで、胸やお尻はどこにあるの?といった絵だ。

私は、昔のSF小説に描かれていたような(例えば 『火星のプリンセス』 とか)グラマラスな絵のほうが好きなので、こういうか細いシルエットの絵には、全く魅力を感じない。そこへもってきて、顔を見ただけで、声を聞いただけでとりこになってしまうと言われてもな・・・。

2005年09月18日(日)
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 ローワンと魔法の地図 リンの谷のローワン(1)/エミリー・ロッダ

『ローワンと魔法の地図 リンの谷のローワン(1)』/エミリー・ロッダ (著), Emily Rodda (原著), さくま ゆみこ (翻訳), 佐竹 美保 (イラスト)
単行本: 216 p ; サイズ(cm): 21 x 15
出版社: あすなろ書房 ; ISBN: 475152111X ; (2000/08)
内容(「MARC」データベースより)
リンの谷を流れていた水が止まり、川の水しか飲まない家畜のバクシャーは、日に日に弱ってくる。謎を解くため、少年ローワンは水源のある魔の山に向かうが…。スリル溢れる冒険ファンタジー。


『ローワンと魔法の地図』を読んだ。あれこれ頭を悩ますこともなく、途中で引っかかりもせず、サクっと久々に楽しく読めた本だった。

剣と魔法もののファンタジーにしては、誰も死なないし、完全な悪役も出てこない。明らかに児童向けではあるが、ストーリーがしっかりしている上に、退屈になりがちな冗長な記述もないため、あっという間に進む。

1巻目は、臆病で弱虫のローワンが、6人の仲間と共に魔の山に向かい、最後にはたった一人でドラゴンと戦って無事に帰ってくるという、ちょっと出来すぎの感もある話だが、どのような過程で、ローワンが自分の中にある勇気に気づくのかということが主題だろうと思う。いざとなれば、やれる子なんだってことだろう。

キャラ的には、仲間の中で一番大柄でたくましいストロング・ジョンというのが好き。彼はローワンの母親に、必ずローワンを連れて戻ると約束したのだ。なんか、シュワちゃんっぽいって感じ。(^^;

ちょっとだけ気になるのは、エミリー・ロッダはフェミニストのようで、物語の中でも男女同等に活躍の場があるということだ。それはそれでいいのだが、危機的な状況での会話に女性の言葉が入ってくると、ヒステリックな感じがして、どうもしっくりこない。訳者はロッダの考えを汲んで、男女がはっきりわかるように訳そうと思ったに違いない。そこにどうも違和感を覚えてしまう。

他のファンタジーと違って、特別な言葉もあまり出てこないし、この程度の内容だったら、むしろ原書で読んだほうがより良いイメージを抱けるだろうと思う。続編も読んでみたいと思っているのだが、原書にするか、翻訳にするか迷い中。翻訳なら図書館に揃っているが、原書のほうが良さそうだなあ・・・と。でも、買うのも面倒だ。翻訳なら目と鼻の先に置いてあるんだし。

などと思いつつ、だらだらと悩んでいる。

2005年09月15日(木)
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 彼方なる歌に耳を澄ませよ/アリステア・マクラウド

『彼方なる歌に耳を澄ませよ』/アリステア・マクラウド (著), 中野 恵津子 (翻訳)
単行本: 343 p ; サイズ(cm): 20
出版社: 新潮社 ; ISBN: 4105900455 ; (2005/02/26)
出版社 / 著者からの内容紹介
なき人々への思いは、今も私たちを突き動かす。18世紀末、スコットランドからカナダ東端の島に、家族と共に渡った男がいた。勇猛果敢で誇り高いハイランダー(スコットランド高地人)の一族の男である。「赤毛のキャラムの子供たち」と呼ばれる彼の子孫は、幾世代を経ようと、流れるその血を忘れない――人が根をもって生きてゆくことの強さ、またそれゆえの哀しみを、大きな時の流れといとしい記憶を交錯させ描いた、感動のサーガ。


アリステア・マクラウドは長編作家である、と私は主張したい。というのも、先に短編集を2冊読み、それから長編の『彼方なる歌に耳を澄ませよ』を読んだところ、収まるべきところに収まるべきものが収まって、やっと落ち着いたという感じがしたからだ。

長編を読みながら、すでにネタ元はわかっているので(短編に書いてあることとほとんど同じだから)、少々飽きてきてもいたのだが、全部通して読んでみると、短編で感じていた不満が長編で解決したのである。

つまり、短編集でバラバラに書かれていたエピソードが、長編では時間の経過と共に整理され、何が誰のエピソードであるのかがわかるようになった。その上で、なるほどそういうことだったのかと納得がいったのだ。そして、短編ではあまり知ることのできなかった兄の存在が、はっきりと見えてきた。

マクラウドの作品のテーマは、すべて大自然の厳しさと一族の歴史といったようなことである。自伝ということでもないので、もとは同じエピソードでも、人や状況を違えて書いてあるのだが、これは短編にあったあの話だなとすぐにわかる。

記憶にあるそうしたいくつものエピソードが、長編で順序良くきちんと並べられ、バラバラのピースがきっちりはまったという感じである。短編では、何か書き足りないのではないかと思っていたのだが、こうしてやっと、マクラウド自身も満足がいったのではないかと思う。

しかし長編とはいえ、ひとつひとつの章は、短編としても通用するようなものだ。おそらくマクラウド自身も、短編のほうが得意であると思っているのだろうが、それを繋げてひとつにまとめたもののほうが、深みも出てきて、より感動的である。彼ら一族の時間の繋がりを描くには、やはり長編のほうがふさわしいように思う。

それにしても、ややこしい話ではある。おじいさん、おばあさんのほかに、おじいちゃん、おばあちゃんがいる。これはおじいさんが言ったことなのか、おじいちゃんが言ったことなのか、訳者でさえも間違えている部分があるくらいだから、読者が混乱するのは無理もない。

女性の名前はあまり重要視されていないようだが、男性の名前は非常に重要だ。父親や祖父の名前を子どもにつけるというのはよくある話だが、小さな島でのことだから、誰も彼も同じ名前だったりして、これは一体どこの誰のこと?ととまどう。

例えば、アレグザンダー・マクドナルドが死に、彼がもらうはずだったシャツを譲り受けたのは、いとこのアレグザンダー・マクドナルドであり、最後にそのシャツを持っていたのは、また別のいとこのアレグザンダー・マクドナルドだったりする。ちなみに、アレグザンダー・マクドナルドとは、アリステア・マクラウドのことであると見ても差しつかえないだろうと思う。

また、クロウン・キャラム・ルーアは一族の有名な先祖であるが、現在では、そこらじゅうにクロウン・キャラム・ルーアがいる。主人公のアレグザンダー・マクドナルドの兄も、キャラムである。「あなたもキャラム・ルーアですか?私もです」といった具合。

主人公が炭鉱で働いているときに、スコットランド人やアイルランド人、フランス系カナダ人などが一緒になって、バイオリンやアコーディオンなどの楽器を演奏し、歌い踊る場面がある。これって、ケイジャン・ミュージックじゃないの?と思い、ちょっと嬉しくなった。

しかし、本の裏表紙に「ユーモア」という文字を見かけたが、私はこの作品にユーモアは全く感じなかった。おじいさんではなく、「おじいちゃん」の言動がおかしいといえばおかしいが、特にユーモアがあるとは思わない。非常に生真面目に書かれており、そこまで書かなくてもいいのにと思うような残酷な場面もある。おそらく、残酷シーンの苦手な人には向かない小説だろう。

この長編で、主人公の兄の存在が見えたと書いたが、この兄の生き様をなぞって初めて、マクラウドの小説の中に、非常に人間らしい感情というものが感じられた。常に自然から受ける運命に身を委ねるしかないような感じであったのが、兄の積極的な感情によって、彼ら一族の中に強さと優しさを感じることができ、それがあることにより、作品が生きてきたように思える。短編では感じられなかったことだ。

そんなわけで、やはりマクラウドは長編のほうがいいと思った次第である。そしてこの長編は、結末は美しいが、とても悲しい。そういう終わり方ができるのも、一族のエピソードを長々と綴り、じっくりと物語を編んできたからこそであると思う。

2005年09月13日(火)
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 ポーの話/いしいしんじ

『ポーの話』/いしい しんじ (著)
単行本: 435 p ; サイズ(cm): 20
出版社: 新潮社 ; ISBN: 4104363014 ; (2005/05/28)
出版社 / 著者からの内容紹介
無数の橋が架かる泥の川。その流れにのせて運ばれる少年ポーの物語。いしいしんじは、とうとうこんな高みにまで到達してしまった!待望の書下ろし長篇。



いしいしんじの『ポーの話』は、これまでの見方をちょっと変えざるを得ない本だった。今まで、いしいしんじの作品は、子どもが読んでも面白い話、わかる話だと思っていたが、今回の長編は、一見これまでと変わらないようにも見えるが、行間を読むと結構深い話で、これは完全に大人向けではないかと思える。

しかも、その行間というか何と言うか、文字にせずに暗に物事を言及する書き方とか、話の区切り方とかが、格段に上手くなっているように思える。スタインベックなみだ。というのは、ちょっと褒めすぎか?

例の、わけのわからない不思議な記述もますます冴えており、「今日はカマス日和ですね」なんて、何なのよ?と思いながらも、変に納得してしまう。サンマ日和とか、マグロ日和とかにせず、「カマス日和」とするあたりが心憎い。

それと、いつの時代ともどこの国ともわからない設定ではあるものの、けして昔の話ではないのに、なぜか懐かしい。かといって、現代の若者っぽい言葉遣いがないのも喜ばしい。とてもていねいに書かれている感じがするので、読むほうも、一気読みができない。

今のところ、いしいしんじは善しか描いていないのだが(それもとびきり美しい善である)、それが押し付けがましくないのも好感が持てるし、善を描くことが彼の作品の特徴なのだろうと思う。どんなに厳しい状況で、とても貧乏でも、自分の身の上を淡々と生き、無意識のうちに人を思いやっている彼の主人公たちが、私は全部好きである。

だが彼の作品は、どれもけして明るい作品ではない。どこかに「自己犠牲」の精神があるためか、なにやら哀感が漂う。しかし、どの作品にも必ず救いがあり、希望も見える。ただひたすら暗いわけではないのだ。

今日もカマス日和です。

2005年09月12日(月)
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 トリツカレ男/いしいしんじ

『トリツカレ男』/いしい しんじ (著)
単行本: 167 p ; サイズ(cm): 20
出版社: ビリケン出版 ; ISBN: 4939029166 ; (2001/10)
内容(「MARC」データベースより)
いろんなものに、どうしようもなく、とりつかれてしまう男、ジュゼッペが無口な少女に恋をした。哀しくまぶしい、ブレーキなしのラブストーリー。



また、いしいしんじの本を読んだ。これもいい話だ。まかり間違えばストーカーになってしまいそうな「トリツカレ」度なのだが、ここは純粋に「いい話」だと思って読んだほうがいい。

いしいしんじは、なぜいいのか。たぶん、話に寓意性がないからだろうと思う。「これはいいお話なんですよ。だから感動しなきゃダメなんですよ」という押し付けがましいところが一切ない。彼の作品は、児童向けなのか大人向けなのか判断に困るのだが、大人が読んでも面白い話は、児童書としても優れた作品だと思う。

いしいしんじの話は、はっきり言って「ほら話」である。だから私はファンタジーの部類に入れているのだが、これもまた判断に困るところである。『指輪物語』のような架空の別世界の話でもないし、「ハリポタ」のように魔法を使うわけでもない。ありきたりの日常の中に、変な出来事がさりげなく起こるといった具合。話の舞台も、世界のどこということでもないんだろう。それが実は、いしいしんじのほら話を成功させている要因ではないかと思う。

2005年09月08日(木)
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 Missing May/Cynthia Rylant

『Missing May (Yearling Newbery)』/Cynthia Rylant (著)
ペーパーバック: 96 p ; 出版社: Yearling Books ; ISBN: 0440408652 ; Reprint 版 (1993/10)
内容(「BOOK」データベースより)
愛情いっぱいでユーモラスだったメイおばちゃんが亡くなって、悲嘆にくれていたサマーとオブおじちゃん。そんなある日おじちゃんが、メイの霊が現れたといいだした…。’93年度ニューベリー賞、’92年度ボストングローブ・ホーンブック賞受賞。


いい話だった。シンシア・ライラントは、これまでにも3冊ほど読んでいるが、どれもいい話だ。シャロン・クリーチなどと似たようなことを書いていると思うのだが、読後感は全く違って、すがすがしい。これもまた「いい話なんだから感動せよ!」という押し付けがましさがないせいだと思う。それと、想像力の豊かさが違う。


2005年09月07日(水)
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 ぶらんこ乗り/いしいしんじ

『ぶらんこ乗り』/いしい しんじ (著)
文庫: 269 p ; サイズ(cm): 15 x 11
出版社: 新潮社 ; ISBN: 4101069212 ; (2004/07)
内容(「BOOK」データベースより)
ぶらんこが上手で、指を鳴らすのが得意な男の子。声を失い、でも動物と話ができる、つくり話の天才。もういない、わたしの弟。―天使みたいだった少年が、この世につかまろうと必死でのばしていた小さな手。残された古いノートには、痛いほどの真実が記されていた。ある雪の日、わたしの耳に、懐かしい音が響いて…。物語作家いしいしんじの誕生を告げる奇跡的に愛おしい第一長篇。


このところ、いしいしんじを何冊か読んだが、ずいぶん人気があるみたいだ。海外文学の話題には、ほとんど目を留めてもらえないが、いしいしんじの本には反応がある。それはそれでいいのだが、日本では、やはり海外文学の人気は低いのだろうかと、ちょっとがっかりもしている。

今回気がついたのだが、いしいしんじには、何かはっきりとはわからないけれども、おそらく個人的な共通点があるため、ツボにはまるところがあるのだ。他の人がどういう理由で好きなのかは知らないが、私にとっては、そういうことだ。前に、宮沢賢治と比較するべきではないとも書いたが、無理に比較してみれば、やはり私は賢治のほうが好きではある。

けれども、妙に懐かしい感覚があって、今まで思い出したこともないような、自分の子どもの頃のことを思い出させるのがいしいしんじなのだ。

2005年09月05日(月)
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 死者に捧げるジャズ/ジュリー・スミス

『死者に捧げるジャズ』/ジュリー・スミス (著), Julie Smith (原著), 長野 きよみ (翻訳)
単行本(ソフトカバー): 437 p ; サイズ(cm): 19
出版社: 早川書房 ; ISBN: 4150016518 ; (1997/07)
内容(「BOOK」データベースより)
ニューオーリンズ伝統のジャズ・フェスティヴァルを数日後に控えた四月のある夜、祭りのプロデューサーであるハム・ブロカートが自宅で刺殺体となって発見された。気さくな人柄で誰からも愛されていた彼をいったい誰が?それと時を同じくしてハムの異母妹メロディが忽然と姿を消した。彼女が兄を殺した犯人なのか?それとも殺人を目撃して犯人に拉致されたのか?メロディの行方を捜す女刑事スキップは、やがてブロカート一族にまつわる過去の痛ましい出来事を掘り返すことに。


ジュリー・スミスの『死者に捧げるジャズ』を読み終えたが、これはニューオーリンズを舞台にしたミステリ<スキップ・ラングドン>シリーズのひとつである。今となっては「古き良き」ニューオーリンズの様子が描かれた、貴重な小説となってしまったかもしれない。読みながら、何とも悲しかった。ここに描かれた場所や店などが、再び復活できることを祈る。

2005年09月04日(日)
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